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第28話 夕陽に染まる二人

 真っ赤な夕陽が大地を赤く染める中、俺はロットポリスに向けて走っていた。

 霧はもうすっかり晴れている。


「はぁっ、はぁっ、もうちょっとくらい飛んで戻ってきてもよかったかな……? でも空中で魔力が切れて落っこちても怖いしなぁ……。なんたって今はアイラも背負っていることだし」


「飛ぶこと自体にはそんなに魔力はいらないはずだが、初めてだから無駄な力が入っていたのか、それとも戦いすぎか。どっちにしても町はもうすぐそこだ。このまま走り抜けるとしようじゃないか」


「それもそうか……!」


 肩にヒューラ、背中にアイラを乗せながらひた走る。

 やがて俺たちはロットポリスの門にたどり着いた。

 門番をしている兵士はまだいくぶんか余裕のありそうな表情をしている。

 おそらく後方で待機していた人員だろう。


「あっ、あなたはエンデ様! 帰ってきたら通すようにキュララ様に言われておりました! どうぞお通りください!」


「ありがとうございます。お疲れ様です」


 門はすんなり通ることが出来た。

 目指すは町の中央、そこにみんな集まっているらしい。


「……建物にも被害が出てるね」


 大通りを行く俺の目に映る町は霊山カバリに旅立つ前と違っていた。

 ところどころ崩れていたり、おそらく血であろう赤い液体が飛び散っていたり……。

 何より大きな変化はロットポリスで一番高い建物『イーグル・タワー』が無くなってしまっている事だ。

 町のどこにいても見えた印象的な建物が無くなると、町の景色もなんだかさみしく感じられた。


「毒の力では建物まで直すことは出来ない……」


「まっ、そりゃそうだろうな。でもよ、そこらへん歩いてる市民が今生きているのはエンデのおかげかもしれねぇぜ?」


 動ける人はすでに復興の準備に入ってるようだ。

 どうせ作業で汚れてしまうからか、戦闘時に来ていたボロボロの装備のまま駆けまわってる人もいる。


「今のエンデの恰好でも目立たないな、こりゃ」


 俺は裸だったアイラに服を貸してしまったため、下着に防具という不思議な格好だがどちらもボロボロではない。

 確かに町の人々よりはマシな格好だ。


「みんなを助けられたのは俺の力じゃない。ほとんどヒューラから貰った精霊竜の力だ。俺一人じゃ薬を広範囲にばら撒くことなんてできなかった。助けられても一人か二人か……」


「でもよ、俺だってお前が山に来てくれなきゃこの力を誰かのために生かすことなんてなかったぜ? それに超毒の身体を持つお前出なければ毒の力に耐えられない……かもしれない」


「この毒の身体も偶然手に入れたものさ。俺自身なにかしたわけじゃない」


「俺だって精霊竜に生まれるために何もしてないさ。生まれたら竜で霧をばら撒いてたんだよ。そんなもんだ。今持っている力がお前の力だ。なんだなんだ、俺に会いに来た時は結構明るい奴だと思ったんだが、意外と細かいこと悩むじゃないか」


 肩のヒューラが小さな翼で俺の首をペしぺしと叩く。


「昔は……人間として冒険者をやっていた時は、あまり周りのことを気にしたことがなかった。悲しい話や不幸な事件を耳にしても俺にはそれを解決するような力はないからどうでもよかったんだ。でも、今は力があっていろんな人と出会って世界が広くなって……自分以外のものが気になり始めた。竜の強大な力を受け継いだからこそ、何かやらなくちゃいけないんじゃって……」


「ふんふん」


「誰か強い人がやってくれるから俺は何もしなくていいだろう……と思っていた。でも、俺はもうその強い人で人には出来ない事が出来る。俺はこれからどうしていけばいいのかな?」


「長い年月何もしてこなかった俺に言われてもな。わかんねぇや。でも、お前はやらなければならない事を知っているはずだ。それこそ最初から」


「えっ? それは一体……」


「答えは今にわかる。さぁ、早く行こうぜ。アイラも他の四天王に届けてやらねぇとな」


「うん……」


 やるべきこと……なんだ?

 世界を見守る精霊竜の継承者として俺はこれから……。

 空は飛んでいないのにふわふわと浮いたような感覚。

 そのまま俺は『ロットポリス・ビルディング』の手前までたどり着いた。


「あ……エンデくんね……」


 そこで待っていたのは俺がまだ会った事のなかったロットポリス四天王キュララだった。

 夕陽が眩しいのかうつむきがちだ。


「はじめまして……って言うとちょっと違和感ありますね。会話はしたことありますし」


「私も……イーグルタワーの瓦礫の下に生き埋めになった時に……目覚めた新しい力だから……まだ違和感がある……」


 彼女に芽生えた新たな力は【思念話】。

 他人の脳内に自分の声を響かせることが出来るスキル。

 このスキルは一般的ではないがそこまで希少なものでもない。

 思念を送れる範囲は意外と狭く、離れすぎると相手を直視して強く念じる必要がある。

 接近戦の連携をとる時には便利だが、遠方にいる仲間と連絡をとるのは不可能だ。


 それがキュララの場合は【千里眼】で遠くまで見れる。

 見れれば【思念話】は届く。

 なので彼女は遠くにいる人間に自分の言葉を届けられるようになった……と、空飛ぶヒューラの背中の上で急に脳内に声が響きビビってる俺に彼女は説明してくれた。


「カバリから移動中に町の状況を伝えてくれて助かりました。あれがなかったらすぐにパステルを助けに行くことが出来ませんでしたから」


「逆に……それくらいしか出来なくてごめんね……。四天王なのに……私たち……」


 『たまには失敗もありますよ』と無責任に励ますには犠牲も多い。

 キュララも傷つくだけだろう。


「ここからまた……頑張りましょう。戦いの中で成長したキュララさんなら、今度はもっとたくさんの人を守れるはずです。死んだ人に今度はないですけど、生きている人にはありますから」


 背中のアイラをキュララに預ける。

 アイラはまだ小さな寝息をたてている


「ああ……アイラ……」


 キュララはその手でアイラを抱えギュッと抱きしめる。


「ありがとうございます……。また……お礼はします……。今は……彼女に会いに行ってあげてください……。この先でずっと待ってますから……」


 俺は黙ってうなずき『ロットポリス・ビルディング』の内部へ向かった。

 以前は様々な建築様式の建造物が立ち並んでいたここもフレースヴェルグと化したアイラによってほとんどの建物が破壊されてしまった。

 しかし、その破壊をここだけに抑え込めたのは……。


「パステル」


 地平線に太陽が沈む。もっとも大地が赤く染まる時。

 やっと彼女のもとに帰ってくることが出来た。


「エンデ……」


 瓦礫の転がる地面の上にパステルはただ立ち尽くしていた。

 そして、俺を見つけるとすぐに駆け寄ってきて……。


「エンデ!」


 飛び跳ねて俺の首に手を回し、顔と顔を近づけるとパステルはそのまま俺に口付した。

 頭は理解が追いついていなくても、柔らかく血のかよった温かな唇の感触を俺の唇が確かに感じていた。

 ほんの一瞬のことがとても長く感じられる……。


「……うむ、よく帰ってきて……んぐぅっ!?」


 まるで口付けしたことを誤魔化すように、少し照れながら話を始めるパステルの口を今度は俺から塞いだ。

 身長差を埋めるために彼女をギュッと抱きしめて持ち上げる。


 そうだ。何をすればいいかなんて初めから決めていた。

 精霊竜の継承者になっても変わることはない。

 俺はパステルと共に生きるために戦う。そのために強くなるんだ。


 彼女と離れていた間に忘れかけていたことをもう忘れないように、確かめるように唇を重ねる。強く強く……。

 初めは驚いたように体をこわばらせていたパステルも次第に体の力が抜け、俺に体を預けてくれるようになった。

 そんな時間がしばらく続いた後、今度はじたばたと暴れ出した。

 俺はハッと我に返りパステルの体をゆっくり地面に降ろし解放した。


「ぷはっ……! はぁ……はぁ……ぬぅ……ど、どう言っていいのかわからんが、な、長い……。ひ、人前でこんなにされると……恥ずかしい……」


「えっ、人前? あ……」


 最初からみんな集まってくれてたんだ……。

 というか、俺も肩にヒューラが乗ってるんだった。

 間近でキスしてるところを見せつけてしまった……!!


 『俺は覚悟できてたからそんなに驚かなかったぜ』と、ヒューラは一言。

 『ちょっとこれはガチすぎて茶化せませんわぁ……』みたいな顔をしているサクラコ。

 フェナメトはちょっと恥らう様な顔で目を合わせてもくれない。

 メイリだけは胸の前で手を組み、何か素晴らしい物を見たかのように笑顔だった。


「あ、あはは……」


 一瞬血の気が引いて肌寒くなった後、今度は恥ずかしさで血液が沸騰してるかのように熱くなった。


「抱き着くどさくさに紛れて一瞬のキスなら皆にバレないかと思ったが、まさかこんな展開になるとはな……」


「ごめん……パステル……。嫌な思いさせてしまって……」


「いや、嫌ではなかったぞ……むしろ良かった……。いつも優しいエンデがこんなに激しいとは……。驚いたぞ……」


 夕陽と恥じらいとで真っ赤に染まった頬に手を当てるパステル。


「また、好きになってしまいそうだ……」


「俺もパステルのことがもっと愛おしくなった」


 再びギュッと抱き合う。


「エンデに会えたら泣いてしまうと思っていた。怖かったし、痛かったから……。でも、涙もキスで引っ込んでしまったぞ」


「それは良かった……でいいのかな?」


「うむ、よかったよかった。とりあえずお互い生きててよかった」


「……うん」


「これからも私のそばに……」


「うん、絶対に」


 パステルは眠りについた。

 限界を超えて戦って、その後も俺が帰って来るまで待っていてくれたのだろう。


 まだ全てが解決したわけではないけど、ロットポリスの戦いは終わりを迎えた。

 太陽は沈み、地平線に微かな赤みが残るのみ。

 その反対側の地平線では青い夜空に星が輝き始めていた。

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