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ヴァンパイア辺境伯 ~臆病な女神様~  作者: お盆凡次郎
第23章 鮮血の万軍殺し(ブラッド・ヴラド)
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第23章 鮮血の万軍殺し(ブラッド・ヴラド)1

第23章開幕です

イカリのアリスへの呼称変更


 ――夢を見る。夢を見る。その夢には何もない。ただ、赤い、赤い、それだけ。


「この夢は久々ね」


 夢なのに意識がはっきりしている。これは夢だが夢じゃない。ここは『彼/彼女』の心の中。その内側の秘めたものの中。


 ――さぁ、廻りなさい。円環を廻り廻って……


 『うた/祈り』が聞こえる。『彼/彼女』の心の奥底に秘められた『うた/祈り』。これは『鍵/贖罪』だ。『彼/彼女』の心の奥底を開く『鍵/贖罪』。


 ――あなた達を祝福する光がなくとも……


 『詠/祈り』が響く。赤いだけの世界に『鍵/贖罪』だけが鳴り響く……。


 ――そこでアリスの目が覚める。側にはモアが控えている。いつもの朝だ。


「おはよーごぜーます、マスター」


 『今日/罪』がまた始まる……。


 ――再会の日から既に40日が経過していた。その間カイトはスキルを使いこなすための訓練を続けながら、冒険者として依頼を受けていた。時折アリスからLDと組むように言われてその通りにしている。

 既に40日未だに迷宮へは足を踏み入れていない。


(もう40日か。かなりスキルにも慣れてきたけど、ようやく数個のスキルを使いこなせるようになっただけかぁ……)


 カイトは門の前でそんなことを考えているが、そもそもこの世界の人間は新しいスキルを習得するごとに必要なもの不要なものを分けて、少しづつスキルの習熟を行うのだ。40日で数個というのは冒険者から見ても異常な習熟速度と言える。

 しかし、カイトはそれに満足することはない。彼は今は撤去されたキャンプの方を見ながらため息をついていた。

 この40日は怒涛の勢いで物事が進んでいった。ウィリアムは最初の20日で面接と試験を終えると、すぐに転移者の受け入れを行い始めた。なにも全ての人員をアンジェリスで受け入れるつもりは最初からなかった。1000人という数は一つの町で受け入れるには多すぎたのだ。

戦う意思のある人間には20日目以降も試験を実施したが、それ以外の者には他の道を示すことになった。その中でも特に多く転移者が受け入れられたのは、領地と懇意にしている商人達だった。日本で営業職に就いていた人間が以外に多く、またいざという時には自分の身を守ることもできる。これは商会にとって大きなプラス要素となった。そうして商会の下っ端に就く者がそれなりにいたのだ。

他にも農業の知識が豊富な者、建築知識が豊富な者など村の開拓ができる転移者には、事前に用意していた開拓予定地での開拓を任せることにもなった。

特に酒や遊びなどの娯楽知識に優れたものは町でも開拓地でも引っ張りだこになった。ウィリアム曰く


 ――異世界人舐めてたわ


 ということだ。ウィリアムもこの世界の常識の内の職を持たせることしか考えていなかったのだが、知識について聞いてみれば想像を超えるものがいくつも出てきた。

 さすがに開拓地や食品関係には厳しい監視を付けざる得なかったが、それでも異邦人への対応としては高待遇であることには変わりないだろう。

 服飾デザイナーの抱え込みに某装備外観変更マニアのロリ吸血鬼が全力を出してきた時にはさすがにウィリアムもブチ切れた。

 意外と言えば、娼館勤めを望む元々の世界でそういう職業に就いていた女性陣や元男性、更にはそういう職業に就いていたネナベ――ネカマの逆バージョン――が娼館のボーイ兼教育係として高い適正を示してそのまま就職したことだろう。

 その時のアリスの反応は以下の通りだ。


――そりゃそういう職業だった人間もいるならあり得るでしょうけど、まさかネカマがそっちの道に走るとは思わなかったわ。さすが変態国家日本ね


 そして当初ほとんどいないことも予想された戦闘に耐えられる人間は56人にもなった。100人にはまるで届かないがそれでも元日本人であることを考えれば少なくない人数だろう。そして、その内の多くが冒険者になることを望んだ。今のところある程度の契約は行ったが冒険者になった転移者達は自由に行動しており、その監視の役目はギルドが担っている。

 だが、今まで語ったいずれにも機械人と吸血鬼は含まれてない。彼らはその特異性故にアリスが自分の領地で引き取ることを決めていた。機械人29人、吸血鬼7人と少数だったのは幸いだが、これは不遇種族故の怪我の功名と言えよう。

 機械人は全員が、吸血鬼は3人が冒険者となり、残りの吸血鬼4人についてはパワーレベリング――強い人が弱い人の代わりに強い敵と戦って、弱い人のLVを上げる行為――ならぬパワーランクアップを行うこととなっている。

これが大まかな転移者達の推移であり、開拓組みは既に開拓地で元気に開拓を行っている。その護衛依頼やらで最近はギルドも賑わっている。

 当然のことだが、アリスのことは伏せたが全ての転移者に最初に屋敷に呼び出された面々にされた注意事項が告げられている。特に金の価値を落とす可能性も含んでいるゴールド金貨についてはかなりきつく注意を促すこととなった。


「お待たせいたしました」


 40日間の出来事を振り返っていたカイトの耳にその40日の中で聞きなれることになった声が届いた。

カイトが振り向いた先には感情の感じられない表情で無機質にも見える瞳を向ける女性、LDが立っていた。


「本日の予定は開拓地への商人の護衛です。今から5時間後に出発を予定しています。これから依頼者と合流、打ち合わせを行い、場合によっては積み込みを手伝った後出発です」


 LDが無機質な声で今からの予定を述べる。この声を聞くたびカイトは身体による精神の変化を実感させられる。その変化は比較的精神が人間に近い竜人であるカイトにも現れていた。元々バランスのとれた食事を好んでいたが、現在は肉が主食になったし、本能の部分で力を強く望んでいることもわかる。


(僕も随分と身体に毒されてきたな。アリスを前にしてまさか……)


 冒険者になってから数日してカイトは『臆病な女神様』と『冒険王物語』の詳細を知ることになった。その内容を知ってから、今まで以上にアリスが気になるようになり、稀に強い獣欲を抱いてしまうのだ。強者との間に血を残すことはドラゴンの本能の一つ、アリスがこの世界における強者の側にいることを知ってそれが内から湧き出たのだ。

 始めてその感情を抱いた時は、アリスを力尽くで押し倒す自分を想像して、自分の顔面を殴りつけた。アリスには奇異な目で見られたが、想像が現実になるよりはマシだろう。ステータスだけで考えれば肉体面では後衛のアリスは前衛のカイトに劣る。実際にそうなれば抵抗できるかは不明なのだ。昼の時間だったら尚のことやばい。

 そこまで考えて、カイトは一度頭を振って頭の中を切り替える。


「とりあえずは依頼人との合流だね。開拓地の現状確認も頼まれてるし、気合入れていこうか」


 そう言ってカイトはLDと共に依頼人の待つ場所へと足を進めるのだった。


 ――窓がカーテンで締め切られた暗い部屋。ここは宿にある女神部屋、アリスの宿泊している部屋である。


「そう、そっちの現状はわかったわ。結界の状態維持は今のまま続けてちょうだい。戻るのはもう少し先になるから、その間のことも頼むわね」


 アリスは水晶のようなものに向かって話しかけていた。これは通信魔導具という遠隔地と通信を行うための高級な魔導具である。

 通信の先はグリムス領。領地を持つ貴族には、領地を運営する責任が存在する。ほとんど魔境とは言えグリムス領を治めるアリスにもその責任は存在した。そこでアリスは通信魔導具を使って領地にいる領地運営の補佐をしている従者の一人と毎晩連絡を取り合っているのだ。


「こっちは最悪あと20日もあればそっちに向けて出発できると思うわ。それまでは任せたわよ、イカリ」


《かしこまりました、お嬢様》


 魔導具の先から聞こえてきたのは壮年の男性の声だった。イカリと呼ばれた男性は恭しく返事をすると、次の主の言葉を待つ。


「さて、必要なことは大体、話し終えたかしらね。あぁ、そういえば工房の建設状況はどうなってるかしら?」


 工房、その言葉を聞いたイカリが書類をめくる音が魔道具の向こうから聞こえてくる。


《そうですね、ほぼ完成。数日もあればお嬢様が必要な設備を作るだけでいい状況までもっていけるかと思われます》


 それを聞いたアリスは一度だけ小さく頷くと口を開く。


「それならいいわ。問題さえなければそのまま続けてちょうだい。それじゃ、何かあったら逐次連絡をしてくれればいいわ」


《かしこまりました。ではこちらは転移者の受け入れ準備を進めます》


 その言葉を最期に通信が切れる。アリスは少し何かを考えた後、何かを思いついたのか部屋の入り口へと足を向ける。


「さて、私の資産だけでどこまで『買い取れる』か……」


 不敵な笑みを浮かべたままアリスは部屋の扉を開けて外へと足を踏み出した。


 ――アリスの企みを知らないカイト達は馬車の護衛として街道を馬で進んでいた。街道とは言っても石で舗装されているわけではないので、揺れはかなりある。


「しかし、馬に乗るのはまだ慣れないなぁ」


 カイトはそう言いながら馬が跳ね上がる度に小さく呻き声をあげる。


「私の場合は馬に乗るより自分で歩いたほうが効率的なのですが……」


 LDは馬に乗ってはいるのだが、実は馬に乗らないほうが早いし、馬と違って疲れないしで効率的だったりする。そこはさすがは機械人といったところだろう。


「あー、冒険者さん達そろそろ休憩所に着きますから準備して下さい」


 そこに声をかけたのは今回の依頼人であるボンド商会の若旦那パスカルだ。ボンド商会はアリスと縁のある商会で、世界に二枚だけのゴールド硬貨をアリスから買い取った商会だ。それ故に事情は知らずとも異邦人とだけされている転移者の冒険者に偏見なく接することができる。

 そうして休憩所に着いた一行は馬小屋に馬と馬車を繋ぐと、打ち合わせ通りに最初の馬車番としてLDが馬小屋に残って、他のメンバーは休憩所へと入っていった。現在は夕方であり、ここの休憩所を逃すと次の休憩所へは深夜に到着することになってしまうため、ここで朝まで休憩することになっているのだ。


 ――そして夜、無事馬車番を終えたLDと番を変わった。


(こうして外で番をしてると、訓練時代を思い出すな。星が眩しいくらいだ)


 ろくな光のない街道の夜空は星の光が爛々と輝いて見える。日本の市街では決して見れない光景だが、訓練時代やこっちに来てから何度も見てきた光景のため、今更感動するものではないが。


(あー、アリスと一緒に見てみたいな。まぁ、実際そうなってもロマンチックな雰囲気なんてならないんだろうけどな)


 想うのはいつでも一人の少女のことだった。カイトにとってアリスは特別な存在だ。それはかつてカイトが日本にいたころに『彼』に救われたことが原因で抱いた感情だった。自分の在り方を示してくれた恩人であり、新しい悩みの種だった。悩みの種だった『同性』という事実が失われれば当然、カイトにはもはや躊躇する理由はないはずだった。

 だが、この世界で再会した『彼女』はとても不安定に見えた。それは『臆病な女神様』と『冒険王物語』を聞いて確信に変わった。弱々しい『彼女』が描かれていた『臆病な女神様』と高潔な冒険者で吸血鬼の『彼女』が描かれた『冒険王物語』。その二つが同じ人物を描いていると知っている人間はそこまで多くはなかった。童話と小説という違う作風であることも原因の一つだろうが、その二つの物語の主人公は別人にしか見えないのだ。

 それでも、カイトにはどちらも『彼女』であると理解できた。理解できたからこそ、『彼女』はどこかで『臆病な女神様』から『冒険王』に変わらなければならなかったことに気付いてしまった。

 『彼女』が心に負っているであろう想像もできない『傷』。それがカイトが『彼女』に踏み込むことを躊躇する理由になっていた。


(まだ、僕は今の『彼女』のことを何も知らないままなのかもしれないな……)


 カイトはいつかそれを知ることができるのか、そして知ることができたならその時彼は思いを伝えられるのだろうか。それはまだわからない……。


 ――アリスは今、宿の部屋に戻りいくつもの紙の束を眺めてほくそ笑んでいた。


「ふぅむ、上々、上々。こんなに集まるとは思わなかったわ。十数人に当たっただけでこの量。まだまだ伸びそうじゃない」


 そんなアリスの様子を軽く引きながらモアが見つめている。だがアリスはそんなことはまるで気にした様子はない。


「これならばもしかしたら、今まで作れなかったアレもできるかもしれないわ。楽しくなってきたわね!」


 そしてアリスは紙の束を上に投げた。紙の束はバラバラになってアリスとアリスが座るベッドへと降り注ぐ。


「我が世の春が来たわっ!」


 アリスは近く可能になる『ある事』について考えながら異常に昂揚して笑い声をあげている。


「きめーです。マスター」


 さすがの従者でもそんな主にはついていけないらしい。モアがゲンナリした様子で呟いた。


更新頻度落ちるかも

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