第01話 ダンジョンに帰ろう
「さて……いろいろあったが、お前さんたちがこの町に来た本来の目的は古代兵器フェナメトの修理だったな」
「はい。それで……彼女はどんな具合でしょうか?」
謎の魔獣軍団との戦闘から数日後、俺はギルギスの工房にいた。
ここ最近は町の復興に協力していたが、そろそろパステルが新人魔王同士のエキシビションマッチで勝ち取った高ランク防衛用モンスターの返却期限が迫っていた。
それらがいなくなると俺たちのダンジョンは未だ低ランクの植物系モンスターしか配置されていない。
しかも、その状態が数カ月は続いているので本気で攻略に乗り出す者が現れれば容易に突破されてしまう可能性があるのだ。
もちろん精霊竜の力を受け継いだ俺がダンジョンに居座ればそう簡単には攻略されない。
しかし、これからも俺たちが世界中を冒険したり観光したりするのには戦力がいる。
もともとは砂漠の町ザンバラもこのロットポリスも戦力増強のために訪れたのだが、毎度戦いに巻き込まれて強くなっていくのは俺たち自身。
見つけた新たな戦力はフェナメトぐらいのものだ。
だからこそ、彼女がどのくらい本来の性能を取り戻したのか、何よりダンジョンへ一緒に帰れるのかというのが今一番気掛かりなことだった。
「……ここ最近では最高の仕事をしたと思っている。無論、古代にどれだけのスペックを誇っていたのかは計り知れないが、今の技術と俺の腕で出来ることは全てしたと胸を張って言える」
「じゃあ……!」
「だが、前の戦闘でまだまだ無駄が多いと判明してな……。連続稼働すると負荷がかかって壊れそうな箇所も見つかった。やはりどれだけ頭で考えても実際に動かした時には不具合が出る。技師としては今の状態のフェナメトを渡すことは出来ない」
「そ、そうですか……」
「あいつは人を守る為に戦うマシンだ。いざという時、壊れて何も出来なくなるような目に合わせないように、出来る限り細かいところまで整備がしたい。すまんな」
「いや、こちらからすればまったく手の付けようがなかった修理を行ってくださったと言うだけでありがたいです。それに納期も決めていませんでしたからね。これからも彼女をよろしくお願いします」
「まあ、もう一度戦えるようになるまでにはそんなに時間はかからんと思う。現状で完璧に出来たと思ったらまた動かして、わかった問題点を直しての繰り返しになるから最終的にはどこに行きつくかはわからんがな。俺もまだまだ力不足ってことよなぁ……」
「いえいえ、そんな……」
「あっ、不足と言えば……」
「はい?」
な、なんか芝居臭いものを入れてきたぞ……。
「修理の代金のことなんだが……渡された分じゃ足りなさそうだ」
「そうですか……」
古代兵器の修理なんだからそれなりにお金はかかると覚悟はしていた。
まだ想定内の出来事だ。
「それでおいくらほど足りませんかね?」
「んっ、まぁ……まだ見積もってねぇからハッキリとは言えねぇがだいぶ足りないなぁ」
「それは……どうしましょうか」
この町でダンジョンのように薬を生成して売るのは無理だ。
普通に霧としてばら撒いたので今は需要が薄い。
なら労働は……いや、復興作業はボランティアでやっている。
「俺としても町と多くの住民を救ってくれたお前さんから金を貰うのは忍びない。本来ならロットポリスの偉いさんからたんまり報酬が出ても良いんだが、町がこんな状況ではな……」
瓦礫の撤去は出来てもまた建物を建てていくにはそれなりの時間を要する。
町にはまだ戦いの深い傷跡が残っているんだ。
「みんなをダンジョンに帰したあと、俺だけ他の町に出稼ぎに行きますかね。今なら危険なモンスターも仕留められそうですし、もう少しだけ支払いを待っていただけるのならば……」
「もちろん待つ! だが、早めにまとまった金が欲しいのもまた本音。そこで相談があるんだが、お前さん『プレジアンの沈没船』って知ってるか?」
さっきまで腕を組んでうんうんうなっていたギルギスが急に目をキラキラさせる。
「す、すいません、知りません。元人間なのに人間界の情報に疎くて……」
「そうか……。いや、実はこの話はもう知ってる奴の方が少ないんだ。一時結構なブームになったんだがな。今じゃほとんど誰も覚えちゃいない忘れられたロマンの話さ」
ロマンと聞くと興味を持たざるを得ない。
沈没船のロマンと言えば……。
「もしかして、船と一緒に海底に沈んだお宝を引き上げて来いというお話ですか?」
「さすが精霊竜の継承者! 勘が冴えてるな! 冒険家プレジアンの残した財宝を持ってきてくれれば修理費用なんて一発だ! それにプレジアンは世界中のあらゆる貴重品を集めていたとされている。もしかしたらフェナメトの修理や強化に役立つ品が一緒に眠ってるかもしれねぇ。そういう意味でもやってみる価値があると思うぜ。精霊竜の継承者なら深海もお散歩コースみたいなもんだろ?」
「いえいえ、買い被らないでくださいよ」
海の底か……。
確かにこの体ならば平気で海中を行けるだろう。
ダンジョンの防衛を整えたら探しに行きたいな、沈没船のお宝を。
「あとその沈没船が沈んでいる海域近くの港町には美しい砂浜もあってバカンスにもピッタリらしい。今回の戦いで頑張ったお前の嫁さんを楽しませてやるのもいいだろうさ。水着姿も見れるかもしれないぜ?」
「それは捨てがたいですね」
そういえば俺、そもそも海見たことあったっけ?
知識としてはあるし湖や池は見たことがある。
それのデッカイ版という認識なんだけど実際はどうなのかな?
……嫁さんは少しひっかかる言い方だけど訂正してどう言わせたいのかもわからないのでスルー。
でもパステルの水着姿は見たいなぁ。
「なにはともあれ、すべては一度ダンジョンに帰ってからだな。ダンジョンコアは魔王の命だ。嫁さんと同じくらい大切にしないといけねぇ。それでなんか戦力のあてはあるのか?」
「ええ、まあ。とっておきの防衛のプロフェッショナルがどうやら来てくれるらしいですよ」
「ほう、そりゃ良かった! その調子ならまたすぐ会えそうだな。まあなんだ、改めてありがとうな。町を救ってくれて」
「ギルギスさんの技術も間違いなく多くの人を救いましたよ。僕は結局一人です。たくさんのマシンたちの力が無ければ救えない命もありました」
「そう言われるとむず痒いな……。ありがとよ! また会おう! 俺もしばらくは真面目に仕事をするさ」
「はい、また会いましょう」
握手を交わし、工房を出る。
そろそろ俺たちの家に帰るための荷造りをしないと。
● ● ●
さらに数日後、俺たちはいよいよダンジョンへ帰るためにロットポリスの門の前にいた。
お見送りには四天王フォウ、フィルフィー、そして仮の修理を終えたフェナメトが来てくれた。
「申し訳ない……ただ本当に申し訳ない……。体は傷ついておらんのに心を折られて結界を崩壊させるとは四天王としてあるまじきこと……」
フォウの顔色は良くない。
彼女は大した怪我こそなかったが、精神的なショックでしばらく立ち上がれないほど弱っていた。
アイラが生きて帰ってきた事で少しずつ立ち直ってはきたものの、今度は町を守れなかった自責の念で調子を崩している。
「結界を出そうとしても不安定に歪んだ物しか作れん。我の心がこんなに脆いとは……。しかし、このままで終わるつもりはない。必ず力を取り戻し、同じ過ちを繰り返さないようにするのじゃ」
今は不安定でもきっと彼女なら立ち直るだろう。
パステルに身を守るスキルを教えてくれた恩人だ。そう信じたい。
最近は四天王を非難する声も小さくなってきた。
落ち着いた……というよりかは敵の強大さというか得体の知れなさの方に注目が集まっているからだ。
広範囲をゾンビ化させる毒の霧、本来命令を聞かせるどころか出会うことすら困難なモンスターを統率する力、生きているアイラを別のモンスターに改造する謎の技術……。
冷静に考えると四天王含め兵士たちが予想して対処することなど不可能な出来事の数々、そして底しれぬ悪意。
町の住民たちは大切なものを奪われた怒りよりも、まだ奪われるのではないかという恐怖を感じていた。
そう考えると、しばらくはフェナメトを置いておくのもロットポリスにとっては良いのかもしれない。
「ごめんね! フェナメトちゃんの修理終わらなくて。あと、ここまで乗ってきた魔動バイクも改造中でお返しできなくてごめんなさい!」
作業を抜けて来てくれたフィルフィーがぺこぺこと頭を下げる。
「いや、どっちも俺たちのためにやってくれていることだから謝らなくていいよ。時間がかかってもちゃんと仕上げてさえくれたら良いさ」
バイクは荷台の部分を改造してどこでもフェナメトを整備できる小型移動式工房にするらしい。
エネルギーの補給やパーツの取り換えとかも出来るみたいだけど俺にはサッパリ……。
おそらくもうバイクはフィルフィー専用になってしまいそうだ。
「エンデさん、みんな、しばらくお別れだね」
まだ完全ではないとはいえこの町に来る前とは見違えるほど綺麗に、そして強くなったフェナメトが少しさみしそうに言う。
「僕はもう十分戦えると思ってるんだけど、まあ体が壊れる怖さは知ってるしギルギスさんは信用できる技師だからもうちょっとお世話になるよ」
「うん、俺たちもいろいろ体勢を整えたらまたロットポリスに来る。それから今度は海に行くことになりそうだ」
「海か……じゃあ、それ用の装備も作ってもらって待ってるね。パステルちゃんといちゃいちゃして僕のこと忘れちゃいやだよ?」
「も、もちろん忘れないよ……」
みんなからネタにされるな……。
まあそれだけの事はしたと思う。後悔はしていない。
「そろそろ行こうかな。いつまでもここに居てしまいそうだから」
来た時に乗ってきたバイクは改造中。
ならば何で帰るかというと……馬車ならぬ猪車だ。
「こいつらも霧から解放されたんだから、山で自由に生きればいいものを」
ヒューラがつぶやく。
今、車を引くために待機しているのは霊山カバリでパルマと戦ったイノシシたちだ。
赤紫と青紫、それぞれ違う色の体毛を持った二頭のイノシシはある日町にやってきた。
また攻撃かと一時は騒ぎになったが面識のある俺が真っ先に対応に動いたため、なんとか戦闘にはならなかった。
彼らは精霊竜を守る存在『精霊獣』なのかもしれないと誰かが言っていた。
だから、小さくなっても竜であるヒューラとその力を継承した俺のもとにやってきたのだと。
実際、暴れる様子はほとんどなく言われた事には大人しく従う。
巨体でテクテク俺たちの後ろをついてくる姿は非常に愛嬌があり、始めは恐れていた町の住民たちも次第に彼らを可愛がるようになった。
「帰って落ち着いたら名前を考えてやらねーとなぁ」
「これからはダンジョンを守護してもらう事になりそうだから、カッコいいのにしとかないとね」
イノシシが引く車に乗り込み、声をかける。
ムチを入れなくともわかってくれるから知能も高いのだろう。
彼らはゆっくりと前に進みだした。
「また必ず来ます!」
見送る人々に手を振り、俺たちは門をくぐってダンジョンへの帰路についた。
イノシシは徐々にスピードの上げどんどん町から離れていく中、『ありがとう!』という絶叫に近い声が聞こえた。
みんなで振り返ると町から何か法則にしたがって点滅する光が見えた。
「ヴェルとパルマも来てくれたんだ……」
二人はしばらく忙しそうにしていて、見送りにも行けるかどうかわからないと言っていたのに……。
俺は見えないとわかっていても町に向かって手を振り続けた。




