エピローグ 翼を広げて
「ありがとね、こんな情けない奴のお見舞いに来てくれて」
「そういう後ろ向きな発言は控えた方がよろしいかと。病は気から、回復が遅くなります」
「もう体は治ってんのよ。ダメなのはもともとダメダメな私……」
エンデたちが霊山カバリへ飛び立った時、メイリはとある病院の個室にいた。
目的は意識を取り戻した四天王アイラ・エレガトンのお見舞いだ。
「あぁ……何やってんだろう私……」
普段は気丈なアイラも今回の自分の行動にはショックを隠せなかった。
町の一大事に何も出来なかったどころか、敵として現れて町の象徴を破壊し尽くしてしまったのだ。
もちろんそこにアイラ自身の意思はからんでいないが、あの時さらわれなければという後悔が、ずっと心の中にある。
「四天王なんて特別扱いされてるけどさ。私なんて普通の人なのよ。他の四天王はいろいろあってここに流れ着いた感じだけどさ、私にはそんな壮絶な過去もないし、ただいろんな種族が暮らせる町があればなって思ってたらいつの間にか周りのみんなが実現してくれてただけなのよ」
「それはあなたがリーダーとして優れていたからではないのですか? 全てに手を出し口を出すのが優れたリーダーというわけではありません。中心でドンと構えていた方が上手くいくこともあります」
「ドンと……ねぇ。何か信頼されていたとすれば、それは戦闘能力。昔から体は強かったし才能もあるって言われてた。血筋も鳥人の中では良い方らしくてね。あんまり血統を信用する方じゃなかったけど、フレースヴェルグになったと言われたら信じるしかないわ。この血に眠っていた力を……」
アイラは自らの手のひらを眺め涙を流す。
「でももうダメ……。戦えなかった私に存在価値はない……。みんな私のことを恨んでるわ……。切り落とす翼もないなら、もう死んで償うしか……」
「アイラ」
メイリはアイラの隣に寝転ぶと、ぎゅっと彼女を抱きしめる。
「ふぁ……」
不意に顔に柔らかいものを押し付けられ驚いたのもつかの間、すぐにその暖かさと甘い匂いに魅了されるアイラ。
「アイラ、もちろん今回の事件であなたを非難する者もいるでしょう。ですが、それが全てではありません。町の住民の中にはあなたが再び元気な姿を見せてくれることを待ち望んでいる者だっています」
アイラの頭を撫でながらメイリは言う。
「あなたは強い。たとえ傷ついて翼を失っても、まだまだ強い。私やエンデ様はずっとこの町にはいません。自分たちを非難する者も含めこれからも町を守っていくのが四天王の役目だと思います」
「うん……」
「ですが、あなたがどうしても辛い、消えてしまいたいと言うのならば……私たちのもとに来ても構いません。ダンジョンで一緒に暮らしましょう。きっとパステル様もエンデ様も許して下さると思います」
「本当……?」
「ええ、アイラ様がよろしければの話ですが」
「……」
アイラはその感触を確かめるように強くメイリの胸に顔を押し付ける。
しばらくそうした後、彼女は口を開いた。
「出来ないな、やっぱり。私の居場所はロットポリスだから」
「……そう言って下さると思っていましたよ」
「メイリと一緒に暮らすってのは今の状況関係なく魅力的な提案だったけどね。ダンジョンの奥深くでただ毎日傷を舐め合い体を求め合う堕落した生活……」
「私はパステル様のお出かけについて行きますからあまりダンジョンにはいませんよ」
「なーんだ、じゃあダンジョンについて行っても一人で放置されちゃうんだ」
「そうです。私だけでなく皆さんいなくなりますから本当に一人です。まあ、それはそれで少々防衛的に問題があるのですが……」
「ふぅん、そっちもそっちでいろいろあるんだ。お互い頑張らないとな。でも、本当にこの胸だけは捨てがたい……。なんだか前に触った時よりも弾力があるというか、張ってるというか……。まさかミルクでも溜まってるんじゃないかい?」
拒まれないのをいいことにメイリの胸を揉みしだくアイラ。
「あっ……そんなに乱暴にされると溢れてきてしまいます」
「えっ? まさか本当に……」
「ふふっ……確かめてみますか?」
サキュバスらしい妖艶な笑みを浮かべメイリは服をはだけさせる。
「うっ、うぅ……でも流石に今夜は……なんか悪い気がするし……」
「だからこそ今だけ……この瞬間だけあなたの母親になります。いっぱい甘えてくださって構いませんよ。ですが、それが終わったら四天王アイラ・エレガトンに戻ってください」
「う、うんっ……」
「皆さんには内緒ですよ」
口では遠慮していても内心欲しくてたまらないアイラは明らかにソワソワし始める。
そんな彼女を見てメイリは心の奥底から湧き上がってくる本能と戦っていた。
(かわいい……! もっと甘やかしたい……! このまま何もさせずに堕落させたい……! ですがいけません……。彼女にはこの町を守る使命があります。彼女は人に甘えるのではなく、人に甘えられる側の存在。今のようにたまに我を忘れて甘えるのは良いですが、ずっとそれではいけないのです)
胸に顔を寄せるアイラの髪をゆっくりともてあそび、メイリは冷静さを取り戻していく。
(種族として進化したことでその欲望も強くなりました。これが『溢れる母性』というものなのでしょうか? アイラ様は私に母性を感じてくださっているのでしょうか? なんだか……不純な感情が混じっているような気もしますが……。それでもこれは本来母が子に与える物、栄養も豊富ですしたくさん飲めば心も体も元気になるでしょう)
彼女はただ自分の出来ることでアイラを癒そうとしていた。
(明日からまた頑張って、アイラ……)
● ● ●
俺が霊山カバリから町に戻ってきた時、空にはもう太陽が昇っていた。
そして、町の中央には信じられないものがいた。
「フレース……ヴェルグ……」
それが視界に入った瞬間、俺は息が止まるほど驚いた。
毛並みの色こそあの時のものと違っていたが、それは間違いなく怪鳥フレースヴェルグだった。
戦うためパステルとヒューラを降ろす場所を探しだした俺に、奴はあろうことか親しげに手を振ってきた。
良く見ると怪鳥の周りには人がいるのに警戒する素振りを全く見せない。
まったく状況が掴めないまま、警戒だけは怠らず町の中央に降りたつ。
「お久しぶりエンデ君、ワシはアイラ・エレガトン。見ての通り……」
フレースヴェルグの周囲に風が起こり、砂を巻き上げてその巨体を隠したかと思うと中から鳥人の姿をしたアイラが現れた。
「見ての通り鷲の特徴を持った怪物……じゃなくて鳥人だな。驚いたかい?」
「ええ……そりゃもう」
「ふふっ、命の恩人である君に楽しんでもらえたのなら幸いだ」
彼女は背中に生えた新たな翼で裸の体を隠す。
再生させたんだ、血の力を使って。
無理矢理目覚めさせられ薬で維持していたフレースヴェルグの力も、今の彼女の強い意思があれば使いこなせるんだ……!
「命だけじゃない、君にはこの新たな翼も授けてもらった。私の血の中に眠る古代魔獣の力を自覚し制御できるようになったのは君のおかげだ。目覚めさせた奴は別にいるがな……」
アイラは一瞬鋭い目つきになる。
「黒幕は今のところ見つかっていない。というか捜索もままならん状態だ。魔王ジャウは黒幕ではなかった。ライオットが一度殺し、その後ゾンビとして蘇ったところも仕留めた」
「仕留めた……死んだのか」
パステルがポツリとつぶやく。
彼女にとってはあまり印象は無く、関わりの薄い魔王だったとはいえジャウは同級生だった。
近い立場の者の死は少なからず彼女を動揺させた。
「町の周辺に異常に高ランクなモンスターが出るという報告もぱったりとなくなった。黒幕も諦めたと思いたいが確証はない。私が健在な以上もう同じ攻撃は効かないから策を練り直してる可能性もある。ここで四天王として率直な意見を言うとだな……」
アイラは笑顔を浮かべる。
「エンデ君には町に残ってもらいたい。でも、それは無理な相談だろ? だから君にはお願いしない。これ以上迷惑はかけられないからな。ただ、もし黒幕を見つけたら……」
そっと右手を俺に差し出すアイラ。
「一緒に殺しにいこう、エンデ君」
声色こそ少し冗談めいていたが、その鷲の鋭い目には怒りと悲しみ、後悔に懺悔、あらゆる感情の色が見えた。
一瞬気圧されたものの俺は彼女の手を握り返す。
「はい、アイラさん」
「……ありがとう。君がいてくれて本当に良かった」
深々と頭を下げるアイラ。
いつもならすぐにこっちが申し訳なくなって『頭を上げてください』と言うのだが、今回は流石にこの礼をこちらで止める方が申し訳なく思えた。
ただ、翼で最低限隠しても彼女は裸なので、そういう意味ではやはり申し訳ない気持ちになる。
「……やっぱ、これじゃちょっと格好がつかないな。技師たちに怪鳥の姿でも破れない伸縮性のある服を作ってもらわないと。まっ、今は自分で作ってしまった瓦礫の撤去にいそしむとしようか。またな! エンデ君と素晴らしい仲間たち!」
アイラは大きな瓦礫を撤去するためまた怪鳥の姿に変化する。
「他の四天王たちも君たちにたくさん言いたいことがあるだろうから、話を聞いてくれると嬉しいな!」
その姿でも喋れるのか……。
少し前までは恐ろしい化物でしかなかったフレースヴェルグもこうなると愛嬌がある様に見えてくるから困る。
「俺の自惚れだったよヒューラ。アイラさんから翼を奪ったなんてさ」
「だな。俺からも奪えてないし完全な自惚れだぞ」
「ああ、誰も彼女から翼を奪うことなんて出来ない」
今は傷つきうつむいている人々もいずれまた空を見上げ歩き出す。
ロットポリスの空には彼女がいるから。
約二か月にわたり連載された第四章もこれにて完結です。
第五章も開幕一話はロットポリスにいる予定ですがまた舞台は変わります。
お楽しみに!




