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第21話 紫紺の霧

 東の戦場に紫紺の霧が現れた時、南でもまた異変が起ころうとしていた。


「これで……!」


 メイリがアラカルトライフルから圧縮された水の弾丸を三発放つ。

 それは三つ首の獣『ケルベロス』が吐き出した三つの火球を消し飛ばし、そのまま頭部に命中。

 めり込んだ弾丸は内部で弾け三つの頭部を破壊した。

 強靭な漆黒の毛皮と浅い傷ならば即座に再生する生命力で防衛ラインを乱し尽くした怪物をやっと仕留めたメイリは一息つく。


(味方が散り散りになり過ぎていますね。敵の作戦なのか、偶然なのか……。どちらにせよ敵は粗方片付きましたし、負傷した方々の撤退支援をすべきでしょうか)


 メイリもメイド服が破け浅い傷が多いものの下に着こんだ耐性スーツは形をとどめている。

 魔力もまだある。訓練で身に着けた魔力制御が無駄な魔力の消費を省くことにも役立っていた。

 しかし、グレートマザーサキュバスとしての能力である魅了による体力魔力の回復はもう行えていない。

 戦闘が始まれば見惚れている場合ではないし徐々に兵の数も減ったからだ。


「メイリさん……」


 ドワーフの女性技師が血が流れ出る横腹を抑えながらメイリに近寄る。

 彼女はずっとメイリの周辺で戦い、なにかライフルに不備があればすぐ修理できるように待機していた。

 幸いライフルは正常に機能したため技師の方面では出番がなかったが、メイリの攻撃の隙をカバーしたりと戦い慣れないなりに彼女をサポートしていた。


「私のためにこんな怪我をさせてしまって……」


 メイリは腰に備え付けられた耐性スーツと同じ素材で作られたポーチからキュアル回復薬を取り出す。

 エンデから何かあった時のためにと持たされていた物だ。


「これを飲んでください。これくらいの傷なら治せる薬です」


「そんな良い物を……」


「構いません。まだありますから」


 メイリは遠慮する技師に半ば強引に薬を飲ませる。

 血は止まり、裂けた服から見える傷口も塞がりつつあった。

 同時に技師は薬の副作用と緊張が解けたことから眠りについた。


「さて……パステル様には申し訳ありませんが……」


 メイド服のスカートをちぎって紐を作り背負った技師の女性を背中に固定するメイリ。

 両手を空けつつ誰かを運ぶのは一人が限界だ。


「やはり撤退するしかないようですね」


 背後に見えるロットポリスに向けて歩き出そうとするメイリの目に紫紺の霧が映った。


「ん?」


 とっさに風魔術で周囲に風を起こし、紫紺の霧が入り込まない空間を作り上げる。

 彼女もまたこの霧を本能的に脅威だと思った。


「仕留めたケルベロスの方から霧は流れてきている……」


 メイリは恐怖を感じた。

 足が震え歩くこともままならない。

 霧の正体はわからないが彼女はこれに今までにないほど死の恐怖を感じていた。


「うぅ……メイリ……さん……。ライフル……は……」


「はっ……」


 メイリは自分の背中で寝言を言う人の存在で我に返った。


(生きて帰らなければ)


 時に獣の爪や牙を受け止めても壊れなかったアラカルトライフルを強く握りしめ、メイリは再び歩き出した。


(この霧は毒の類なのでしょうか? とにかく触れてはいけないものだという事はなんとなくわかります。エンデさんが帰ってきたら解析をお願いしないといけませんね。とにかく今は生きて結界の中に……)


 風による防衛を続けつつメイリは霧の中を歩く。


(周囲に敵はいませんでしたし、この霧では敵も視界が悪くなる。派手に物音をたてなければ撤退は容易のはず……)


 メイリの分析は正しかった。

 霧の効果を知らない者ならば。


(足音……! それも相当に質量がある……敵!)


 風のテリトリーの中にぬっと巨大なシカが現れた。


(これは……私が仕留めたモンスター! 確かに急所を撃ち抜いたはず!)


 折れた角、穴の開いた眉間、流れ出る黒い血、紫に染まった体毛と皮膚、生きているとは思えない虚ろな目……。


(これはもしや……)


 思考が終わる前にメイリはアラカルトライフルから炎を放射した。




 ● ● ●




「くそっ! キマイラはハズレモンスターだったのか!? いきなり濃霧になっちまったじゃねーか!」


 サクラコのいる北の戦場も紫紺の霧に包まれていた。

 ライオンとヤギとヘビの頭部を併せ持つ奇怪な獣キマイラを、サクラコは三体分身でそれぞれの頭部の相手をして倒した。

 キマイラは神経毒を体内で生成できる。

 その分サクラコの敏感神経攻撃もそれなりに耐えたが最終的にはダメージの蓄積によって動けなくなった。


「でもこの霧、毒々しい色をしている割にはなんの影響もありませんね」


 スライム道場の弟子に一人が言う。


「確かに特に苦しくはないなぁ……。でもこれじゃ帰る方向がわからないぜ」


「あ、それならぼく風魔術が使えますよ。初歩も初歩ですけど一時的に霧を吹き飛ばして方角くらいなら確認できるかも……」


 弟子の一人がそう言うと体をぷるぷる震わせる。

 するとその周囲から風の流れが起こり、狭いながら霧のない空間が生まれた。


「空の方にも一度風を送ります。その間にロットポリスがどっちにあるか確認してください」


 風が吹き上がり紫紺の霧が一瞬押しのけられる。

 一行はその間に周囲を確認。無事ロットポリスの中で最も高い建物『イーグルタワー』を捉えた。


「お前こんな事できたのか! なんで言わなかったんだよ水臭いなぁ~」


「わしも知らんかったぞ!」


 サクラコと師範が風使いの弟子を褒める。


「いやぁ、何かの役に立てばと修行の合間に学んでおいたんです。もともと適性があったみたいで……」


 皆で『やっぱり魔術の一つは覚えとかないとなぁ~』と談笑しつつ戦場から撤退する。

 呑気なように見えるがこれも彼らなりの強がりだ。

 メイリと同じく彼らも死の恐怖を身近に感じていた。

 しかし、仲間を怖がらせまいと決してその弱きを口には出さない。


「おっ! 誰かいるぜ!」


 風の領域にのろのろと町に向かって歩く兵士が入り込む。

 ボロボロの装備には血がこびりついており怪我をしていることは明らかだった。


「あんたも一人でよく頑張ったみたいだな」


 サクラコが背後からその兵士に寄り添う。


「この回復薬を飲むと良いぜ。傷が酷そうだから治してる最中ちょっと眠くなるかもしれないが、その時は俺が肩を貸してやるよ」


「あ……い……」


「遠慮すんなって!」


 サクラコは強引に薬を兵士の口に入れる。

 しかし、その傷は治らない。


「ありゃ? おかしいなぁ……。いつもはこう目に見えて傷が塞がっていくはずなんだが……」


「なんじゃ不良品か?」


「一瞬で傷を治す回復薬なんてそうそう出回っていませんしね。偽物かもしれませんよ」


「いや、これは仲間が作ってくれたものだからなぁ」


 サクラコは腕を組んで考え込む。


(エンデがこういう命に関わる物の生成をミスるとは思えねぇ……。そもそもミスるとか出来るのか? 一度体に取り入れた薬をそのまま生成するのがスキルの効果のはずだ。薄めることすら後から水を足してやってたはず……)


 原因は薬を飲んだ兵士にあるのだとサクラコは結論付けた。


「なぁ、あんたなんか……」


「あ……ああ……」


 話を聞こうとしたサクラコに兵士は剣を振り下ろす。

 力ない振り方だが明らかに敵意を持った攻撃だ。


「な、なんだよ!? ……あっ!」


 兵士の肌は紫に染まり目は虚ろ。

 だらしなく開いた口からはよだれが垂れている。

 そして、向かい合ってみると胸に大きな傷があることがわかった。

 この兵士は死んでいる。


「サクラコさん! この人は……!」


「ああ……どうやらこの紫の霧の効果がわかっちまったな……」


 指を金の針に変えたサクラコの顔は青い。

 擬態によって青いのではなく精神的動揺から青ざめている。


「さぁて、アンデッド……ゾンビの神経を敏感にしてダメージが入るものかねぇ……。鈍感そうだけど……」


 不敵な笑みを浮かべようとするも上手くいかない。


 この瞬間、西でも一体のモンスターから紫紺の霧が吹き出ていた。

 これによりロットポリスは四方を死体をゾンビ化させる毒の霧に覆われたことになる。

 倒したはずの敵が再び侵攻を始める。

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