第02話 立ちはだかる者
モンスター返却の期限は迫ってきていた。
ロットポリスからダンジョンへの移動中、何度か道に迷い時間をロスしてしまった。
口に出しはしないが皆内心焦っていたと思う。
それでも、精霊獣たるイノシシ二頭のタフさと足の速さでなんとか期限までにダンジョン周辺までたどり着くことが出来た。
俺が竜の力を得たことで空から方向を確認できるようになったのも大きかったかな。
「いやぁ、乗ってるだけだったのに疲れたね……。ヒューラは乗り物とか初めてだろうけど大丈夫? 酔わなかった?」
今日はパステルの肩に乗っているヒューラに声をかける。
「ああ、景色がコロコロ変わって面白かったぜ。山の中は霧のせいで景色が全然変わらんかったからな」
「楽しんでもらえたのなら良かったよ」
俺たちはダンジョンの入り口に人がいない事を確認し、猪車に乗ったままダンジョン内部へ。
荒らされてないと良いんだけど。
「久々の我が家だなぁ~。バイタリティ溢れる俺も流石に今日はもう慣れたベッドで寝たい気分だ。見張りは誰がするよ? もうイノシシたちに任せるか?」
サクラコがあくびをしながら話す。
『そうだな……』と俺がそれに返事をしようとした時、前方に人影が見えた。
「侵入者か……」
いてもおかしくはない。
冷静にパステルを体の陰に隠し、メイリとサクラコはスッと車から降りる。
イノシシたちも歩みを止める。
さて、どうしたものか。
別に完全攻略が目的ではないのならそのまま魔石でも植物でも採取して帰ってもらえればいい。
まあ、こんな大人数に囲まれたら会話になる前に逃げ帰ってしまいそうだけど……。
「すいません、そこの侵入者の方」
一番人間相手の対応に慣れたメイリが話しかける。
ローブを被ったその人物は俺たちに背を向けていて顔は見えないが、背丈はそんなに高くない。
下から覗く脚は肉付きが良く女性的で筋肉質ではない。それに裸足だ。
冒険者というワケでもなさそうか……?
「……」
その人物は振り返りもしなければ動きもしない。
気づかずに攻略を進めているというよりは、聞こえているのに無視している感じだ。
「ん? あのローブって俺が侵入者の服を溶かしちまった時用にストックしてあったのと同じじゃねーか?」
サクラコが謎の人物のローブを指差す。
彼女の言う通りそれはこのダンジョンの第十階層にしまってあるはずのローブにそっくりだ。
仲間たちに緊張が走る。
デザインが似ているだけならいいんだけど、もし……あの人物が第十階層までたどり着き、挑発としてあのローブを着て俺たちの帰りを待っていたとしたら……?
目的はわからないが相当な強者。油断ならない。
どちらとも動かず様子見の数分間が過ぎた頃、口を開いたのは謎の人物の方だった。
「言いたいことはたくさんあります。でもまずはおかえりなさい。パステル様、そしてボス」
振り返りフードをとったその人物。
その顔には見覚えはなかったが、あるモンスターが頭をよぎった。
「なんて言ってもわかりませんよね、私のことなんて。それはそうですよ。だってこの姿になったのは最近ですし、ボスもパステル様も知らなくて当然ですもの。だから言っちゃいます。実は私は……」
「君、もしかしてデビルスイカ?」
その人物は驚いたのかまん丸い目を見開く。
「……は? なんでわかったんです? 私それをネタバラしするのを楽しみにずっとボス達の帰りを待ってたんですけど」
「いやだって見た目が……」
とても甘いスイカの果肉を思わせる鮮やかな赤色に、スイカの皮を思わせる緑と黒の三色が絡み合った三つ編みの髪の毛。
頬には種ほど大きくないもののぽつぽつとソバカスがある。
そして、全体的に素朴というか美人だけど派手ではない感じが農民の娘を思わせ、おそらく初見の人間にもスイカが真っ先に頭に浮かぶ見た目だった。
「そう……そうですか。そんなにスイカですか私は。まあ、種族がアルラウネになっただけで元の植物はスイカなので仕方ないのですが……」
かなり寂しそうな顔をする彼女。
「えっと、君は本当にデビルスイカが進化した姿ということでいいんだよね?」
「はい、ボスとパステル様が一番初めにこのダンジョンに植えたデビルスイカが私です。お二人がご不在の間に起こった戦いで進化し、人型植物モンスターアルラウネとなりました」
「それは……なんというか、ごめんね。ずっとダンジョンを任せっきりにして」
何気なく俺の口から出た言葉だったが、これが彼女のどこかに火をつけてしまった。
「ほんっっっとうですよ! 私がどれだけ不安で心を痛めていたかわかります!? 別に私個人が寂しいという意味で言っているのではなくですね。この戦力ではパステル様のコアを守りきれないのではないかと不安だったんですよ!!」
「うっ……」
「もうじき返却されるヘルリビングアーマーとソウルドックは確かに優秀なモンスターです! しかし、双方弱点も明確です! ヘルリビングアーマーはノロい! ソウルドックは脆い! 動きの速い敵ならばアーマーをスルーしてドッグを薙ぎ払い奥まで到達できるかもしれません!」
「はい……」
「ここで一つ言っておきたいのですが、私は別に外に出て冒険することを否定はしません! でも、そうするならもうちょっと防衛の準備をして欲しいと言っているのです! 例えばリビングアーマーを生かすために動きを妨害するモンスターを置いておくだとか! まあ、連携を理解できるほど知能の高いモンスターを考えなしに配置すると謀反を起こされる可能性もありますから難しいところですけど……」
肩で息をするスイカの少女。
顔も真っ赤になってまるでスイカ……なんてことを考えている場合ではない。
彼女の指摘は非常に痛いところを突いてくる。
第一階層とリビングアーマーを突破されたらいよいよ俺をダンジョンに強制帰還させるアイテム『帰還バッチ』に頼るしかないのが現状だ。
「バッチのことを考えていましたね?」
心を読まれた……。
「帰還バッチも過信してはいけません。なぜなら、パステル様とボスが離れることになるからです。私には今回の冒険の内容はわかりませんが、思い出してみたらありませんか? ボスが急にダンジョンに呼び戻されたらパステル様が危険にさらされる状況が」
ある……ありすぎる。
ヒューラと出会う前に呼び戻されたらもうパステルはどうにもならなかっただろう。
「はぁ……はぁ……。ダンジョンのいちモンスター如きがダンジョンボスに出過ぎたことを言っているのはわかります。ですが、私の言った事をどうか心のどこかに留めておいてください。こうしてお話しできるようになったのは最近ですが、パステル様とはデビルスイカ時代からのお付き合いです。ボスには及びませんが私もパステル様に幸せになってほしいと思っているのです。私に心をくださった方だから……」
「うん……ダンジョンボスとしての自覚を持つようにする。ありがとう、君がハッキリ言ってくれたことで、未来に起こるはずだったピンチを回避できるかもしれない。えっと……名前は……」
「はい、まだありません。ボスがつけてくれると嬉しいです」
「……パッと思いついたのでいい?」
「ええ」
「ココメロ。今日から君はココメロだ。スイカ時代を合わせると長い付き合いだけど、改めてよろしく」
「はい、ボス!」
もう正体を隠す必要はないとばかりにローブを脱ぐココメロ。
中から現れた体は絡みついた植物のツタや葉を衣服代わりにしており、結構露出が多く際どい。
「ローブは着てても良いかもね。お腹冷えそうだし……」
「そんなに寒くないですよこのダンジョン」
「まあ、ココメロが良いなら良いけど……」
って、そう言えばさっきから俺以外あんまり喋ってないな。
気になって周りを見渡してみると、みんな何かにもたれかかって立っているのがやっとというほど疲れきり、今にも眠ってしまいそうなほどだった。
「だ、大丈夫!?」
「う……む……。聞いておったぞココメロ……。私も魔王として……意識が低い……。迷惑かけたな……」
パステルは目をなんどもこすって開こうとするももう限界だ。
サクラコはほぼ寝てるし、メイリすら意識が怪しい。
みんな緊張の糸が切れてしまったんだ。
ロットポリスの戦いはそれほどに過酷だった。
そして終わった後も敵の正体は掴めず、次がいつ来てもおかしくない状況が続いた。
昼も夜も神経をすり減らし、ダンジョンへ帰る途中も警戒を怠らなかったからこそ出た疲れと眠気。
もう抗うことは出来なかった。
「ココメロ、もうみんなは……」
「わかってます。これ以上のお話はまた明日にしましょう」
ココメロと二人で歩くこともままならない仲間たちをそれぞれの寝室へ運んだ。
そしてイノシシたちは第二階層に待機させておく。
その際にココメロがイノシシたちと俺を交互に見て『これ仲間ですよね? 防衛に使っても良いんですよね?』みたいな視線を送ってきた。
とりあえず『仲間だよ』と言い、その話も明日と伝える。
俺もなんだか眠りたい気分だった。
精霊竜の継承者だから気合で眠気ぐらい吹っ飛ばせるのだろうけど、今は一度ぐっすり寝て頭の中をスッキリさせたい。
明日からはダンジョンボスとして自覚を持ち、気を引き締めて動こう。
次の冒険の予定はもう入っているけど、ココメロを失望させないくらいの準備はしないと。




