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第23話 パステルの死闘

 結界は砕かれた。

 もはやロットポリスを守るものは何もない。

 町の外側から徐々に霧が侵食を始め、せき止められていたモンスターが流れ込んでくる。


 そんな状況の中、パステルは町の中央で戦っていた。

 正確には逃げているのだが、突如現れた巨大怪鳥を市民のいる町には行かせず『ロットポリス・ビルディング』に留めているのは十分人々のために戦っていると言える。


「むっ、そうだ! 粘着性のあるカエルの毒で奴を地面にくっつけてしまえば……」


 両腕にそれぞれしがみついているカラクリカエルから交互に舌を伸ばし、建物から建物へと移動するパステル。

 その最中に振り向き、追ってくる怪鳥の足元に『ガマハエトリ毒』を放つ。


 しかし、巨体に対して放たれた毒の量はあまりにも少なかった。

 当然地面には張り付かず、肌に触れても麻痺することはない。


「ならばウルシ毒はどうか!」


 粘着性のあるハエトリ毒と違い、ツルツルと滑る性質を持つ『ガマウルシ毒』を怪鳥の足元へ撒く。

 こちらも微量ではあるが薄く広く撒かれたそれは怪鳥の巨体を転ばすことに成功した。


「よし! まさか私があの怪物に一撃お見舞いできるとはな!」


 自らを鼓舞し、さらなる時間稼ぎの術を考えるパステル。

 一回転ばせたからと言って勝てる道理はない。

 このままずっと同じ手をくらって転び続けてくれるのならば話は別だが、無論そんなことはなかった。


「……ギ……キキィィィ……」


 怪鳥は低い声でうめく。

 とてもアイラの快活な声の面影は感じられない。


「ギ、ギイイイイイ……!!」


 大きく身震いをすると怪鳥は翼をはばたかせる。

 それによって起こった強風でパステルは吹き飛ばされそうになるが何とか耐える。


(くぅぅぅ……少しづつ凶暴になってきている……! 初めはよく動きを止めることがあったが……今はもうひたすらに追ってくる……!)


 翼をはばたかせたのは飛び立とうとしているからだった。

 地面を歩いていて転ばせられたのだからそこから離れようという単純な判断だが、周りの建物が邪魔でそれも叶わない。


「ギィィィ!!」


 邪魔ならば壊すと言わんばかりに怪鳥は建物を手当たり次第破壊し始めた。

 イーグルタワーを崩壊させたにも関わらず、その後は他の建物に手を出そうとしなかったというのに、ここにきて何かに駆られるように暴れ出した。

 こうなってはもうパステルの建物から建物へ逃げる戦法もいつまで通用するかわからない。


(まだ建物のある下町の方へ行くか……? いや、市民を巻き込んでしまう。兵士なら戦いに巻き込まれる覚悟は出来ていても一般市民は……。それに幼い子どももおるだろうし出来ぬ選択だ)


 この町の中央『ロットポリス・ビルディング』でとにかく出来る限り逃げる。

 それしか選択肢はなかった。


(移動用の建物が無くなっては動きにくくなる。捉えられるのも時間の問題だな……)


 それでもパステルは逃げるしかない。

 怪鳥は飛び立つために邪魔な建物を壊していたという事を忘れてしまったのか、先ほどと同じように歩いてパステルを追ってくる。

 その動きは一段と速くなり、ウルシ毒を撒いたとわかれば一瞬の低空飛行でそれを避けるようになった。


「暴れるだけならばやりようはあるが、学習能力があるから厄介だ!」


 残っている建物も少なくなり、移動ルートも読まれやすくなってきた。


「そろそろ覚悟を決める時か……」


 パステルは移動先の建物を予想して攻撃を仕掛けた怪鳥自体にカラクリカエルの舌をくっ付ける。

 巨体ゆえ小回りが利かないという予想のもと、怪鳥の体周辺を飛び回って時間を稼ごうというのだ。


(舌は短くしておかねば体から離れすぎてしまう! 離れれば攻撃をくらう! とにかく細かく動かねば!)


 建物を移動していた時より窮屈で余裕のない戦いに移行した。

 怪鳥は腕を振り、足を上げ、翼を伸ばし、腰をひねったりしてパステルを何とか自分の攻撃を加えられる位置に動かそうとする。

 パステルはその動きに後から後から対応して何とか難を逃れている。


 が、それも長くは続かなかった。

 しびれを切らした怪鳥が魔法を発動したのだ。

 風魔術系統と思われるその魔法は怪鳥の周囲に嵐のような暴風を起こし、パステルを宙へと浮かび上がらせてしまった。


 宙を舞う瓦礫よりも小さく軽い少女をその鋭い目で射抜くと、怪鳥はかぎ爪をそれに向かって振り下ろした。

 対してパステルは舌を地面に向かって伸ばし接着させることで斜め下へと移動する。

 これにより何とか爪の餌食になることは避けられたが、そのまま地面に激突してしまった。


「ぎゃ! ぐぅ……わかっていたとはいえこれは……痛い……」


 焦って地面を狙い逃げたゆえ受け身も取れず、周囲に瓦礫の多いところに落ちてしまったパステル。

 強打した鼻から赤い血が流れる。

 片方のカラクリカエルも壊れ、光となって消えてしまった。


 怪鳥は隙を与えずそのまま追撃の爪を振り下ろす。

 パステルは残ったカラクリカエルの舌を伸ばし、遠くの地面に接着。

 体を引きずりながらもまだ逃げる。

 しかし、片腕だけの移動は単調でルートが読みやすい。

 つまり狙いが定めやすかった。


 今度こそかぎ爪の直撃を喰らったパステルは背負ったフォウを落っことしながら吹っ飛び、瓦礫の山に激突した。


「……」


 フォウに習った【防性魔流】を腕に集中させ、自らに【全強化付与】をかけた全力の防御のおかげで死にはしなかった。

 しかし、もう両腕の感覚はなく立ち上がることも出来ない。

 ただ、目だけはまだ敵を見据えていた。


 怪鳥はパステルを仕留めたと思ったのか、気を失って転がっているフォウを見ている。

 暴れて少し落ち着いたのか動きがまた鈍っている。

 しかし、動けないフォウを殺すのに素早い動きは必要ない。

 このままではフォウは死ぬ。


「……」


 こつんと怪鳥の脚に小さな瓦礫が当たった。

 それを投げたのはパステル。完全に無意識の行動だった。

 フォウを助けるため感覚のない腕で石を投げ、意識をこちらに向けさせたのだ。


「ギィ……」


 ゆっくりとパステルの方に向き直った怪鳥。

 しばらくそのまま立ち尽くしていたが、その後パステルにトドメをさすべく近づいてきた。


(今ので最後の気力は尽きた……。指の一本も動かせないとはこの事だ……。もはや痛みもない……。死ぬのは怖いが……何より怖いのはみんなを……悲しませてしまうこと……。一生消えない後悔と悲しみを私のせいでみんなに背負わせてしまうこと……)


 パステルの視界はぼやけ怪鳥の姿もハッキリしない。


(エンデともう一度……いや、ずっと一緒にいたかった……)


 思考も消える寸前。

 かぎ爪が彼女の体に振り下ろされる寸前。


(エンデ……)


 空から一本の剣が降ってきた。

 それは振り上げられた怪鳥の前足を貫き、地面にくぎ付けにする。

 同時にパステルの意識が回復し、視界もハッキリとする。


 彼女の目に映ったのは翼の生えた背中だった。

 鳥のものとはまた違う竜の翼。

 そんなものを生やした人物をパステルは知らない。

 しかし、彼のことは知っていた。


「エンデ……」


 生まれて初めて出来た心を許せる仲間。

 そして、一番大切な人。

 翼が生えようが、雰囲気が変わろうが、見間違えるはずがなかった。


「あ……」


 たくさん言いたいことはあるのに何から言えばいいのかわからない。

 だから、とにかく思いついたことを言った。


「おかえり、エンデ」


 その声に振り返ったエンデの瞳はパステルの見慣れたものではなく、竜のような瞳だった。

 しかし、パステルはその瞳にこの上ない懐かしさと安堵感、そして愛おしさを覚えた。


「ただいま、パステル」

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