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第24話 精霊竜の継承者

 帰ってきた時、パステルに何を言おうかずっと考えていた。

 変わった自分をアピールする為にキザったらしい言葉をかけてみようか。

 それとも何事もなかったかのように平然と話しかけようか……。


 実際にパステルと再会した時、俺はどう声をかけていいかわからなかった。

 傷ついた彼女に何を言えばいいのかわからず、ただ回復薬を霧状にして振りまきその体を癒すことしか出来なかった。


 『おかえり、エンデ』。

 そう言われて初めて俺は彼女に声をかけた。


「ただいま、パステル」


 その途端、もう何を言うかとかどうでもよくなって彼女をひたすら強く抱きしめたい衝動に駆られる。

 でも、それは後だ。


 『精霊竜の継承者』となった俺にはこの戦いを終わらせる力がある。

 そして、他の誰にも救えない命を救うことも出来る。

 どちらも義務ではない。

 ただ、自分でやらなければならないと思ったし、この力を与えてくれたヒューラも同じ思いのはずだ。


 だから、これまでのことをパステルと語り合うのは全てを終わらせてからだ。

 今は……戦う!


「パステル、もう少しだけ待ってて。戦いを終わらせたらいっぱい話そう」


「……うむ!」


 力強い返事が返ってきた。

 パステルはやっぱり強い子だ。


「さて、そういえば一緒に来たヴェルとパルマは……」


「上ですっ、上ぇ!」


『ドスンッ!』と派手な音を立てて空中から二人が落ちてきた。

 正確にはパルマがお姫様のようにヴェルを抱えて落下したので直接地面にぶつかったのはパルマだ。

 彼女は脚を全力で強化することでなんとかその衝撃を殺した。


「流石にあの高さから急に落とされたらビックリするわ……。あー、足が痺れる……」


「いつも頼りにしてるけど今日は特に頼りになるよパルマ」


 ヴェルは冷静に周囲を見渡す。


「ヒューラさんは……エンデさんに力を託して消えてしまったんですね……。僕らをここまで運んでくれたお礼もまだできてないのに……」


「おいおい! 勝手に殺すんじゃねぇ! ここにいるぞ!」


 俺の服の中からトカゲのようになってしまったヒューラが姿を現わす。

 小さな翼と目だけが竜の面影を残していた。


「俺も力を継承させたのは初めてだからこんな姿になるとは思わなかったぜ。まあ、マジで死ぬと思ってたからラッキーだ」


「ありがとうヒューラ。このお礼も後で必ず……」


「いいってことよ。俺も自分の意思でやったことだ。まあ、そこんところも後回しだな……。空から見てもわかったが町は酷い有様だ」


「うん、特にこの紫紺の霧『死魂毒』が問題だ。この毒には死者をゾンビ化させるだけじゃなく生者もゾンビ化させる効果がある」


「えっ!? ちょっ! やばいじゃん私たち!」


 パルマは一人あたふたする。


「落ち着いてパルマ。生者をゾンビ化させるにはある程度弱らせないといけないみたいだ。元気一杯の君はゾンビにならない」


「え? あ、やった!」


「問題は傷ついた兵士たちだ。重症の人はもう生きたままゾンビになっているかもしれない。だから、ゾンビ化を治す薬も混ぜた霧を散布する」


 俺は自分の周囲にキュアル回復薬と死魂毒の解毒薬を混ぜ合わせた霧を発生させる。

 前の俺は毒や薬の液体しか出せなかったが、ヒューラの力を継承した今となっては霧を生み出すのが最も得意になっていた。


「こっちの霧で敵の霧を消し去る!」


 俺は背中に生えた翼を大きく羽ばたかせる。

 生み出された風を受けて柔らかな緑色の霧は町の中央から外側へとどんどん広がってゆく。

 霧に包まれた者はゾンビ化の症状の進行が止まり、勝手に傷が癒えていくはずだ。


 しかし、死者を蘇らせることはできない。

 完全なるゾンビはもはやそういう種族だ。普通に倒すしかない。

 俺が倒して回りたいところだが、それをやるには目の前で腕を貫いた剣を引き抜こうとしている怪鳥『フレースヴェルグ』と化したアイラをなんとかしなければならない。


 【竜眼】でその正体を見抜いた時は心底驚いた。

 しかし、さらった彼女を脅しに使うでもなく見せしめに殺すでもないならば、戦力にするのが最も合理的なのは確かだ。

 彼女は強い。俺が相手をしなければならない。


「ヴェル、パルマ、二人は崩壊した建物の下敷きになっている人を助けて霧に当ててあげて欲しい。俺はこの怪鳥をなんとかする」


「了解です!」


 紫紺の霧ほどではないにしろ俺の出した霧も視界を悪くする。

 でも、ヴェルには光魔法がありパルマには巨大な瓦礫もどかせられる怪力がある。

 人の探索と救助にこれほど適した人材はいない。


「さぁ、アイラを……」


 そう思った矢先、俺の散布した霧をかき分けて並ではない敵がやってくるのを感じた。

 竜の力を得たことで感知能力も強くなっている。


「この感じは紫紺の霧の発生源になっているモンスターか」


「空から見た霧の流れからして四つは発生源があると思っていたが、そのうちの一つが町に突っ込んできたわけか。どうするよエンデ。発生源ならそのモンスターの周りは相変わらず死魂毒がばら撒かれてるし、敵の戦略上重要な役目を果たすモンスターだ。それなりに強さもある。ほっとくと犠牲者が増えるぜ?」


 俺の肩にちょこんと乗ったヒューラが耳元で言う。

 厄介な……。結局俺は一人しかいないんだから複数同時に相手するのは難しい。

 しかし、アイラから目を離して他に行くのはあまりにも危険。

 彼女を救えるのは俺だけだ。

 でも市民を見捨てるわけにも……。


 その時、また町の外側の方で霧がかき消される感覚を覚えた。

 直後にロットポリスの空を赤い物体が閃光を放ちながら飛び、霧の発生源となってあるモンスターのもとへと向かっていった。


「あれは……。ふふっ、そっちもやっと準備完了といった感じだね。君になら安心して任せられる」


「おいおい、知り合いか? 俺にも教えてくれよ」


「後でまたね。彼女のことを説明しようとするとある冒険の話をまるまるしないといけなくなる。とにかく彼女は強いし戦いの経験も豊富だ。必ずみんなを助けてくれる」


「そう言われると余計気になるが……仕方ねぇ。そろそろ怪物のお嬢さんを放置するのも限界みたいだしな」


 地面に刺さった俺の剣を抜こうとしている怪鳥アイラ。

 この剣はいつもの人間時代から愛用していた剣だ。

 修羅神の粋な計らいによって俺が触れている間は俺と一体化する効果を付与されている。


 ここまでは今まで通りだが、この剣も俺が竜の力を得たことにより実質強化されている。

 まず、体に触れている時に剣に与えた変化は体から離れても続く。

 離れている状態からさらに変化を与えるようないわゆる遠隔操作は出来ないが、今のように俺の背丈以上の大剣に変化させた後に敵へ投げつけても大剣のままだ。


 そして、俺と一体化するということは竜と一体化するということ。

 つまり今あの剣の刃は竜の牙と同じ強度や鋭さを持つということ。

 いかに筋肉と魔力、スキルに守られた伝説的種族フレースヴェルグといっても生身では受け止められない。


「簡単にはその剣は抜けないですよアイラさん。大人しくしててください。必ず元に戻して……」


「ギィィィ!!」


 怪鳥アイラは剣が抜き取れないと判断するやいなや体を大きく後ろに引いた。

 当然剣の突き刺さった腕は手の方向に向かってスッパリと真っ二つに切れる。

 断面から赤い血しぶきが周囲に飛び散る。


「こ、こいつ自分の腕を切ってまで!? お、俺あんまり血は好きじゃねーんだ。見てると体にの力が抜ける……」


 ヒューラが俺の肩の上で悲鳴をあげている。

 怪物と化してもアイラはアイラ、俺は敵を舐め過ぎていたか……。


「それでも、これ以上あなたの愛した町は壊させない!」


 地面の剣を引き抜き、アイラに向けて構える。

 次の動きを見極めて読み、素早く潰す。

 彼女にもうロットポリスを壊させてはいけない。

 戻ってきた時に苦しめてしまう。


 極限まで神経を張り詰める。

 竜の感覚は敏感すぎる。意識すれば背後のパステルの息遣いさえ感じられる……って、そんなことを気にしていてはいけない。


 竜の瞳で見据えるアイラの次なる行動は意外なものだった。

 暴れるだけの怪物だと思っていた彼女が俺に背を向けて逃げ出したのだ。

 周りに障害物のない場所で大きな翼を広げ空に飛び立とうとする。


「敵の最終兵器かと思ってたけど、撤退という選択肢があるのか!?」


「敵にとっても貴重な戦力なのかもしれないぜ! 一定以上ダメージを受けると撤退するように仕込まれてるのかもな! どうする? このまま見逃すか?」


「いや、逃がさない。でも、町から離れてくれるなら離れたところで決着をつけてもいい。町中ではこっちもあまり派手に動けない」


「よし、じゃあ奴の後を追うぞ!」


 翼を広げて飛行体制に入る。

 さっきは落ちてきただけだからまだしも、本当に自分に生えた翼で飛ぶとなると少し違和感を覚える。

 まさか数ヶ月前はこんなことになるなんて全く思っていなかった。

 人生を……運命を変えるのはいつでも誰かとの出会いなのかもしれない。


「行ってくるよパステル! 本当はもう二度と君から離れたくないけど! 今度は絶対すぐ帰ってくる!」


 今までの暴れっぷりが嘘のようにスゥ……と静かに町から遠ざかろうとするアイラを追って俺も空へと飛び立った。




 ● ● ●




「……ふん、急に強くなりおって。でも中身は変わっていないようで安心したぞ」


 ふらつきながらも空を行くエンデをパステルはただ見送る。

 彼女もまたエンデともう離れたくない思いでいっぱいだったが、今の彼に自分がついていけば迷惑になることはわかっていた。


「怪我も治してもらったしもうひと頑張りだ。私にもまだできることがある」


 再びパステルは立ちあがり歩き出した。

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