第22章 かつての戦友6
今回もちょっと短め
毎度誤字脱字報告、ブクマありがとうございます
――仄暗い森の中、人ならざるモノの住処であるこの場所を歩く複数の人影があった。
「私、ゴブって苦手なのよね。昔押し倒されて犯されそうになったことあるのよ」
人影の中の一人、アリスから唐突にとんでもない発言が飛び出す。ゴブとはゴブリンのことであり、初心者向けではないが少し慣れた冒険者が日銭を稼ぐのによく狩っているモンスターだ。異種族の牝を苗床にして繁殖しているらしく、そういう注意がギルドなどでよく見られる。
アリスの発言を聞いて気が気じゃないのがウィリアムとカイトだ。二人はゴブリンは絶滅させるべきじゃないかとさえ考えた。
「あの時は転移してきたばかりで、必死に抵抗したら裏拳で頭吹き飛ばしちゃって、ちょっとしたトラウマだわ」
LV250の必死の抵抗はLV13のゴブリンには触れるだけで爆散するレベルらしいことを、転移者達は胸に深く刻んだ。あとゴブリンは女の敵って情報もである。
「それじゃ、この辺りで『ゴブリンを絶滅』させてちょうだい」
どうやらアリスも『ゴブリン絶滅委員会アンジェリス支部』の会員らしい。
「よし、じゃあまず僕がいこうか。ゴブリン絶滅は人類の為になるみたいだしね」
カイトはヘルムを被ると装飾がされた美しい白い剣を抜いて応える。そこに背の高い草を掻き分け緑色の角が生えた小さい人間のようなモンスターが現れる。絶滅危惧(不要)種予定のゴブリンである。
「さぁ、いこうか。悪いが一撃で決めさせてもらうよ」
警戒するゴブリンへ向けて、カイトが無防備に近づく。カイトが頭に思い浮かべるのは、目の前のゴブリンを一撃で切り捨てる自分の姿。カイトの無防備な姿に痺れを切らしたゴブリンが飛び掛る。
――頭に思い浮かべるのはただ一閃、少し前まで己が初撃として最も信用していた一撃。
身体を半身、盾で隠された左半身を後ろに下げたカイトは、右手に持つ剣を横になぎ払うように振った。飛び掛るゴブリンには剣の刃『は』届いてない。だが、それでもゴブリンはそのまま地面に落下する。正確にはゴブリンの下半身だけが落下した。上半身は勢いを殺せず、血と臓物を撒き散らしながらカイトの開いた胸部にぶち当たる。
一拍置いてカイトが自分の身体をずり落ちるゴブリンの顔を冷めた目で見やる。ゴブリンの瞳には生気が一切なく、口からは大量の血が溢れ出している。
そしてカイトはゴブリンの胸部に剣を突き刺し、その部分を引き裂く。引き裂かれた隙間からは僅かな光が見えた。彼は剣を離すと、一切の躊躇をすることなくその光の元を手で引き抜いた。それは拳より少し小さいくらいの水晶の様な石だった。
「ふぅ、魔石の採取は完了っと。どうかな伯爵? あなたのお眼鏡には適うだろうか? あぁ、技術が拙いのは許して欲しいかな」
その光景を驚愕の表情で見るのは転移者とウィリアムだった。アリスは当然といった表情でリラックスしていた。
「ゴブリンに『ディバイン・スラッシュ』はオーバーキルじゃないかしら?」
そして他の者からすれば的外れな疑問を口にする。他の者からすれば、カイトがモンスターとは言え人に近い容姿の生き物を平然と切り裂き、魔石を身体から引き抜いたことに驚きを隠せないのだ。
エルフの女性など気分が悪いのか、眉間にシワを寄せて口をへの字にしてしまっている。多少の距離があるからまだこれで済んでいるのだ。
(ふざけんなっ。こいつ殺すことに躊躇いがまるでありゃしねーじゃねーか)
ウィリアムが内心で吐き捨てるが、当のカイトは先ほどのディバイン・スラッシュ――剣士ジョブ聖騎士系3次ジョブの聖騎士が習得できる聖属性付きの剣攻撃スキルで、通常攻撃より少し攻撃距離が長い――の感覚を反芻しているのか、二度、三度と横薙ぎの素振りをしている。先程教わったばかりの『スキルを使用する』感覚を掴もうとしているのだろう。
「さすがは自衛隊員ね。肝が据わってるわ」
アリスが口にした『自衛隊員』その言葉に反応したのは、やはり転移者達だった。
「あんた自衛隊の人だったのかよ! そりゃぁ覚悟も決まるよなぁ」
黒髪の戦士が納得したように頷く姿に、カイトは少し困ったような表情を浮かべる。
「別に僕だって死ぬのが怖くないとか、殺して何も感じないとかはないよ。ただ、必要なら敵を殺すことを躊躇う気はないよ。あ、内臓とかはレンジャー訓練課程とかでサバイバルしてる時に野生生物とか捌いてたから慣れてるだけだからね」
困った表情のまま然も当然のように言うカイト。彼には必要に応じて殺す覚悟はあった。それこそ転移する前からずっとだ。
カイトはアリスの方を見て一度微笑んだ。
(アリスは随分遠くまで行ってしまったみたいだしね。追いつくには止まってはられないんだよ)
ウィリアムはアリスが王都で言っていたことを思い出していた。
――潰れる? あの男は潰れないわよ。
これだけは断言できるわ。アイツは放っておいてもこの世界で剣を取る道を必ず選ぶわ。
それは英雄願望でも、使命感でもない。
アイツ自身の誇りと生き方がそれを選ばせるのよ。
だから決して潰れないの。
(ちっ、アイツの言った通りってわけかよ……)
ウィリアムはアリスのその信頼の厚さ、そしてそれに応えたカイト、その事実に強い嫉妬を感じていた。しかし、それを表に出さずにいつも通りを装って口を開く。
「その『じえーたいいん』って何だよ? そっちだけで納得してないで教えてくれよ」
その質問に答えたのはLDだった。彼女は抑揚の感じられない声で事務的に、自衛隊がどういったものかをウィリアムに説明する。
それを聞いて納得したウィリアムがカイトを見ると、彼は不敵な笑みを浮かべていた。
「で、僕の評価はどうなりますかね?」
したり顔で聞いてくるカイトに、ウィリアムは手が出そうになるのを堪えて返答を口にする。
「あぁ、上等だよ。合格以外の評価はやれねーわな」
できるだけ簡潔になるように告げて顔を背けるウィリアム。
「あら?」
そこでアリスが何かに気付き、その言葉を聞いてウィリアムもソレに気付く。
「左前方及び右前方からゴブリンと思わしき移動音を確認。左前方推測、数37。右前方推測、数14」
だが、ソレの正体を告げたのは二人のどちらでもなくLDだった。
「私が左前方のゴブリンを処理しますので、お二人は右前方のゴブリンをお願いします」
更にそう淡々と口にして黒髪の戦士とエルフの女性を見る。その目に感情は窺えない。
「お、おう、わかった……」
「やってみるわ……」
緊張を隠せない二人を見守るアリス。そこで、草を掻き分ける音が耳に届いた。LDは両椀部に折りたたまれた形で装着されたブレードを展開して左前方へと身体を向ける。二人も大剣と杖を構えて右前方へと歩み出る。黒髪の戦士は緊張はしているが、ニールの時のように腰は引けていない。
音が近づいてくる。そして少ししてそれは姿を現した。
「グギャギャ!」
右前方より現れたゴブリンに向かってエルフの女性が杖を向けて、頭の中に魔法スキルを思い浮かべる。すると杖の周りに魔法陣が浮かび上がり一抱えはありそうな火球が出現する。それを見て一瞬怯んだゴブリンに向け、女性は火球を放つ。火球は直線距離を草木を燃やしながら突き進み、ゴブリンに着弾する。するとゴブリンは炎に包まれ、苦痛の声を上げた後倒れこんだ。そして、一同の鼻にゴブリンの焼ける嫌な臭いが届く。
「いっ……」
その臭いが鼻に届くと、その臭いに吐き気を感じたエルフの女性が口を押さえる。これは自分が殺した臭いなのだと、否が応にも理解させられる。先程聞いた『臆病な女神様』の少女が何故力に恐怖したのかがわかる。AWOの時とは明らかに違う『現実』がここにはあった。
「吐かなかっただけマシよ。あとゲームじゃないんだから、森で炎を使うのは控えなさい」
アリスはそう言って、指輪を付け替えて魔法陣を出現させて、そこから水を放出して森に着いてしまった火を消した。そうしている間にも左右前方からゴブリンが飛び出してきた。それを迎え撃つために飛び出すLDと黒髪の戦士。エルフの女性もなんとか立て直すとすぐに氷の魔法で援護を開始する。
黒髪の戦士は肉を裂く感触などに耐えながら何とかゴブリンを2匹ほど切り捨てるが、巨大な剣が森では不向きな為、多少苦戦している。エルフの女性も氷の刃を放つが、木々に邪魔されてうまく当てられない。少し時間がかかったが黒髪の戦士が素手での攻撃を織り交ぜることで何とか14匹のゴブリンを倒すことに成功した。
戦い終わり、精神に大きな疲労を感じながらもアリス達の方を向いた二人は、ウィリアムの様子がおかしいことに気付く。
「俺は今日初めて会ってから、あの機械人が感情を表したところを一度も見てねーんだけど……」
その言葉を聞いた二人は何の話をしているのか首を傾げる。そして、LDが戦っているであろう方向を向いて戦慄した。
「ゴブリン34匹の魔石回収を完了しました」
そう口にしたLDの周りには一刀で切り伏せられた34匹のゴブリンの死体が転がっている。その中に立つLDは顔色を変えるどころか感情を欠片も表していなかった。
二人はふいに今日の彼女の様子を思い出すも、そのいずれでも彼女だけは一切の感情を表情に出していなかった。
「彼女は『機械人』だもの、感情を感じることができると思う?」
そうウィリアムに告げたアリスの表情はどこか暗かった。
「機械人には感情がないという設定が存在した。それはこの世界で現実となった。
けど、彼女は悲しいとも感じなければ、悩むこともない。心はすでに失くしてしまったのだから」
アリスの口から告げられる『ゲーム時代の設定がこの世界では現実になる』という真実。それに最初に反応したのはエルフの女性だった。
「それじゃ、エルフの私はこれから何千年も生きるっていうの? こんな世界で?」
アリスは目を細めてエルフの女性を見た。
「そうよ、私は永遠を生き、あなたは数千年を生きる。私が50年も幼い姿のままなのだから当然でしょ?
でも私達はまだマシよ。機械人に比べればね。あぁ、機械人は心を抱けないだから辛いと感じることもできないわね」
その言葉を聞いて俯いてしまうエルフの女性。
「あー、その辺りは追々考えてくれ。とりあえず全員合格だ。審査基準は逃げないことな。
あと希望があればうちの国で暮らすエルフを紹介してやる。アンジェリスの冒険者ギルドのサブマスもエルフだしな」
ウィリアムはそう言って会話を切り上げさせるが、エルフの女性の顔色は優れない。
(永遠を生きる……か。俺はコイツを置いてく側になっちまうってことかよ……)
だが、内心では今まで考えないようにしていた事実に歯がゆい思いを抱いていた。そして4年前の一人の男の葬儀を思い出す。
町の住人の多くに慕われていた男の葬儀には多くの人間が参列した。その先頭の遺族に混じって涙を流したアリスの姿があった。その男はアリスにとって大切な人だった。アリスは彼が死の瞬間まで腰に下げていた剣を抱きしめて声を上げることなく、ただ涙を流し続けていた。
ウィリアムは頭を振って、考えを頭から消す。
(今考えてもしゃーねーか)
「それじゃ、試験も終わったことだし帰りましょうか。ほらLDさっさと身体拭きなさい」
そう言ってアリスはLDに濡れたタオルを投げつける。
「感謝します」
一言だけ感謝を伝えて自身の体に付いた返り血を拭き取るLDの瞳には何の色も浮かんでいなかった。
黒髪の戦士もエルフの女性も、そしてカイトですらその姿をただ眺めることしかできなかった。
たぶん次かその次でこの章が終わるはず
機械人の無感情設定やっとだせた!




