第23章 鮮血の万軍殺し(ブラッド・ヴラド)5
戦闘描写難しい!
21章のアリスの身長描写について変更しました
(数が多いな。真っ向勝負は無謀、防御に徹してなんとか時間を稼ぐしかないか)
カイトは内心時間稼ぎに徹することを決定する。討伐隊が編成され到着するまでは無理でも、稼いだ時間の分だけ賊は遠くに逃げることができなくなる。時間を稼ぐだけならスキルを使いこなしている数の分だけカイトが有利だ。ただ、奥でいつの間にか木箱に座りこんでいるフードの男だけが不安要素だった。フードの男は魔導具越しの看破というAWOではできなかったことをしている。これはスキルを使いこなしている可能性が高いということだ。
「よぉし、お前らそいつ囲んでフクロにしちまえ!」
大男が声を上げると賊達がカイトを囲おうと迫ってくる。PK慣れしているのか、一人が突出するなどという愚行は犯さない。カイトは即座にバックステップで出てきた森の入り口へと移動する。これでカイトの周囲を囲おうにも木が邪魔をするはずだ。森の中に入ればフードの男を警戒できないため入り口に陣取ることしかできない。それでも相手の動きを制限でき、魔法もある程度は木が防いでくれる。大規模な魔法は仲間を巻き込むから元より使えない。事実、大男の顔が歪んだのが見える。もう賊達はカイトに近付きすぎているため、この位置取りなら逃げようとすれば後ろから斬れる。
(ちっ、うまいこと陣取るじゃねぇか。こいつ慣れてやがるな。それもこっちに来てからじゃねぇ)
カイトは日本にいた頃に同僚と自主訓練で多対一を重視して行っていた。やっていたことはスポーツのカバディに近かったが、地形を利用して様々な状況の想定も行い、終わった後には互いに評価し合って改善点などを述べ合った。ルールもいい加減なのに本気でカバディ始めようかなどとバカを言ったのはいい記憶だ。
(これであとは限界まで粘るだけだ……)
賊達はなんとかカイトを囲もうとするがうまくいかずに焦れているようだ。結局包囲網と呼ぶには歯抜けの多い囲いになってしまった。そしてついに賊達が攻撃を行うべく行動を開始する。カイトはまず賊の一人が短剣を突き出してくるのを盾の曲面を使って受け流す。盾で視線が遮られた隙を突いて盾の陰から飛び出してきた槍の突きをあえて鎧で受けながらスキルを発動する。そのスキルによって槍が弾かれ、槍を握っていた賊は大きく腕を上げる形になってしまった。そこに更に盾によるスキルを発動させ、槍を持った賊を真っ直ぐ突き出した盾で吹き飛ばす。
「へぇ、PKの処理の仕方も一流じゃねーか。シールド・パリイからクラッシュ・リフレクターの即時発動、更にシールド・バッシュで一人弾き飛ばしたのか」
その言葉を聞いてカイトを囲う賊が一瞬たじろぐ。シールド・パリイはその名の通りにシールドで攻撃を受け流すスキル。クラッシュ・リフレクターは発動後短時間だけ受けた攻撃の勢いだけを跳ね返し相手を怯ませるスキル。シールド・バッシュは盾で殴るスキル。カイトはシールド・パリイ以外を本来とは違う動作から行った。AWOではクラッシュ・リフレクターは右手を上げて剣を掲げるポーズが必要であり、シールド・バッシュは横薙ぎの殴りである。
「その辺りの動作はうまくアレンジできないとこの世界じゃやってけないからね。でもまぁ、聞いた通りスキルを使いこなせないみたいで助かったよ」
強がってはいるが、カイトも使いこなしているスキルはそれほど多いわけではない。シールド・パリイに至っては単純すぎるスキル故に全くアレンジできていない。持っている手札を騙し騙し使いながらなんとかするしかないのが現状なのだ。
話しているのを隙と勘違いした賊の一人がカイトに向けて剣を振りかぶる。しかし、カイトは驚くことも慌てることもなく、白い光を纏う剣を一度横薙ぎに振ってななめ後ろから迫る賊の剣を弾いて、そのまま『輝いたまま』の剣を切り返して再度横薙ぎの一撃を賊に見舞う。弾かれ体勢の崩れた賊は胸に光の斬撃を受けて地面に這い蹲ってしまう。
「ディバイン・スラッシュ弐の太刀、なんつってね。かの佐々木小次郎のツバメ返しには劣るけどなかなかだろ?」
カイトがスキルの習熟を始めて最初に手を付けたのは、このディバイン・スラッシュだった。最も信用のおけるスキルの一つであるためだ。その過程でどういう原理で光属性の力を剣に纏わせているのかを理解することができた。それでも光を纏っていられるのは二撃が今は限界なのだが。
「ちっ、何やってんだよ。13人もいて一人相手にまごつきやがって」
大男が頭をガシガシとかきながら這い蹲っている者を含めた13人を怒気を孕み歪んだ顔で見下している。
「さっさと潰せや。じゃなきゃてめーらの方を潰すぞ」
その言葉を聞いた賊達の顔が一気に青ざめる。そして一斉に意味を成さない言葉を大声で叫んで自身に渇を入れ始める。
それを合図に複数人が同時にカイトに武器を振りかぶり迫る。そんな中でも決して味方の邪魔だけはしないのは、さすがは熟練のPKだと言えるだろう。AWOでPKは攻撃にプレイヤー識別設定を使っていなかった。それは自分の攻撃が味方にも当たるということなのだ。故にこの世界でも無意識に味方に攻撃を当てないように身体が動く。それが連携を繋がっていくのだ。
(ちっ、うまく怯ませたと思ったんだけど、あの鬼人が厄介だな)
カイトは突っ込んでくる賊の武器をなんとか盾と剣で凌ぎ、飛んでくる魔法をスキルも使って被害を最小限に抑えながら思考する。
カイトは徐々に場の流れをもっていかれ始めているのを感じていた。その中心にいるのは間違いなく鬼人の大男だ。大男の存在感が賊達に焦りを与えてカイトへの恐怖を薄れさせる。
(やられたな、種族スキルか……)
鬼人の階位の一つがもつ種族スキル『鬼門開門』。本来はLVの低い雑魚モンスターを自分から遠ざけるスキルなのだが、大男はそれを味方に対して使っている。味方とのLV差の少なさから効果が低いのだが、逆にそれが今回はいい方向に働いている。大男に対して逃走するほどの恐怖を感じるのではなく、小さな恐怖を抱くことで焦りを感じるにとどまっている。
それからもカイトは斬られてはいなし、撃たれれば防ぎ、を繰り返す。だが数の暴力を覆すような一手を見出せないでいた。逆に攻撃は苛烈さを増すばかりで、徐々にだがカイトにも疲労の色が見え始める。町を出た時はまだ日が真上にあったが、今は空も暗くなり始め夜が間近であることを告げている。
(少し無理をするしかないかな)
このままではジリ貧になるだけだと感じたカイトはここで博打を打つことに決める。そしてカイトはある一人の賊が自分に攻撃を仕掛ける瞬間を待つ。その賊が片手斧を小さく振り上げてスキルを発動させた。それに合わせてカイトはその賊の懐に飛び込んで行った。それに驚いた賊は一瞬固まるがすぐにスキル発動を再開しようとして、カイトのシールド・バッシュによって吹き飛ばされる。賊が吹き飛ばされた先には大男がいた。
「てめぇ……」
抜けた包囲網の隙間から大男とカイトの視線が交差する。その瞬間カイトの姿は大男の目から『消えたように見える』。その予想外の行動に賊達も手が出せなかった。そして……
金属のぶつかり合う音が鳴り響いた。
「なっ……!?」
今度驚愕の表情を浮かべたのはカイトだった。大男の胸元の辺りから見上げる形で驚愕の表情を浮かべるカイトの手には剣が握られており、その剣は大男の持つ両手斧とせめぎ合っている。
「そいつは縮地法ってやつか? 本当に消えたように見えんだなぁ」
カイトは完全に隙をついたはずだった縮地法からの一撃を防がれ、その正体を一回で見破られたことに苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる。しかしすぐに表情を引き締めて大男の力に逆らわず、わざと弾かれるようにして元いた方向とは違う方向へと距離を取る。無茶をした為もう元の位置に戻ることはできない。今まで以上にきつい状況に陥ることを覚悟して盾を構える。
「面白ぇ、俺と遊べよ色男っ!」
だがカイトの予想は外れ、近付いてきたのは大男一人だった。賊達も心なしか少し距離を取ったように見えた。そして大男は巨大な両手斧を振り上げてそのまま振り下ろす。さっきまでのようにシールド・パリイでいなそうとするカイトだが、盾が斧と接触した瞬間手に痺れを感じる。なんとかいなすことに成功したカイトはバックステップで距離を取る。
「今のスキル……君はベルセルクかい?」
ベルセルク、剣士ジョブ物理系の様々な武器を使いこなすウェポンマスター、その4次ジョブだ。ニールがこのウェポンマスターだが、ベルセルクは更に攻撃性能に特化させた上位ジョブである。
「へぇ、一度で脳天撃を見抜くたぁ、本当予想以上に面白い野郎だぜ」
脳天撃は溜めた振り下ろしに衝撃波を伴わせるウェポンマスターのスキルである。だがカイトは大男の行動に違和感を抱く。
(溜めがなかった。違う、たぶん別のタイミングで溜めたんだ。まさか二人目がいるとはね……)
本来振り上げて溜める脳天撃の溜めを別のタイミングで行った。それはつまりスキルを使いこなしているということに他ならなかった。カイトもスキルを使いこなしている賊がいるのは可能性として考えていたが、できれば当たってほしくはなかった。
(鬼人のベルセルクか……。仲間が距離を取ったのは巻き込まれるからかぁ)
カイトと大男は位置を変えながら攻防を繰り広げていた。しかし大男の一撃をカイトがいなすだけでカイトは攻撃には移っていない。大男の攻撃は衝撃波を放ったり、巨大な斧を縦横無尽に振り回したりと、下手に攻撃に移れないのだ。鬼人には短時間だが全ての物理攻撃に衝撃波を伴わせる種族スキルもあり、本来衝撃波の発生しない攻撃にも衝撃波が発生していた。
「随分とがんばるじゃねぇか。そろそろおねんねしたらどうだよ?」
「残念だけど、まだ寝る時間じゃないんでね」
軽口をたたきながらもなんとか凌ぐカイト。なんとか攻撃に移りたいがその隙はない。『戦闘用の切り札』を切れば可能だが、今切り札を切ってしまえば後が続かない。大男の他に14人も賊はいるのだ。だが、ふいに今まで距離を詰める側だった大男がバックステップでカイトから距離を取った。
「あぁ、埒が明かねぇな。ここはいっちょ大暴れすっか」
その言葉にカイトは悪寒が走るのを感じた。鬼人の切り札、カイトが思っている通りのものなら戦闘の流れが一気に大男に傾くことになる。
大男はカイトを見たまま目を血走らせ、体中の血管が浮き出ている。そして息は荒くなり、その様子はまるで昔話に出てくる鬼のようだった。それを見たカイトは予感が的中したことを悟り、急いで距離を取ろうとするが気付いた時には大男は目の前におり、次の瞬間には景色がすごい速さで流れていった。何度か背中に硬いものを砕く感触を感じ、何度目かのその感触の後、流れる景色が止まった。
止まったカイトは喉に熱いものがこみ上げてくるのを感じ、そのまま口から赤黒い液体を吐き出す。焦点の合わない目に映るのは吹き飛ばされた自身の身体が薙ぎ倒した木々と、先ほど目の前に現れたはずの大男が遠くにいる光景だった。
(狂鬼降臨……こんなのを『20分』も耐えろってのかい)
狂鬼降臨、20分間もしくは対象が死ぬまで対象以外を攻撃対象にできない変わりにSTR、VIT、AGIが大幅上昇する、鬼人最高階位『修羅』の種族スキルである。ボスモンスターなどは基本的に複数の雑魚が近くにいるため、このスキルは若干使いづらい類のものとされていたが、一対一においては部類の強さを発揮する。鬼人が近接最強種族と言われる所以である。
大男は首をコキコキと鳴らしながらカイトを見ているが近付いてくる気配がない。未だどこか朦朧とする頭でそれを見ていたカイトだったが、ベルセルクの持つあるスキルを思い出して、痛む身体を無理矢理動かしてその場から大きく飛び跳ねて移動する。すると先ほどカイトがいた場所を巨大な空気の弾丸のような衝撃波が通り抜け、カイトの後ろにあった木々をなぎ倒していく。
「おっ、動けたかよ。よく避けたな、褒めてやるよ」
ベルセルクのスキル『ウルフ・クラッシュ』である。遠距離に弾丸のような衝撃波を放つスキルだ。受けていればカイトはまた吹き飛ぶか、最悪ここで死亡していただろう。カイトは身体に痛みを感じながらポーションを口に含んで一気に飲み干した。飲み干した動きで一瞬身体に激痛が走るが、今はそんなことを気にしている余裕はない。
(こっちも切り札を切るしかないかなぁ。両手斧でできる遠距離攻撃はあれだけのはずだし)
そう考え『戦闘用の切り札』を使おうと立ち上がったカイトの目に映ったのは、片手斧を片手で上に放り上げて遊んでいる大男の姿である。その姿を見て先ほどの考えを改める。この世界は現実なのだから、『スキル以外の遠距離攻撃の手段』などいくらでもあるのだ。
そして大男が弄んでいた片手斧を振りかぶり『投げた』。そんなスキルは存在しない。しかし、この世界ではその攻撃方法は存在しているのだ。
(切り札も切らせてくれないってわけかい。まいったね)
カイトは未だ痛みを感じる身体で力なく笑い、まるで色が消えスローになってしまったような世界でただ斧が自身に向かってくるのを見ていた。切り札のスキルを使用する体勢に移行していたカイトはすぐには動けない。なんとか動くのが間に合っても完全に回避することは難しいだろう。カイトは少しの後悔を抱きながらその瞬間が来るのを呆然と見ていることしかできなかった。
だがその斧はカイトに届くことはなかった。横から飛んできた赤い何かが斧を吹き飛ばしたのだ。カイトが赤い何かに視線を向けると、それは大鎌だった。大鎌は地面に突き刺さり、持ち手の部分から徐々に同色の液体へと崩れ始めていた。カイトはその大鎌に見覚えがあった。
――随分と面白可笑しく踊り廻っているじゃない『白銀の竜騎士様』
日が落ち暗くなった森の中を照らすのは月の光と洞窟の入り口の松明だけ。そんな中に幼いが鈴が転んだような、そんな声が響く。そして声の主が闇から現れる。森と洞窟前の広場のちょうど中間辺りに『彼女』姿を現した。月の光で蒼銀に輝く長い髪を靡かせ、血のように赤い瞳を伏し眼がちにし、真っ黒なドレスを身に纏った身体で歩む姿は可憐であり気品に満ち溢れている。
「皆様お初にお目にかかります。私はグリムス領領主、アリス・ドラクレア・グリムス辺境伯。今宵皆様のダンス相手を勤めさせていただきます」
それは吸血鬼の少女アリスだった。アリスは小さく微笑むとスカートの端を摘み小さくお辞儀した。
主人公登場次回無双なるか!?




