第27話 技師の夢
「ちゃんと飛べたか……。技師としては胸を張って完成させたと言いきれねぇくらい謎も多い依頼だったが、何はともあれ仕事は果たしたぜ」
工房の外へ出て空を駆けるフェナメトを見上げながらギルギスは言う。
「親方! 外は危険ですよ!」
彼の背後からマッシブに乗ったフィルフィーが声をかける。
マッシブの手には試作型メタルマシンガンが装備されていた。
フェナメトが持つ物より小型な分軽いが威力も装弾数も劣る。
「お前こそ銃なんか持ち出していっちょ前に戦うつもりか?」
「でも、そうしないと集まってくれた他の工房の技師さんが危ない……」
「あいつらはそう簡単に命を他人に任せたりはしないぜ。自分の身を守る物は自分たちで作ったからな」
工房の周囲でいくつか銃声が響く。
その音の主はマッシブとよく似た形のロボットであったり、まるで違う人型ですらないロボットだったりとまちまちだが、どれもみな工房の周囲に近づく脅威に対して攻撃を行っている。
「そうでした! 他の工房のみなさんは無人機、治安維持機械兵力を改修してたんでしたね!」
「そういう事よ! この工房に来て眠っていたマシンを改修することが自分や仲間を守る一番の方法だと思ったから技師どもはここに来た。それだけだ」
「なんてストイックな人たち……」
「お前も一人前になりたきゃ覚えておくことだ。熱くなってすぐ工具を武器に持ち変えるようじゃ半人前。技師はその技術で人を救わなきゃならねぇ。まっ、そうもいかない時もあるし、さっきはお前が入り口のゾンビを止めてくれて助かったがな。ありがとよ」
「は、はい!」
「よし! 俺たちの仕事はここまでだ! 技師は工房に引っ込むぞ! ガタイの良い奴が多いから強そうに見えるが、みんなみんな戦いなんて好まない大人しい奴らだからな。敵に向き合うより物と向き合うのが似合ってる!」
ギルギスとフィルフィーは工房に引っ込む。
その際もフィルフィーは最後まで武器を構え背後を警戒しながら動いていた。
(昔は工房の隅っこの物陰に隠れて出てこなかったってのに、いつの間にか度胸のある女になっちまいやがった。これも俺の親方としての指導が良かったのか、それともこれがあいつ本来の性格なのか……。ふっ、もともとそうだったに違いねぇ。俺に人を育てる能力はない)
フィルフィーに気づかれないようにフッと自嘲気味に笑うギルギス。
(さて、そんな俺でも育てられる物があるとしたら……やはりマシンだ。フェナメトは俺が完成させきれなかったシステムを持っている。今こそ……今だけは眠っていたマシンたちを活躍させてやれる)
治安維持機械兵力はその名の通りロットポリスの治安維持のために造られた物だ。
無人機であり壊されても命が失われることはなく、通常の兵士のように長い期間をかけて育成する必要もない。
遠隔操作、もしくはマシン自身が自分で判断して町の監視やいざという時の戦闘を行う予定だった。
しかし、マシン自体はいくつも試作機が完成してもそれらを管理して動かすシステムが完成しなかった。
上手く動かせないとなると暴走や急な機能停止が不安視され、治安維持の為の兵力としては評価を落とさざるをえない。
結果として治安維持機械兵力は日の目を見ることなく、ギルギスの工房の広い敷地内にある倉庫や地下で眠りにつくことになった。
これが完成していればギルギスは四天王に選ばれたと言われており、それが今では四天王になりかけた男という異名として残っている。
倉庫に眠る試作マシンたちの一部は分解されフィルフィーが取ってきた仕事を果たすための材料として使われていたが、その数は膨大で未だほとんどが原型を留めたまま残っていた。
ギルギスは時折ふと思い立ってこれらのマシンを整備していた。
四天王になることには興味はなかったが、自分の始めた仕事を最後までやりきれなかった後悔が彼にこの行動を定期的に起こさせた。
それが何の因果か、町を救う一手になるとはギルギス自身も思っていなかった。
整備がなされていたことによって改修は最低限で済んだ。
自律思考型のマシンにフェナメトから送られてくる命令を受け取る受信機を取り付ける作業が主で、他は数の多さゆえ整備の行き届いていなかった古いタイプのマシンが使えるかどうか判断するだけだ。
フェナメトは古代に作られた指揮官機で、頭の大きな獣の耳のような形をした『フェネックアンテナ』は多くの僚機に指示をだすためにある。
彼女からすればギルギスのマシンたちは非常に単純な作りで動かしやすい。
そのため現在ロットポリスやその周辺では百機以上のマシンたちが人々を救うために動いていた。
(自分の作った物で誰かを幸せに出来るならこんなに嬉しいことはねぇ。フェナメトとの出会いにも感謝してる。だが、心のどこかで制御システムも自分で作りたかったと未だに思ってる俺はやっぱりみみっちい男なのかねぇ……)
戦闘の音に内心びくびくしている他の技師たちをよそに、ギルギスは妙に落ち着いていた。
● ● ●
「ふぅー! 助かったぜお前! 急に空から降ってきたかと思ったらビーム吐いて止まっちまったけど……」
ロットポリス付近まで後退してきていたサクラコ。
彼女は先ほどまで倒したはずのキマイラがゾンビ化したものと戦っていた。
そもそも神経を攻撃して倒した相手なので、神経が機能しているか怪しいキマイラゾンビには苦戦を強いられた。
とはいえ後ろにはもうロットポリスが迫っていて紫の霧をまき散らすこの敵は無視できない。
そんなときに空を飛ぶマシンから投下されたのがボール型のマシンだった。
サクラコには知りようがないがこのマシンには『ビームボール』というそのままの名前がある。
コンセプトは単純さと攻撃力の融合。
まったく安定しない光属性をなぜか奇跡的に安定して使えるマシンで、転がって移動しながらいくつかある目で周囲を探り、細くも高火力なビームを放つ。
しかし、すぐオーバーヒートし全ての機能が停止する致命的な弱点があるうえ、そもそも町中で貫通力に優れる光属性を使うと敵を撃ち抜いた後に建物や市民まで傷つける恐れがあったので不採用となった。
このようにシステム面が完成しなかったこととは関係ない単純な欠陥マシンも多数ある。
今回はゾンビに対してビームが上手く作用しサクラコを助けることとなった。
「まっ、置いて帰るのもかわいそうだしこの玉も持って帰ってやるか。って、あっちぃ! ふー、ふー……」
ボールを息で冷ますサクラコ。
もはや彼にも道場の仲間たちにも魔力は残っていないため、風魔術で冷ますという事すら出来ない。
「よし、これなら持てるな。さあ、みんなで帰ろうぜ……!」
スライムたちは最後の力を振り絞ってまた歩き始める。
● ● ●
「これで近くにいた生存者は……全てですか」
メイリもまたゾンビとして復活したケルベロスを決死の戦いで倒し、二度と復活せぬように最後の魔力で燃やし尽くした。
そんな彼女のもとにもマシンが一機送り込まれている。
サクラコのところに送り込まれたような一撃の火力優れるマシンではなく、例えるなら馬なしで動く馬車だった。
御者もなしに勝手に自分のもとにやってきて停止したこれをメイリは誰かが送ってきてくれた物だと思い、そのマシンの中に薬の霧の副作用で眠ってしまった兵士やずっと自分について来てくれた技師の女性を乗せた。
このマシンには名前すらないが物資の運搬能力に関する評判はよく、『遠隔操作や自動操作にこだわらず手動で操作できるようにして町に配備しないか?』と軍からも提案されていたがこだわりを捨てきれなかったギルギスはそれに応えなかった。
「私ももう……限界のようですね」
無人馬車の中はいっぱいなのでメイリはその屋根によじ登る。
するとマシンは町に向かって動き出した。
「眠い……」
魔力が尽きて最終的には鈍器として使われ傷や歪みが隠せなくなったアラカルトライフルを支えに、メイリはなんとか眠気に抗う。
「まだここは戦場……。気を抜いてはいけません……。生きてパステル様のもとに帰らねば……なりませんから……」
メイドの目はまだ閉じられることはなかった。
日は傾き、ロットポリスはもうじき夕陽に包まれる。




