第17話 決戦前夜
決戦前夜のロットポリス――。
この町で最も高い建物『イーグルタワー』の屋上に二つの影があった。
一人はフォウ・フロトミラー。ロットポリス四天王である竜人の少女。
もう一人はパステル・ポーキュパイン。古代兵器フェナメトを修理すべくロットポリスを訪れた魔王である。
二人は少し距離をとって胡坐をかいている。
呼吸を整え、目をつむり、リラックスした状態で魔力制御の訓練をしているのだ。
「それでフェナメトの修理は間に合いそうか?」
そのままの姿勢でフォウがパステルに質問を投げかける。
「何とも言えんな。ギルギスはずっと『もうちょっとだ』を繰り返しておるぞ。明日の昼に間に合うかどうかは……」
「そうか……。他の配下の者はどうなのじゃ?」
「そっちは問題ない。二人ともいつの間にやら強くなっていた。きっと明日も活躍してくれると私は信じている」
「すまぬな、大事な配下を借りて」
「気にすることはない。なんならもう一人貸し出したい者がおるのだが……まだ連絡はないか?」
「ああ、ない。順調に言っても間に合うかはギリギリというところじゃ。戦力としてはまだ数えられんな」
「そうか……」
再び場に静寂が戻る。
幼い少女二人が黙って精神統一をしてる光景は傍から見れば異常に見えるだろう。
「それでパステル、お前本人の状態はどうじゃ?」
「すこぶる健康だ。魔力の流れも悪くない」
「三日の……それも夜だけの訓練で【防性魔流】を身につけるとはな。パステルは魔力の制御に関しては才能がある。魔力量は相変わらず少ないがな」
「魔力量が少ないからこそ制御が容易なのかもしれん」
二人の少女はパッと目を開き立ち上がる。
「……魔流の維持は出来ているようじゃな。これは身を守るすべだ。傷ついていたり精神が乱れている時こそ力を発揮せねばならん。まずは立って歩いたり会話しながらでも維持出来なければ話にならんのじゃ」
【防性魔流】は常に体の中を流れている魔力をほんの少しだけ体の外を流れさせるようにするスキル。
これにより攻撃と体の間に魔力の壁ができることになり、防御力が飛躍的に上昇するのだ。
それでいて普段から流れている魔力を少しだけ体の内側からはみ出させているだけなので、魔力の消費はごくわずか。
フォウくらいになると寝ている間も常に発動している。
「もうちっと時間があればもっと魔力の制御を教えられて、修羅器の使い方ももっと上達させてやれるのじゃがなぁ……。召喚型修羅器の強さの一つ『複数召喚』などは魔力量も必要じゃが何より制御できねば召喚したものが置物になる。しかし、パステルの制御力ならば……あぁ~惜しい」
「また戦いが終わったら教えてもらう。今は忙しい身だというのにフォウが私と会う時間を作ってくれただけでも嬉しいぞ。そのうえ身を守る方法まで教えてくれた」
「ふふんっ、パステルと会うのは何もお前自身のためだけではないぞ。私もまた不安なのじゃ。部下の者と話していたり、一人でいると重圧に押しつぶされそうになる。だからパステルと気楽におしゃべりしたいのじゃ。まあ、パステルも守らねばならん存在なのじゃから本当に気楽にとはいかんがな」
「私も戦いの間はフォウの近くにいるから、お主は私にとって守らねばならん存在だ。お互い様ということだな」
「ふっ、一丁前に物を言いおって……。お前よりはまだ私の方が断然、何百倍も強いのだぞ?」
「自分より強い者を守りたいと思うのはおかしなことだろうか?」
「そんなに我のことを想ってくれて……というわけではないな? 今エンデのことを考えていたじゃろう?」
「な、なぜそう思うのだ? フォウのことだってもちろん守りたいぞ」
「いいのじゃいいのじゃ、誤魔化さなくたって。パステルの私に対する思いやりは十分に感じている。で、あの男のどこがそんなに好きなのじゃ?」
「うむ……うーん、そう聞かれると具体的にどうとは言いにくいのだが……。まあ、出会った頃はこの世界にお互いしか味方がおらんかったからな。すぐに仲良くなった」
「この世界に二人だけ……ロマンチックじゃのう」
「その時から正直惹かれていた。エンデはなんでも私優先に考えてくれたし優しかった。しかし、こんな状況だから惹かれるのは当然。この世でただ一人自分を愛し守ってくれる男だから好きなのではないかと、エンデだから好きなのではないと……ふと考える夜もあった」
「い、意外と見た目によらず理屈っぽい恋愛観じゃのう……」
「その後メイリが来て、サクラコが仲間になって、エンデと私が過去にケリをつけて、砂漠を冒険して……いまここにいる。こうして離れていてもずっと気になる。まあ、理屈はわからないが好きなのだろうという事だ」
「あぁ~良いものじゃなぁ~。我も胸焦がすような恋をしてみたいものじゃ。エンデもきっと愛の力でパステルのもとへすぐ帰ってくることじゃろう」
「そうだといいのだがな」
パステルと霊山カバリがある方角の空を見つめる。
無論、夜であるうえに距離もあるので山は見えない。
「エンデも同じ空を見ているだろうか……」
「おっ、恋する乙女っぽいセリフじゃのう」
「……単純に霧に覆われた山を下りて空の見えるところを移動していなければ、昼前にロットポリスに着かないぞという意味なのだがな」
「いや、それならもっと他に言い方があるじゃろう。照れなくともよいぞ? 我の沈んだ心はいまキュンキュンと高鳴っておる。戦いの前の夜にパステルと話せてよかった」
「私もフォウと過ごせて楽しかった」
「明日……二人でみなを守ろうぞ」
「うむ」
守るべき人々の数は二人の手に余るくらい多すぎる。
ただ、それでもみんなを守るとだけ言って二人はそれぞれの寝室に戻っていった。
● ● ●
獣の魔王ジャウが宣戦布告した三日後の朝――。
「いやぁ……結構な前線じゃねーかこれは」
サクラコはロットポリスに存在する四つの門のうちの一つ『北門』の外側で待機していた。
門の外という事はつまり敵を倒し数を減らす役目を負わされたということだ。
周囲には土魔術で作られた壁や塹壕、それなりに手の込んだトラップなども設置されている。
時間は三日あったのでそれなりに戦う準備は整っていた。
「俺、ただの旅行者なんだけどなぁ……」
「魔王の配下でAランクのモンスターが何言っとるんじゃ! 精一杯戦え!」
「……なんで師範まで前線なんだよ」
「弟子もいますよ」
スライム四真流道場に所属するスライムたちもまたサクラコと同じ前線に配置されていた。
「それはなぁ……あれじゃ。実戦的なことを教えるとふれまわった道場を経営している手前、いざ実戦となって後方に回してくださいでは本当に道場が潰れてしまうじゃろう……」
「はは……そりゃそうか。まあ師範だって男だろう? ここに来たら覚悟をきめねーとな! 大丈夫だって! ここは前線だが最前線ではないし、志願兵は普通の兵士たちのサポートが主な任務だ。まっ、俺は戦いが始まったら命令無視して最前線に出るがな」
「そ、そんなことしていいんですか!?」
真面目な弟子たちは身体をプルプル震わせる。
「実はな……四天王の一人ライオットに言われてるんだ。いざとなれば前に出てくれて構わないってさ。ロットポリスの軍は甘い訓練をしているわけじゃないし、モンスターとも定期的に戦っているが派手な防衛戦は初めてだ。住んでいる町を守るとなると緊張して動きが固くなる。だから俺は初めから前に出る。最初が一番肝心だ。最初で死ねば次がない」
サクラコには戦闘経験がそれなりにある。
人間の町への侵入を繰り返し、擬態が解ければ殺されるような状況にも身を置いていた。
どちらも女性へのセクハラ行為を行おうとした結果だが、実戦経験のない師範と弟子たちにはそんなサクラコが幾度となく主である魔王を守ってきた歴戦のモンスターに見えた。
「ぼ、僕たちも悔いが残らないように戦います!」
「へー、立派なもんだな。俺はもうこの戦いで悔いが一つあるぜ」
「な、なんじゃ?」
「仲間のメイリが反対側の『南』に配置されてるんだよ。一回道場に連れてきたことあるだろ? あのメイドさんな」
「あの、お綺麗な……」
師範も弟子もぷるぷるする。
彼らにとってメイリはかなり刺激が強く会ったその日は修行に身が入らなかった。
なので会ったのは一度っきりだ。
身が入らないなどと言ってられない戦場において今ここにメイリがいないのは彼らにとって最高の幸運と言えるだろう。
「あいつもかなり強くなったみたいだし、戦ってるところを見たかったなぁ……。何とか途中で合流できないかな?」
「ははは、サクラコさん! 北と南の戦力が合流するってことは中央まで戦線が後退しているという事。つまり町の中が戦場になってしまいますよ! それじゃあ意味がないじゃないですか!」
「あっ、そうか。そりゃないな」
「そうじゃそうじゃ! そんな事あるわけなかろう! まあ、わしだけ後退することはあるかもしれんがな……なんちて」
「ん、まてよ……。北の敵を全部片付けて南に加勢に行けばいいんじゃねーか? それなら文句ないだろ! よーし、そうなりゃ頑張らなくっちゃなお前たち!」
『おー!』っと気合を入れるサクラコたち。
こんなに騒いでいるのは彼らだけだが、その声が聞こえる範囲の兵たちは多少重苦しい空気が和らぐことに感謝していた。
太陽は少しずつ人々の真上に向かう。
時はもうじきランチ前……。




