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第25話 ブラッドポイズン

「逃げることに専念してる割にはスピードが速くない。これなら俺の慣れない飛行でも追いつけそうだ」


 怪鳥アイラを追って飛び出した空。

 眼下には霧に包まれたロットポリス。

 上空から見ると様々な人々が住む巨大な都市も小さく見える。

 くっ……体がすくむな、この高さは……。


 空を飛んだことがないどころかそんなに高い建物に登ったこともない俺にとって今の状況は正直怖い。

 翼も神経が通っていてちゃんと羽ばたいている感覚があるもののまだ違和感がある。

 結構大きくてかさばるし必要のない時は引っ込めておこう。


「どうだ、空の旅は結構いいもんだろ?」


 肩にしがみついているヒューラが少々震え声で話しかけてくる。

 彼もさっき俺たち三人をロットポリスまで運んで来た時が生まれて初めての飛行だった。

 とはいえさすがは生まれた頃から翼の生えている種族。

 今の俺に比べれば堂々とした飛び方をしていた。

 しかし、俺に力を与えて体が縮んでしまったヒューラはもう高く飛ぶことは出来ない。


「ああ……最高の気分さ。俺に力を与えてくれてありがとうヒューラ」


「そんな何度も礼を言われると照れるぜ。まあ、力を継承させるかどうかは正直かなり悩んだ。エンデと俺の力が合わされば、場合によっちゃ国一つくらい簡単に滅ぼせちまう。致死性の毒の霧を撒けば耐性のあるやつ以外一発だからな」


「うん。会ったばかりの人においそれと与えられるものではない危険な力だ。だからこそ信用してくれたヒューラには感謝してる。この力がなければパステルを助けることは出来なかった。もちろんロットポリスの人たちも」


「そうだな。まず今の出来事で一つお前に力を与えて良かったと思った。ずっと山に引きこもってた俺よりかはすでに力を有効活用したと言えるな」


 ここでヒューラは体が小さくなって高くなった声のトーンを一つ落とす。


「俺の前世的な命の精霊竜はその強大な力を人間に与えることを拒否して死んだ。だから今回は与えてみた……というわけでもねぇ。結果論でしかないからな。命の竜が人に力を与えていたらもっと酷いことが起こっていたかもしれん。なんとでも言える」


「ああ」


「そう、エンデを信用したんだ。世界を滅ぼしたりはしないでくれよ」


「もちろんさ。世界がパステルの敵にならない限りね」


「……確か俺ってお前に『俺を殺さないと大切な人を失うってなったら俺を殺すか?』みたいな質問したよな?」


「したね」


「結局その後すぐ山にうるさい音が響いてお前が緊急事態だって焦り出したから答えを聞きそびれちまった」


 うるさい音というのは俺を迎えに来たロットポリスの兵士が魔法道具だったか機械だったかを使って出した音で、静かな山中でもはっきりわかるくらいの鋭い音だった。

 これを聞いたら緊急事態、帰って来いと事前に打ち合わせがなされていた。

 その際に俺はヒューラに飛んでロットポリスまで送ってくれと頼んだ。


「答えを言おうか?」


「もうわかっちまったしいらねぇ。てか、さっきのオレンジの髪をしたお嬢ちゃんに会った時のお前を見るだけでわからん奴はいないわな」


「そんなに?」


「そんなに、だ。にしてもあのお嬢ちゃんは若いな。俺はエンデを年上好きだと予想していたんだが」


「べ、別に幼い子が好きってわけじゃないから勘違いしないでね。さ、さあ、そろそろ飛ぶことにも慣れてきたしアイラさんに追いついて彼女を元に戻そう」


「いや待て。町の方に頼れる奴がいるなら、このままのんびりあいつのペースに合わせて追い続けるべきだ」


「なんでまたそんなことを?」


「あいつはこの戦いを仕掛けた黒幕の元に逃げ帰っているかもしれないからだ」


  「あっ、そうか……!」


 俺のいない間にこの町で起こったことは『ある人』から聞いている。

 かつて魔界でパステルに攻撃を仕掛けてきた新人魔王ジャウが首謀者かと思われていたが、彼はどうも誰かに操られているとしか見えなかったという。

 ついには自らの体を死魂毒の霧の発生源に変えてしまったので、この事件の裏に真の黒幕がいることは確実視されていた。


「あいつを早く助けたい気持ちもわかるが、やはり元凶を倒さねぇとまた同じことが起こるかもしれねぇ」


「うん! このまま彼女を追おう!」


 スピードを維持してアイラを追跡することに作戦を切り替えた途端、彼女が急に進むのをやめ振り返った。


「あ、作戦を聞かれちまったかな?」


「いや……違う」


 怪鳥アイラの雰囲気が変わった。

 さっきまでは意識してなかったけど、かなり柔らかな雰囲気をまとっていた。

 だからこそ俺たちは彼女を追いながら余裕とも言える談笑に花を咲かせていた。


 しかし、今は彼女との間合いが変わっていないというのに強烈な威圧感、存在感を感じる。

 まるで別人……。


「まさか、さっきまではアイラさんがあの体を操っていたのか? 町から離れたのは逃げたからではなくて、これ以上町を傷つけないため……」


 彼女もまた俺を信用してくれたのだろうか。

 本当はただ腕を裂かれた痛みで一時的に意識が戻り、町から離れただけなのかもしれない。

 俺が来たから最後の力を振り絞って……なんて考えは自惚れかもしれない。

 ただ、どちらにせよやることは一つだ。


「ヒューラ、作戦変更撤回だね」


「ああ」


 剣を抜き空中で構える。

 踏ん張る足場がないので変な感じだ。


「まずは血を採取して解析する!」


 激しく羽ばたき急加速。

 アイラの巨体の懐に入る。


「ギィィィ!!」


 爪の一撃は空を切った……はずだったが、俺の体に大きな切り傷を残す。


「真空波だ! 目には見えない斬撃がこいつの体の周りにはあるらしい!」


「ぐっ……! パステルと戦っていた時はアイラが必死に力を抑えていてくれたみたいだ!」


 俺の装備も剣と同じ一体化効果がある。

 つまり安物の防具も今は竜の鱗と同じ強度がある。

 それをやすやすと引き裂く真空波をパステルが相手に出来るはずがない。


 アイラはずっと自我があって、暴れる体を必死に制御しようとしていたんだ。

 自らが守るべき町を破壊する苦しみを味わいながらもずっと……!


「ヒューラは大丈夫!? 俺は斬撃は無効化できるけど!」


「小さいから当たらねーよこんなのはよ!」


「なら良し!」


 身を切り裂かれながらもアイラに接近。

 その体に剣を突き立てる。

 今の剣は持ち手の部分が俺と一体化し、刃には穴が空いている。

 ここから俺の体内にアイラの血を取り込み有害な物質を解析する。


「やっぱり異常なまでの肉体強化薬を投与されてる。普通の人なら死んでしまうけどアイラは強いから耐えた。結果彼女の血に眠っていた遠い祖先のモンスター『フレースヴェルグ』の力が蘇り、こんな姿に変わってしまったんだ」


「どう治すよ? 俺は医療は専門外だぜ」


「とりあえず薬の効果を鎮静させる。元の体に戻るかは賭けだけど、意識だけは取り戻せるはずだ」


「この体のまま意識だけ戻されたら辛いかもしれんな……」


「体も戻せるように今から頑張るさ!」


 解析した血の成分を踏まえて作った新たな血をアイラに流し込む。


「ブラッドポイズン!」


 血を入れ替えてしまう勢いでやる。

 薬を混ぜ込んだだけでそもそもはアイラの血だから体にはちゃんと馴染む。

 なんとかこれで元に……!


「んっ!? なんだ……? 新しい血が回りきらない!」


「そりゃこの巨体だから時間がかかるだろうさ」


「いや、どこかで新たな血がまた悪い血に変えられている! 心臓じゃない……この体のどこかに肉体強化薬を生み出す臓器を付け足されているんだ!」


「くそっ! 人の体をなんだと思ってやがるんだ、こんなことした奴は!」


 血の流れは把握できる。

 集中してどこから悪い血が流れて来ているか探るんだ。

 アイラは苦しんでいる。今にも狂ってしまいそうな悲鳴を上げている。

 もう少し……もう少し……。


「……背中か!?」


 薬物に汚染された血は背中から出ている。

 俺は一度剣を体から引き抜き、素早くアイラの背中に回る。


 そういう種族だと思って気にもしていなかったが、確かに翼の付け根あたりにコブのように見えるものがあり周辺の皮膚や体毛の色も他とは違っている。

 これを切り落とせばおそらくアイラを取り戻せる。

 しかし……。


「翼も変色している……。これごと切り落とさないと……」


「この姉ちゃん、元々鳥人なんだろ? その翼を奪わなきゃ助からねぇってことかよ!? どこまで悪趣味でゲスなことをしやがる……ッ!」


 底知れぬ悪意……いや、逆なのかもしれない。

 町をゾンビで攻める時にアイラは邪魔だからさらい、殺すのではなく戦力として利用するために生かす。

 そして、万が一でも救出され町に戻ることになっても自慢の翼は失われ脅威にならない。


 ただ冷静に何かの目的を果たすために行動しているとも考えられる。

 その目的がなんであれ、許されることはない。


「切り落とす!」


 剣を振り上げ背中を狙う。

 無論今までで一番激しい抵抗にあう。

 真空波が乱れ飛び、俺の体を細かく切り刻もうとする。


 毒液状化で斬撃は無効とはいえ、一瞬は体が切り離されていることに変わりはない。

 これでは剣を満足に振ることが出来ない。


「すまねぇな! 俺、鱗の硬さにはあんま自信がなくてさ!」


「気にしないでヒューラ! それよりこの真空波に当たらないように!」


 肩に乗ったヒューラを守るべく剣の刃を幅広いものに変え盾とする。

 牙の方が鱗よりかは硬いようだが、それでも表面にいくつも傷が出来る。

 これではラチがあかない。


 その時、不意にアイラは大人しくなった。

 この意味を俺は即座に理解した。


「うおおおおおおっ!!」


 口から出て来そうになる謝罪の言葉を叫びでかき消して俺はアイラの背中に剣を振り下ろした。

 刃がコブと翼を切り落とす。


 翼を失い落下していくアイラに俺は急降下して取り付き、ブラッドポイズンを再開する。

 この巨体を持ち上げて飛ぶことは出来ない。

 もとのアイラに戻らないと地面に激突する。

 もうこれ以上の苦しみは……!


「これで終わりだ!」


 血を流し終えた瞬間、アイラの体に異変が起こった。

 どんどん体が縮小していき、その重量も失われていく。

 鷲そのものでしかなかった顔も徐々に凛々しい女性のものに変わり、四肢も鍛え上げられた人間のものに戻っていく。

 地上に降り立つ頃には俺の両腕で抱きかかえられるくらいの大きさと重さの鳥人アイラ・エレガトンがそこにいた。


「なにはともあれ……やったなエンデ!」


「うん、アイラさんを救うことが出来た」


 しかし、人型に戻ったアイラの背中には翼がない。

 怪物の時に切り落とした翼は失われたままだ。


「この短時間で二つも翼を奪ってしまった」


「それってもしかして俺も入ってるのか? 俺にはまだ翼はあるだろ。小さいけどな。あんまくよくよするんじゃねぇよ。エンデはよくやった」


 ヒューラは小さくなった翼をパタパタと忙しく動かして空を飛ぶ。


「ほら、ちゃんと飛べるだろ? っと! おわっ!」


 羽ばたき疲れて地面に落ちそうになるヒューラ。

 俺は手のひらでそれを受け止める。


「ふぅ……危ねぇ。いや、危なくなかったけどな。まだまだ飛べたし、ちょっとバランス崩しただけだし」


「ありがとう、ヒューラの気持ちは伝わったよ」


「本当か? まだ気にしてそうだから一応言っておくと、俺は別に高いところを飛べなくなったからといって何も惜しくはない! だって今日まで飛んだことすらなかったからな!」


 手のひらのヒューラがぱくぱく口を開けてしゃべる。


「あとな、さっきお前を継承者にするかどうか悩んだって言ったけど、それはお前を疑っていたというより継承の際に死ぬんじゃないかと怖かったから悩んでいたところが大きい! でも、破壊されていく町を見てたらなんだか助けたくなってよ。結果エンデに力を与えていた。俺は戦い方を知らないからお前にやってもらいたかった」


「その期待に俺は応えられたかな? 人とは違う力を得たのだからもっと上手くみんなを救えたんじゃないかと思ってしまうんだ……。自惚れかな……?」


「そうだなぁ、そうかもな。今も十分よくやったと俺は思ってるし、精霊竜の力を買いかぶりすぎだぜ。結局のところ竜も一つの生き物だ」


 ヒューラは俺の腕をよじ登り定位置の肩の上に戻る。


「竜も継承者も一人で出来ることには限界がある。命の竜が人に殺されたように、数で押されたら負けることだってあるさ。万能ではない。だから今やれることを精一杯やっていればいいんだ。安っぽい言葉かも知れんがそれが正しい」


「やれることを精一杯……」


「もう一度言うがエンデはやれることをやった。近くで見ていた俺が保証する。あと一分二分早く町についていればもっと助けられたかもと思うくらいなら、今から誰かを助けに行こうぜ! まだ戦いは続いているかもしれねぇし!」


「ああ、そうだね! 町に戻ろう……っと、その前に……」


 俺は上着を脱いで裸のアイラに着せる。

 先ほどまで巨大な怪鳥だった彼女は服を身につけていなかった。


「これでよし」


 アイラを背負う。

 筋肉質な彼女を背負っても重さはさして感じない。

 これも竜の力か。


「町を救った英雄の凱旋にしてはなんとも言えない見た目になっちまったな。下着の上からやすもんの防具では」


「女性を裸のまま人前に晒すよりはマシさ」


「そりゃそうだ」


 翼を広げ地上の状況を確認しつつ飛ぶ。


「一人で出来ることには限界がある……か。なら俺とヒューラが力を合わせれば限界も超えていけるということだね」


「俺に戦闘能力はほとんどないからそれはどうかな。さっきも耳元で叫ぶくらいしか出来なかったし」


「でも、君が耳元で黒幕への怒りを叫び続けてくれたおかげで俺は冷静でいられた。気持ちを代弁してくれたから」


「そ、そうか……? まあ役に立ったと言われて悪い気はしねぇな! これからもよろしくな相棒! とか言ってみたりしてな」


「ああ、これからもよろしくだ相棒!」


「ぷははっ! 本当に言う奴があるかよ! まっ、結構いい感じだったがな。山から出て良かった。いきなりおぞましい戦争を見せられちまったが、それでも外の世界は綺麗なもんだ」


 ヒューラの言葉に俺は静かにうなずいた。

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