第36章 世界樹討伐戦1
いつも皆様ありがとうございます。
長らくお待たせしました。
今回は本戦開始までの二話更新です。
第0級接触禁忌災害討伐当日、多くの冒険者が領主の屋敷の中庭に集まっていた。そこにはLV255の転移者だけではなく、普通の冒険者の姿もある。誰もが今か今かと待ちながら、抑えきれない熱を声に変えていた。中庭を支配するのは、無数の冒険者たちの熱のこもった雄叫びだった。
それに呆れた様子を見せる者はいない。一人が叫べば、別の誰かがそれに続く。一度収まっても、すぐにまたそれは始まる。
雄叫びこそ上げていないが、いつもの面子の姿もその中にあった。
「ほぇー、これだけ集まるとすっごいねー。熱気がこもってるって感じがするよ」
首をあっちこっちに振りながら、メイが間延びした声をあて周りを見ている。大勢の人間が集まっているが、大狩猟祭の経験のない他の転移者とは違い驚いている様子はない。驚いている理由は、ギルド前広場よりも狭いスペースにこれだけの人数を詰め込んだことについてだった。
「なるほどな、『俺達』と現地の冒険者が一緒に監視してたのはこのためか……」
忙しく動かしていた首を野太い声の方向へと向けると、そこには腕を組んで納得した表情を浮かべた彼女の兄の姿が目に映る。
彼の言う『監視』とはマギア・ユグドラシルの監視のことだろう。グリムスの森奥地の監視となれば、現地の冒険者だけでは荷が重い。領地に来た転移者を順次ローテーションに組み込む形で、現地の冒険者と転移者のペアを作って行っていた。
最初は転移者だけでは人数が足りないためだと考えていたが、『この場』に彼らがいることを考えれば別の理由であったことは察することができた。
「パワーレベリングかぁ。ゲームならあんまり褒められたものじゃないけど、現状じゃ仕方ないかな」
カイトも赤い髪を掻きながら、そのことに気付いたようだった。
パワーレベリングとは、高LVのプレイヤーが、自身よりも低いLVのプレイヤーのLVを上げるために、パーティーを組んで対象プレイヤーでは倒せないような強い敵を倒すことを言う。
敵のLVが上であればあるほど、経験値入手の効率は上がっていく。パーティーメンバーにも経験値が入るゲームでは頻繁に行われる行為だった。AWOでもそれを行うことができた。
効率はいいのだが、いいことばかりではない。基本的にアイテムは引っ張るプレイヤーのものである点、プレイヤーの腕が磨かれないという欠点がある。現実の身体を動かす様にキャラクターを動かすVRゲームにおいては後者が顕著だった。AWOでパワーレベリングをできる仕様にしていたのは、これを運営が理解していたからこそだった。
LVだけ上がっても、結局は同LV帯のパーティーに着いていけず、LV上げと同じだけ練習を重ねないといけなかった。あまりにも無意味だったので、AWOでは可能ではあっても、価値が低かったのだ。
「監視の仕事でレベリング、普段の狩りで慣らし。現実になってみれば、ゲームとは比べ物にならない効率のよさだ。しかも、僕達慣れた転移者の模範演技付きだしね」
現実世界ではゲームと違って、パワーレベリングで収入が減れば、その分普段稼がなければならない。その結果身体を慣らす作業も捗る。一時的なパワーレベリングは現実世界では底上げに十二分の成果をもたらしたのだ。
それでもパーティーでなんとかグリムスの森を歩ける程度ではある。彼らは決して、討伐戦に参加するためにここにいるのではない。
「あっ、冒険王だっ!」
屋敷の上の方を見上げ、瞳を見開いて、嬉しそうな声がそう告げる。パワーレベリングの意外性に感心していた二人も、傍から聞こえた声に視線を動かす。
その目に映ったのは満面の笑みで窓から飛び降りる領主の姿だった。
「……は?」
「なにやってんだ、アイツはぁっ!?」
驚いているのは二人だけ、メイを含めた他の冒険者はその姿に熱を上げて叫んでいる。よく見れば、転移者の中には驚いているモノもいるが、誤差だろう。
驚くモノは小さな身体が地面に向かって落ちていく瞬間を見ていることしかできない。止めるのはもはや間に合わない。救うこともできない。あまりの出来事に、『失念している』ことに気付かない。
地面にぶつかる直前、少女の身体は無数の黒にはじけ飛ぶ。黒は羽ばたきながら、用意された檀上へ向けて不揃いな動きで移動している。壇上に到達した黒はこんどは規則的な動きで回りながら、一つの形を作っていく。
驚くモノ達は失念していた。あの領主が吸血鬼であることを、そのスキルのことを……。
「皆、よく集まってくれたわ。皆、よく私の声に応えてくれたわ。一騎当千の強者達よ、この世界に新たな歴史を刻まんとするモノ達よ、私がグリムス領領主、アリス・ドラクレア・グリムスよ。英雄のゆりかごたる、この世界で最も過酷な戦場にようこそ。あなた達を歓迎するわ」
喧騒の中、その声は中庭にいる全員の耳に確かに届いた。その言葉を聞いて、今まで叫びを上げていたモノたちは押さえつけられたかのように、口を閉じた。今までの状況が嘘のように場が静まる。
姿を現したアリスがワラう。妖艶に咲う。貴族として嗤う。少女のように笑う。ただ一度、ワラうだけで様々な表情を見せる。見るモノによってその笑みの意味が変わる。そんな笑みだった。
いつの間にか、壇上にいる彼女の傍らにはモアとLDが控えていた。少し離れた位置で壁に背を預ける人影はオーパルだった。
役者は揃った。冒険者達の姿を満足気に眺めながら、小さな身体を一回転させる。ヒラヒラとした服が風で浮き上がり、スカートは大きく膨らむ。回転の後、小さな着地音が響くと、全員が息をのんで次の言葉を待つ。
無数の視線を受ける主は、大きく腕を広げて、息を吸った。
「今日、この日、あなた達は英雄になる。かつて、カトゴア連邦を襲った脅威。それ以来、それは顕れることなく、それに触れることは許されないとされた。触れれば滅びとして返される災害、第0級接触禁忌災害。それこそがこの世界における絶望の名前よ」
一部の冒険者が俯き、砕けるのではと思うほど拳を強く握る。彼らの中には長命種もいる。数百年前の第0級接触禁忌災害の降臨を目にしたものもいるのだ。その目に映った、その心に刻まれた、絶対者による反抗を許さぬ恐怖。どれだけの時間が過ぎようと忘れることはない。
「故に、それを討つあなた達は英雄になる。この先、奴らに絶望を刻まれた時間より、長い年月、あなた達は絶望を失墜させた英雄として語り継がれ続ける。絶望は過去になり、英雄は未来に輝くのよ!」
小さな身体で、誰もが目を離せないほどの動きを繰り返しながら熱弁を繰り返す。その力のこもった瞳に魅入られぬモノはこの場にはいない。この場において、彼女だけは英雄になるモノではない。
冒険王、英雄アリス・ドラクレア・グリムス
彼女はすでに英雄なのだ。その英雄が自分達の力を求め、言葉を紡いでいる。英雄が自分達に英雄になれと言う。英雄が自分達は英雄になれるのだと言う。
英雄と肩を並べて英雄となる。冒険者になるモノが一度は夢見るものだ。目を離せるわけがない。魅入られぬわけがない。
「あなた達の目を見ればわかる。求めているのでしょ。誰もが成しえなかった冒険を、偉業を、誰もが諦めた願いの成就を、今日、この日に成しえることを!」
その言葉は彼らの胸に突き刺さった。この世界に生まれた冒険者にとって、それは求めてやまないものだった。
「転移者達よ。あなた達には未だ、道半ばだろう。愛するモノができたモノもいれば、流されるままここまで来たモノもいるだろう。私はあなた達にこの世界で生きてほしいと思う。生きるに足る理由を見つけてほしい。新しい何かを見つけてほしい。転移者としての先輩として、心からそう願う」
顔を伏せ、懇願するように言葉を紡ぐ。その表情は切なげで、最初の笑みとは違う魅力に満ちていた。それを見て、鼓動が高鳴るモノもいた。それを見て、縋るような眼を向けるモノがいた。
彼らは異邦人で、かつていた世界をまだ忘れることができないでいた。この町に来た時、日本を思い出して涙したモノも少なくない。何故こんな町を作ったのか、その願いをきいて胸を抉られぬモノはいなかった。
「この町で、もしくは別のどこかで、あなた達に明日を生きてほしい。だから力を貸してほしい。同郷より来た友たちよ。英雄となってほしい。明日を生きるこの国を護ってほしい。私独りでは叶わなかった願いを、共に叶えてほしい……」
その『願い/心』はこの熱のこもった場に、そこにいる全員の胸へと確かに伝わった。一筋の涙を流すモノが現れるほどだった。
そこまで言って、伏せていた顔を上げて、力強く前を見据えた。
「私は約束しましょう。ここに集まったあなた達が、この国に、この世界に生きるモノ達が、明日を生きることができるのだと。この戦いで誰も失わず、明日を掴み取るのだと。ここに死して英雄となるモノはいない。明日の英雄達よ、今こそ勝利の凱旋を誓う時よ。今こそ、絶望を打ち砕く時よ!」
声を張り上げ、片腕を遥か彼方へと向けて突き出す。『冒険王/同郷の友』が魅せる姿に口の端が上がるのを止めることができない。今日、彼らは英雄を知った。今日、彼らは英雄になる。
「さぁっ、出撃よ! 第0級接触禁忌災害討伐作戦を開始するわ! 廻りなさい。廻り廻って、英雄の姿をこの世界に示すのよ! さぁっ、踊り廻る時間の始まりよ!」
冒険王の号令、その直後、狭い中庭の中に轟音が響き渡る。あるモノは武器の柄を地面に叩きつける。あるモノは必死に雄叫びを上げる。あるモノは……。
全ての音が一つに混ざり合い、地面を揺らし、空を揺らし、勝利を誓う音へと変わっていく。
メイは皆に混ざって叫びを上げている。王牙は感激したように目を閉じて拳を握っていた。アリスの傍にいるLDはいつもと変わらない様子だが、機械人だからだろう。後ろのオーパルも笑みを浮かべて嬉しそうにしていた。
(あー、なんか、これ、見覚えがあるなぁ。アリスはやっぱアリスだったってことかなぁ)
ただ一人、苦笑いを浮かべるカイトだけが場の空気に取り残される結果となっていた。
演説回Part2
次回へ続く




