第22章 かつての戦友5
今日はお出かけしたので更新少なくてごめんね!
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――町の門の前でアリスは無精髭の生えた非常に短い茶髪の40歳過ぎくらいの門番と話しこんでいた。しかし、どこか説教じみているのは気のせいだろうか。
「ニール、あなたねぇ、少しは成長したかと思えば……」
「師匠、もう勘弁してください……」
門番でもある弟子のニールへのアリスの説教は止まるところを知らない。周りの他の門番もニールを気の毒そうに見ている。そこであえて止めないのは、二人の師弟関係を知っているからだろう。
「まあ、弟子への『かわいがり』はこんなところでいいかしらね」
(『かわいがり』!? これがアズマに伝わるという、伝統のしごき『かわいがり』なのか!?)
門番の一人がアリスの言葉に戦慄を覚える。アズマ恐るべし。ちなみにアズマには大陸人を戦慄させるいくつかの伝統があり、『ハラキリ』『ドゲザ』『かわいがり』『デビルフィッシュ料理』と様々だ。
「それで、あなたに一つ頼みたいことがあるんだけどいいかしら?」
アリスはニールに向けて悪戯を思いついた子どもの様な表情を見せた。
――ウィリアムとカイトが先に行った三人の転移者に追いつき町の門についた時、アリスが門番の一人ニールと共に待っていた。モアの姿は見当たらないので、姿を消したままなのだろう。
「遅かったわね。もう待ちくたびれて不肖の弟子を少し揉んじゃったわよ」
アリスのその言葉が示す通り、ニールの顔にいくつか痣ができている。
「お前の速度に追いつけとか無理言ってんじゃねーよ。屋敷から門まで普通に歩けば2時間以上はかかんのに、お前10分で着くじゃねーか」
AWOでは階位――AWOにおける種族ごとの階級――が最大5の内4である、ヴァンパイアロードに至っている吸血鬼は、コウモリ化といわれる短距離ワープスキルが使用できる。そのコウモリ化が『現実』になることで、魔力を消費し続けることで高速移動できる能力へと変化したのだ。
「吸血鬼の特権よ、特権。そんなことよりそうね、あなたちょっとこっちに来なさい」
そう言ってアリスは転移者の黒髪の戦士に話しかけて、手招きする。その表情は満面の笑みだった。
(あ、これ何か企んでる表情だ。南無三)
カイトはその表情の意味に気付いて、ちらっとウィリアムの方を見るとウィリアムも気付いているのか、引きつった表情をしている。
「お、何ですか?」
「そこに立って、うん、そこ、んでそこのニールって門番と向かい合ってちょうだい」
そう言って黒髪の戦士をニールと少し離れた位置に向かい合わせに立たせて、一度頷いた。
「そこのニールはLV138の元Sランク冒険者よ。丁度いいから一回戦ってみなさい」
その言葉にお互いの顔を見合わせ困惑を示すのは転移者達だ。ここにいる転移者は全員LV250。いくら戦い慣れていないとはいっても、100以上LV差のある相手に負けるはずないと考えていた。
だが次の瞬間、転移者達の表情が凍りついた。ニールが一度だけため息を吐いた後、静かに殺気を放ったのだ。
「おう、師匠、こいつ俺より随分強そうに見えるのに、全然なっちゃいないじゃないですか。ちょっと殺気当てただけで顔色が変わっちまって、まぁ」
殺気を放った当人は実に気楽そうだった。
「おっし、構えようぜ。胸を借りるつもりで行かせてもらうからよ」
ニールはアリスに向けていた敬語をやめて、黒髪の戦士に手に持ったハルバードを向けた。それを受けて黒髪の戦士も背中に背負っていた巨大な剣を引き抜いた。
二人の間に緊張が走るが、ニールはリラックスしており、黒髪の戦士は腰が引けていた。対照的な二人の状態はまるでニールの方が強者であるかのようだった。
「あー、そのなんだ。もう少し落ち着けよ。構えも変だし、別に命の取り合いをするわけじゃないんだしよ」
緊張を解すためにニールが語りかけるが、それも効果がなく彼は困ったような表情を浮かべる。
いつまで待っても腰が引けたままの黒髪の戦士に対し、ニールは一度大きくため息を吐く。
「仕方ないか。師匠始めていいですか?」
「ん? まだ始まってないつもりだったの? 甘いわね」
アリスの方を見ずに問いかけたニールだったが、彼女の返答に思わず引きつった表情になる。ニールは表情を引き締めなおした後、ハルバードの柄を短く握った。そしてその身体が一瞬前方へ傾く。次の瞬間、黒髪の戦士の目にはニールの姿が『消えたように見えた』。
すると、数瞬後に黒髪の戦士の喉元へ冷たい感触が襲った。
「これで一撃だ」
その声は黒髪の戦士の下から聞こえた。そこには屈んだ姿勢のニールが黒髪の戦士の喉元へハルバードの槍の部分を突きつけている。
ニールは突きつけている刃を引いて立ち上がると、頭をガシガシかくと黒髪の戦士に横顔を向けて口を開く。
「なぁんか、アンバランスだなあんた。身体は明らかに強者のソレを感じるのに、それ以外が全然何も感じないんだよな。まぁ、生死不問でやれば結果は違っただろうけどな」
その言葉を聞いてすぐに黒髪の戦士は、腰が砕けたのか大きな音をたてて地面に座り込んでしまった。
「え、何が起きたんだ?」
黒髪の戦士は状況を理解できていなかったが、周りの転移者もまた理解が追いついていなかった。ただ、その二者で理解できない『理由』は全く違うものだった。
「え、何が起きたの? あのニールって人少し速かったけど、普通に真っ直ぐ移動しただけじゃない」
エルフの女性のその言葉を聞いて驚いたのは黒髪の戦士だった。
「は? 冗談はやめてください! 彼は突然消えて、気付いたら俺の下にいたんですよ!」
アリスはその状況を見てクスリと笑うと、仰々しく両手を広げて口を開いた。
「気付かないの? あなた達もかつて似たものを目にしたことがあるはずなのだけどね」
アリスは言い終えると視線をLDに向ける。
「格闘ジョブのスキル始めの動作に近いものが存在すると予想します。ですがあの動作は極短距離のものであり、そこそこの距離があった今回の場合謎が残ります」
LDの予想に数度首を縦に振って肯定を示すアリス。
「そ、これは縮地法と呼ばれる一瞬で短距離を詰める武術の技術、更に距離を伸ばすために格闘ジョブでお馴染みのダッシュステップを組み合わせた移動方法よ」
ダッシュステップとは少々の距離を素早く直進するだけのスキルだ。
それを聞いて首を傾げたのはカイトだった。
「縮地法とやらの動作を挟んだらダッシュステップは発動しないんじゃないのか?」
カイトは『鍛錬』でこの世界でスキルの使うためには、頭に浮かんだスキルの動作を真似てそれっぽく動くことと、発動する意思を持つこと、その二つが必要だと確認していた。
だから一瞬倒れこむ縮地法の動作はダッシュステップとならず、発動もできないと考えたのだ。
「あなたの考えは大体予想がつくわ。スキル発動手順を考えれば不可能だと思ったのでしょう?
でもね、『スキルの発動』と『スキルの使用』は別物なのよ」
カイトの頭は混乱した。二つの違いが全くわからないのだ。
「スキルの発動とは、スキルを思い浮かべ、思い浮かんだ動作を真似つつ発動の意思を持つことでスキルを発現すること。
スキルの使用はその発展系であり、どうやってそのスキルがその効果を出しているのか理解し、真似るだけでなく自分に合った動作でそのスキルの必要な部分だけを発現させることよ。
言ってしまえば、スキルの使用はスキルを技術に落とし込むことを言うの」
その説明を聞いた転移者達は自分達が未だAWOのシステムに縛られていたことに気付かされた。そして……。
「それが必要なほどこの世界は厳しいってことか……」
カイトが口にした言葉はこの場の転移者全員が感じたことだ。スキルをバラして組み立てる。元々システムアシストなど存在せず、自身の力で道を切り開いてきた人々の強さを転移者達は今その目で見たのだ。
「なんだ、あんたら自分のスキルを使いこなしてなかったのか。その様子じゃ武術の方もいまいちみたいだし。アンバランスさの正体はそれだったのか」
ニールが何気なく口にした言葉は転移者達の心に深く突き刺さった。どこかでLV250の強さを驕っていたのだろう。その力故に少しの楽天的な考えが頭にあったのだろう。それが砕かれたのを確かに感じた。転移者達のその表情は悔しさに満ちたものだった。
そんな転移者達の表情を見て、アリス、ウィリアム、ニールの三人は顔を見やって小さくため息をついた。
そしてアリスが目を瞑って言葉を紡いだ。紡がれる言葉は物語、その一部であり、そこで語られるのは一人の人物の愚かさ。
「昔、一人の少女がいた。少女は力を手にして、万能になった気がした。
でも少女は始めてその力を振るった時、自分の力を恐怖した。そして逃げて、目を閉じ、耳を塞ぎ、何も語らず、ただ自分の殻にこもり続けた。そして世界を恨み続けた。
それが『臆病な女神様』の始まり。この世界で今、最も読まれている童話。
主人公になったと勘違いした一人の愚か者の始まりの姿よ」
カイトも他の転移者もそれがアリスなのだと理解した。そしてウィリアムが何故自分達に戦闘経験を積ませようとした理由の一端も理解できた。ウィリアムは自分達が力と向き合えるか試そうとしているのだろうと。
「まぁ、何が言いたいかというと、『主人公気取ってない分ソイツよりマシよ、あなた達はね』ってことよ」
その通りなのだろう。自分達は何を悔しがっていたのだろうか。わずか十数日この世界にいただけの自分達が、技術や経験でこの世界の人々に劣るのは当然なのだ。
「うっし! ニールさんもう一本お願いします!」
黒髪の戦士が自分の両頬を叩いて立ち上がる。その目は真っ直ぐニールを見ていた。今度は腰も引けていない。その様子を見たニールは大口を開けて笑うと、その願いを受け入れた。
「おおう! もちろんいいとも。何度でも相手になってやるさ!」
ウィリアムは予定がどうとか言いながら頭をかきつつ二人を見ていた。他の三人も二人の戦いに注目している。だがアリスだけは視線をLDに向けたまま動かさなかった。
(やっぱりあの子……)
そして一度、何かに耐えるような表情を見せた後、視線を外して戦いという名の鍛錬をする二人に視線を向けて、憧れるような、羨むような顔をした。
「ところで、ふっかけた私が言うのもなんだけど、これだけで一日終わったら笑えるわよね」
「笑えねーよっ!」
もう数度黒髪の戦士はニールに負けていたが、徐々に一撃では決められなくなってきていた。それは純粋な身体能力の差が出ているのだろう。
さすがにアリスもこのまま一日が終わるのは問題だと思ったのか、口を開く。
「ほら、バカ弟子! もういいわよ。見せたいものは見せれたし。こっちも時間が無限にあるわけじゃないんだから」
それを聞いて戦っていた二人は戦闘態勢を解いた。二人の状態は対照的で、ニールは汗一つかいていないが、精神的なものなのか身体能力で勝る黒髪の戦士は汗だくだった。
「そう言えば、これからモンスター討伐って言ってましたっけ? がんばれよ若人達!」
ニールはそう言って挨拶もろくにせずに門に足を向けた。アリスは仮にも領主もいるのに挨拶すらせずに門に戻ろうとするニールに頭が痛くなった。
「あなた、仮にも領主相手に挨拶すらしないとか、かわいがりが足りなかったかしら?」
それを聞いたニールは背中を一度ビクっと大きく跳ねさせてから、背筋を伸ばした。そしてウィリアムに向き直り敬礼をする。
「これは領主様! 大変失礼いたしました! では自分はこれにて仕事に戻らせてもらいます!」
その変わり様にウィリアムは引きつった顔で手を挙げることで返答とした。それを受け取ってニールは門に向けて走り出した。
(かわいがりって、相撲?)
エルフの女性は日本のいた頃の記憶を思い出して苦笑いをしていた。周りを見れば他の転移者も同じような表情だった。
「僕も手合わせをお願いしてみたかったなぁ」
ぼそっと呟くカイトは苦笑いのままニールの走って行った方向を見つめていた。ニールと何度も手合わせをしていた黒髪の戦士は自分の剣に目を落として、真剣な表情をして黙ってしまっている。
「あれがこの世界の強者ですか。確かに『情報を記録』しました」
そして、LDが漏らしたその言葉をアリスは聞き逃さなかった。そして疑惑は確信に変わる。
「んじゃ、お前らこっちも移動するぞ。いつまでもここにいたって意味ねーしな」
ウィリアムの掛け声で動き始める一同。しかし、アリスはLDを引っ張り、ウィリアム達に向かって声を出す。
「あなた達は先に行っててちょうだい。私はこの子にちょっと用があるから」
訝しむ面々だが、深く聞くことはせず先にモンスターの出没する森へと足を進めた。
そして先に行った面々が見えなくなるとLDとアリスは口を開いた。
「私に何か御用でしょうか?」
「本当は戦闘の様子を見てから話そうと思ったんだけど、さっきので確信したから今、話すことにしたわ」
そしてアリスはLDに語り始める。自分の抱いた疑惑と確信、そして『機械人』の今後のことを……。
戦闘シーン(笑)です。
異世界でのスキル使用方法について今回は出しました。
そういう細かいVRMMO時代との違いとか出るたびに解説してるのでテンション悪くなってないだろうか心配
ちなみにLV250とSランク冒険者の戦いは生死問わずでなりふり構わずスキルぶっぱするとLV250が勝ちます
今回はあくまで寸止めだったのでSランクが勝っただけでです。




