第23章 鮮血の万軍殺し(ブラッド・ヴラド)6(挿絵あり)
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あと21章2の挿絵変更しました
「残念ね。転移者は云わば迷子、優しくしてあげたかったのだけど、こんなに早く処理が必要になるとは思わなかったわ」
そう言いながらアリスは回りを見渡して賊の顔を確認する。そして最後にカイトの顔を見る。
「それで、一人で偵察なんかに出て死にかけてる、『白銀の竜騎士様』は私に何か言うことはないかしら?」
意地悪な笑みを浮かべてカイトを見つめるアリス。カイトはその姿に危うく心臓が跳ねそうになるが堪えて口を開く。
「どうしてここにいるのか聞いていいかな?」
その質問を聞いたアリスは首を傾げてあざとく両手を合わせると、これまたあざとい声音で口を開く。
「そんなの簡単よ。看破のできないあなたに、LV差の大きいウィル坊、この二人の話を盗み聞くくらいモアには簡単なのよ。まぁさすがに機械人にはばれるんじゃないかって冷や冷やしたみたいだけど。それより……」
――この駄蜥蜴は礼の一つも言えないのかしら?
最後の言葉を口にした瞬間可憐な笑みを浮かべていたアリスの顔が感情の色を失くす。
「私ね、とても怒っているわ。あなた達が私に黙って賊になった転移者の対処をしようとしていたことも、私が必要ないなんて言って遠ざけようとしたことも、何よりも怒っているのは再会してこんなに早く死にそうになっていることよ」
その場にいる誰もが、まくし立てるように喋るアリスの言葉に場の空気が冷えるのを感じた。そして、喋り終わったアリスは自分の親指の爪をガリッと音を立てて噛んだ。それも一度や二度では終わらず、五度六度と回数は増えていく。美少女が感情のない表情で爪を噛む姿に誰も何も言えなかった。爪を噛む音だけが森の中に響き渡る。
どれだけ爪を噛んでいたのか、回数などわからなくなった頃、ようやくアリスは爪を噛むのをやめて大きなため息をついた。そして気だるそうな表情で大男の方をで向いた。
「スキルが解けるまで待ってあげるわ。私の親友に手を出したことを後悔させてあげる」
アリスに話しかけられた大男は狂鬼降臨で身体は燃え上がりそうなほど熱くなっているが、それでも頭だけは冷静だった。だから違和感に気付いてしまった。
(あの男と親友なのか? だが領主と言っていたってことはこっちでできた友人ってことか。そんな奴が一人で出てくるってのはどういうことだ?)
アリスの存在を知らない大男はこの世界の人間が割り込んできたと考えてしまった。転移者はこの世界に来て日が浅いのだから領主、つまり貴族であるはずがないのだ。貴族を名乗り、有り余る気品を感じる少女が貴族だというのは嘘ではないだろう、恐らくはだが。だとすればこの世界の人間であるとしか考えられないのだ。普通は50年前に転移者がいたなどとは想像すらできない。
「ははっ、この世界の雑魚が偉そうに言ってくれるじゃねぇか」
「貴族なんだから、偉そうじゃなくて偉いのよ。そんなこともわからないのかしら、この脳筋筋肉ダルマは」
アリスの哀れむような視線に大男の顔が更に歪んだ。しかし、スキルでカイト以外を標的にできない大男はただ歯軋りをするだけで動き出すことすらしない。この状況についていけない未だ木箱に腰掛けたままのフードの男を除く賊達は、互いに顔を見合わせるばかりである。
「なんで私が賊とはいえ、人間を殺さないといけないのよ。面倒かけないでよ、まったく……」
その空気も気にすることなくアリスは誰にも聞こえない小さな声で一人ごちる。その姿は先ほどまでの気だるそうな表情と違って憂いを帯びている。
「おい! てめぇらさっさとそのクソガキ囲んで潰せ!」
大男は動こうとしない仲間達に業を煮やしたのか大声で指示を飛ばす。当然鬼門開門は発動しており、その声を聞いた賊達は身体が小さく跳ねた後にアリスの方を向いて動き出した。その姿を見たアリスは小さく笑った後に、自分に近付こうと動き始めた賊達を見つめた。
「スキルが切れるまで待ってあげるって言ったのに、せっかちね。いいわ、『かかってきなさい』」
アリスが最後の言葉を口にした瞬間、賊達は悪寒が走り身体から力が抜けるのを感じた。賊達の足が鈍くなる。
「あら? どうしたのかしら? さぁ、『かかってきなさい!』」
再び賊達の身体に悪寒が走る。今度は身体から力が抜けるのではなく、全身が一気に縮こまってしまったように錯覚し、動きそのものが完全に止まってしまった。
「威圧に大号令、てめぇプリンセスか!」
大男がその原因を見抜いて声を上げる。威圧と大号令はプリンセスのアクティブスキルで、威圧が受けた相手の攻撃力と防御力を下げるスキル、大号令は相手を怯ませるスキルでどちらもステータスの総合値に効果や成功率が影響される。昼にはステータスが激減する吸血鬼だが、夜の吸血鬼は全種族中トップのステータスを誇る上にアリスは事前に自身へステータスアップのスキルを使用している。狂鬼降臨のおかげで大男は防げたが、他の賊達はどちらも効果を受けてしまったのだ。
「あら、私は辺境伯よ。王族ではないのだけど?」
等とアリスは軽口をたたきながらアイテムボックスから一本の剣を取り出す。黒く歪んだ刀身を持つ剣を軽く数度振ってから構えも取らず腕を下げる。
「背徳竜の牙、転移者かよ。貴族なんて嘘だったってことかよ」
大男の勘違いを受けてアリスは首を傾げてしまう。アリスは嘘など吐いていない。普通に自己紹介しただけなのだから当然である。
「勝手に人を嘘吐き呼ばわりしないでくれる。私は正真正銘アトラクシア王国グリムス領領主のグリムス辺境伯よ」
そう言ったアリスの後ろでは、ポーションによる回復でなんとか復帰したカイトが立ち上がっていた。
「さて、二人になったことだし勝機は見えたかな?」
そう口にするカイトをアリスはジト目で見ながら小さく微笑む。そしてアリスは自身の手首に剣の刃を押し当てた。
「あなたはそこで見ていなさい。こんなことはさっさと終わらせるわ」
その言葉に驚きを隠せないカイトの目の前で、アリスは手首に当てた刃でそこを引き裂いた。アリスの手首から流れる血液にカイトが小さく声を上げるが、アリスはそれに構うことなく目を瞑る。
「ここで授業を一つしましょうか。この世界での魔法の使用方法は二つ、更に必要な要素は二つ。スキルとしての発動と自分の魔力で魔方陣を描いてする発動。前者はあなた達も知っているわね。で、肝心なのは後者、これには相応の魔力、つまりMP量と魔力を操って魔法陣を描く魔力操作技術が必要になるわ。でもこれと知識さえあれば誰でも魔法が使えるってことね」
そう語るアリスから流れ出た血液が地面に着くと、血液が魔法陣を描くように動き始める。
「そして吸血鬼にとって血液というのは魔力の結晶なの。それを自在に操り魔法へと昇華するのが『真祖』にのみ許されたスキル『血の儀式』よ。勉強になったわね」
吸血鬼の最高階位『真祖』のスキル『血の儀式』は血のように赤い魔法陣から発動するスキルだった。だが、それはこの世界に来た時に変異していた。吸血鬼の真祖が自身の新鮮な血液を使用して魔法陣を描いて発動するものになってしまったのだ。AWOでは血の儀式の発動から魔法陣の指定を行うことで様々な効果を発動できた。そこも変化しており、血の儀式で描いた魔法陣の効果が発動する形になっていた。
「ちぃっ! おい、お前らさっさとそいつ潰せ! 血の儀式を使うつもりだぞ!」
大男はアリスのしようとしている事を理解したのか仲間達に指示を飛ばすが、アリスの大号令の効果が切れておらず、誰一人として動くことができない。大号令の怯み解除の条件は一定時間の経過かダメージを受けることの二つだけなのだ。そしてついに赤い魔法陣が完成し光を放った。
――さぁ、廻りなさい。円環を廻り廻って、あなた達はここに辿り着く。
魔法陣の完成と共に唐突に響いたアリスの声にその場にいる全員が目を丸くする。スキルとしての発動はもちろんのこと、先ほどアリスが説明した通りもう一つの魔法発動方法でも『詠唱』は存在しない。
――あぁ、我が愛し子よ。我が寵児よ。今一度破壊の腕に抱くことを許して頂戴。
アリスの『詠/祈り』は止まらない。周りの人間には何を言っているのか、何故『詠唱』などするのか理解できない。アリス以外に理解できるはずがない。これはアリスの『詠/祈り』であり、彼女だけの心の『鍵/贖罪』なのだから。
――終わりの世界にあなた達を招くことを罰して頂戴。
アリスは今も戦うことが、奪うことが、傷つくことが、世界の在り方が、自分の行ってきた事が怖い。どれだけ殺した? どれだけ奪った? どれだけ冷静を装ってもそれはハリボテにすぎなくて、今も自身の行いを許容できない。
――さぁ、『チ』に生まれよ。『チ』に満ちよ。
アリスの背後から別の魔法陣が現れてそこから大量の赤い液体が溢れ出す。それは地に染み込むことなく、まるで池のように溜まっていき光輝く。その光景を前にその場にいる者達は一歩足を後ろに引いた。
――あなた達が望む生はなくとも、あなた達が生きる明日がなくとも、
――あなた達を祝福する光がなくとも、それでも『私/月』だけはあなた達を照らそう。
――短き偽りの生を『私/夜』だけは抱きしめよう。
アリスの手元から大量の魔石が溢れ出す。その数は100にも上った。魔石は赤い池へと沈んでいく。魔石の沈んだ場所には泡のようなものができている。
――さぁ、ここに最期の夜を創めましょう。
アリスの『詠/祈り』は自身の心の封を解く『鍵/贖罪』だ。アリスはこの力を忌むべきものとしている。自身が奪った命を更に冒涜する悪しき業だと考えている。それ故に心のどこかでこの魔法を封じている。自身の罪を許せず、自身で命を絶つこともできず、贖罪を恐れて贖罪を望む矛盾、許されないと知りながら許しを請う弱者の心。それを解き放つのがこの許しを請う『詠/祈り』であり、罰を望む『鍵/贖罪』なのだ。
――『奏でるは終焉の小夜曲』
瞬間、沸き立つ泡が弾け赤い液体は各々に形を作り出す。その姿はゴブリンやオークといった種族の上位種達に似ていた。だが色は赤のみで構成され、意思と呼べるものは感じられない。そして透けて見える身体の中心には魔石が爛々と輝いている。
薄く開けたアリスの目から涙が零れ落ちる。それは見たくない己の身勝手さを直視してしまった絶望、この力を使うことを選ぶことしかできなかった己の愚かさから来たものだった。
「な、なんだこのスキル。いや、スキルなのか?」
カイトが100の赤いモンスターの群れが現れた異様な光景を見て口を開く。このようなスキルはAWOには存在しなかった。アリスが50年で編み出した物だろうことは想像が付くが、魔石から擬似的にモンスターを作り出す方法など想像ができない。否、カイトは一つだけ近いモノを知っている。
「ホムンクルスなのか?」
AWOにおいてホムンクルスは魔石を核として従者を生み出す錬金術師のスキルだった。カイトもアリスがこの世界でモアと言うホムンクルスを生み出していることは知っていた。
「えぇ、これはホムンクルスの技術を解析して魔法に落としこんだもの。魔石に残留するモンスターの情報を血の儀式で引き出し、一時的に顕現させる魔法よ」
アリスは号令を待つ赤いモンスターから目を逸らすことなく答える。いつの間にか涙は止まっている。しかしその表情からは感情が消えていた。
「もう止まらない、だから……」
アリスは光の消えた瞳でモンスターを見つめながら両手を広げる。
「廻りなさい。廻り廻って、踊り廻るのよ。惨めに、醜く、踊り廻る時間を楽しみましょう」
その言葉を合図にしてモンスター達が賊達へと群がる。賊達はいつの間にか大号令の効果が切れており動けるようになってはいたが、突然の出来事に混乱していた。
「おい! そいつらは強くてもLV200にも届かない雑魚ばっかだ! 陣形を組んで戦えばどうにかなる!」
未だカイトから標的を変えられない大男が大声で賊達を叱咤する。大男の言う通り顕現したモンスターは一番強い固体でも頭に巨大な冠を付けた亜人間のモンスター、カイザー・オークのLV178だった。低いものなら120かそこらである。反面賊達は全員が最低でもLV190以上である為、陣形を組んで戦えば100体とは言えども勝つことは十分可能だった。
(これで諦めてくれれば、そうすれば……)
「……殺さずに済んだのに」
アリスの呟きは後ろにいたカイトの耳にだけ届いた。感情のない顔でそう呟いたアリスの姿に胸が締め付けられる。
アリスはアイテムボックスから先ほどの魔石よりも大きく、強く輝く魔石を三つ取り出す。
「は? なんだよその魔石……」
それに最初に反応したのは大男だった。その表情は先ほどまで激怒していたのが嘘のように呆けていた。
「私ね、背徳竜の剣がドロップするまで100回くらい背徳窟を周回したのよ」
そうまるで昔話でも語るようにアリスが発した言葉は大男の表情を絶望で染めるのに十分なものだった。
「ふ、ふざけんなっ! 背徳竜三匹だと!」
大男が叫ぶのと同時にアリスは魔石を赤い池に放り込む。すると赤い池から一際大きな泡が溢れ、巨大なドラゴンを形作っていく。ドラゴンは所々穴が空いていたり、肉を裂いて角が飛び出たりしている。
『背徳竜』、AWOにおいてLV詐欺と言われるボスモンスターの一匹だ。各種状態異常攻撃を繰り出すいやらしさから同LV帯では安定して狩るのが難しいとされていたボスであり、LV213でありながら安定して狩るには、LV250のパーティーが対策をしっかりして戦いに望む必要のあった。それが三匹である。
「安心して頂戴。ホムンクルス同様LV制限は200よ。ほら13も下がっちゃった」
アリスの言葉には安心できる要素など一つもない。対策必須のボスモンスターが13程度LVダウンした程度でどうにかなるわけがない。
大男が絶望した表情で賊達に目を向けると、そこには100体のモンスター相手に善戦している姿が見える。どうやらまだ背徳竜には気付いていないようだった。その戦線に背徳竜が参戦すればただ蹂躙されるだろうことは容易に想像できる。
背徳竜が顕現した瞬間に勝敗は決したのだ。
(ふざけんな、ふざけんな! なんだよこのチート野郎はっ!)
だが大男が内心で怒りをあらわにした直後、その場に誰かがパチパチと拍手する音が聞こえた。その音の主へとアリスとカイト、そして大男が顔を向けた。
「こーさンだヨ。大人シくお縄につクカら命だけハ見逃してクレないかイ?」
それは今までただ木箱に座っているだけだったフードの男だった。
あるぇ、戦闘は今回で完全に終わるはずだったのに終わらなかったぁ
厨二的詠唱?アリス心の詠入りましたぁ!
主人公最強が始まった途端茶々を入れてくるフードさん
というわけで23章はあと2話ほど続きます




