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第35章 英雄集結8

長らくお待たせして申し訳ございませんでした。

本日三話一気更新です。


いつも皆様ありがとうございます

 ――苦虫を噛み潰したような表情のアリスの目に映るのは、二本の剣を持ち仰向けに倒れこんだオーパルと、呆けた顔でそれを見つめるメイの姿だった。僅か数十秒前に始まった模擬戦の結果なのだが、悪い意味で予想外だった状況に倒れる本人を除いた全員が困惑を隠せずにいた。


「ちょっと、あなたまさか二刀魔法構成なの!? うちの子と相性最悪じゃないの!」


 二刀魔法構成、ゲーム時代に何に重点を置いてジョブやスキルを選択するかにおいて、二刀流と魔法の両方を使えるように組んだ構成である。二刀流をメインにして、サブジョブで魔法系ジョブを選択することで作ることができる。

 メインジョブの長所を伸ばし、短所をプレイヤーの操作で補うのが主だったAWOでは『不遇』と言われる器用貧乏構成であった。

 逆にメイは一撃に重きを置く『破壊拳士』をメインジョブに、サブジョブをチャージとひるみ効果を持つ弓系『シューター』にしている。長所を伸ばす典型的な例の一つだ。


 その二人が戦った結果、どうなるかというと……。


 グリムスの荒野で待っていたのは見学に来た、LD以外のカイトパーティーと立会人のニャアシュだった。レオンギアに連れられてこの場に主役の片割れが現れて、特に言葉を交わすこともなく二人の主役は前に歩み出ていた。

 すぐに模擬戦が始まり、最初はメイも警戒していたのか、様子見をしていた。だが、相手がスキルの姿勢をとりながら動き出すと同時にスキルの発動準備に入った。使用スキルは『剛震脚』、自身の周囲――横に伸ばした腕半分くらいの距離――にダメージを与えるものだ。威力は小さいが、発動も早い。

 そこにシューターのスキルでひるみ効果を付与して、相手が攻撃に移ると同時に発動。ひるんだ相手が立て直すまでの間、チャージを行いひるみが解けると同時に一撃を放つ。その一撃を受ける寸前、何かの魔法を使おうとしていたようだが間に合っていなかった。


 今の状況がこれで完成である。

 通常のプレイヤーはこの手の常套手段に対して対抗策を用意している。アリスであれば剛震脚を受ける直前にコウモリか霧になればいいし、カイトや王牙であればひるみが解けると同時にガードを行える。

 二刀特化構成と言われる二刀流に特化したスキル組みでメジャーなのは、剣士系で多くの武器適正を持つそれらを自在に扱うベルセルク、もしくは盗賊系で隠密特化のナイトウインドをメインにして、もう片方の三次ジョブをサブジョブに付けるものだ。

両方とも二刀流関係のスキルが充実しており、攻撃系スキルがメインのベルセルクとウェポンマスター、回避隠密クリティカルスキルがメインのナイトウインドとダークハンター。スキル発動中でも回避が可能な人気構成である。


「さっき発動しようとしたのはベルセルクのスキルよね。やられる寸前のは属性特化魔法。つまり、ベルセルク、エレメタルマスター構成なのね」


一連の出来事から、そう推察することができた。ベルセルクの欠点である耐久の低さを補えず、剣士系の中では高い回避能力を伸ばすこともできない構成だ。更に言えばベルセルクは四次ジョブの中では魔力はワーストに入るので、魔法の効果も期待できない。


「なに、そのネタ構成。どこにもシナジーがないじゃない。どうしてその構成なの!?」


「ヒどイなぁ……。ネタジゃなくテ、ナんデモデきるだけダヨ」


 同じロールプレイ勢だったアリスから見ても理解に苦しむ構成だ。対モンスター戦なら問題はないだろうが、対プレイヤー戦となれば勝率などないに等しいだろう。能力支援に最低限の防衛力を持たせている『アリス』とは別の悪い意味で役に立たないのだ。


(普通に考えればネタ構成。でも、『偶然』じゃないなら、『知識』があるなら、この構成は洒落にならないじゃない)


 だが、それはゲームでの話である。この世界はゲーム時代の常識だけでは成り立っていない。

 準備さえ整っていれば、能力支援が主なはずのアリスが単体で一国と渡り合える軍勢となることができる。『この世界の知識』さえあれば、あらゆる構成がどう化けるかわからないのだ。


「あなた、その構成ってまさか『ロールプレイ』じゃないわよね?」


 多くの武器を使い、二刀流もこなし、属性魔法に精通している。この世界でも並の人間ならそこまで至ることは滅多にない。だが、それに憧れる者は少なくない。

 それは何故か、簡単な答えである。


「その顔でその名前で、その戦い方、あなた、本当に転移者なの? 『大英雄』に憧れたエルフが転移者に紛れ込んでるって聞いた方が、まだ納得できるわ」


 おとぎ話の『大英雄』の戦い方。それだけで、憧れる者が多い理由になる。一つだけ違うのは、現在の魔法と『大英雄』の魔法は別物だったらしいということくらいだろう。余談ではあるがその事に関しては、かつてアリスが『エルフの事件』に巻き込まれた際に事実の確認を行っている。


「ン、日ホんのグンマ生マれだゾ」


 倒れこんだまま、起き上がる素振りすら見せないまま困ったような表情で口だけを動かす。その様子に周りも模擬戦は終わったのかと考えていた。ただ一人、冷めた目を向ける立会人のニャアシュ以外はだ。


「いろんな冒険者を見てきたけど、おみゃーみたいなタイプはこういう時、無事だったりするんだにゃ。つまり、これで終わりじゃないだろにゃ?」


 その言葉に周りも、言われた本人も何も口に出さないまま、視線だけを向ける。しばらくその状態が続いて、観客の耳に大きなため息を吐く音が聞こえた。その方向に視線を向ければ、倒れたまま首を鳴らすオーパルの姿が目に映る。






 ――――


「アー、コレで判テいマケトかならなイのか。じゃぁ、ゾッ行とイコウカ」


 そう口にしながら、勢いよく飛び起きていつもの胡散臭い笑みを浮かべた。両手に握った剣の感触を確かめながら、ゆっくりと目を閉じた。正面から見据えるメイはもちろんだが、周りもその様子に注目する。

 そして、目を閉じたままゆっくりと唇を開いていく。その様子に、まるで時間が遅くなったかのように錯覚する。


「――――――――っ」


 唇の隙間から漏れた言葉を誰も理解することはできなかった。その身体はこの世界の言葉を理解できる言語に翻訳するにも関わらず、理解することができなかったのだ。その中で、アリスだけは目を見開いて驚愕していた。


 次の瞬間、メイの周りの地面が柱状に何本も盛り上がり、それぞれが拳を形作っていく。土の拳はすぐに各々が意志を持っているかのように動き周り、不揃いな勢いで目の前の敵へと襲い掛かる。

 見たことのない魔法を前に驚きこそしたが、すぐに持ち成してその攻撃への対処を始める。最初の一撃は動じていた瞬間が祟って僅かに掠ったが、二発目以降は危なげなく避けていく。だが、どれだけ避けても魔法が終わる気配はない。






 ――わざわざ、土を拳の形にして殴りかかり、それを長時間維持する。AWOに存在し、この世界でよく見る魔法で近いのは、一瞬だけ土の巨針を線上に複数生み出す魔法か、巨大な土の壁を生み出して魔力で維持する魔法だ。

 何の意味があって拳の形をしているのか、何故一度生み出したものを動かして使うのか、わざわざそんなことをする理由がわからない。何より、そんな『非効率』な魔法は見たことがない。

 拳の形に変える必要がない。何度も土の柱を生み出して打ち出せばいい。それが観客と、それを受けている相手の感想だった。


「精霊契約……」


 小さな呟きに気付いた者はいなかった。誰もが今、目の前で繰り広げられる戦いに意識を奪われていたからだ。

 一人、アリスだけはそれを知っていた。それは年老いた長命種だけが知っているものだ。それをその目で見たことも、相手にしたこともあった。その使い手の亡霊と共に、その使い手を打ち破り、そしてエルフを救った。






 ――――


「ふぅん、結構面白いことできるだね。でもさぁ」


 小さな身体を巧みに使って土の拳を避けながら、無邪気な笑みを浮かべて口を開いた。その間も相手から視線を外すことはない。そのまま、回避を止めて次に来る拳を腕で薙ぎ払う。

 土でできた拳が鬼の顔を模した手甲にぶつかると、簡単に砕け散って、ただの土に戻る。回避のために動かしていた足は片方が小さく上げられていた。上げられた足が地面に向けて振り下ろされる。

 その瞬間、瞳に映ったのは笑みを更に深めて駆け出す男の姿だった。


(えっ、まずっ、誘われた!?)


 気付いた時には地面に足が打ち付けられ、剛震脚によって自身の周囲を動き回っていた拳の大半が崩壊を始めていた。


「――――――――っ」


 高速で距離を詰めながら唇から漏れるのは、謎の言語の羅列だ。剛震脚を終えて硬直しているメイの耳にもその言葉は聞こえていた。それが未知の魔法の合図であることは理解できていた。だが、何が起こるのかまでは理解できていない。

 次の瞬間、砕けた土の拳だったものが、粉々になった土が大地に向かって落ちる速度がゆっくりになっていった。下に落ちるはずの土は左右に広がり、徐々に互いの間に膜を張っていく。

 今まで外すことのなかった視線が、土の膜によって覆われていく。その時、少女が頬に感じていたのは不自然な風の流れだった。風の魔法で土を巻き上げていることは容易に想像できた。

 こうなってしまえば、対処法は一つだ。


「邪魔ぁっ!」


 腕を大きく振って土を振り払うことだ。竜巻が起こっているわけでもない。二人を隔てる土の膜は簡単に鬼の手甲によって振り払われた。だが、振り払うということは、同時に大きく振った腕が開くということだ。


「がっ!」


 惜しげなく晒した褐色の脇腹に鈍い痛みが走る。自身の身体が横に引っ張られる感触と共に、身体が僅かに宙に浮くのを感じた。痛みが合図となって、小さな身体が横へと吹き飛ばされた。身体が数回、地面の上を跳ねるのがわかった。その度に小さくはあるが、確かな痛みが身体を駆け巡っていった。


「オぉ、意ガいとウマくいクモンだなァ。デも、飛ビスぎだろウ……」


 独特の喋り方が聞こえてきた時には、その目は空を見上げていた。その視界は敵の姿を捉えていない。


(痛いなぁ、すごく痛いなぁ。同格と戦うのも結構怖いんだなぁ。でも、『メイ』はもっと痛かったんだろうなぁ。もっと怖かったんだろうなぁ)


 地面の感触を背中に感じながら視線だけを動かしてみれば、振り切ったような姿勢で足を上げている敵の姿が遠くに見えた。そこで、ようやく自分が砂塵に紛れて蹴り飛ばされたのだと気づくことができた。

先ほどの発言と合わせれば、メイが遠くまで飛ばされるのは予想外だったらしいことがわかる。純粋に体重が軽すぎたのだ。

最初に立ち上がるまで待っていたお返しなのか、彼が距離を詰めようとする様子は見られなかった。目だけを向けながら、自身の足の感触などを確かめている。


そこまで考えて、視線を更に動かしていく。心配そうに自身を見つめる兄や自分を可愛がってくれるギルマスの姿、更に動かせば一対のただこちらを見つめる瞳が目に入る。何一つ心配することなく、ただ視線を自身にむけるだけの瞳だ。


(そうだよね。冒険王が見てくれてるんだもんね。まだ少し転がっただけだもん)


 心に灯る火が消えることはない。まだ立ち上がることができる。まだ拳を振ることができる。敗北にはまだ遠い。

 『強い』彼女の瞳が、『弱い』自分に力をくれる。そう感じることができるなら、弱い少女は何度でも立ち上がり、何度でも拳を握るだろう。その心に灯る『英雄譚』の輝きは未だ消えることない。


今回は一挙更新!

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