第18話 グレートマザー
「もうランチ前と言っても差し支えない時間ですね」
メイリは雲の少ない青空を見上げつぶやく。
いま彼女がいる位置はロットポリス南の門を守る防衛ラインのもっとも外側。すなわち最前線である。
「そうですね……。アラカルトライフルの整備は問題なしです。いつでも撃てます」
メイリが装備した大型魔法銃『アラカルトライフル』を入念にチェックするドワーフ女性の技師。
彼女は軍所属の技師ではなく、このライフルを作った工房からやってきた一般の技師だ。
魔法道具というのは基本、道具一つで一つの属性しか扱えない。
そして、魔法道具の役目は使用者の魔法の効果の増幅と制御をサポートをすることである。
つまり火の魔法道具は火魔術の適性がある者でなければ扱えない。
水ならば水の適性が、風ならば風の適性が必要である。
この適性というのはステータスに【魔術】として現れる前の未熟な段階でも構わない。
そのため魔法道具を魔術の適性検査のために使うこともある。
そしてまだ未熟な魔法を増幅してもらいながら訓練するのだ。
このような魔法道具の常識にアラカルトライフルは当てはまらない。
まずこの魔法銃は複数の属性に対応している。
火の弾丸も水の弾丸も風の弾丸も撃ち出せるどころか、これら複数の属性を同時に発動させた複合属性弾を扱うことが出来る。
また火を放ちながら水による銃身の冷却、風による放熱を行えるなど様々なことに応用がきく。
この銃をロットポリスの軍に売り込むべく技師たちは開発を急いだものの、いくつかの大きな問題があった。
一つはまず複数の属性の魔術を扱える者がそうそういない事。
得意な属性に比べて微弱であるが他の属性の適性を持つ者は多い。しかし、戦闘に使えるほどではない。
ライフル側で増幅の効果を高めることで対処しようとしたがいまだ実現はしていない。
結果として使う者を選ぶ武器となってしまった。
もう一つはそもそもライフル側の属性使い分けが不安定だということ。
試作品をしばらく使っていくと使用者が偏って使用しがちな属性にしか反応しなくなったり、逆によく使う属性に反応しなくなったりと不具合も様々。
開発当初は『凄いものを作った!』と思っていた技師たちも障害の多さに完成を諦めかけていた時、四天王アイラから連絡が入った。
アイラは将軍だけあって民間の兵器開発状況も把握していて、行き詰っている彼らの工房に訓練を終えた後メイリを行かせるようにしたのだ。
複数の属性の魔術を扱えるメイリの登場。
そして彼女の持つ魔界製の属性を撃ち分けられる銃を解析することにより、ひとまず不具合をほぼ無くすことに成功。
使い手を選ぶ問題はいまだ解決していないが、メイリ専用の魔法道具としては十分に実戦配備可能と判断され彼女と共に最前線に送り込まれた。
「最大射程はどれほどでしょうか?」
メイリが技師に尋ねる。
「風属性による圧縮と加速を上手く使えれば肉眼で見える範囲まで飛ばせると思います。今日は自然の風も吹いていませんしね。なので開戦の一撃はメイリさんが撃ちこむことになりますよ」
「身に余ります。もっと適任の方がいると思いますが……」
「他の人の魔法は届きませんから。それにメイリさんは魔王の配下でAランクなんですからもっと自信を持ってください。みんなあなたの魅力にメロメロですよ」
メイリの周囲には技師の女性しかいない。他の兵士たちは遠巻きにメイリを見つめる。
ライフル発射時に衝撃を打ち消す逆噴射の風魔法に巻き込まれないためだ。
「まだ慣れません。自分がAランクだということも、多くの人の期待を背負うという事も……」
メイリは訓練で本人も驚くほど成長していた。
その訓練を担当してたアイラも『こんなに強くなられちゃ普段の兵士の訓練で手を抜いてるんじゃないかって思われそう……』と苦笑いするしかなかった。
もちろんアイラは自分を将として慕ってくれる兵士の訓練で手を抜いたりはしていない。
ただ、メイリに魔術の才能と助言を素直に受け入れる才能があっただけだった。
訓練はまったく人目の無いところで行ったわけではない。
普段兵士たちが使う訓練場の空いているところを使った。
なので軍の関係者が珍しく空いている時間も誰かの訓練に付き合う珍しいアイラを見に来た。
そのせいでアイラは手を抜けなかった。
好みの女に対して甘々デレデレの訓練をしているところを見られウワサを広められると軍全体の士気に関わる。
泣く泣く行われる厳しい指導、気軽について来たら軍隊式の訓練に巻き込まれて本当に泣き出す普通のサキュバスのルミ、器用にこなしていくメイリ……。
それを続けた結果、当初の目標だった【風魔術】の強化を達成し【暴風魔術】をメイリは修得した。
さらには訓練後にアラカルトライフルの開発に付き合ったことで道具に流れる細かな魔力の流れを感じ取れるようになり制御能力も上昇。
【精密魔力制御】のスキルを習得するに至った。
ルミも結局初日以降も訓練に付き合いなんと【風魔術】を習得する前に上位スキルである【疾風魔術】を習得した。
筋がいいとアイラに軍に誘われた時ルミはまさに疾風のごとく逃げていった。
「私は確かにアイラ様から多くのことを学びました。目覚めたスキルも一つや二つではありません。しかし、アイラ様のもっとも優れた能力であるリーダーシップ……人を従える能力は私にはありません。私は魔王パステル様に仕えるメイドなのですから……従う側の存在なのです」
「お気持ちはわかります。でも、今はさも自信ありげにふるまった方が良いと思いますよ。アイラ様に何かあった時用の指揮系統に切り替わってはいますが、本当の影響は精神面に出ます。彼女の強さは誰もが知っていました。だからこそ兵たちは彼女をさらうような敵を恐れています。でも戦います。アイラ様のために、町のために、守るべき人たちのために。私だって本当はこんな危ないところには来たくありません」
「それはわかっています」
「今はメイリさんが心の拠り所です。みなアイラ様が直々に指導していたのだからそれは強いだろうと期待しています。メイリさんが兵にとって余所者だからこそいいんです。知らない人だからこそ都合良くいろんな期待を押し付けられる」
「重いものですね。アイラ様はいつもこんな……」
「メイリさんにはその気はなかったのですから困るのも当然だと思います。私の言葉では気休めにもならないかもしれませんがメイリさんは本当に強いです。ただ何も気にせず目の前の敵を倒してくだされば後は他の人が何とかしますよ。みんな戦うためにここにいますから。私ももちろん……」
技師の女性は自分用の銃を構える。
持ち方は様になっているがその手は震えている。
(何も気にせず戦うというのも難しそうですね。みんなを守らないといけないという気持ちが強くなっていく……)
メイリはまた空を見上げる。
太陽は真上。
「敵影を確認! 地中から出現し、町を囲むように展開しています!」
空を飛ぶ鳥人偵察部隊からの一報。
メイリは持たされていた望遠鏡を覗き込む。
まだ彼女のいる位置からは距離があるものの、多くの獣系モンスターたちが土の中からボコボコと姿を現している。
「アイラ様をさらったというモグラが掘った穴から出てきたと考えるのが自然ですね。一直線にこちらに向かってきます」
「まだ射程の外ですがそろそろ準備に入るべきかと」
「了解しました。ここまでありがとうございました」
「ご武運を」
技師の女性は一時的にメイリから離れる。
「炎と風を組み合わせて」
ライフルに魔力を通す。
微かに銃身が振動する。
「炎を中心に空気を圧縮」
銃身が熱を持つ。
同時に冷却を開始。水蒸気がメイリを包む。
彼女はいま体にピッタリと合う耐性スーツを身に着け、その上からさらに普段のメイド服を着ている。
多少ライフルが暴走しても身は守れるはずだが、このスーツも試作品である。
(あまり長くエネルギーを保持しているとライフルが自壊しそうですね……。テストの段階ではここまで不安定になることはなかったのに……)
魔力を制御しライフルを落ちつける。
(……不安定なのは私の方か)
緊張から無意識に止めていた呼吸を再開。
一度目をつむってから再度敵を見据える。
小さくだが敵はもう肉眼で見えている。
……撃てる。
「……っ!」
メイリは歯を食いしばって火と風の圧縮魔法弾を放った。
発砲の衝撃を体で受けながらもメイリは飛んでいく弾丸を目で追う。
それは山なりに弧を描き、モンスターの群れのちょうど真ん前に落ちる。
そして、弾丸は音もなく爆発した。
圧縮された炎のエネルギーが同じく圧縮されていた風に煽られ瞬く間に広がっていく。
遅れて爆音が兵たちにまで届き、爆風が押し寄せる。
メイリは激しい風に耐えきれず膝をつきそうになるのを必死にこらえる。
「はぁ……はぁ……くっ……」
急激な体内魔力の減少で額から汗が流れ顔は青い。
(私も気持ちが入っていたということですね……。これを撃ち続ければライフルどころか私が壊れる方が早い……。でも、倒れるわけには……)
敵は焼け焦げて飛び散った仲間を無感情に踏み越えてどんどん押し寄せてくる。
まだ距離はある。撃たなければならない。
「メイリさんこれを!」
技師の女性がメイリに駆け寄りポーチから出した小瓶を渡す。
魔力回復の秘薬である。傷を癒す薬も貴重だがこちらも相当貴重な品である。
メイリのために四天王が保管していた物を渡してくれたのだ。
発砲の衝撃で壊れないように今は技師の女性が管理している。
「ありがとうございます……」
決しておいしくはない薬を一気にあおる。
完全回復とはいかないが、幾分か体は楽になる。
「す、すげぇ……一撃で百体は持っていったんじゃ……」
「やはりアイラ様が目をかけていただけありますね!」
「戦う姿もお美しい……」
「あぁ……素敵……メイリさまぁ……」
羨望のまなざしがメイリに向けられる。
彼女は身体の奥底からムラムラと魔力が湧きあがってくるのを感じた。
メイリ自身は控えめな性格でも種族はサキュバス。他者を魅了して生きる種族。
Aランクモンスター『グレートマザーサキュバス』となったメイリは誰かを魅了することで魔力も体力も回復する。
そして、これだけの兵に見られているとその効果もハッキリとわかる。
(うっ……体が……熱い……。火照りが収まらない……)
サキュバスの本能が体を熱くさせる。
メイリの精神はこの状況をあまり快く思っていないというのに、体は喜んで仕方がない。
(でも……冷静に……。私はパステル様のメイド。パステル様は快楽におぼれる私など望んでいない。ならば、本能すらも制御してみせる!)
再びライフルを構えるメイリ。
「二発目を撃ちます! 離れてください!」
「だ、大丈夫ですか!?」
「問題ありません。体が元気で仕方ないぐらいです」
技師は驚いた顔のままメイリから再度離れる。
(一回出せば落ち着くでしょう……)
再び射撃準備に入ったメイリを多くの視線が見つめる。
彼女の実力を疑っていた一部の兵たちも先ほどの攻撃を見て期待に胸を膨らませている。
(サクラコ……あなたならこういう状況でも楽しめるのでしょうか? いま隣りにいてくれたらずいぶんと気も楽なのですが……。やっぱり私はこんなにたくさんの方々に見つめられると……恥ずかしいっ!)
一発目よりも威力を増した弾丸が大地と獣を焼く。
ロットポリス防衛戦は始まっていた。




