第29話 継承者の決意
日は完全に沈み、空には星とまん丸い月のみが輝く。
ホテルの窓から見えるロットポリスの夜景は戦いの前に比べると、明かりの灯っている建物が少なくどこか寂しく感じられる。
しかし、戦いを終えた俺とパステルにはこの小さな明かり一つ一つがとても尊いものに思えた。
「なんとか町は形を留めておるな。一番被害が大きかった場所はやはり中央……ロットポリス・ビルディングだ」
イスに腰掛け窓の外を眺めるパステル。
戦闘で汚れていたオレンジの髪も綺麗に洗われ、今は夜風に吹かれている。
「あそこを直すとなると結構時間がかかりそうだね。一つ一つデザインや建築様式も違うみたいだし」
「うむ。しかし、逆に言えばあの建物群の価値というのはデザインにある。多少直すのが遅れても市民の生活には影響は出ない。まあ、だからと言ってどうでもいい建物ではないがな。町の象徴である以上、ビルディングが直った時初めてこの戦いから立ち直ったと言えるだろう」
「あの町のどこからでも見えるイーグルタワーがあるのとないのとじゃ全然町の雰囲気も違うからね。俺も力仕事なら手伝える範囲で手伝えたらなと思うよ。建築の知識は全くないけど」
失われたら戻らないものもあるけど建物は直せる。
残された時間でやれることはやろう。
もうじき俺たち魔王一行はダンジョンに帰らなければならない。
魔界での試合の勝利特典モンスターはもうじき返却されてしまう。
そうなると防衛戦力がいまだ一階層にしか配備されていないダンジョンになってしまうのだ。
今配備されている植物系モンスターたちはあまり個々の力が高くない。
ただ魔石や素材を集めて帰るだけの冒険者ならいいが、ダンジョンを踏破しコアを破壊することを目的とした者に目をつけられていると大変だ。
しかし、ずっと俺たちがダンジョンを防衛していなければならないのもまた問題。
お出かけが出来なくなってしまう。
どうやら、ずっと先送りにしてきた自前のダンジョン防衛戦力について考える時が来たようだ。
パステルも強くなったしモンス研でモンスターを買うか、それともロットポリス周辺で良さげなモンスターをスカウトするか……。
「あの……エンデ」
星を見つめて考え事をしていた俺にパステルが上目遣いで話しかけてきた。
「なに? パステル」
「今は……周りに誰もいないのう……」
「うん、そうだね」
メイリはアイラのお見舞いに、サクラコはスライム道場に、フェナメトは戦闘結果をもとにした新たな改修を行っているため工房に。
みんなそれぞれロットポリスで出会った人々と夜を過ごしている。
「パステルもどこか行きたい? と言っても今はお店もほとんど営業してないんだけど」
「ああ、別に出かけたいというわけでもなくてだな……。そのぉ、なんだ。あの時は人がいたから恥ずかしかっただけで……別に二人っきりなら何度してくれても……」
顔を赤らめてもじもじするパステル。
流石の俺もその意図を察する。
「あー、うん……」
あの時は押さえきれない衝動に突き動かされての行動だったので、夜風に吹かれて冷静になっている今面と向かって求められるとこっちも照れる。
でも、パステルがこれだけ恥ずかしがってまで求めてくれているのだから応えないわけには……。
そっと彼女の小さな肩に手を置く。
パステルは待ってましたとばかりに笑みを浮かべると、目をつむり顔を少し上に向ける。
いつみてもかわいい顔してると思ってるけど、今のパステルは色気が増していて危ない感じがする。
その魅力に引っ張られるように俺は彼女と唇を……。
「ああああああーーーーーーッッ!!!」
突如響いた叫び声に俺たちは驚いて、弾き飛ばされるようにお互いから離れる。
「ヒューラ……ど、どうしたのだ?」
「どうしたのだって俺のこと忘れてただろ?」
パステルのオレンジの髪の中から現れたのは紫のトカゲみたいになってしまった精霊竜ヒューラだ。
「そういえばパステルの方に移ってたんだったね……。肩に乗ってないからどこか行ったんだと勘違いしてたよ」
「肩に乗ってた時も忘れられてた気がするが……それはまあいい。俺もまだこの体に慣れなくて遠くにはいけねぇが、そのうち一人で動けるようになるつもりだ。そうなったら若いカップルに二人きりの時間を提供できるさ。今は誰かの側にいないと不安でな。少し前までは図体がデカかったもんだから……」
「うむ……それは構わんのだが、なぜ髪の中なのだ? エンデの時のように肩で良かろうに……」
「それはパステルちゃんの髪がサラサラで気持ちいからだ。それになんか落ち着くんだよなぁこれが。このツインテールを俺は今日から竜の巣と呼ぶことにするぜ」
「そこは二人で話し合ってもらうとして、どうしてヒューラは急に叫んだの?」
パステルの髪とたわむれていたヒューラはハッと我に返る。
「そうだそうだ! 叫んだのは他でもない俺の故郷霊山カバリのことだ! 俺がいなくなってあそこに満ちていた霧は薄れてきてるはずだ! 霧が完全に無くなると霧の毒が吸えなくなって中毒症状が現れる! 迷い込んだ人間を含めて山の生き物全部が発狂してしまうぜ!」
「あっ!」
カバリから飛び立った時、まだ俺はヒューラから精霊竜の力を継承していなかった。
なので解毒の霧を山には撒いていない!
「今すぐ行こう! 急げば山までそんなに時間はかからないはずだ!」
夜飛ぶのは少々不安だが、これに関しては早く動いた方が絶対にいい。
幸い今日は満月だ。空はまだ明るい。
「エンデ、私も連れていってくれぬか?」
あわただしく翼を広げた俺にパステルが言う。
「まだ飛び慣れてないから危ないかもしれないよ?」
「構わぬ。今は一緒にいたい気分だ」
「うん、じゃあ一緒行こう」
「代わりに俺が残るか? 若い二人の愛の夜間飛行を邪魔しちゃ悪いしな」
「いや、ヒューラは迷い込んだ人たちに精霊竜として何か言ってほしい」
「何かってなんだよ?」
「うーん『その精霊竜は本当にいたんだぞー!』みたいな。ヒューラを探して山に入った人も解毒が済めば元の生活に戻る。竜の力は俺が継承したけど竜自体はいたからその行動は無意味じゃなかった……みたいな。あぁ、でも言わない方が良いのかなぁ……。結局力は手に入らなかったわけだから、無意味じゃないと言われても嫌味ったらしく聞こえるかも……」
「なんとなくエンデの言わんとせんことはわかった。しゃーない、俺もついて行くとしよう。山の奴もいきなり解毒したから帰れと言われても困惑するだろうし、上手く説明しないとな」
「ありがとうヒューラ。じゃあ、行こうか」
一応メイリ達が帰ってきた時に困らないように書置きをしておく。
背中に翼があるのでパステルを前に抱え、俺は窓から満月の夜空へと飛び立った。
● ● ●
夜空を楽しみながら飛ぶのは帰りで構わない。
俺はパステルの【全強化付与】を受けてさらに加速。
とにかく山の人々と生き物のために急いだ。
「おっ、すげぇもう見えてきたぜ!」
ヒューラが自分の生まれ故郷を真っ先に発見する。
俺も月明りのおかげで漆黒の山脈を見逃さずに済んだ。
霧は確かに薄くなっているものの、上空からでも視認できる程度には残っていた。
「これならまだ問題ないぜ。さぁ、どこに降りるよ?」
「山の中に微かに明かりが見える。きっと迷い込んだ人々の村だ。そこに降りよう」
パステルを大事に抱えて下降する。
予想通り明かりは依然に俺が訪ねた村と同じだった。
「ふぅ……怖がる暇もないほどの飛行時間だったが、それでも地面が懐かしい感じがするぞ」
パステルは土の上で足踏みする。
その間に俺は中毒性のある毒霧の解毒薬を含んだ新たな霧を周囲に生成、それをロットポリスの時と同様に山中に拡散させる。
流石に広いから霧がいきわたるのに時間はかかるだろうけど、まずはこれで一安心。
「それにしても山の中の村と聞いていたがなかなか立派なものではないか。農地も広く良く整備されていてたくさん作物が取れそうだ」
これには俺も驚いた。
前に来た時は霧が濃くて村の全景が見えなかったけど、今なら立派な村の姿がよく見える。
「き、君は確か……」
村を眺める俺に話しかけてきたのはこの村の長老だった。
俺に生えた翼と新たな霧を発生させる姿に驚愕し目を見開いている。
「お久しぶり……というほどでもないですね長老さん」
「……手に入れたのだな、竜の力を」
「はい」
この人に事情を説明するのは気が重いが、彼はこの村のリーダーだ。避けては通れない。
俺は長老にありのまま起こったことを伝える。
精霊竜の力を継承した事、山の人々はいま霧の中毒症状から解放された事、ロットポリスが戦場になった事……。
その中で彼が一番興味を持ったのは意外にもロットポリスのことであった。
「町が戦いに巻き込まれたのか?」
「はい、とりあえずは退けましたが敵の正体はまだわかっていません」
「し、死人は出たのか?」
「はい……」
「四天王は……アイラはどうなった?」
「アイラさんは……開戦前に敵にさらわれて怪物に変えられていました。なんとか竜の力で元に戻すことは出来ましたが……翼だけは戻りませんでした」
「そうか……アイラが……あいつがそんな……」
どこか悲しそうな目をする長老。
どこか遠くを見つめていたが、しばらくしてその目は農地に向けられる。
「もしかしたら……この村に溜めこんだ使いきれない食料が役に立ったりするだろうか?」
「はい、きっと役に立つと思います。でも、良いんですか?」
「他にやることが無くて仕方なく広げ続けた農地で採れた食いきれん作物だ。誰かの役に立つなら捨てるよりいいだろう。まあ、タダでとはいかんがな」
長老は今度は空を見上げる。
俺の撒いた霧は毒の霧より色が薄く、丸い月の光がハッキリと見える。
「この村にはもう身寄りのない者も多い。霧から解放された今、わしはこれからこの村をもっと発展させていくとしよう。採れた作物を使って商売もせんとな。ならば近隣で最も大きな町であるロットポリスとは仲良くしよう。ほほっ、急にやることが多くなりそうだ」
長老は少し自嘲気味に笑う。
「竜の力……もう完全に諦めがついたわけでもない。それを手に入れようとして何十年という時間を失ったのだ。こう目の前で見せつけられると惜しくはある……」
「すいません……」
思わず謝罪の言葉が口から出てしまった。
何の意味もなさないとわかっているのに。
「そんな申し訳なさそうな顔をしないでくれ。君を責めるつもりはまったくない。ただ、言いたいことはある。君を見た時、愚か者とか思い上がりだとか言ったわしが言っても説得力はないかもしれんが……」
長老はここで大きく息を吸う。
そして……。
「君は特別な存在だ! きっと精霊竜の力も継承すべくして継承したのだ! 生まれた時から運命づけられていたんだ! そして、その力を持ったことにより戦いに巻き込まれていくことも! だからそれは君の力だ! 君のための力だ! 君は特別だ!」
ぜぇ……ぜぇ……と肩で息をする長老。
「だからわしが竜の力を手に入れられなくても、それは仕方ないことだった!!!」
体の中の空気を出し切る様に叫ぶと、長老は地面に大の字に寝転がった。
「……そう思う事にしてこれからは前を向いて生きていくよ。こんぐらいせんと失った何十年という時間のことを割りきれん。驚かせてすまなかった。君がわしとか村の者のことを気にする必要はない」
「ありがとうございます。僕もそう言ってもらえて、なんだか霧が晴れたような気分です」
「霧は晴れた……か。そうだ、これから霧の中の時間が無駄ではなかったように、その生き方を正解に出来るように生きていくとしよう。まだまだ人生これからだ。今の絶叫で寿命が縮んだ感はあるが、心はまだまだ若い。あっ、若い嫁さんも欲しい……。いやぁ、やることがどんどん増えて……」
長老はそこからしゃべらなくなった。
「……寝てるだけか。こんなところで寝たらそれこそ寿命が縮みますよ」
前に長老と会った時はこんなに心が強い人だとは思わなかったな。
竜の力はそれだけ人を変えてしまうということだ。
霧に囚われたことで彼は卑屈になり、霧が晴れたことで強い心を取り戻した。
この強大な力をどう使うのが正解なのかはわからない。
当たり前だけど全ての人を幸せにすることなんて出来ない。
今回の戦いの黒幕のように……いや、以前のアーノルドのように悪意を持って向かってくる者は倒すしかない。
ならば、せめて自分の周りの大切な人たちだけでも幸せにしたい。
この力をどう使うか……俺の心はもう決まっていた。
四章もあとちょっとで終わりです。




