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第22話 天魔怪鳥

「うぅ……霧で視界が……」


 紫紺の霧の発生はロットポリス内にいるキュララにも見えていた。

 見えてはいるものの対処のしようがない。

 霧の広がるスピードは異常に早く、すぐにキュララの戦場を見渡す目を奪った。


「こうなってしまっては……」


 頭を抱えるキュララ。

 それでも彼女はすぐに顔を上げ周りの人間に指示を出す。


「分断され……視界も奪われた……。そうなると……戦場の兵士たちは撤退しようとするはず……。フォウに門の結界を開けるように言って……。でも、霧は通さないようにと……」


 難しい注文を携えて伝令はイーグルタワーの屋上へ向かった。




 ● ● ●




「良くないな……これは」


 しかめ面でパステルが呟いた。

 タワーの屋上からはたちこめる紫紺の霧がよく見える。


 現在イーグルタワーにはパステルとフォウの二人だけがいた。

 結界の維持には魔力だけではなく精神の安定が必要だ。

 利便性だけを考えれば指示を出してくるキュララの側にいるのがいいのだが、彼女の周りはあわただしすぎて心が落ち着かないということで二人は静かな塔の屋上にいる。


「なかなかに酷い光景じゃな。ずっと見ていると心が揺らぎそうじゃ」


 床に胡坐(あぐら)をかいているフォウは目をつむった。

 得体のしれない霧に囲まれているからこそ町を覆う結界を解くわけにはいかないのだ。


「フォウ様! キュララ様からの伝令です!」

 

 下の階から駆け足で登ってきた伝令係が息を切らしながら屋上に現れる。


「なんじゃ? そのまま申せ」


「はっ! 『撤退してくる兵士たちのために四方の門の結界を開けよ』とのことですが、霧は通すなとおっしゃっていて……」


「うむ、了解した。こちらで何とかする。ご苦労じゃったなこんなところまで。戻ってよいぞ」


「はっ! 失礼します!」


 伝令は即座に帰っていった。


「さて……難しいことを言ってくれるわキュララも」


「可能なのか? 霧を通さずに結界を開けるなど……」


「やればできる。しかし、難しいことは確かじゃ。結界内部に入ろうとするものを判別するのは相当集中するのでなぁ……」


「私もさらに強化に力を入れねばならぬようだな」


 パステルはオレンジ色の光をより一層輝かせる。


「その気持ちは嬉しいがあまり気張るでないぞ。霧をどうやって消滅させるのかはまだわかっていない。最悪長時間この結界を維持する必要があるかもしれんのじゃからな」


「むう……」


 長期戦はもっともパステルが苦手としていることだ。

 彼女は魔力量が少ない。【全強化付与】は強力な分それなりに魔力も消費する。

 訓練と経験を積んだとはいえ、パステル自身どこまで魔力が持つかは未知数だった。


(とにかくやるしかあるまいな……。この霧に毒性があるとするならば、エンデが帰ってきた時に解析してもらえば何か対応策が見つかるかもしれん。それまで私とフォウで町を守るのだ)


 決意を新たに結界に多少の変化が加えられる。

 すると、ぽつぽつと門から兵士が姿を現し始めた。


「よしよし、上手くいっているようじゃな。結界を通ってくる者の感じからして霧に致死性の毒が混じっているわけでもなさそうじゃ……むっ?」


 フォウの目がパッと開かれる。


「なんじゃ……何かが執拗に結界を攻撃している。西の門の方じゃ」


「モンスターが霧に紛れて攻め込もうとしているのかもしれん。霧に毒性が無いのならば町中に待機させてある戦力を門の外に向かわせて撤退を支援した方が……」


「いや、この結界に触れる感覚からして人型じゃ。我の間違いで入ってこれない兵士が結界を叩いているのか……? しかし、それにしては非力で切羽詰っていない。まったく力強さがない……」


 フォウはここで霧の効果に思い当たった。


「死者をゾンビ化させているのか……? くぅ……えげつない物を使いおる。一体どこの誰が作ったというのじゃ……!」


「ゾンビ……アンデッド系のモンスターのことか? まさかこの霧は死体を兵力にするためにばら撒かれたというのか?」


「そう考えるとつじつまが合う。初めからゾンビとして再利用することを予定していたのならば多少無理な突撃でモンスターを消費しても問題ない。結果的にセオリーを無視した戦略性のない侵攻に我が軍は乱された。ジャウがのろのろ歩いて現れたのもそもそも別に味方を急いで助ける必要が全くないからじゃ」


 フォウは目をつむり結界を維持しつつ霧とゾンビへの対策を考える。


「逆に考えればこの霧は生きている者には無害ということ。やはり残してある戦力を撤退支援に向かわせるべきじゃな。犠牲者が増えればその分敵が増える。助けられる者は助けねば。パステル、伝令を呼んでくれ」


 パステルは持たされていたハンドベルを鳴らす。

 すると下の階で待機していた伝令係が姿を現す。

 この伝令係はフォウ側から気付いたことをキュララ側に送るために常に待機している。


 フォウは伝令にゾンビのことと撤退支援の指示をキュララに伝えるように言いつける。

 そして、撤退支援はあまり前に出過ぎるなと付け加える。


 霧の中は視界が悪い。

 あくまで風魔術を使って視界を広げつつ向かってくるモンスターを倒し、味方が町に戻りやすくする程度に留めておかねばならない。

 深追いしてわざわざ残しておいた戦力を敵に持っていかれては撤退を支援する意味がないのだ。


「攻め手がない……。結界の中に逃げ込んでも霧を消し去る方法がまったくわからない。このまま敵は結界が消えるのを待つのじゃろうか。それとも何か次の一手を用意しているのじゃろうか……」


 フォウには焦りの色が見え始めた。

 しかし、パステルもまた戦場に向かった仲間たちのことが気掛かりで仕方なかった。

 どんよりとした空気を読み取ったかのようにタワーの屋上に影が落ちる。辺りは急に薄暗くなった。


(霧……ではなく雲か。ドーム型の結界のてっぺんには霧はかかっていない。いや、でも今日は雲が少なかったはず……。そんな太陽を覆い尽くせるような雲は……)


 パステルは天を仰ぐ。


「あっ……!」


 太陽の光を遮っていたのは雲でもなく霧でもなく鳥だった。

 怪鳥と呼ぶにふさわしいそれは人間と鳥の特徴を併せ持つ巨人で、その巨体のさらに倍以上ある巨大な翼をはばたかせ、ロットポリスの真上で滞空していた。


 この怪物はたまたま通りかかったわけではないとパステルは確信した。

 実際の大きさ以上に存在感のある目は確かに町を凝視しているからだ。


「どうしたパステル? 空に何か現れたか?」


 フォウもまた空を見上げようとする。


「ま、まった! 待つんだフォウ! 何かは現れたしきっと敵だと思う。しかし、なんというか見た目が怖く威圧感がある! 心の準備が出来ていないうちは見ない方が良いぞ! 結界が乱れる!」


「むっ、そうか……。しかし、それはそれで気になって集中できん。その現れた敵の特徴をパステルが口頭で教えてくれ」


 パステルは空を見上げ怪鳥の特徴をフォウに伝える。

 鷲のような鋭い眼、くちばし、かぎ爪、巨大な翼。

 胴と腕は人間のようで前足には五本の指がある。


「うむ、どう考えても敵じゃな。何者かによって生み出された獣……様子はどうじゃ?」


「まだ真上に……いや、降りてくるぞ!」


 怪鳥は落ちるように急降下し結界に激突。

 接触面に激しい閃光がほとばしる。


「ぐっ……! なかなか重いものじゃなぁこれは……」


 フォウは歯を食いしばる。

 結界は怪鳥のくちばしで激しく突かれても崩れない。


「しかし、この程度ならまだ耐えられる。問題はどうこれを倒すかという事じゃな。遠距離からの攻撃で仕留められそうな奴なのか、そうでないのか見てないのでわからん。パステルよ、そろそろ心の準備も出来たし見ても良いか? 動きがわかれば部分的に結界を硬化して攻撃を受けることも出来るので楽なのじゃが……」


 パステルは少し考えた後、小さくうなずいた。


「よし」


 フォウはその小さな顔を少し上に向ける。

 ほんの一瞬だけ驚いたように目を見開いたがすぐに冷静さを取り戻す。


「こいつは……厄介じゃな。恐怖というよりも飲み込まれそうな威圧感、存在感がある。残存戦力ですぐ仕留められるとも思えん。敵にとっても切り札というわけか……。もっと情報が欲しい。パステル、我の目も強化してくれ」


「目を?」


「【竜眼】で敵のステータスを覗く。スキルを見れば戦い方がわかる。しかし、竜の血が薄いのでこのスキルはあまり得意ではない。強化が欲しい」


「わかったぞ!」


 オレンジのオーラがさらに輝く。

 同時にフォウの目が変質し、結界に張り付く怪鳥を射抜く。


「……ぁ」


 息をのむフォウ。

 あんぐりと口を開けたまま固まってしまった。


「どうしたのだフォウ!?」


 パステルがその肩を掴んで揺さぶる。

 しかし、反応がない。結界が揺らぎ始める。


「フォウ! 何が見えたというのだ!?」


「そんな……嫌ぁ……」


「落ち着くのだ! 結界が揺らいでいる! このままでは……!」


「だって……あれはアイラなんじゃ……。あんな姿になってしまって……あぁ……」


「なに!? どういうことだ!?」


 パステルの叫びもフォウには届かない。

 彼女の心と連動するように結界はぐちゃぐちゃになっていく。


 怪鳥は(やわ)くなった結界を突破し、落下の勢いそのままにイーグルタワーにかぎ爪の一撃を振るう。

 切り裂くというより打ち砕くような攻撃によってタワーは崩壊。

 上層階は屋上から真っ逆さまに落下し、派手な音と破片をまき散らしながらバラバラになった。




 ● ● ●




「やってくれる……」


 パステルはタワーの崩壊に巻き込まれてはいなかった。

 正確には崩壊と共に落下はしていたが途中で修羅器を展開。

 小型のカラクリカエルを腕にくっ付け、その口から伸びる舌を他の建物の壁に引っ付け空中を移動することで難を逃れていた。

 背中にはフォウを背負っており、重さの分腕と肩への負担が大きい移動方法だが【全強化付与】でなんとか誤魔化している。


「タワーにいた他の者は……」


 味方を案ずるパステルのつぶやきはそこで途切れた。

 地面に降り立った怪鳥が彼女をじっと見ていたからだ。


(アイラ……なのか? 私には実感がわかない)


 アイラと呼ばれた怪鳥は不器用な歩き方でパステルに向かってくる。


(狙いは背負ったフォウか? どちらにせよ私にあれを倒すことは出来ない。しかし、今は誰も助けてくれる者はいない。でも、フォウを死なせるわけにはいかない……となれば答えは一つしかない!)


 パステルはもう片方の腕にもカラクリカエルを召喚する。

 ぶっつけ本番の二体召喚、これにより建物から建物へ交互に舌をくっ付けて移動することが出来るようになった。


「逃げる!」


 パステルは怪鳥アイラから逃げ出した。

 誰かが助けに来てくれるまで逃げることが彼女に出来る最大限のことであった。

 逃げるパステルを見て怪鳥は釣られるように動きを早める。


(私に出来ることを……! 私はどこまでできる……!?)


 パステルは死の恐怖を感じたことが幾度となくある。

 魔界ではよく犯罪に巻き込まれたからだ。

 その時感じた恐怖と今の恐怖は少し違っていた。


 あの頃は自分が死ぬ事だけが怖かった。

 でも今は背負っているフォウを死なせることも、町の人々が殺されることも怖い。

 そして何より仲間たちと……エンデと永遠に離れ離れになることが怖かった。 


(死のうと思ったことは何度もあるが、今はない!)


 体は不思議とよく動いた。

 パステルは死力を尽くして彼を待つ。

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