第23章 鮮血の万軍殺し(ブラッド・ヴラド)7
ブクマ、評価ありがとうございます(ドゲザァ
なんかこれしか言ってねーな私
「お、おい、何冗談言ってんだよ、旦那……」
大男は驚愕した表情でフードの男に問いかけるが、問いかけられたフードの男の方が逆に首を傾げてしまった。そして何かに思い当たったのか、あっと小さく声を上げてから口を開く。
「君ノ名前はえーっと、何ダッけ? まぁいイカ。何カ勘違いしてルミタいだカら言っておくけド、俺は別に君の同士トカじャナいかラネ」
その言葉に困惑したのは大男だけではなく相対しているアリスとカイトもだった。カイトはフードの男がブレインだと思っていた。だが肝心のフードの男はブレインどころか大男の名前すら知らない、否、覚える気があるのかすら定かじゃない言い様だ。
「ねぇ、あの男、『いつから』いたの?」
ただ、アリスだけは困惑の意味合いが違った。彼女だけはフードの男の存在に全く気付いていなかったのだ。
「何を言ってるんだい。いつからって、最初からいたよ」
カイトはアリスが深い理由もなく気付いていなかったと思い半ば呆れながら答えるが、彼女は驚愕の表情を浮かべてしまう。カイトはやれやれと言った感じで肩を竦めていた。しかし、アリスの反応はカイトの予想とは違うものだった。
「気配探知のスキルにも、呼び出したモンスターの索敵にも、私の認識の中にもあの男は存在してなかったのよ!」
カイトはその言葉の意味を理解するのに時間を必要とした。カイトの目には最初に話しかけられてからずっと見えていたのだ。ずっと認識していたカイトの目に映っていたのだから隠密系スキルの発動はあり得ないはずだ。狂鬼降臨のようなスキルが発動していないかぎり目視できる相手が標的にできない、もしくは認識できない等ということもありえないはずだった。つまりフードの男はアリスと呼び出したモンスターにだけ隠密効果を発動していたことになるのだが、そんなスキルはAWOには存在しない。そもそも、隠密系スキルの効果は他者に及ぼすものではなく、自身に効果を及ぼすスキルなのだ。
「ウ~ん、ソっちノ痴話喧嘩はいイケど、早ク拘束ナリしテほしいんダけど」
フードの男の言葉に怪訝な表情で睨むアリス。
「お、おい、ふざけんのはやめてくれよ、旦那。俺達ずっとうまくやってきたじゃねーか。そ、そうだ、ここで『リスポーン』して対策装備を取ってくればいいんだ」
横から必死な表情で声をかけてきた大男の表情は、先ほどまでのいずれの表情とも違いまるで捨てられた子犬のようだった。そして、アリスが耳にしたその言葉の中には聞き逃せない単語が含まれていた。
(リスポーン? まさかこの大男……)
「ア~、うマくやってキタって、アノ日出会った君ノ顔が今ミたいな捨てラレタ大型犬のような表情だッたから、可哀想で助けてアゲてただケジャゃなイか……」
そう言ってフードの男は困った風に肩を竦めて首を傾げている。大男の方は言われたことが理解できずに表情を固めてしまった。大男は二人が出会った日、自分が冷静だったと思っていた。鏡で見たわけでもないが、そうに違いないと信じていたのだ。だが事実は違った。大男は今しているような泣き出しそうな表情をしていたのだろう。
「そっちの痴話喧嘩もどうでもいいのよ。そんなことより、あなた今『リスポーン』って言ったわよね?」
アリスが大男に問いかけると、彼は泣き出しそうな表情のままアリスを睨み付けて声を上げた。
「うるせぇぞ、クソチートNPCがっ! 今は俺が旦那と話してんだ。クソイベのクソNPCは黙ってろ!」
求めていた答えを返されたわけではない。しかし、それでもアリスが理解するには十分すぎる返答だったと言えるだろう。リスポーンとは死んだプレイヤーやモンスターが復活することを指す言葉だ。当然現実には存在しない現象である。
そう、大男はこの世界と異世界転移をゲームのイベントだと思っているのだ。恐らく現実逃避なのだろう。そして現在敵対しているアリスやカイトをNPCだと思っている。更に……。
「おい、NPC共さっさとそんな雑魚片付けてあのクソガキぶち殺しやがれ! それができなきゃ俺が旦那に対策アイテム持ってくるまで耐えろ!」
仲間は仲間ではなく転移者という設定の仲間NPC、プレイヤーは自分とフードの男だけ。それがこの大男がこの世界に来て得た逃げた先の答えだった。そんな男の言葉に従う者は誰もいなかった。そして次々に降参の意思表示をして武器を捨てる彼らの表情には、大男に付いてきたことへの後悔が感じられた。
モンスターの攻撃も止まり今は賊達を囲うだけに止まっているが、遠くから背徳竜が威嚇するように睨みを利かせている。その主であるアリスは何かを我慢するような痛ましい表情で大男へと視線を向けている。
「これは紛れもなく現実よ。そして死んだらリスポーンなんてしない、できないのよ。今ならまだ間に合うわよ。降参しなさい」
アリスは大男に降参を促す。しかし、癇癪を起こし、止まらなくなった大男にはその慈悲の声も届かない。
「現実? お前らNPCにとってはそうなんだろうよ! 異世界転移なんてアニメじゃねーんだからあり得ねーんだよっ!」
(異世界転移なんてアニメじゃないからあり得ないか、本当に認めたくないだけみたいね)
アリスは大男をそう分析した。信じられないのではなく、信じたくなくない。それが大男の異世界転移への認識だった。大男の現実から目を背ける姿にアリスは自身のあり得た可能性を見る。『彼』は『彼女』になることで現実から逃げてこの世界に生きてきた。大男は現実を信じないことで現実から逃げてこの世界を生きようとしている。現実から逃げて生きる者同士であることには変わりがなかった。ただ二者で違ったのは、『彼』は失うことを恐れて逃げて、大男は自分の世界に篭もるために逃げた。
(もう、殺すしかないわね……)
アリスにしてやれるのはせめて現実から目を背けたまま、幸せな妄想に浸ったまま殺すことだけだった。大男が現実を直視しても耐えられるとは思っていない。耐えられるなら今の情況でいつまでも逃避を続けたりはしないだろう。死にたくないなら命乞いをするか、賊達にヒトとして指示を与えていただろう。
アリスは表情を殺して腕を前に突き出して大男を指差す。それと同時に三体の背徳竜が歩を進める。
「旦那、待っててくれよ。すぐ対策アイテムを持って来るからな!」
そう言っていつの間にかスキルの効果が切れていた大男は、武器を構えて背徳竜へと向かっていく。当のフードの男はその様子を肩を竦めて見ているだけだった。
大男は背徳竜に接敵すると斧を振りかぶってスキルを発動させて振り下ろす。その一撃は確かに背徳竜にダメージを与えたが、相手はかつてボスモンスターだった存在だ。その生命力は膨大でありLV250の鬼人の一撃であってもそれだけで倒せるような相手ではない。ましてやここにいるのは三体なのだ。
大男が一体の背徳竜に攻撃を与えている隙に他の背徳竜がその牙で大男の身体に噛み付く。大男は片腕を犠牲にして逃れるが、その表情から苦痛は感じられない。
「ははっ、痛みがねぇ。やっぱりゲームじゃねーか!」
感覚が麻痺しているのか、大男は痛みを感じていなかった。それ故に大男は止まることなく片手で両手斧を振りかぶり攻撃を繰り返す。ついに大男の手から斧が弾き飛ばされるが、大男の顔には絶望は浮かんでいなかった。そして背徳竜の牙が大男の胴体へと食い込む。牙が食い込んでも大男の表情は変わらない。
「ゴフッ、待っててくれよな、旦那……」
背徳竜の牙が大男の胴体を上下に二つに分ける。背徳竜は噛み千切った大男の胴体を口にくわえたまま数度振り回す。一瞬アリスの目と絶命したであろう大男の目が交差する。光を失った大男の瞳、リスポーンを疑わない不適な表情、それを見てアリスは目を瞑った。そして少し顔を背けて誰にも聞こえないように小さく歯軋りした。
大男が笑いながら死ぬ姿にフードの男以外の賊全員が青褪めた顔をしている。
「さて、賢明にも降参したあなた達には力を封印する魔導具を付けさせてもらうわ」
平然とした表情を装うアリスはそう言うと、賊達を一列に並ばせてそれをモンスターとカイトに見張らせる。そして一人ずつじっくりと装着者の身体能力を制限する魔導具を装着させて起動していく。この起動には数分の時間を有するため、最後のフードの男の順番がくる頃には一時間近い時間が経っていた。
「あなたについては一個で足りないかもしれないから複数付けさせてもらうわ」
「随分ト念を入れルンだネ?」
アリスは男の言葉を無視して魔導具の起動に集中する。大男の件で有耶無耶になってはいたが、アリスはまだこの男を警戒していた。この得体の知れなさには恐怖すら抱いているかもしれない。その証拠に魔導具を起動させるアリスの指先は時折震えている。
「勝手に纏わり付いてきたなんて言うわりに無罪は訴えないのね」
「野良犬とハいえ餌を与えタ結果ガ今回の件ダカらね。責任くらイハ取るサ」
アリスがした何気ない質問に返ってきた答えを聞いてカイトは表情を歪め、アリスは一瞬だけ眉を顰める。
「僕の言えたことじゃないけど、縋った相手がこれとは彼も浮かばれないな」
カイトは感想を漏らしながら苦虫を噛み潰したような表情で空を見上げる。それからは誰も口を開かなかった。賊達も大男とフードの男の言葉にすっかり意気消沈してしまっている。自分達が付いてきたモノが幻想だったのだから当然だ。森の中にアリスが魔導具を弄る音が鳴り響いている。
フードの男の魔導具が全て起動を終えると、アリスはカイトへ振り向いて口を開く。
「私は少し用事があるから、こいつら連れて先に町に向かっていてちょうだい」
そう言って今まで顕現させていたモンスター達を消した。モンスターが消えると赤い池は蒸発し、光を失い崩れていく魔石、そして二つに分かれた大男だけが残された。
「あぁ、わかったよ。問題はないと思うけど早めに来てくれ」
カイトはそう言葉を返して縄で縛った賊達に指示を飛ばす。俯いた賊達は無気力な様子でトボトボと歩き始めた。それを先導するようにカイトも森の中へと歩を進める。その様子を黙って見ていたアリスは、最後尾からこちらを見ているフードの男の口元を目に捉える。フードの隙間から一瞬だけ見えた口元は確かに笑っていた。この状況に何の悲観も不安も抱いていない、そんな男の様子にアリスの顔が渋くなる。
全員が森に消えて20分程してアリスは大男だったモノへと近付いていく。そして、男の頭部を両手で持ち上げその死相を見つめるアリスの呼吸が荒くなっていく。何度も呼吸を繰り返した後、一瞬呼吸を止めたかと思えば、大声で意味を成さない叫びを上げる。その目には大粒の涙がいくつも流れ落ち、その瞳は光を失い、そして喉は渇きを訴える。
心が叫びを上げ、その叫びが声となって漏れ出す。命を奪った。自分の価値観だけで一人の人間の生死を裁定した。失った魔力と血を得るべく本能が吸血を望む。『罪悪』と『渇望』に苛まれ『彼/彼女』の心が叫びを上げ、それは音となって世界に溢れ出す。溢れ出す音は世界への怨嗟であり、自身への嫌悪だ。
叫び続けていたアリスの声が急に止まり、彼女は視線を大男だったモノから外すと、急いで手を離して距離を取る。そして、這い蹲るような格好に変わると地面に向かって嘔吐した。その間も涙は止まることなく溢れ出す。そんな彼女を後ろから抱きしめる者がいた。嘔吐物に触れるのも構わず肩を優しく抱きしめる腕。
「モア……」
「はい、マスター」
「モア、モア……」
「はい、モアでさ」
「モアッ! モアッ!」
「あなたの御側に、マスター」
「殺した。『私』、また殺した。『俺』だって『私』だって、こんなこと望んでなかったのに。『俺』がっ、『私』でっ、また殺したんだ」
『彼/彼女』が吐き出すように言葉を紡いでいく。AWO時代のロールプレイ――操作キャラになりきるプレイ――である『アリス』の仮面を被り、演じ、『彼』はこの世界に耐えることを選んだ。『彼女』であってもその根っこは『彼』には違いない。故に少しの心の負荷で仮面は崩れ落ちてしまう。一時は負荷に耐えることができても、それは蓄積しどこかで爆発を起こす。それが今の『彼/彼女』の状況だ。
「なのに、なのに! 血が美味しそうに見えるんだ……」
吸血衝動を抑えるだけならブラッド・ポーションを飲めばいい。だが、今直面しているのは、『自分が殺した相手』の『血液を求めた』ということである。
「マスター。マスターいいんでごぜーますぜ。それは仕方ないこと、だからせめてこの男の亡骸を弔って、それで私の血を飲んで、今は休みましょうぜ。お身体は私が運んでおきますんで、どうぞ」
『彼/彼女』はそんなモアの言葉にブンブンと首を振って拒否を示した。
「その人を弔うのはいいけど、血を飲むのはなし。まだやらなきゃいけないことがある。大丈夫、すぐに、また『私』に戻るから……」
何かが解決したわけではない。『罪悪』は今も消えず、『渇望』は心の奥底で轟いている。それに対して答えが出せないことなど、『彼/彼女』にもわかっている。50年ずっと答えを出せず、たとえ戦いから距離を置いても過去の罪は『彼/彼女』を逃さない。きっとこれからも『彼/彼女』はそれを抱き続けるだろう。
アリスはしばらくの間後ろから抱きしめるモアに支えられて、光のない瞳で地面を見続けていた。
復活のゲロイン
たぶん次回で23章終わります
その後は短め(予定)の24章やって、1章を書きます
主人公は結構酷く書いてるつもりなんだけど、そう見えてるかは不安です
失いたくないけど戦いたくない、許されたいけど傷つきたくない
果てには自分が演じているとはいえ、娘みたいな存在とプロローグで言ってた
『アリス』にそれら全てを押し付けて、自分は泣き喚く
主人公らしくない主人公
中身はどこまでも平和呆けした一般人
ってのを貫いた結果なんですけどねー




