第35章 英雄集結9
続きでございまーす
「おい、話を聞いた時にも言ったがな」
「危なそうなら、心配性のお兄ちゃんが手を出すって話でしょ」
「茶化すな……」
大男と少女、あまりの身長差故に並んで会話していても、傍から見れば会話しているようには見えないだろう。そんな二人の視線の先には倒れこむメイの姿があった。心配そうな顔で見つめるのは兄である男の方だけだ。逆にアリスは普段猫かわいがりしているはずなのに、そんな素振りは見せていない。
「今のあの子がピンチに見えるかしら? 私達転移者はたかが地面を転がったくらいじゃ死ねないわよ」
「それはわかるが、心の問題は別だろ。痛みは感じるんだ。恐怖もある。強いだけじゃどうにもならんこともある」
「知っているわ。えぇ、嫌と言うほど知ってるわ。でもね……」
アリスとメイ、二人の視線が交差する。互いの瞳に互いが映りこむ。吸血鬼故に強化された視力の先で、倒れこむ少女の瞳に僅かな輝きが灯るのが見えた。その輝きを目にして、少女とは思えない妖艶な笑みを浮かべた。
「でも、あの子の知ってる、あの子の求めている私はそれを知らない。知る必要もなく、ただ光であり続ければいい。英雄に憧れるのは誰にでもあること。あの子もそうなった。英雄に憧れて真っ直ぐ進むあの子なら、きっと乗り越えられるわ」
その笑みに宿るのは確信と信頼。自身に純粋な憧れを抱く『後輩』を導く『先輩』の姿だった。
(アイツが真っ直ぐ進んでいるか。俺にはそうは見えないんだがな。もし、本当にそうならどんだけ嬉しいことか……)
『先輩』と『兄』二人の見えているものは違う。どちらが正しくて、どちらが間違っているのか、それとも両方正しいのか、両方間違っているのか、その答えはここにはない。今、二人は戦いの行方を見守ることしかできない。
――――
「おや、ヤっパリ起き上ガッたカ。アのテイ度じゃ終ワラなイヨナ。オワっタらつまラナい。アァ、そウダつまらナイ」
起き上がったメイの視線の先には嬉しそうに笑みを浮かべるオーパルの姿だ。この僅かな時間でどれだけこの男の姿を見つめていただろうか。そこにロマンスはない。ただ敵を観察する。その意志だけがそこにあった。
(相手の手札がわからない時はどうすればいいんだろうなぁ。どんな魔法があるのかもわからないし、本当に剣と魔法だけかもわかんないしぃ)
拳を構えて思考を巡らせる。ゲーム時代でもそれほどPVPの経験があるわけではない。プレイヤーと戦うよりも、モンスターと戦っている方が楽しかったからだ。特に明らかに異形すぎる外見のモンスターと戦うのは楽しかった。
PVPの勝率は高くはなかったが、僅かながら勝った経験もある。その経験から、手札のわからない相手との戦い方を思い出す。
(うん、わかんない相手に勝った経験とかないや)
勝率が低い相手が勝利した経験などは、結局ラッキーパンチか戦い方がはまる相手くらいだ。手札のわからない相手に勝った経験などあるはずもない。
(よし突っ込もう。それが一番楽ちんだし、しっくりくるよね!)
落ち着く結果がこうなるのは火を見るより明らかである。
「おッ、イイねぇ。実ニ、コノみの判ダんだ。コッチもイカセてモラおうかナ!」
構えた状態で純粋な歩法だけで距離を詰めてくる相手を見て、嬉しそうに声を上げて迎え撃つ姿勢を取る。奇しくも攻防が先ほどと入れ替わる形となる。
――――
「あ、勝ったわね」
メイが駆け出すのを見て、吸血鬼の姫は確信を口に出す。その表情は気が抜けたように朗らかとしたものだった。自分の抱いた確信を微塵も疑っていないことが、その顔から見て取れる。
他の面々はその発言に驚きを隠せず、思わず声の方向に振り向いてしまった。
「何よ、そんなおかしいこと言ってないでしょ」
「いやいや、ちょっと待ってよ。何で言い切れるのさ。ほら、オーパルだって普通にメイの攻撃に対処できてるし」
置物のように黙っていたカイトの慌てながらの質問を聞いて、質問された側は呆れた表情を浮かべる。その表情はまるで『お前何言ってんだ?』とでも言いたげである。内心では絶対に言っていると、付き合いの長い彼には理解できた。
「オーパルの手品は品切れ。ベルセルクのスキルを出すよりもメイの攻撃の方が早い。メイが攻勢に回れば耐久に難があって、サブで回避能力を上げていないベルセルクなんてカモよ、カモ。しかも……」
残りの二人と反対側にいるレオンギアもその言葉に耳を傾けていた。
「品切れって、アリスはあの魔法を知ってるのかい?」
「あー、あれは精霊契約って言って、様は古い魔法よ。その場にいる精霊の力を借りて、自然を操る魔法ね。言っとくけど、AWOの精霊使いの精霊魔法とは別物よ」
その場にある自然を操る。この場にあるのは、荒野の大地と大気だけだ。つまり、精霊契約では土と風を操ることしかできないということだ。
その情報を知っている理由も気になるが、先ほど言いかけた理由も気になっていた。その続きをねだる視線が彼女に突き刺さる。
「勝手に区切ったのはそっちでしょうに……。まぁ、いいわ。もう一つの理由だけどね……」
彼女の視線の先では今も、『最初と変わらず』両手に剣を持ち、メイの繰り出す拳をいなしている男の姿があった。
「ゲームじゃないんだから、ショートカットで簡単装備変更なんてできないじゃない」
――突き出した拳が剣の腹で受け流され、間髪入れず逆の拳が相手の身体目がけて襲い掛かる。それをもう一本の剣の腹で受け流し、先ほど受け流しに使った剣で攻撃を試みる。斬撃系スキルを発動しようとすれば、隙を突かれるが故に使うことができない。
だが、ただの斬撃では逆に拳で打ち返されてしまう。攻防の主導権を握るのは拳を自在に操る少女だった。
(ん? これって、やっぱそういうことなのかなぁ)
近距離で拳を繰り出しながら、その手応えにある仮説が頭を過っていた。それを確かめるようにあえて相手が出そうとするスキルをガードで対処してみたりする。
(魔法に関しては警戒が必要だけど、そっかぁ、そうだよね。武器変更ができないのかぁ)
状況、敵、様々な要因に合わせて武器を変えて戦うのが、ウェポンマスター系ジョブの強みである。アンジェリスのニールはハルバートを短く持って刺突武器や片手斧として扱い、長く持つことで槍や小さめの両手斧として扱う。場合によっては短剣なども腰に用意しておく。
ゲーム時代なら、身体の周りに浮いているショートカットをタッチすれば即座に交換できた。しかし、この世界では何らかの方法で武器を持ち替えられるようにしておく必要があるのだ。
それがウェポンマスターの戦い方なのだが、ウェポンマスターだけ特別にスキル数が膨大なわけではない。他のジョブよりは多いが、武器一種に限ればむしろ少なめなくらいだ。剣はむしろ、剣士系一次二次ジョブのスキルが主力になるくらいだ。
二刀流は両手別々にスキルを発動する必要がある。両手で別の武器を持てば二種類のスキルが使えることになる。
だが、オーパルが両手に持っているのは両方とも剣である。それは使えるスキルの数が一武器種分だけであるということだ。ある程度スキルを使わせれば、そうしなくてもAWO時代のものなら知識から、相手の武器攻撃時の手札の多くを知ることができた。
それに加えて相手は長い間牢にいた男だ。スキルを使いこなす訓練はそれほど行えていない。突き系などの出の早いスキルさえ警戒しておけばいい。
(それじゃ、こっちもそろそろいかせてもらおうかなっ!)
スキルを使わずに攻撃を繰り返し、あえて敵の攻撃を回避せずに受けていく。それは次の一撃への布石だ。
これはメイの知らないことだが、自然を操るという性質上、ここまで近距離だと土の精霊契約は術者自身にもダメージがあるため使い事ができない。風の精霊契約で一時的にでも距離を取るための隙を窺っているのが現状だ。
それが悪手であることを、『PVP未経験者』の彼は知らないのだ。
今まで自分を攻め続けていた両拳が腰の辺りまで引かれ、僅かな隙ができる。それこそが待ち望んだ瞬間だった。だから、彼は口を動かし、精霊契約の言葉を口にしようとしてしまった。詠唱の際に口へ意識が割かれた故に警戒の緩んだ下方で、褐色の美しい足が小さく振り上げられていることに気付かなかった。
「――――……ガッ!」
詠唱の途中で、覚えのある震動を受けて全身が硬直するのを感じた。故に精霊への祝詞は最後まで告げられることなく、その効果が表れることもなかった。
目の前には拳を構える少女の姿。だが、その手は一度受けている。次も耐えることができるはずだった。先ほどまでと全く同じ状況なら耐えられたのだ。
そう考え、先ほどのように耐えようと全身に魔力を巡らせる。隠している手札の一つであり、AWOには存在しなかった能力だ。最初の攻防もこれで耐え抜いたのだ。
だが、その直後に全身に走った衝撃は先ほどの比ではない程に強烈なものだった。身体が後ろに吹き飛び、凄まじい勢いで全身を何度も地面に打ち付けて転がっていく。僅かに見えた構えは最初の時と同じ『豪烈拳』のものだった。
だが、その腕を覆う手甲が先ほどとは違い、光を放っていた。それを見て、ようやく自分の失敗を悟った。
かつて、メイの『鬼神大手甲』を見て、LDが彼女のメインジョブを言い当てたことがあった。その理由はこの武器の特殊能力にある。それは、『装備者の現在HPが低ければ低いほど、最終ダメージにプラス補正』というものだ。参照されるのは現在HPの最大HPに対する割合であるため、最大HPを上げても効果が上がることはない。
あえて攻撃を受けていたのは、この効果を発動させるためだ。故に、この一撃は最初の攻防よりも高い威力をもって放たれた。
――――
「終わったわね」
終わってみれば、明暗を分けたのは経験の差というありきたりなものだった。ほとんど経験がないと言っていいオーパルと、ゲーム時代のPVPとこの世界での冒険者としての経験があるメイ。
メイを遠くに蹴り飛ばしてしまったことも、経験の浅さから来るミスでしかない。
(逆を言えば、ほぼ経験なしのはずなのに、あの子とあそこまでやりあえたことに驚きね。怪しい『偶然』もあったものね)
俯きながら、目の前で繰り広げられた戦いへと思考を巡らせ続ける。結果も大事だが、今回の件に限っては過程から得られるものの方が多かったと言える。精霊契約に、剣の技術、どちらも実際に目にした価値は計り知れない。
アンジェリスでLV250の転移者が200にも届かない門番に圧倒されたという出来事があった。転移してきてから、牢に入るまでの時間はそれほど長くはない。その時、彼がいた集団は誰もスキルを使いこなしてはいなかった。
それを考えれば、彼がスキルとは関係ない剣術を使っていたことにも疑問が残る。防戦一方とはいえ、メイの攻撃を剣でいなしていたのだ。日本で剣を学んでいたのか、それとも別の理由があるのか。何にしろ、アリスが疑心を持つには十分すぎる出来事である。
「さて、どうであろうと、まずはかわいい我らが妹の所に行きま……」
「その必要はないと思うぞ……」
呆れたような声音で告げられた言葉に、思考に沈み、伏せていた顔を上げる。その先には戦闘を終え、佇んでいる少女の姿が目に映るはずだった。そう、はずだった。
「ぼぉーけーんおぉぉぉおおおお!!」
現実は想像を超える。
その目に映っていたのは、叫び声を上げながら全速力で自身へと向かってくる元気な少女の姿だった。
(やばっ、これ死んだかも……)
尚、両手の手甲は今も光り輝いている。
アリスのメインジョブは『支援職』である。もう一度言おう、アリスのメインジョブは『支援職』である。
その後、褐色の弾丸を受けた一人の少女が、悶絶から意識を手放しかけたのは言うまでもないだろう。本人曰く。
――吸血鬼じゃなかったら死んでたわね。
――――
「負けた気分はどうだ?」
「ズイぶんと、人ゲん臭イ言イ回シダナ」
「こういう時は、こう聞いてやるのがいいと記録している」
戦いの敗者は倒れこんだまま動かないのではなく、動くことができない状態で、見下ろすカメラアイの持ち主との会話を行う。カメラの向こうからは感情を感じることはない。本当に記録から、言葉を選んだだけなのだろう。
「ククッ、ソウかイ。ジゃア、答えてヤるよ」
人間の真似をしている機械がどこか面白くて、思わず笑いが漏れたわけではない。ただ、自身の内側に渦巻いている感情に突き動かされるままに笑ったのだ。そんな表情を浮かべる彼の心の内側から出る答えは一つしかないだろう。
「控えめに言って、最高だよ。最っ高に最高だ」
その言葉にいつもの不自然な訛りはない。
次の話で35章終了です!




