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第35章 英雄集結7

本日二話目です

皆様ありがとうございます

 ―― 一人の男が岩場の上で水筒に口を付けていた。眼鏡の男は手に紙の束を持ち、それに目を向けていた。紙をめくっては表情を変え、また次の紙に視線を移すことを繰り返している。


「ふむ、今のところ特に変化はないか。さすがにまだ時間が足りないな。あと二月もあれば『変化』も目に見えたかもしれんな」


 次の紙に目を通す前に、自身の座る大岩の周り並べた紙を横目で見やる。そこに描かれているのは、女性のような姿の絵と矢印の付いた文字だった。それらは全て日本語で書かれており、この世界の住人であれば何が書いてあるのか理解できなかっただろう。

 アイテムボックスに手を入れて何も書かれていない真っ白な紙を手に取ると、ペンを使って何かを記入していく。その記入内容は、日本語でもこの世界の言語でもなかった。アルファベットが使われているので、地球に存在する海外の言語なのは間違いないだろう。

 よく見れば、多くの紙では使われている言語が違った。漢字のみで書かれていたり、アルファベットだったり、この世界の言語だったり、多様な言葉で書かれていた。中には暗号染みた記号の羅列すら存在する。


「あぁ、違うなそうじゃない。アップデートはこうじゃないな。これじゃ、どう考えてもアウトだ。ん? でも、これならいけるのか……」


 紙に何を書きながら、小さな声で独り言を続けている。誰もいない荒野の中、その呟きを聞くものはいない。グリムスの町から少し離れた場所にあるのだが、何故かモンスターの姿も見えない。まるで、その周辺だけがぽっかりと穴が空いてしまったかのようだ。


「おや?」


 唐突に何もない方向に目を向けて首を傾げる。どこにでもいるイケメンでもなく、美少年でもない男がそのしぐさをすると、滑稽さが目立つ。だが、それを目にしているモノは誰もいない。


「さすがにバレるかね……」


 何も見えない場所に視線を向けたまま男は口の端を上げた。


「あー、奴か。奴なら仕方ないかもしれないな」


 そう口にして、ゆっくりとした動作で立ち上がる。そのまま周辺に散らばった書類を集めると、小さく両手を上げる。そのままの動作で自然に手を叩くと、どこにでもいそうな男の姿は掻き消えた。

 まるでそこには最初から何もなかったかのように、静かに風が吹く音だけが流れていた。





――


「アぁ、いッポ遅かッたかァ……」


 先ほどまで眼鏡の男がいた場所に、オーパルが姿を現した。周囲に視線を向けながら、先ほどまでいたはずの男を探してみたが、目的の人物が見つかることはなかった。


「まぁ、セッ触デきルトハ思っテなかったケドナ」


 彼は男がここにいると確信があって来たわけではない。異質な空白を探せば接触できる可能性が僅かにあるかもしれないと考えていただけだ。それは、男のことをある程度知っているからこそとれる方法だった。

 それでも可能性が僅かにある程度にしか考えていなかった。それは相手がこちらの接触を受け入れる状態なら、すでにこちらに接触してきているだろう。そう知っていたからだ。


「『セキグチ君』にアエなカッタのはざンネんだったナァ。『本当に残念だよ』」


 一部分だけやけに流暢な言葉で呟く。だが、言葉とは裏腹に口角は大きく吊り上がり、面白い玩具でも見つけたかのように小さな笑いが漏れていた。


「勝手に動かれるとスケジュールが乱れる。遠慮してくれ」


 残念そうに肩を落としていると、後ろから作り物のような声が聞こえてくる。特に急ぐ様子もなく声の主の方向へと振り返ると、そこにいたのはレオンギアだった。『F』ランクの先達として、オーパルの教育を担当しているのが彼だった。


「ワるかったネぇ。ケシきガ珍シカッたカラ、つイね」


 苦笑いを浮かべながら悪びれた様子もなく、言葉の後に笑って見せた。それに対して何か反応することもなく、レオンギアはただ視線を彼に向けるだけだった。


「構わない。スケジュールに間に合わせるために少し早足になるだけだ」


「スケじゅールか。確カどわーフちゃんトノ模擬センダっけか。どんなコナのかタノシミだよ。コッチのドワーふトの違いモミレるとイイナ」


 オーパルはニャアシュ経由でメイとの模擬戦の話を聞いていた。それを理由を聞かず、何の迷いもなく了承したのだ。さすがに話を持ってきた当人も驚いて聞きなおしたが、返答が変わることはなかった。

 だが、問題は日程にあった。第0接触禁忌災害との戦いの準備で忙しい中、立会人のアリスが時間を作るのが難しかったのだ。その結果、日程は三日後に討伐戦を控える今日になってしまった。

 二人はゆっくりと歩きだして目的地へと足を進めた。その中でふと、感情を持たない機械人(オートマタ)は先ほどの言葉から生じた齟齬に気付く。


「お前はドワーフに会ったことがあるのか?」


 それはもっともだろう。目の前で陽気に歩いているエルフが自由に行動できた時間は転移から今までの間で、面談から数日の内の僅かな時間だけだったのだ。普段は『F』ランクについての教育や、冒険者の仕事を体験したりなど、忙しくしていた。

 また、グリムス領では転移者以外のドワーフはあまり見かけることがない。というのも、彼らの多くは鍛冶や細工などを好むことが多く、冒険者としてグリムス領に来る程の実力がある者がいないのだ。わずかに数人、引退した冒険者が鍛冶屋を営んでいるだけだ。

 それともう一つ、ドラゴンなどの一部の種族がドワーフを『地下のひきこもり』と称すように、彼らは自身の里から出ること自体稀なのだ。


「ナニ、実サいにアッタこトがあるわケじゃなイケどな」


 暇な時間に本でも読んだのだろうか、レオンギアはそう考えてそれ以上聞こうとはしなかった。特に重要な話でもないし、底の知れないこの男でも本くらいは読むだろう。むしろ、『大英雄オーパル』への興味を考えれば、本への興味は人一倍ありそうである。

 二人はそれ以降何か会話をすることもなく、荒野を歩いていく。だが、途中でオーパルが足を止めてしまった。そのままあらぬ方向へと視線を向けて、不気味な笑みを浮かべた。


「……またか。どうかしたのか?」


 レオンギアが聞くが、何も答えることはなかった。数分程、同じ方向へ視線を向け続けた後、手を頭の後ろで組んで歩きだす。疑問は残るが、答えが返ってこないと理解できたレオンギアも一緒に歩きだすだけだった。

 目的地に着くまで、オーパルの表情は楽しそうな笑みを浮かべていた。





 ――


「いや、普通気付くか?」


 先ほどまでオーパルが見つめていた先、大岩の上に姿を現した眼鏡の男が表情を引きつらせて呟く。


「あと少しなんだがな。イレギュラーはいいが、時期尚早というやつだ。もう少し待っていたまえよ、ドリーマー君」


 そう口にしながら再び書類をアイテムボックスから取り出して地面に並べ始める。もうここに誰かが来ることはないだろう。だから、書類作成に集中できる。

 書類に集中しながら、一瞬だけオーパル達の向かった方向へと視線を向けた。その後はしばらくペンを走らせていたが、すぐに手を止めて人差し指で眼鏡の位置を調整する。


「これはこれでいい資料になるか。奴がどんな戦いをするのか、あの少女がどう動くのか、始まればそちらに注視するとしよう」


 言葉に反してまたすぐにペンを走らせる。どうやら目的のものはまだ始まっていないらしい。始まれば言葉の通り、再びペンを止めてそちらを注視するのだろう。今はまだその時ではない。

 少しの間そうして何かを書いていたのだが、疲れたのか一度眼鏡を外して目頭を押さえてマッサージを行う。そのまま指を目頭に重ねたまま、転移前のことを思い出していた。


(まったく、仕事の最中にこんなことになるのは予想外もいいところだ。挙句の果てに奴までこっちにいるとかどんな冗談かね。それも、当然と言えば当然なのだろうな……)


 そこから思い出すのはAWOがサービス開始した頃、多くのユーザーが作り物とは思えない程のファンタジー世界に魅了された。まるで実際に見てきた、触れてきたかのように製作された世界は当時のVRゲームに衝撃をもたらすことになった。


 ――セキグチ、おい、セクグチ、見ろよ。こんなにたくさんの人がいるぞ。これが、この世界が!


 思い出の中ではしゃぐのは一人のエルフの男だ。男はその中ではしゃぎ回り、周りのプレイヤーから引きつった表情で見られている。だが、男はそんなことお構いなしに精密に造られた町の中を駆け回っている。

 セキグチはアルファ、ベータテスト――正式サービス前のオンラインゲーム運営テスト――に参加していたこともあって、そこまで驚いてはいない。しかし、エルフの男は完成するまで参加できないと、正式サービス開始まで一切プレイしていなかった。

 正式サービスから参加したプレイヤーは誰もがこの世界に驚きを隠せなかった。テストから更に進化した部分もあり、テスト参加者でもプレイを進めていけば驚愕することになる。

 そのリアリティある世界をもって、AWOは当時のオンラインゲーム界の覇権を得たのだ。


(人気ゲームも時間が経てば旧作扱い。同時接続数も四桁が精々。それでもアップデートをやめず、サービス終了もなかったのは、意地ってやつだな)


 男、セキグチは昔を懐かしみながら、顔を上げる。その視線の向こうには、かつて作り物の世界を誰よりも喜んでいたエルフの男がいる。いつの頃からか、かつてのはしゃいだ姿から遠ざかってしまった。だが、今セキグチの眼に映る彼はかつての姿とどこか重なって見えた。


(随分と楽しそうだな。こっちに来たばかりの頃は、あんなにつまらなそうにしてたくせに、そんなに『痕跡』が残ってたのが嬉しかったのか……)


 セキグチは僅かに笑みを浮かべながら、アイテムボックスから水筒と焼き肉串を取り出す。どうやら、視界の先で両者が揃ったためにそろそろメインイベントが始まるようだ。オーパルとメイ、周りにはアリスを初めとしたいつものメンバー、ニャアシュとレオンギアがいる。

 別に戦いに興味があるわけではない。日本でのスポーツ観戦にすら興味がなかった。この戦いの中で見たいのは別にある。この世界でAWOがどう変わったのか、そして、『仮説』がどこまで正しいのかだ。

 彼は串に口を付けながら、二人の戦いが始まるのをのんびりと待っていた。


二話目終了です

次回からメイとオーパルの模擬戦です

次も二話分くらい投稿できればいいなぁ


次回も楽しみにしてくださると嬉しいです。

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