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第20話 虚ろな魔王

 ロットポリス中央に存在する四天王の拠点『ロットポリス・ビルディング』。

 現在は軍の司令部と化しているその建物のある大部屋に四天王キュララ・ラキュラナはいた。

 遠くを見通す【千里眼】と体に目を増やす【無限眼】を組み合わせることで彼女は遠くの景色をいくつも同時に見ることが出来る。

 この能力は町の四方で戦闘が起こっている今、非常に重要な役割を担っていた。


「西防衛ラインの中央が突破されかけてる……。敵が直進してくるから側面を狙いたいんだと思うけど……そんなに左右に戦略を分けると抜けられるから……」


「すぐに伝令を出します!」


 空を飛べる者、脚に自信のある者はキュララが戦場を見渡して気付いたことを現場の指揮官に伝えに行く。

 未だどの戦線も崩壊してはいないが、勝利が見えているわけでもない。

 敵の総数はいまだ不明、目的も不明。


 ただこの戦いの首謀者と思われるだけはわかっている。

 獣の魔王ジャウ・ヴァイド……キュララは戦場を監視しつつ彼を探していた。

 そして、見つけた。


「東……前線の結構後ろの方に魔王ジャウを見つけた……。歩いてゆっくりこちらに向かってる……」


 キュララの言葉に司令部はざわついた。

 このタイミングであちら側の将が姿を現した理由は何か、キュララの能力を把握しているはずなのになぜ目立つように向かってくるのか……。

 疑問は増えるばかりだが、ジャウが現れた時の対処法だけはあらかじめ決まっていた。


「ライオットを……東へ……」


 震える声でキュララはそう言った。

 彼女もまたアイラを慕う者。そのアイラを奪った張本人が現れて動揺は隠せない。

 しかし、それでも命令を下す。


「ライオットを……!」


「りょ、了解しました!」


「それと……フォウに東の結界の一部を開けるように言っといて……出ていく時ぶつかるから……」


「はっ!」


 伝令の兵は部屋から飛び出した。

 キュララはそれを見届けたあと元から存在する二つの目を一度つむって深呼吸をする。


(アイラ……どうか……生きていてさえくれれば……)


 心の中の悲痛な叫びは誰にも聞こえることはない。

 キュララにはただ刻々と変わりゆく戦場を見続ける。




 ● ● ●




「東ですか……。別にどこも同じくらいの戦力を振り分けていますので、どこから来てくれても構わないのですがね」


 ライオットはロットポリス内にいた。

 彼の役目は四天王として魔王を討伐すること。

 魔王が確認できるまでは待機していたのだ。

 無論、彼としては自分だけ戦わずに待っている時間というのは歯がゆいものであった。


「ただ、徒歩で来られるとはなんだか胡散臭いですね……。罠っぽいと言うか。まあ、それでもやるのが四天王の仕事ですが」


 アイラのいない今、単純な戦闘能力はライオットが四天王で最も優れている。

 正確には彼とその相棒である聖獣『ネメシア』が力を合わせれば一番強い。


「行きましょうかネメシア。おそらく今までで最も過酷な戦いになりますよ」


 白く見えるほど薄い金色の体毛に覆われた大きな獅子はごろごろと喉を鳴らす。

 幼いころからともに生き抜いてきたライオットの家族ともいえる存在。

 【聖なる息吹】と呼ばれる聖属性の風を口から放つことが出来るため、魔獣ではなく聖獣と呼ばれている。

 聖属性は浄化の力。モンスターによく効くうえ毒などの不浄な物も浄化できるとされている。


「ライオット・オネールが出ます。初めから全速力で行きますからついてこられる人だけついて来て、無理な人は後から来てください」


 聖獣ネメシアに乗ったライオットは旗が取り付けられた槍を掲げ、出撃の命令を自らに下す。

 そして、同時にネメシアが駆けだしたかと思うと目にも留まらぬ速さで町の中央通りを通り抜け、東の門の前にさしかかろうとしていた。

 門は急いで開かれ、結界も器用に門の部分にだけ隙間ができる。

 ライオットはそこを通り抜け戦場へと躍り出た。


「ふぅ……ぶつかるんじゃないかと思いましたよ」


 門と結界の方を振り返らずライオットはつぶやく。

 ただ前を見て一直線に戦場を駆ける。

 戦っている味方を助けたい気持ちを抑えただ前へ。


 兵たちもわかっているから現れたライオットに助けは求めない。

 戦いを終わらせるには敵の頭を四天王に叩いてもらうのが一番だと誰もが思っていた。

 ネメシアは金の残像を残しながら前線を飛び出し、ついにその背後の魔王ジャウを捉えた。


(……なるほど確かに虚ろな魔王ですね。まったく威圧感というかオーラを感じません。それこそ今のパステルさん以下ですね)


 冷静に物事を考えているように見えて実際はライオットもジャウが不気味で仕方がなかった。

 明らかにひ弱な存在が恐るべき魔獣を多数従えている。

 いったいどんなカラクリを使ったのか全く見当がつかない。

 わからないという事が何よりも恐ろしかった。


(……ならば聞いてみますか)


 ライオットはジャウの前でネメシアを止める。

 周囲の魔獣は威嚇をするがジャウ本人はいまだ虚ろな目でどこかを見ている。


「あなたが魔王ジャウさんですね。パステル様から話は聞いています」


「俺は……ジャウ……か? パステル……?」


 反応が薄いとライオットは感じた。

 パステルからの報告通りだ。


「あなたがさらったアイラは今どこにいますか?」


「アイラ……? 誰だ……?」


「なんですって?」


 パステルの話ではアイラを見た瞬間なにかスイッチが入ったかのように機敏に動き出したということだった。

 だというのに今はほとんど反応がない。

 ライオットはある予想が当たっていることをほぼほぼ確信した。


(彼は……この件の首謀者ではない……)


 命令されて動く操り人形……ライオットの目にはジャウがそうにしか見えなかった。


「そういえば申し遅れましたが私はライオットという者です。ロットポリス四天王の。それで……戦いを止める気はありませんか?」


「戦い……戦う……。四天王は……排除……」


 ジャウが爪をちらつかせた瞬間、地面が揺らぎネメシアの真下から巨大なモグラ型モンスター『デプスモール』が現れた。

 ネメシアは跳んで回避したものの、デプスモールの爪に横腹を刺され血を流す。


「くっ! すいませんネメシア……。私が無駄話をしていたばっかりに……」


 ライオットの謝罪に対してネメシアは『問題ない』とばかりに吼える。


「ありがとうございます。モグラの相手は任せます。私は魔王を仕留める! 四天王として!」


 ライオットはネメシアの背中から降り槍を構える。

 彼の巨体からすれば決して大きくない槍を。


「ライオット……倒す……」


 飛びかかってきたジャウの爪を華麗にかわし突きを繰り出すライオット。

 戦うさまは力強く、かつ繊細だった。


 ライオットはもともと獅子の獣人である両親の間に生まれた猫の獣人であった。

 それだけでも奇異の目で見られるというのに、彼はさらに細身で争いを好まない性格だった。

 父からはいずれ一族を守るために必要だと戦闘術の訓練を強要された。

 それでも戦いなんて意味がない、平和にただ暮らせればいいのにと思い続けた少年は出会った聖獣の子とともに獣人の集落を抜け出した。


 それから外の世界をしらない少年にはいくつもの苦難があった。

 流れて流されて青年となるころにこの地に辿り着き、アイラと出会った。

 彼女が語る多種族が平和に暮らす都市というものに共感し、フォウにキュララやたくさんの仲間を加えてロットポリスを作り上げ、その治安を守り続けていると、ライオットはいつの間にか戦える人になっていた。


 ライオットを初めて見る人は誰も彼を猫の獣人だとは思わない。

 その姿は獅子だった。

 今の彼を父が見れば立派になった息子の姿に涙を流すだろう。


「どうすればいいんですかね」


 ライオットはジャウの攻撃を受け流し、そのまま反撃を行いながら言う。


「あなたみたいな人がいると、やはり戦わないといけないんですよね」


 槍の先端がジャウの肩を突く。

 浅い。ジャウは身をよじって逃れる。


「でも私は本当は戦いなんて好きじゃありません。ただ町で暮らす人や動物たちと接しているだけで幸せです」


 追撃が早い。

 槍がバランスを崩していたジャウの腹を貫く。


「でも人々を守るためには嫌でも戦わないといけないんですよね。どうすればいいんでしょうか? あなたは答えを知っていますか、ジャウさん」


 地面に倒れ込むジャウ。

 純粋に戦闘能力はライオットが上だった。

 虚ろであろうが元気であろうがそれは変わらぬ事実。


 ネメシアもまたデプスモールを倒し地面に転がしていた。

 多少傷がまた増えたものの実力差は明白だった。


「とまあ……私の愚痴をあなたに話しても意味がありませんね。だってあなたもまたいろいろ複雑な事情がありそうですから。そこのところ話してくれるのでしたら命は保障しますが、いかがですか?」


 魔王はタフだ。

 通常サイズの槍で腹を一回刺されたぐらいで会話ができなくはならない。

 しかし、ジャウは無言だった。目も変わらず虚ろだ。


「わかってましたよ。お別れですね。最後の慈悲として一撃でとどめを刺しましょう」


 そう言ってからライオットがジャウの心臓を貫くまでは早かった。

 もったいぶっても苦しむだけ、彼の偽りのない慈悲……のはずだった。


「がっ……!! カハッ……!!」


 突如ジャウが苦しみ始めた。

 流石の魔王もこの状況で暴れる力は残っていないはずだというのに、ジャウはのた打ち回る。


「ど、どうしました!?」


 ライオットも動揺して大声が出る。


「ぐっ……は……は……」


 ジャウの瞳に一瞬だけ光が戻る。


「俺から……離れろ……!」


 一際大きくその体が跳ね、ジャウの体からどす黒い……いや黒と見間違いそうになるほど濃い紫、紫紺(しこん)色の気体が溢れ出してきた。

 ライオットは思わず槍から手を離し逃げるように後ずさる。

 本能が気体に対して拒否反応を起こしていた。


「ライオット様! 御無事で!」


 彼の部下たちが遅れて到着する。


「結界を使える者は今すぐあの気体を封じ込めてください!!」


 聞いたこともないライオットの叫びに部下たちは身体を一瞬こわばらせるも、紫紺の気体を一目見てすぐさま結界を展開。

 複数人で張ったドーム状の結界は気体を閉じ込めることに成功した。


「な、なんですかこれ?」


「わかりません。魔王ジャウの体からあふれ出てきた物です」


「それは……体に良いものではありませんでしょうね……」


「まったくです。さて、どうしたものやら……」


 ライオットは顎に手を当てて考える。

 切羽詰った事態でこそ余裕のある仕草をするのだ。


「ぐ……! 結界の中で気体は出続けているようです! 圧が高まっています! 長くは持ちません!」


 結界を展開している者は滝のような汗を流している。

 もう少し頑張れとはとても言えないほど鬼気迫る表情だった。


「……みなさん下がってください。結界が崩壊し気体が出てきたところをネメシアの聖なる息吹で浄化します」


「りょ、了解です!」


 兵たちは後退。結界を展開している者もじりじりと下がっていく。

 そして、ほどなくして結界ははじけた。


「ネメシア!」


 はじけるよりも少し先に聖なる息吹は放たれていた。

 タイミングとしては完璧だった。

 これで浄化できないのならば……それは仕方のないことだと言えるほどに。


「紫の気体が……! 多すぎる……!」


 白く輝く息すら紫紺の気体に飲まれていく。

 それはもはや紫の霧……。

 ライオット、ネメシア、そして兵たちの視界は紫に包まれた。

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