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第08話 毒の水とスイカの種

 俺がパステルと出会ってから一週間が経った。

 あれから他の人間を見ていないし、ダンジョンに入ってくるモンスターもいない。

 平和そのものだが、これは良い事でもあり悪いことでもある。


 俺がダンジョンボスとなった時に獲得したDPを今も切り崩して生活している。

 残りは数万といったところだが、しばらく生活するには問題ない。ただ、ずっと生きていくには安定した収入が必要だ。

 しかしながら魔王の間でセオリーとされている冒険者の撃退やモンスターの繁殖によるDP獲得は今の俺たちには出来ない。


 さて、どうしたものか……。ここ数日ずっと考えていた。

 メイリにパステルを任せて外を探索し、野生のモンスターを引き入れようとした事もあるが、そこらへんのモンスターでは俺を見て逃げ出すか、何も考えず襲い掛かってくるかのどちらかだった。

 これでは仮に連れて帰れても戦力にはならない。場合によってはパステルを襲う。モンス研で買うのと変わらない結果だ。


 明るい話と言えばメイリの料理の方か。

 果物や動物を外から取ってきて料理を作ってくれるのでDPの節約になる。味もシンプルで美味しい。

 嗜好品や食料は基本人間界で手に入れてもらうために魔界から取り寄せる際の消費DPは高めに設定されているらしい。なのでなおさら助かるというものだ。


「メイリの料理は相変わらずおいしいが、毎回外を一人で歩かせて取ってきてもらうとなるとなんだか申し訳ないな。私も荷物持ちとしてでもついていければ良いのだが、足手まといになるのは目に見えているし、なかなか自分にもできることを見つけるのは難しいな」


「パステル様は私のことなどお気になさらずに。私にとって新鮮な人間界を歩くのは苦ではありませんので、どうかダンジョンでお待ちください」


「そう言われると私もメイリと共に人間界を散策して見たくなる。私もこの世界のことはあまり知らんのでな。まっ、それももっと落ち着いてからになるかな」


 パステルはメイリに精神的に依存し過ぎるという事は今のところない。

 意外と芯の強い子なのだろう。

 ただ、生活に関しては俺共々甘えっきりだ。家事全般はすべて任せている。パステルはたまに手伝っているが、不器用なので手伝いになっているか微妙だ。ただそういう気持ちは大事なので特に何も言わない。


「では、私はそろそろ食材集めに行ってまいります」


「じゃあ、俺は見張りだね」


 俺とメイリ、どちらかは常にダンジョンに残り有事に備える。

 今回は俺が見張りの番だ。


「私も入り口まで見送るとしよう」


 三人一緒に第一階層まで移動し、二人でメイリを見送る。

 その後俺は入り口付近に残り、パステルは部屋でくつろいだり一緒に見張ったりするのがいつものパターンだ。

 今日のパステルはどうやら見張り気分らしい。


「こうして二人になると出会って間もない頃を思い出すなぁエンデよ」

「そうだね」


 一週間前の事だけど、ずいぶん前のことのように思える。

 ただ『出会って間もない頃を~』のくだりは何度も聞いた。パステルはこのセリフで会話に入ってくる。


「メイリが来て賑やかになったが、生活空間である第十階層以外は相変わらずただの空洞だ。どうにかせねばな……」


「前に聞いた気がするけど、通路をふさぐ壁とか作っちゃダメなんだよね?」


「ああ、ダンジョンは入り口からダンジョンコアまで辿り着ける構造でなくてはならない。進路を塞ぐ破壊不可能な壁はダメだ。その他にもいろいろルールがあるのだ。誰が決めたのかすらわからぬ原初のルールがな」


「そうなるとやっぱり扉とかトラップとかモンスターを置かないとダメか」


「一応構造だけは迷路のようにしておいたが、歩いていればいずれ最奥まで難なく辿り着けてしまう。妨害は必須だぞ」


 パステルは壁にもたれかかって腕を組む。

 少しカッコつけたポーズだが、口元に今朝食べた野生のスイカの種がついているので台無しだ。


「パステル、ここ」


 自分の口元を指差し種のことを教える。


「むっ? あっ、くぅぅぅ……」


 声にならない声を挙げて恥ずかしがるパステル。

 とれた種は地面に落ちた。


「そういえば、このダンジョンの地面は土なのかな?」


 種のことに触れるのもなんなのでこちらからすぐに話題を変える。


「そうだな。このダンジョンの地面は土になっている。DP次第では変えられるが、まあ特に策もないので一番安い土にしてある」


「この土って掘れるの?」


「ああ。とはいっても一、二メートルが限度だ。壁に関しても同じで、多少は崩れて形が変わる事はあっても他の通路につながるまで崩す事は出来ない。ダンジョンは異次元の産物なのでな」


「ふーん、じゃあとりあえずこの土で植物を育てることは出来そうだね」


「……そうか、ダンジョン内部で果物や野菜を育てれば採りに行くのが楽だし安全だ。それに出入り口に敵がいる状態でも食料が確保できる。しかし、この土に作物が育つだけの栄養があるとは思えんな。さほど柔らかくもないし、耕すと言っても限度があると思うぞ」


「まあ、それはそうかもしれないけど一つ試してみたいことがあるんだ」


 俺は自分が溺れた池の毒『グロア毒』についてパステルに説明した。

 スキル【毒解析】によって得た情報によると、この毒は植物に対して栄養になる。


「ほぉ、あの池の毒にそんな効果が……。試してみる価値はありそうだな」


「でしょ? じゃあ、早速このスイカの種を植えてみよう」


 流石に出入り口付近は邪魔になりそうなので少し奥に種を移動させる。


「あ、でも第一階層に植えてもダメか。第十階層に近い方がいいから第九階層に植えないとね」


「その点は問題ないぞ。侵入者がいない時ならばダンジョンの階層は自由に入れ替えられる。現在第一階層であるここを第九階層に変更することも可能だ」


「なら安心だ」


 俺は【毒複製】によりグロア毒を生成。手のひらに液体を集め、種にゆっくりとかける。


「……おおっ! もう芽が出たぞ!」

「これは驚いた」


 種は地面に根を張り、小さな双葉を出した。


「もっと毒をやってみないか?」

「いや、あげすぎも良くないよ。今日はこのまま経過を見守ろう」

「むぅ……」


 その後、俺がスキルを試したり剣を振ったりしながら見張りをしている間、パステルはずっと芽を見ていた。

 芽の成長速度はやはり通常より早い。それに枯れる様子もない。ダンジョン内には日の光が届かないから少し不安だったが、グロア毒の栄養は特別すごいもののようだ。

 劣悪な環境でも作物を育てられる栄養……農家の人が喜びそうだ。これを独占して売りさばけば遊んで暮らせるだけの財産が手に入ってもおかしくない。

 ……やはり、奴はまた来るだろうか。


「エンデエンデ! 葉っぱの数がまた増えたぞ!」


 パステルはうつ伏せになって芽を食い入るように見つめている。


「なぁ、もっと毒をかけたらもっと成長するのではないか?」

「今でも十分成長してると思うんだけど……」

「それよりもっとだ! 物は試し、やってみようではないか」

「うーん、仕方ない」


 熱意に負け、俺は毒をさらにスイカの芽にかける。

 ……特に大きな変化はない。


「やっぱりたくさん栄養を上げても、一度にそんなには吸収できないよ」

「むぅ……残念だ」


 またジーッと芽を見つめるパステル。今日はご飯の時間までずっとあんな感じかな。

 俺は見張りの為視線をダンジョンの入り口へと戻す。


「ぎゃああああああああああ!!!」


 視線を逸らした瞬間背後から突如パステルの悲鳴。

 振り返るとスイカの芽が異常に成長し、伸びた葉とツタにパステルが絡め取られていた。


「パステル!」


 すぐさまその体を掴み葉とツタの中から引っ張り出す。


「すまぬ……私のせいでこんなことになってしまった……」

「実験だからこういう事もあるよ。うーん……でももうこれは普通の植物じゃないね」


 うねうねと動くツタ、風を起こすかのように上下する葉。これは俺の知ってる植物ではない。植物系モンスターという方がしっくりくる。

 ん? モンスター?


「パステル、これはお手柄かもしれないよ」


「どういうことだ?」


「このスイカはモンスターになっているかもしれない。ステータスを確認することが出来れば一発でわかるんだけど……」


「なるほど、それなら手があるぞ。ダンジョンの主の特権として、ダンジョンに住むモンスターのステータスは確認できるようになっている。それを見れば……」


 パステルはタブレットを取り出し操作し始めた。


「んっ! あったぞこいつの情報が! 今見せる」


 タブレットの側面から光が放射され、空中に文字が浮かび上がる。


 ◆ステータス

 名前:-

 種族:デビルスイカ

 ランク:E

 スキル:【炸裂種】


「デビルスイカ……Eランクモンスター……。【炸裂種】は衝撃を受けると破裂する攻撃性の高い種を生成するスキル……。植物の成長を加速させすぎるとモンスターになってしまうようだね」


「エンデは冷静だな。私は本当に驚いたぞ……。それでこれのどこがお手柄なのだ?」


「植物の種からモンスターを作れるならDPが簡単に稼げるし、このデビルスイカみたいに地面に根を張るタイプなら移動ができない。つまり最悪俺やメイリが不在でも第十階層のパステルを攻撃することはできない」


「ふむふむ、そう考えると今の私たちにピッタリのモンスターではないか!」


「そうそう、だからお手柄なんだよ」


 デビルスイカは葉の間から巨大な丸い実をのぞかせる。

 その実の一部はギザギザに裂けていて、まさに悪魔の口のようだ。この口から【炸裂種】を発射し攻撃するのだろう。

 しかし、今のところこちらに攻撃しようとはしてこない。案外自分を生み出したパステルと俺の存在を理解し、敵味方の区別はつけているのかもしれない。

 とはいえ……。


「流石に今すぐここを植物系モンスターで埋め尽くすのは怖いから、メイリも一緒に相談しながら考えていこう。でもこの一歩は大きいよ」


「そう言ってくれると私も嬉しいぞ。今度から水やり……というか毒やりは私の仕事にしようかな。話を聞いた感じグロア毒は飲まない限り安全のようだし」


「それもいいね。もしもの時の解毒剤も一緒に作って渡すから、ダンジョン植物園計画が実行に移された時はパステルに管理してもらおうかな」


「私にも出来ることがあるなら喜んで引き受けよう。しかし、その『ダンジョン植物園計画』という作戦名は少々安直で受け入れがたいがな」


「えー、こういうのはカッコよさよりわかりやすさだと思うんだけどなぁ」


 あいかわらずうねうね動くデビルスイカを眺めながら俺とパステルのお留守番は続く。

※追記(6/19)

『モンスター植物園』を『ダンジョン植物園』に変更。

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