第21章 激動の始まり1
いきなり21章ですがミスじゃありません
この小説は21章から始まります。主人公のゲロイン無双が見たい方は1章投稿までしばしお待ちください
暗い石造りの廊下を蝋燭の火だけが照らす。随所に華美な装飾が施され、ここが格式ある場所であることが伺える。
その廊下の先に一際豪奢な装飾の施された扉が見える。もしも盗賊の類がその扉を見たなら、その先には無数の金銀財宝が眠っていると勘違いしていたことだろう。
それだけその扉はその見た目だけで、その先が重要な場所であるのだと示しているのだ。
だがその扉の向こうには、中心を空けるように四角く長机が配置され、その一角だけが人が中心に入れるように途切れており、中心には大きめの四角い石製の机が置かれているだけだった。
金銀財宝などと言うものは微塵も存在しない。だがもし、『この国』の敵対者が目にしたならばそこは金銀財宝の山に見えるだろう。
なにも幻を見せる術が施されているわけではない、中心を囲うように配置された机に座る身なりの良い格好をした10人の人物、それこそがこの国に存在する何にも勝る財宝なのだから。
席の後ろには従者と思われる人物が各々待機しており、いずれもその身にまとう服装は従者らしく華美な装飾こそないが、材質が一級品であることが簡単に見て取れる。
それだけの材質の服を着用する従者などただの従者のはずもないだろう。従者の中でも頂点か、それに近い位置にいるのは明らかだった。
「おい、グリムス卿はまだ来ないのかよ? いつもいつも、必ず最後じゃねーか」
椅子に座る中の一人、金糸の髪をウルフヘアーにした青年が乱暴な口調で口を開く。青年は華美な装飾の施された服を身に纏い、切れ長の目を更に細めている。眉間には不機嫌さを隠すことなくシワがよってしまっているため、美しいと言っても過言ではない顔立ちが些か損なわれてしまっている。
「そう、目くじらを立てるでないぞ、ストムロック卿。
グリムス領は王都から一番遠く、その特異性故に街道を敷くこともされておらんのだ。時間がかかるのは致し方なかろう?
まあおんし、愛しのグリムス卿に早く会いたいだけじゃろうけどの」
丸々とした身体と、すっかり寂しくなった頭をした老人は、青年をストムロック卿と呼び諌めつつからかうような言葉を口にする。
「ばっ、ちげーよ! 誰があんなババァのこと好きだってんだよ!
ちょっと付き合いが長いだけだ。それだけなんだからな!」
ストムロック卿は必死に否定するが、当の老人は満面の笑みを浮かべるだけで軽く受け流してる。
「ストムロックの坊やの気持ちなんざ、私らの間じゃ常識さね。
今更からかうことでもあるまい? 趣味が悪いよヴァーデルン卿」
青いドレスを身に纏い金髪を後頭部で一纏めにした、豊満な体つきをした妖艶な女性は、口の端を吊り上げながら老人、ヴァーデルン卿に釘を刺す。
釘を刺しているのは確かなのが、本気で止めようとしているように見えない。その証拠に小さな声でクスクスと笑っている。
「エレノーラ殿下のご実家ってだけで随分と舐めた態度じゃねーか、リュグナード卿。
王都筆頭貴族だからって調子のってんのか? なあ? 若作りババア?」
そんなことは百も承知なストムロック卿は当然の如くつっかかっていく。すると当然面白くないのはリュグナード卿本人である。
ストムロック卿の言葉を聞くや否や、余裕のあった態度を豹変させ片眉を吊り上げた表情で机を殴りつけて立ち上がった。
「乳離れできてないクソガキが言ってくれんじゃなかい!
ママのおっぱいが恋しくてイラつくのは勝手だけど、こっちにつっかかるんじゃないよ!」
言い返すべくストムロック卿も両手で机を叩いて立ち上がる。
「あんだと!
誰が誰を恋しがってるんてんだよ、クソババァ!」
「はんっ、そんなのそこのお坊ちゃ……」
「黙れ……」
言い争う二人を止めるようにただ一声、それもそう大きな声ではない、だというのにその低い声はこの部屋によく響き、全員の耳に確かに届いたのだ。
その声の主は言い争いの前からずっと椅子の上で腕を組み、目を瞑っていた人物だった。
短く切った色素の抜けた髪、巌の様な大きな身体、更に褐色の肌を持ち耳は大きく尖っていた。
「ちっ、ダムズ卿に免じてここまでにしてやるよ……」
ストムロック卿は捨て台詞を吐いて席に座り、リュグナード卿はダムズ卿を一瞥すると鼻を鳴らすだけして席に着いた。
ダムズ卿はダークエルフの土地との境に面する領地の領主である。そのためハーフではあるが、ダークエルフの血を継ぐ彼を領主とし折衝を行っているのである。
ダークエルフはよく似た容姿の森と共に生きるエルフと言う種族とは違い、洞窟や地下などに住居を持つ種族であり、エルフと同様基本的には排他的な種族なのだ。
その折衝を行うとなれば当然気苦労は絶えず、様々な経験を積むことになる。その経験の深さは彼の威厳となってその身に現れている。
これは公然のことであり、もう既に領主となって200年は経っているのである。その為、彼の言は国王すら無視できないとさえ言われている程の重鎮なのだ。
そんな男の一喝を受ければ当然二人は矛を納めざる得ないのは必然であった。
「相も変わらず、元気でようござんすなぁ。
わっちはもう若いお人らの勢いに付いていく気力はありんせんわぁ」
そう言って口の辺りを扇子で隠した金髪の女性がストムロック卿とリュグナード卿を見やる。
女性の容姿は『美しい』の一言に尽きるのだが、その頭頂部からは狐の耳が見え、椅子の後ろには9本の狐の尻尾が見え隠れしている。服装もまた独特で、東の国『アズマ』で作られているアズマ服――現代で言う着物――を幾重にもして着ており、後ろの従者も巫女服を着て狐面で顔を隠し、この国では滅多に見ない黒髪をしている。
この黒い艶やかな髪はアズマの民に良く見られる特徴である。
「おやおや、キュウテン卿はまだまだお若いではありんませんか。
あなた程の美貌と若さならばそれこそ実年齢など大した問題ではないでしょう」
そう狐耳の女性、キュウテン卿に告げたのは、糸目で金色の長髪を持った線の細いエルフの男性だった。男性は顎に手を当てたまま首を傾げている。
「ほんに、お口の上手なお人ざんす。
それともわっちのような老女を口説いていんすか? ウッドレア卿」
「アズマの先帝たるあなたを口説くなど恐れ多い。
ましてや私の様な軟弱者があなたに寵愛など求めようものなら、すぐに灰になってしまいそうですよ」
エルフの男性、ウッドレア卿はエルフの大森林との境界を含む領地を治めるエルフの領主であり、キュウテン卿は東に存在する島国とを結ぶ港を治める獣人の領主であり、かつてはアズマを治めていた帝でもあった。
エルフは森と共に生きる異種族であり、掟などを用いて種族内だけでコミュニティを完成させているため、排他的になっている。
獣人は見た目も様々で、様々な動物の特徴がある者達なのはもちろん、容姿に現れる獣の部分の割合も様々だ。耳や尻尾だけの者もいれば、二足歩行で言葉を介する獣といった感じの者もいる。
双方共にダムズ卿とは違い完全な異種族であり、元々は国外の人間ではあるのだが、それがこの国の貴族をしているのには理由がある。
その理由を端的に言うのなら、この国の一人の貴族に大恩があり、その大恩に報いるために双方の民との折衝役を買って出た故の事とだけ言っておこう。
ちなみに年齢だけで言えばキュウテン卿がこの中で最年長であり、次がウッドレア卿、その次にダムズ卿なのだ。
室内に唐突にジャラジャラと複数の飴玉がこすれあう様な音が響いた。それに続いて勢いよく水を飲み込む音も聞こえる。
「はぁ……。
アーデンベルグ卿の胃は今日も絶不調のようざんすね」
キュウテン卿の視線の先には、音の主であるちょび髭に七三分けの金髪中年男性がいた。男性は眉を顰めながら必死に水を飲み込んでいる。
「私は小心者なんです。
このようなお歴々や新進気鋭の皆さんと席を共になどすれば、胃薬が手放せませんよ。
胃薬を作って下さったグリムス卿には頭が上がりませんよ、本当に……」
アーデンベルグ卿はそう口にしながら、額の汗を従者に拭われている。臆病な小心者、それが彼の悪いところであり、同時にこの場の誰もが彼を認めている理由でもあった。
「まぁ、そんなアーデンベルグ卿だからこそ、あの領地を治められるんさね。
グリムス卿は除いて、他の連中じゃ冒険者連中とそこまでうまく付き合えるかどうか」
「まったくじゃて、自信を持てとはいわんがの。
その腰の低さが逆にあの領地をうまく治めておるんじゃし。
締めるところはしっかり締めておるしのぅ」
リュグナード卿とヴァーデルン卿の言うとおり、アーデンベルグ卿は国内で統治が2番目に難しい領地を無事に治めている。
アーデンベルグ卿の領地は国内では、かなり高レベルのモンスターが多く生息する土地であり、実力のある冒険者と呼ばれる者達がそれらを退治し、素材を持ち込むことで安全と経済に大きく貢献しているのだ。
当然それ以外の産業も盛んだが、それは全て冒険者が安全をある程度確保しているからできることなのである。
並の貴族では冒険者を下に見る態度が原因で衝突が絶えず、安全の確保すらままならないだろう。
その臆病さで、冒険者を下に見すぎることなく、正しく評価を下すアーデンベルグ卿は領主として仕事を真っ当にこなしていると言えるだろう。
「アーデンベルグ卿はすごいと思うよ……」
ボソっと小さな声が席の一つから聞こえる。その席の主は豪華なローブを纏い目深にフードを被った人物だった。
金糸の髪がフードから出ているが顔は良く見えない。小柄な身体は大人たちの中では少し浮いている。
「サブネスト卿、人見知りなのはわかるけど、フードは外した方がいいと思いますよ。
それと高評価ありがとうございます」
アーデンベルグ卿がローブの人物、サブネスト卿に注意を促しながらも礼を言う。この辺りの気遣いが、アーデンベルグ卿がうまく領地を治めている所以なのだろう。
注意はされるが、サブネスト卿は逆にフードをより深く被ってしまう。
周りはやれやれといった態度で、それ以上は何も言わない。
この場にいる者達は皆、サブネスト卿の人見知りは承知しており、無理にフードを剥がそうとは考えていない。
「もう、無理に見せろとは言わないけど。折角のかわいいお顔が台無しよねぇ。
美の追求者たる私としては勿体無く感じちゃうわよぉ」
少し間延びした感じの『野太い』声がする。その声は、茶色の髪をオールバックした垂れ目の男性から聞こえた。
左目の下に泣き黒子があり、胸元が大きく開いた貴族服を着ている。その身体は筋骨隆々とまではいかないが、かなり筋肉質であることが伺える。
「エインズワース卿、てめぇのその喋り方きめぇんだよ!
鳥肌立つからやめろや!」
身体を一瞬震わせた後、ストムロック卿が男性に叫ぶ。エインズワース卿は片目を閉じて、口元で人差し指を数度振ると再度口を開いた。
「ん、もう、ダメじゃない。私のことは美の追求者、ヴィーナス卿と呼びなさいといつも言ってるでしょ。
まったく、何度言っても覚えてくれないんだから、困っちゃうわぁ」
「マジ、きめぇんだよ! このクソオカマ野郎がっ!」
――カッーカッカッカ!
突然室内に大きな笑い声が響く。全員の顔が一瞬で引き締まる。その顔は一点、否一人に向いていた。笑い声を上げたのはこの部屋の中で一番豪華な椅子に座り、一番豪華な服を着た長い髭の老人だった。
「此度の会議も賑やかなようでなにより!
静かに廻る会議なぞクソ喰らえだ!
即位しようとバカ騒ぎが好きな性分まで変えられんわ。
卿らをこの『アトラクシア王国11議会』に選んだのは大正解だったな。
前任者共は真面目すぎてつまらなかったしな。
カッーカッカッカ!」
老人は一気にまくし立てるとまた愉快そうに大声で笑い声を上げた。
「へ、陛下、そういう問題なんでしょうか?
私としましてはもう少し厳かな雰囲気でもいいと思うのですが。ここは仮にも王国の国政を決める議会なんですし」
アーデンベルグ卿が額から汗を垂らしながら告げる。
そう、この老人こそがこの場にいる9人の貴族達の頂点、アトラクシア王国国王オーウェン8世なのだ。
若い頃にヤンチャだった名残から今でも突然無茶苦茶な事をするため、『悪童王』などと呼ばれている。
しかし、何も悪い意味で言われているのではなく、無茶な政策も結果として良い結果を残しているので、親しみと敬意をこめてこう呼ばれているのだ。
「アーデンベルグ卿は相変わらずの苦労人だな!
議会とは言ってもまだグリムス卿も到着してないしなぁ。
なぁ宰相、彼女はまだ来ないのか?」
オーウェンは口元を歪めながら楽しそうに話すと、後ろに控えるカイゼル髭の老人に問いかけた。
「そろそろ来るんじゃないでしょうか?
まぁ、どうせいつもの『アレ』でしょうから、そっちを楽しみにさせていただきましょう」
それを聞いたオーウェンは一度「むぅ……」と唸った後肩を落とし、入り口となっている扉に視線を向ける。どこかソワソワしているのは見間違えではないだろう。
そのオーウェンの様子を見てストムロック卿はつまらなそうに舌打ちをする。
リュグナード卿はそんなストムロック卿の様子にクスクスと笑い、それに気付いたストムロック卿が睨み付ける。
ヴァーデルン卿、ダムズ卿、サブネスト卿は我関せず。キュウテン卿、ウッドレア卿、エインズワース卿は二人の様子を楽しそうに見守り、アーデンベルグ卿は胃薬を必死に飲んでいた。
「……お姉さま、来る」
今まで俯いてはずのサブネスト卿が急に顔を上げ立ち上がったと思えば、扉の方を凝視して言った。
その視線に釣られるように全員が巨大で豪奢な扉に顔を向ける。
その直後扉が凄まじい勢いで開け放たれ、人影が見えた。
人影の方を凝視しながら、全員が呆けたような表情をして固まる。
その扉の向こうにいたのはこの世の者とは思えない程美しい少女だった。フリルのふんだんにあしらわれた黒のゴスロリ服を着た少女は、下手をすれば幼女とすら言える年齢かもしれない。
――その顔立ちの美しさは神が創造せし人形とさえ言えた
――その長い髪は蒼銀に輝いていた。
――その瞳は血のように真っ赤に燃えていた。
――その肌は白磁のように白く、そして儚かった。
少女はスカートを掴み上げ小さくお辞儀をする。その所作の愛らしさはあらゆる人々の目を奪うだろう。お辞儀を終えた少女は顔上げ、小さく可憐な唇を動かした。
「グリムス領領主、アリス・ドラクレア・グリムス辺境伯。議会の召集に応じただいま参上致しました。
遅れましたことを皆々様にお詫び致します。そのお詫びと言う訳ではございませんが……」
そう言って少女は会議場に背を向けた。
会議場の面々は彼女との面識など今まで何度も、それも数え切れないくらいあった。そんな彼らが彼女の美しさに呆けるなどということはあり得ないのである。
では何故彼らは呆けたのか……
「来る途中に『グラン・シーチキング』狩ったわ!」
満面の笑みで振り向いたアリスは扉の向こうにある巨大魚を指差して言った。
そう、彼らが呆けたのはアリスの美しさにではない、彼女の背後に見える大人の3倍はあろうかという巨大な『第2級指定危険食材モンスター』をその目にしたからだったのだ。
いきなりキャラがたくさん出てきましたが、王国側のメインキャラのほとんどが一気に全員出てきたから仕方ないんだ。
戦闘はまだまだ先ですので、主人公の最強っぷりを期待している方にはごめんなさいします。
最期にようやく登場した主人公の次話以降の活躍にご期待ください。
グラン・シーチキングは高級マグロの味がします。私は高級マグロなんて食べたことないですけどね