第35章 英雄集結6
お待たせしました
いつも皆様ありがとうございます
本日二話同時更新です
――グリムスの森の中、カイトはマギア・ユグドラシルの監視を行っていた。暗黒から転移してきたユグドラシルは、出現してから一度もその場から動いていない。監視というのも、最近は念のためという意味合いが強くなっている。
そのためか、視線をユグドラシルに向けながらも頭の中では別のことを考えていた。昨日、酒場で出会ったオーパルについてだ。
(まだ油断はできないよなぁ。でも本当に世間話しかしなかったのは拍子抜けというか何というか、アイツはほんとわけわからんにも程があるだろ)
酒場で久しぶりにオーパルに出会った時、もっと緊張した会話をすることになると考えていた。しかし、蓋を開けてみれば世間話やら、他愛のない話ばかりだった。冒険者の生活だとか、伝承の話なんかをすれば、やたら食いつきがよかったくらいだ。
連行された時の様子から恨み言を言われるとは思ってはいなかったが、それにしてもあまりにもあっけらかんとした態度だったので、カイトは終始驚きを隠すことができなかった。
ストムロックでの戦いのことには一切触れることはなかった。あの時のオーパルの態度が全てを物語っていたのだろう。敵ではあったが、死んだ鬼人のプレイヤーが哀れに思えてしまった。
(人材不足とはいえ、アリスがアレを釈放したってのいうのが何より解せないよなぁ。それほど、今回の作戦に賭けてるってことか。清濁併せのむ。貴族としては正しいんだろうなぁ、僕にはわかんないけど)
『F』ランクについて知らないカイトには、今回のオーパルの釈放はマギア・ユグドラシル対策以外の意味を持たない。AWO時代では比較的対処しやすいレイドボスに分類されてはいたが、それは参加メンバーに選択肢があったからこそである。
参加メンバーの人数が60人に届かない今、いくつかの妥協は必要だと考えている。だから、頭では仕方ないとは思ってもいる。それでも、心の問題は別なのだ。
「あんちゃん、『女王様』の様子はどうだ?」
そんな考え事をしていると、背後から聞きなれた声が聞こえた。振り向いてみると、そこにいたのは彼がグリムスに来てからずっと世話になっている冒険者だった。カイトは知らないことだが、男は『F』ランク冒険者でもある。
今回ペアで偵察しているのは、カイトがオーパルと遭遇したことを知ったニャアシュの命令だった。念のために彼の様子を見ることが、男のもう一つの任務なのだ。
(納得はしてないが割り切ってはいるってとこかねー。ギルマスもそんなに心配する必要ないだろうに。まぁ、このあんちゃんなら大丈夫だろ)
男としては、最初から観察する必要もないと考えていた。付き合いが長い分、目の前の竜騎士が割り切るくらいのことはできるのをわかっていたからだ。
戦闘に関することなら、納得はできなくても、それで影響を及ぼすようなことは滅多にない。それこそ、アリスの奪い合いとかでもない限り感情に任せて行動することはないだろう。
男としては特にやるべきこともない楽な任務となったわけである。『F』ランクが忙しいのはむしろ決戦の後だ。第0級接触禁忌災害に関する様々な事柄を掠め取ろうという連中からグリムス領を守らなければいけない。今くらいはのんびり楽な任務で休暇気分を味わうのもいいだろう。
「いやー、あんちゃんのおかげで道中も偵察も楽させてもらってるぜ! 俺みたいなおっさんには森歩きは堪えるからなぁ」
「グリムス領の冒険者におっさんもクソもないでしょうに。そっちが相当できるのはわかってるつもりだよ」
二人は談笑をしながら、日光浴に勤しむ災害へと視線を向けていた。双眼鏡越しに見えるマギア・ユグドラシルは危険などないかのようにのんびりとしていた。大樹の上の女性は陽の光を浴びながら目を瞑っている。見ている二人には、その姿は嵐の前の静けさのように思えた。
――屋敷に戻って来たアリスは、メイに抱き着かれたままソファーでくつろいでいた。オーパルとの面談に疲れ果てて、もはや何もする気になれなかった。だが、何もしないわけにもいかないので、ソファーの前のテーブルに書類を広げてそれを眺めていた。そんな疲れ果てた少女の顔を、笑顔を浮かべたドワーフの少女は抱き着きながら覗き込んでいた。
「冒険王機嫌悪い?」
メイが唐突にそんなことを聞いてくる。オーパルのいつも以上の歪さを前にして疲れ果てていたのも事実だが、まるで我が子を愛するようにニャアシュに接する彼の気持ち悪さに機嫌が悪かったのも事実だ。
(まったく、この子は簡単に気付いてくれるわね……)
自分のことをよく見ていることに小さな喜びを感じた。目の前の少女は常日頃、憧れの冒険王を観察している。そのことに本人も気付いているが、不快でもないので放置していた。むしろ、少女の『自分を求める』視線に心地よさを感じていた。
「そうね、少し、見たくないモノを見たせいかもしれないわね。でも、大丈夫よ。あなたが心配するようなことは何もないのよ、何もね」
書類から心配そうな少女に視線を移して、優しく微笑んでそう伝えるが、訝し気な少女の表情を見れば納得していないのが明らかだった。すぐにその様子に気付いて、苦笑いになりながら困ったような表情になってしまう。
困った表情はするが、そんな一時が愛おしくもある。自分に抱き着く少女が『冒険王』を求めてくれていることが嬉しくて仕方ないのだ。モア達従者は愛してくれてはいるが主従の壁がある。冒険者達は畏敬の念が強いし、カイトは愛でる相手とは違う。エレミアは『求めて』はくれない。
無邪気に自分をひたすらに求めてくれる少女は荒んだ心を満たすのに、これ以上ないものになっている。メイを愛でながら、自分を求めて『縋られる』のが気持ちいい。手放せない、手放したくない。この小さなドワーフの少女は吸血姫の新しい宝物になっていた。
「嫌な話ばかりしていても仕方ないわ。今日はあなたのリクエストを聞いてみるのもいいかもしれないわね。何か聞きたい話はあるかしら?」
普段は冒険王物語から適当に選んだ物語の実体験を語っていた。しかし、今回は自身のファンのリクエストを聞いてみたくなった。それはほんの気まぐれで、特に意味があって口にしたものではなかった。
だから続く回答の後、その結果に驚愕することになった。
「エルフの大英雄と同じ名前の人の話聞きたいなー。特に、今日、何があったのかとか?」
その答えは予想外のものだった。今まで、メイは冒険譚ばかりを好んでいた。特に冒険王物語になった話を聞くときは嬉しそうだった。何故そのような話を聞きたがるのか、迷うことなく結論を出すことができた。予想外ではあっても理解できることではあったのだ。
(はぁ……。どうにもよくないね。話を変えようとしても、完全に見抜かれてるなら、ドワーフの気性も合わさってこうなるわよね。でも……)
だから、驚いたのはその内容にではない。答えを返した表情は変わらず笑顔だったのに、覗き込む瞳の中に黒い澱みのようなものが見えたからだ。黒く沈んだ色が見え隠れしている。アリスはその色をよく知っている。自分やエレミアが持つ色だ。それは……。
(まさかね。この子だって嫌な相手がいれば、黒い感情の一つも抱くでしょう。感情の起伏が激しい、それだけね)
それはないと、アリスは結論付ける。癒しをもたらしてくれる相手の奥底に黒色があることを疑うことはない。それが自分勝手な押し付けでしかないとわかってはいる。見えた色は気のせいではないともわかってはいる。わかっているのに目を背ける。『アリス』とは、『青年』とは、そういうものなのだ。
「あまり気分のいい話ではないけど、あなたが聞きたいなら教えてあげるわ。最初は、アンジェリスで出会った時の話からすればいいかしらね」
目を背けて、ただメイの望む話を語って聞かせる。ストムロックで出会った時のことに始まり、先ほどの面談の話まで、更には『大英雄オーパル』に似ていたことまで話した。僅かにだが、冒険王物語にもある話も混ぜることで相手を楽しませることを忘れない。話を聞いて無邪気に喜ぶ姿を見ることが癒しになるからだ。
事実、『大英雄オーパル』に関わる話を聞いている時は、満面の笑みを浮かべて肌が触れる距離まで密着してきた。あまりに愛らしかったので、ついつい頬を重ねてしまったのは余談だろう。
だが、面談の話になった頃には、それまで満面の笑みだった表情は暗く沈み始めてしまっていた。何がそんなに彼女の心を暗くしてしまったのか理解できなかった。アリスにはアリス『の』顔を見ることはできないのだから、それを知ることはできない。
「くだらないこだわりね。結局、アイツが『仲間』を『仲間』と見てなかったのが気に入らなかっただけ。そのアイツがまるで、あの『底抜けバカ』みたいな顔をしてることに苛立ってる。それだけなのよ」
話し終えて、そんな風に自嘲した言葉を吐く。本心から自嘲しているわけではない。ただ、メイの望む『冒険王』であるために、『求められる』存在であるために、そう演じている。独りになれば自己嫌悪に陥るのがわかっているのに、求められる快楽に抗えない。
暗い表情を浮かべていた少女はそんな『冒険王』の姿を見て泣きそうな表情を浮かべている。その顔を見て、アリスは腕をメイの首に回して、後ろから頭を撫でるように置いて抱きしめた。
「あなたが悲しそうな顔をしてどうするのよ。こんなことはよくあることよ。私はこんなことでダメになったりしない。私はこれからもアリス・ドラクレア・グリムス。冒険王で辺境伯」
(そして、廻り続ける。ただ無様に、滑稽に、道化のように廻り続ける)
腕の中で震える少女への慰めの言葉を口にしながら、心の中で自身への嫌悪を口にする。後ろに回した手は、優しく、愛おしさを表すように頭を撫でる。
しばらくそうしていると、小さな胸に埋めていたメイの顔が抱き締められたまま上へと向けられる。そして、自身を愛おしそうに見つめる相手を見つめる。二人の視線が交差し、先ほどまで泣きそうだった少女の瞳の奥に強い光が宿っているのが見えた。そのまま、愛情の篭った腕から逃れてソファーの前に飛び降りる。
「ねぇ、冒険王、お願いがあるんだ」
「あら、どうしたのかしら? あなたのお願いなら大体のことは叶えてあげるわよ」
くるり、と一回転してから可愛らしい仕草でおねだりをする。内容はわからないが、無理がなければ大体のことは叶えることができる。目を引くその仕草を眺めて癒されながら、次の言葉を待てばいい。願いを聞かないという選択肢はもとより存在していない。
「オーパルって奴の実力が知りたいから、私と勝負させてよ」
瞬間、その場が停止したかのように静まり返る。ただ、真剣な眼差しで見つめる少女と、耳に届いた言葉に僅か驚愕を受けた少女がいるだけだ。
純真なはずの瞳を黒く歪めた少女は願いを口にした。その願いを受けて、目の前にいるアリスは悲し気に目を細めながら、心の内に生まれたざわめきを隠しながらその答えを口にする。
「ニャアシュに話を通すわ。少しだけ待っていてもらえるかしら?」
今も執務室で戦っている猫耳少女の元にこの話はすぐに伝えられる。彼女は驚きとともに頭を抱えることになるのは言うまでもないだろう。
二話同時更新なのですが、理由は7話が先に完成したからです
今回からやたら多かった主語の扱いを変えました。私も進歩してます、たぶん!
次回も楽しみにしてくださると嬉しいです。




