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ヴァンパイア辺境伯 ~臆病な女神様~  作者: お盆凡次郎
第36章 世界樹討伐戦
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第36章 世界樹討伐戦2

続きの二話目

 ――――


「結構な演技だったじゃないか、なぁ、親友?」


 パーティーに合流したアリスに真っ先に声をかけたのは付き合いの長い友人だった。その内容が先ほどの演説のことを言っていることはわかるが、内容が不穏である。


「あら、酷いこと言うのね。そんな意地悪言われるだなんて、私達の友情にヒビが入るような何かがあったのかしら?」


「自称姫様流人心掌握術だっけ? 昔、ロールプレイのために必死に勉強してたよね。実演も見たし、そのまんまじゃないか」


 わざとらしく悲しそうな表情をしていたが、続いて指摘されたことで悪戯がバレた子どものような笑みに顔を変える。それがそのまま答えなのだろう。それがどんなものかはわからないが、やってみせたということなのだろう。


「確かに、最初のインパクト、視線の動き、感情のどの部分に訴えかけるか、そういった部分で憧れの冒険王と、助けを求める貴族のお姫様を演じて見せたわ。でも、嘘は言っていないし、自身の心を偽ってもいないわ」


 言いながら、小さな少女は彼の横を素通りして、未だ両腕を上げて吠えているメイへと足を進めた。

 自身の横を素通りした少女から視線を前に移す、フードで顔を隠したオーパルが呆れたと言いたげなジェスチャーをしていた。


(嘘はない、かぁ。ん~、思った以上に僕の知らないことって多いんだなぁ。冒険王物語読んでみようかな)


 ショックを受けながらも、僅かにズレた感想を抱く。視線を再び、愛しい少女に向ければ、そこには褐色の少女に胴上げされている姿が見えた。胴上げされながらキメ顔をしているシュールな姿を見れば、あれほどの演説をしたとは思えない。





 ――森を進軍するのは、三つに分けた部隊の一つだ。長期戦も見越して、補給路を作る予定だが、一つでは不安が残るため、あえて三つに分けることで確実に維持しようと考えたのだ。

 尚、アリスの従者達とレオンギアなどのLD以外の機械人は町に残っている。これは有事の際に全体の指揮を出すニャアシュ、部隊レベルで指揮を担当する従者で備えているからだ。町の防御を最小数であっても、大きく割いているのだ。

 三つの部隊にはそれぞれ転移者だけでなく、現地の冒険者も組み込まれている。これは道中の戦闘を任せるためだ。転移者はできるだけ道中の戦闘には参加しない方針なのも理由がある。


「一つは純粋に疲労を溜めないためよ。そして、格上、同格のモンスターとの戦闘経験がない転移者に、それを見せるためでもあるわ。これから私達が戦うのは、LVだけなら格上、ゲーム時代は犠牲が出ることも珍しくなかった相手なのよ」


 今、アリス達の目の前で冒険者達が一体のモンスターを囲んで戦闘を行っている。転移者なら一人で何体も倒せる相手だが、現地の冒険者には数人で囲んで倒す程の相手なのだ。その姿は必死に生き残り、勝利を手にしようとする姿だった。

 その姿を目に焼き付けようと、転移者達は必死の形相で視線を向けていた。冒険者の生き方、在り方、今まで自分達が経験することがなかった世界がそこにはある。酒場で陽気に歌っていた男も、道端で転んだ女性も、皆がたった一体のモンスターを相手に足掻いている。

 小さな領主が演説で語った『生きる』ということ、その姿が目の前にある。自分達の中に残っていた、余分な余裕はもはや完全に打ち砕かれた。心のどこかで、ゲーム時代のマギア・ユドラシルに対する、侮りがあった。


次は自分達の番だ。


そう心に誓い、露払いを行う『仲間』の姿をその目に映し続ける。


「ふぅん、重畳(ちょうじょう)、重畳、最後の最後、その準備も完了ってところね。普段の狩りならいざという時、逃げることを前提としている。でも、今回の戦いは不退転の覚悟を持ち、その上で生き残るために全力を尽くしている。今だからこそ見れるものもあるのよ」


「彼らが普段以上の力を出すことが可能であることは理解できました」


 満足そうに冒険者達の姿を眺めながら、視線をLDに向けてみれば無表情のまま目の前に視線を向けていた。背中には巨大な箱を背負い、両足には普段とは違う巨大なパーツが接続されていた。

 気付けば、戦闘は無事に終わり、露払い役を別のパーティーと交代しているところだった。複数の敵が出れば、複数のパーティーが対処し、一体の敵なら、一つのパーティーが対処する。疲労を極力減らすための対応だった。


「すごいな。覚悟だけならあったけど、実際にやるのとはやっぱり違うんだな」


 冒険者の姿に感嘆の声をあげたのは、自衛隊員という立場だったカイトだ。護る為の覚悟はあったが、実際に日本に戦火が降り注いだことはない。災害などで、危険の中を進んだことはあったが、そこに殺意はなかった。

 護る為に殺す世界はこの世界で経験した。同格との戦いもアリスとの戦いで経験した。だが、どちらも心に余裕があった。これから経験するのは、今目の前で繰り広げられたのは余裕を決意に変えた戦いだ。

 彼の心に僅かな火を灯すには十分すぎるだろう。かつて護りたいと思ったものが目の前にいて、そのための決意の種火を与えられた。


(僕がすべきことは変わらない。それでも、抱いた決意が違う。やるしかないさ。ただ、彼女の心を護るために、そのために剣を振るうだけだ)


 この先に待ち受ける戦いに思いを馳せる。余裕や油断は微塵もない。これから挑むのは『レイドボス』ではない、『第0級接触禁忌災害』、この世界の絶望なのだ。





 ――補給路の構築は順調に完了し、現在討伐隊のメインメンバーである転移者組が集まっている。補給拠点となっている場所は三か所。アリスが用意した通信魔道具で会議を行う。

 三つに分かれてはいるが、この後少し進んだ場所で合流して戦闘に挑むことになる。この先は森のモンスターを蹴散らしながら、速攻で合流し、マギア・ユグドラシルに挑むことになる。

 ゲーム時代のように安全領域で集合して会議することはできない。故に、魔道具を使ってでも、補給拠点で行う必要がある。現地の冒険者は現在周辺の警戒を交代で行っている。疑似安全領域となった拠点内では軽食などを食べながら、戦闘前の最後のリラックスも行う。


「わかっているとは思うけど、合流後はすぐに戦闘になるわ。その後は相手の出方を窺いながらも、定石の戦術を用いるわ。タンクで防ぎながら、炎系の魔法で相手の触手を削るわ。触手の復活間隔を正確に把握できれば、そこからは近距離の出番よ」


 現実では何が起きるかわからない。とは言え、未知に怯えてばかりもいられない。持てる知識を総動員して、従来の対処を踏まえつつ、未知に対しても備えねばならない。それ故に、定石はそのままに、一歩だけ後ろに下がって慎重さを持つことにしたのだ。

 それに異議を唱えるモノはいない。誰もが、総指揮を執るのが誰なのか理解している。今、彼女の言葉を邪魔するモノは誰もいない。


「敵が予想外の行動をしてきたら、その時は一時的に耐久戦に持ち込むわ。タンクで耐えながら、回復と触手の撃破を最優先にするわ。その間に対処を見つける。いいわね」


 未知にただ飛び込むのは愚か者のすることである。未知に立ち向かうために一時耐えることを選ぶのだ。時間を稼げば策を見出すことができる。日本を離れ、一年にも満たない自分達にできなくとも、この世界で50年生きてきた彼女ならできる。そう、信じているのだ。


「軽食を済ませて、軽く身体をほぐしたら出発、時間は30分後よ。全員、戦闘前の最後の休憩、英気を十分に養いなさい」


 二つの魔道具の向こうからの返事が聞こえた後、通信中を示す光が消失する。それを確認してすぐに、今まで凛々しく作戦会議を行っていた少女は専用に用意した天幕の向こうへと歩いていく。仮にも総大将であり、貴族であるため、補給拠点であっても専用の休憩スペースくらいは用意している。





――――


(さぁ、もうすぐ、もうすぐ始まる。必ず、終わらせてみせる……)


 天幕の中、いつものぬいぐるみを抱きかかえて座り込んだ少女。さすがのパーティーメンバーでも許可なくここに立ち入ることはない。彼女は今、独りだった。ぬいぐるみの頭に顔を埋めて、頭頂部の匂いを嗅ぐ。その行為に特別な意味があるわけではない、今はいつものように思考を放棄するためにそうしているわけではない。


(ついにここまできた。きてしまった。大丈夫、大丈夫、やれる。私は冒険王。私は国の英雄。言い聞かせるのはここまで。私はただ、そうあればいい)


 今、何も考えずにぬいぐるみに埋もれていられたらどんなによかったか。そんな考えが一瞬よぎるが、それは甘えと切り捨てる。自身の在り方を定めた。今、この時だけは、自分の在り方が揺らいではいけない。

 ふと視線だけを動かせば、誰もいない空間が目に入った。僅かに柔らかい敷物の上に椅子が一脚あり、その後ろにグリムス領の紋章の入った旗が垂れ下がっている。だが、そこには誰も座っていない、少女が座っているのは天幕の端である。


(貴族か……。いつの間にかロマに貴族になるよう言われて、グリムス領に町を作って、冒険王と呼ばれたり、臆病な女神様とかいう絵本が作られたり、本当、長いのか短いのかわからない50年だったわね)


 自身の人生の大半の締める50年を思い浮かべて、小さな笑みが漏れる。あの日、アンジェリスと呼ばれる前のストムロックの町で起きた出来事。それが全ての始まり、『アリス』の始まりがそこにはあった。


(ねぇ、メリア、ルーシル、私、こんなところまで来ちゃったよ。あの日、言えなかった言葉、どうして言えなかったんだろう。長閑(のどか)な開拓村で二人と一緒に暮らすの、楽しみだったな。でも……)


 ――もう、失われた。


(ジム、あなたと出会った時、既にあなたはミィファ一筋だったわよね。私に勇気があれば、そうすれば一緒にいれたのかな。でも……)


 ――そんな都合のいい幻想は切り捨てた。


(私が今、『アリス・ドラクレア・グリム』としてここにいる。『失われた/切り捨てた』過去は過去のこと。過去に胸を焦がす弱さは、今はいらない。私はそうあればいい。過去の夢は過去の夢、今の現実でそれを凌駕しなさい。さぁ、舞台の幕が上がるわ)


「さぁ、行きましょう。もう休憩も、後悔も終わりよ」


 そんな風に『心を切り替えて』いる内に気付けば、30分が過ぎようとしていた。ぬいぐるみをアイテムボックスにしまって、立ち上がる。天幕の外へと足を向ける。その瞳に迷いはない。


――迷いはなくとも、濁りは深く、暗く宿っている。





 ――駆ける。ひたすらに駆け抜ける。20人近い数の影が森の中を駆け抜けていく。目指す場所はわかっている。迷うことなどあり得ない。ただ進む、目の前にモンスターが現れれば、数人が一撃を叩きこんで消し飛ばしていく。

誰も止めることはできない、こうして敵を掃除した場所は拠点で補給を繰り返しながら、露払いの冒険者達が維持する。邪魔な横やりは入れさせない。

 突き進む。どこまでも突き進む。いつの間にか60人近くに増えた影が森を突き進む。ここまで来るとモンスターの姿はない。

 強大な存在の縄張りを理解しているのだろう。隙さえあれば牙をむくが、万全の相手にただ挑む愚行は犯さない。野生の獣故の在り方がそこにある。


「対象を確認しました。予定地点まで距離、100、90……」


 近づく。もう、その時はすぐ近くだ。最後の一歩が今、踏み出される。


 50年待ち構えた吸血鬼の足が地面に突き刺さると同時に、皆の視界にもそれは映った。時間と共に積み重ねた想いを込めた言葉が、今、紡がれる。


「全員戦闘布陣。マギア・ユグドラシル、討伐開始っ! 勝って全員で帰るわよっ!」


 


次回本戦開始。

次回更新では本戦前半を2話か3話程まとめて更新予定です

3話で長々とやるより、ある程度短くまとめて戦闘開始前の話は2話にまとまりました。


次回も楽しみにしてくださると嬉しいです。

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