第04話 霧と獣の第二階層
ダンジョンに帰還してから数日が経過した。
だらだら毎日を過ごしたことによってみんなの心も体もだいぶ回復したようだ。
となると、次の行動を起こそうというやる気も湧いてくる。
「第二階層の改装は大方完成しましたね」
タブレットに視線を落としつつココメロが言う。
第二階層はそのフロアのボスともいえる二頭の精霊獣の故郷に寄せる方向で作り変えた。
つまり、霊山カバリのように木々が生え、傾斜があり、霧に満ちているフロアだ。
と言ってもダンジョン内なのでその規模は本物には遠く及ばない。
霧もそこまで濃くなく毒も交じっていない白い霧だ。
『俺の毒霧でフロアを満たせば人なんて入ってこれないんじゃ?』という意見をココメロに伝えたことがある。
しかし、ダンジョンは常に換気されていて霧を発生させ続けていないとフロアを満たすことは出来ない。
つまり俺がお出かけしてる時は不可能。
それに移動の魔法陣を塞いだり、移動後すぐ攻撃を加える物は置けないルールもあるらしい。
また魔術を用いて持ち出され利用される危険もあると言われたので断念した。
「戦力としてはやはり二頭のイノシシの精霊獣『パプル』と『ヴィオ』がすべてですね。他のモンスターはあくまでサポートです」
そうそう、二頭のイノシシにはココメロによって名前が付けられていた。
赤紫色の体毛を持つのが『パプル』。青紫が『ヴィオ』。
名付けられたことを理解しているらしく名前を呼ばれるとほんのちょっとだけ反応を示す。
「他のモンスター……確かソウルドッグとミストフロッグだったかな」
「はい、ソウルドッグは第二階層に配置して自由に駆け巡らせます。ミストフロッグは白い霧を発生させるためだけのモンスターです。丸くて白くてかわいいですが、戦闘能力は低い臆病なモンスターですんで」
「でも、この霧が結構重要なんだよね」
「ええ、ソウルドッグの本体ともいえる石版を探し出しにくくなりますし、彼らは霊体で微妙にぼやけています。それが白い霧によってさらに見えにくくなる。実質、脆い耐久を補うことができますね」
「そしてパプルとヴィオにとっても戦い慣れた得意なフィールドへと変わる。視界の悪さからあの巨体でも奇襲をかけやすくなる。まあ、でもあんまり本気出したら殺しちゃうから手加減してもらわないと」
ダンジョンの破壊が目的じゃない人には帰ってもらってまた来てもらうのがここのスタイルだ。
さいわい二頭のイノシシはパルマと戦った時も手加減していたみたいなので心配はしてない。
最悪大けがさせてしまっても回復スキルを持っているからなんとかなるだろう。
「私が侵入者の第一階層を進む姿から力量を見極めて指示を出します。一定の力がある人にはパプルとヴィオの牙をわざと切らせて持って帰らせます。牙はすぐ再生しますが、人間にとっては貴重な精霊獣からとれた素材ですから、またここに来る価値がある物になるかと」
「うん、良い作戦だ。ココメロには感謝してもしきれないよ」
「いえいえ、この作戦は精霊獣ありきの作戦ですからだいたいボスのおかげです。この調子で次の遠征も頑張ってくださいね」
「ああ、もう準備は出来てるからあとはパプルとヴィオにまた車を引いてもらって、海に行く前にロットポリスに寄って……あっ」
「どうしました?」
「パプルとヴィオにはダンジョンの防衛をしてもらうわけだから、移動には使えない! 魔動バイクもフィルフィーに預けてるし、今の俺たちには長距離を素早く移動する手段がない!」
「……はっ! そ、そうですね。では、パプルとヴィオのどちらかを移動に使ってもう一方で防衛を……いや、防衛力がかなり低下しますねそれでは。新たに移動に適したモンスターを購入しますか?」
「うーん、そうするしかないかな……」
第二階層の霧の中、俺は腕組みして考える。
「おーい! エンデ! ココメロ!」
手を振りながらパステルが俺たちのもとに駆け寄ってきた。
「何かあったかい?」
「侵入者ですか?」
「侵入者ではない。ダンジョンの入り口に魔動バイクのようなものが来ておるのだ。見た目が違うので確証はないが、おそらくそうだと思う」
「魔道バイクが? とりあえず行ってみるよ」
念のために二人を残し、俺は第一階層から外の世界へと出る。
「うわぁ……なんだこれ……」
ダンジョンの入り口にとまっていたのは確かに魔動バイクだった。
かなり大型化してるが、乗っていた俺には改造されていたもその面影を感じ取れる。
「あ! お久しぶりですエンデさん! 技師フィルフィーがただ今お迎えにあがりましたよ!」
バイクに跨っていた作業用ロボ『マッシブ』の頭がパカッと開き、中から作業着を着た小さな妖精フィルフィーが姿を現す。
その顔は出会った頃より引き締まり、体もガッチリしたように見える。
「久しぶりフィルフィー。なんだかすごく立派になったね。すごく頼れそうというか、たくましいというか」
「いやぁ、よく言われるんですよ~。でも女の子としてはあまりうれしくないなぁ~とか思ったりして。技師としても立派になりたいですけど、女の子としてもかわいくいたいんですよねぇ~。羽もないうえこんなに筋肉質になったら本当に妖精として見られなくなっちゃいますよ」
「乙女心は複雑だね。でも俺は今の君のことすごく魅力的だと思ってるよ」
「うふふっ、ありがとうございます。でもそんなこと誰もかれもに言っちゃダメですよ~。エンデさんにはパステルちゃんがいるんですから、思わせぶりな発言は控えないと」
「う、うん、気をつけるよ。それで迎えに来たってことだけど、よくここと今の俺たちの状況がわかったね。ちょうど移動手段がないことに気付いて悩んでたところなんだ」
「えっへん! 今の私にかかればざっとこんなもんですよ。まあ、ダンジョンはマカルフの近くにあるとは聞いてましたし、マカルフまで来れれば情報は簡単に手に入りましたね。移動手段もないだろうなぁとは思ってましたし」
「ここまでは一人で? フェナメトは後ろに乗ってるのかな?」
「フェナメトちゃんはまだロットポリスにいます。でも、改修は完了していますよ!」
「それは良かった。でも、一人で危なくなかった? ここからロットポリスまでは結構距離あったけど……」
「問題ありません。なんたって改造を終えた魔動バイクですから武器も搭載されているんですよ! マッシブも戦闘用に調整してますし、ほらこんな感じで……」
フィルフィーが何やら手元で操作するとバイクの後ろに接続された四角い箱型の荷台のドアが開き、中から三機のマッシブが現れた。
「無人機です。フェナメトちゃんを参考に自分なりに考えて作ったシステムで動かしています。まだこのバイクの周りにまでしか命令が届きませんが、自衛には十分使えます」
カラーリングの違う三機のマッシブはそれぞれ手に持った銃と盾を構える。
その統率のとれた動きに俺は心底驚く。
「あんまり自覚ないみたいだけど、フィルフィーって普通に天才だよね」
「またまた~。そんなにおだてちゃダメですよ」
謙虚というか、自分の実力に気付いていないところが成長を続ける理由なのかも。
「さて! 一旦ダンジョンに入れてもらえますか? 皆さんの荷物を荷台に積みこむ必要もあるでしょうし、何よりここ目立ちますしね」
「うん、ついでにダンジョンの中を紹介するよ。最近完成したばっかのフロアもあるんだ」
「それは楽しみです! うふふっ、ふふふ~ん」
突然鼻歌を歌いだすフィルフィー。
「……なんか今日はすごく機嫌いいね」
「それはもう初めて一人で遠出してるんですもの! ロットポリスに流れ着いて親方に拾われてからはずっと町の中で生きてきました。そして今、そこで学んだ技術を使って作ったもので冒険に出てるんです! 自分の意思で! こんなに嬉しいことはありません!」
キラキラした目で熱っぽく語るフィルフィーの姿は親方ギルギスを思わせる。
「必ずみなさんを再びロットポリスへ、そして港町テトラまで連れていってみせますからね! 私の改造した魔動バイクで!」
「頼りにしてるよフィルフィー。やっぱり君は素敵な人だ」
「エンデさんってやっぱり……小さい女の子が好きな感じですか? 私くらい小さくても全然興奮でき……」
「いや、本当に褒めてるし尊敬してるだけだから! 変な意味とかないから! 君はそれだけすごい人だからね!」
あの一件以来、俺は一部の人に相当色ボケした人だと思われてるみたいだ。
パステルに関しては認めざるを得ないけど、もともとはそんな男じゃない。
いやホントに。




