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第19話 四真流を超えし者

 開戦からしばらく経った北の防衛ラインは乱れていた。

 こちらにはメイリと新型魔法兵器のような目立った物は配備されていなかったが、その分信頼と実績のある武器と多くの魔術士たちがいた。


 射程に敵を収めた兵士から順次攻撃を開始。

 空を舞う無数の魔法はこんな状況でなければ美しいと見惚れる者もいたであろう。

 確かに攻撃で敵の数は減った。しかし、それ以上にその数が多すぎる。

 たちまち戦闘は接近戦へと移行した。


「流石にちょっとばらばらになり過ぎじゃねーか……?」


 戦場の真っただ中、サクラコは周囲を見渡す。

 大地を闊歩する獣の群れに対してみな周囲にいた者ととりあえず協力して戦っている。

 本来決められていた隊で戦えている者は少ない。


(これが軍隊同士の戦いなら陣形とかにも意味があったんだろうが、相手が傷つくことも恐れないイかれた獣ではなぁ……。しかも恐ろしくタフだ。囲んで集中攻撃したらすぐに倒せるもんでもない。散りながら戦った方が的を絞らせない分やりやすいか)


 とは言っても散るという事は孤立しやすくなるということ。

 一人では到底この獣には敵わない。

 サクラコは今戦場の中で孤立し味方のいない者を助けるために動いている。


「おいオッサン! こんなところに一人で居ちゃ危ないぜ」


 一人の男を発見しサクラコが声をかける。


「えっ!? 確かに隊とははぐれてしまいましたが、まだ周りには味方が……」


「全部俺だよ、それ。戦線は残念ながらじりじり後退している。あんたもロットポリスの方向に移動しな」


「は、はぁ……」


 困惑しつつも男兵士は後退する。

 が、そこに巨大化したクマのようなモンスターが立ちはだかった。


「ひっ、ひぃぃぃ!!」


「流石に十体も分身出してると一体一体の能力が落ちて仕留められないか……」


 サクラコがそう呟くと周辺にいた女性兵士たちが彼のもとに集まり、そして溶け合って一体化した。


「な、なんなんだあんたはっ!?」


 兵士の男は腰を抜かして起き上がれない。


「魔王パステルの配下にしてAランクモンスター『ゴールドスケベスライム』のサクラコだ。覚えておいて損はない名前になると思うぜ、オッサンよ」


 サクラコもまたメイリと同じく大きな飛躍を遂げていた。

 スライム四真流道場の秘宝『金色の王冠』を被りゴールドスライムに進化した後も道場で修行を続け、スライム本来の四つの能力『溶解』『擬態』『分裂』『弾性』に加えて新たに二つの能力を習得していた。


 一つは『硬化』。

 ゴールドスライムになった事により体を金に変えて固くすることが出来る。

 これにより敵の攻撃を受け止めることが可能になった。

 スライムは基本的に物理攻撃を分裂して避けることが出来るため必要のない能力に思えるが、自らの後ろに守るべき存在がいる時は避けることが出来ない。

 攻撃を受け止められるということは誰かを守ることが出来るということ。

 守りたい人がいるサクラコには必要な能力であった。


「グオオオォォォ!!」


 クマ型モンスターが鋭い爪で男兵士に切りかかる。

 すかさずサクラコは庇いに入り、体を黄金化させそれを受け止めた。

 金属と固い物がぶつかり合う鈍い音がする。


(ぐっ……硬くなったとは言っても腕っぷしに自信がないことは変わりはないからな……。真正面からクマを投げ飛ばしたりは出来ないし、魔術も相変わらずからっきしだ)


 クマは前足に体重を乗せ、爪を受け止めたサクラコをそのまま押しつぶそうとする。


「まあ……こっちにはこっちのやり方があるがな」


 サクラコの体からグニュんとしたゲル状の物体が分裂、それはすぐさまサクラコと同じ姿になる。

 違いといえば色のみ。分身は髪や服装に水色が多く使われている。


「やっぱスライムらしい王道の水色も悪くないもんだな。清涼感があるぜ」


 この分身は『分裂』の能力に加えて『増殖』という新たな力を組み合わせて生み出されている。

 ただ分裂するだけでは分裂するごとに一体一体が小さくなってしまう。

 それを補うのが増殖による質量の増加である。


 スライム四真流の四つの能力に『増殖』『硬化』を加えた新たな流派をサクラコは『スライム無限流』と名付けた。

 彼は『六真流』も悪くないと思ったが無限の方がカッコいいし、これから七つ目八つ目の能力が増えても対応できるということでこちらに決めた。


 分身は独自の意識を持っておらず、サクラコが操っているという表現が近い。

 本体から離れすぎるとただのゲル状の物体になってしまうが、分身の数を絞ればそれなりに遠くまで意識を飛ばすことができる。

 逆に分身が多すぎると意識が分散し、なるべく固まって動かないと動きにアラが出始める。


 また分身もサクラコと同じスキルを使うことができるが、数が多いとせいぜい擬態とスケベ溶解毒くらいしか使えない。

 ほぼ本体と同程度の戦闘力を有する分身は今のところ一人出すのが限界だ。

 この能力は思いついてから日が浅くまだまだ発展途上といえる。


「金の針!」


 分身は右手の人差し指を尖らせてから金にして硬化。

 金色の針を作り出す。


「おりゃ!」


 そのまま素早くその針をサクラコ本体を押さえつけているクマの腕に深く突き刺す。

 巨体に対してあまりにも小さな攻撃。

 本来なら全く意に介さないダメージであるにもかかわらず、クマは飛び跳ねるように痙攣を起こすとそのまま地面に倒れこんだ。


「まあまあ上手くいったな俺! 水色は清楚な感じがしてかわいいぜ!」

「いつものピンクもキュートで捨てがたいがな!」


 自分とハイタッチをしたあとサクラコは分身を吸収した。


「いったい……何が起こったんだ……? ただ針を刺しただけでこんなデッカい化け物が……。もしかしてそういうツボがあって、それを突いたのか?」


 男兵士は未だ状況を把握できない。


「そんな器用なことは大雑把な俺にはできないぜ。これは進化した俺のアイデンティティ……【敏感スケベ溶解毒】だ!」


「……は?」


「まあ、他人が聞いたらおかしなことを言ってるように思えるだろうが無視して話すぜ」


 サクラコは指を再び針に変える。

 よく見ると針は濡れている。


「スケベ溶解毒は本来衣服だけを溶かす液体だが、敏感スケベ溶解毒は触れた体の部分の感覚を敏感にするのさ。本来は快感を倍増させるためのものだが、敏感になると痛みだって強くなるよな?」


 ニヤッと不敵な笑みを浮かべるサクラコ。


「これでちょちょっと神経を直接傷つけるとデッカいバケモノも耐えられないってことさ。簡単な仕組みだろう?」


 この新たなスキルのおかげか、サクラコのステータスに記された種族は『ゴールドスライム』から『ゴールドスケベスライム』に変わった。

 サクラコ以外なら恥らう変化だが、彼にとっては大事な変化なのだ。


「サクラコさん! 僕らもそろそろ後退しないと孤立しますよ!」


 小型敵モンスターの相手をしていた道場の仲間たちがサクラコのもとに集まる。


「わしのタックルもなかなか効きよるわい! わしより図体のデカい奴も内蔵に直接響く攻撃をくらうとイチコロじゃ!」


「師範の真スライムタックルもキレが増してるもんな! その調子で頼むぜ!」


「言われなくともわかっとる!」


 道場のスライムたちは兵士を連れて先に後退を始める。


「サクラコさん……驚くほど強くなりましたね。こんな短期間に。やはり才能なのでしょうか……」


 しんがりを務めるサクラコを見て弟子のスライムが呟く。


「才能と言うより本能じゃろうな。スライム四真流はスライム本来の力を引き出す流派。それはある意味本能のまま生きるという事なのかもしれん。しかし、そうなるとわしの教えていた禁欲は間違っていたという事になるのう……」


「そんなことありませんよ師範! 本来スライムが本能のまま生きていたら知能は維持できません! 単純な生物ですから! こうやって会話できるのは本能を制御できているおかげです!」


「そう言ってくれると嬉しいのじゃが、ならばなぜアイツは本能をむき出しにしても知能を維持できるのじゃろうか?」


「それはきっと……愛ですよ!」


「愛!?」


「だってサクラコさんは修行の時もずっと仲間を守りたいから強くなるんだと言っていました! 誰かを想う気持ちがサクラコさんをサクラコさんにしているんです! そして僕らにも仲間を、道場を想う気持ちはあります! だからきっとこれから強くなれるはずです!」


「お、お前たち……」


「だから戦いが終わったらまた教えてください! 四真流を!」


「うっ……うう、わかった……。そうしよう……!」


 師範と弟子たちがサクラコを見て決意を新たにする中、当のサクラコは戦況に違和感を感じていた。


(敵の数は思ったより順調に減っている。こちらも後退はしているがこのまま無限に敵が湧き続けない限り勝てる気がする……。なんだか派手に宣戦布告した割には単純な攻撃だな……。パステルの言っていた魔王ジャウはどこにいるんだ? まさか見てるだけというわけでもあるまいし……)


「サクラコさん! 隊から離れすぎてますよ!」


「んっ、ああ……わかった」


 弟子に声をかけられサクラコは思考を中断する。


(このまま終わってくれれば万々歳なんだが……)


 そうはいかないだろう……と、(なか)ば確信めいた予感をサクラコは振り払えなかった。

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