第14話 霊山のエンデ
「あれ、ここ前も通ったっけ……?」
霊山カバリ。
そこは一度吸うとその中毒性から常に吸わずにはいられなくなる毒の霧に満ちた土地。
ゆえに内部の調査が全く進んでいない。
しかし、伝説上の存在『精霊竜』が存在すると言う逸話が残っており、その竜の力を受け継ぐ『継承者』になるべく人々はこの霊山に足を踏み入れる……。
ここ最近はロットポリス周辺に高ランクモンスターが出現し、住処を追われる人々が増えた。
故郷を取り戻すべく竜の力を求める者も増えている。
それを深刻な事態と考えたロットポリス四天王の依頼によって、俺は霊山カバリに送り込まれた。
目的は毒のせいで霊山から出られなくなった人々の救出。
俺はスキル【超毒の身体】によって毒の霧を無効化でき、解毒薬も作り出せる。
中毒になった人だって簡単に連れ戻せる……はずだったのだが、そもそも人に出会えていない。
「これだけ広い山をなんの道しるべもなしに歩いて人を探そうだなんて、もしかして無謀なんじゃ……」
思わずそんな独り言も漏れてしまうほど俺は迷っていた。
ただ竜はなんとなく山頂に居そうな気がするので斜面にそって上へ上へと向かう。
初めは持ってきたノートに山の地図を描こうとしたけど、霧で紙が湿気ていくうえに人の手が加わっていない自然の山の地図を描ける能力は俺にはなかったので諦めた。
食料は持ってきた物を食べている。
霧に触れると腐るのではないかという懸念はあったものの味に変化はなかった。
「パステルやみんなは元気にしていると良いんだけど……」
ただ黙々と歩いているとどうしても町に残っている仲間たちのことが気になってしまう。
まあ、あの町は治安が良いし警備もしっかりしてる。
むしろ俺の方が心配されていることだろう。
「これいつになったら帰れるんだろう……」
意識せずとも弱気な言葉が口から出る。
霧がかかって視界が悪く、何か見えたとしても変わり映えのしない木々のみ……どうしても楽しい気分にはならない。
でも、この山に足を踏み入れた他の冒険者たちも同じ思いをしているだろう。
俺と違って毒のせいで帰ることも叶わないし、より精神的にも追い詰められているはずだ。
早く助けてあげないと。ここでへこたれるわけにはいかない。
「うおっ……!」
ボケッとしていたので急に目の前に現れた木製の簡素な柵に気が付かずぶつかる。
「これ自然に出来た物……なわけないよね。誰かこの山に入った人が作ったんだ」
やっと人間がいた痕跡を見つけ少し元気になる。
俺は柵を乗り越えその内側に入る。
「灯りが……」
霧の中に炎が見える。
木々が燃えているわけではなく視界を確保するために意図的に建てられた燭台だ。
どうやらここを拠点にしている人がいるらしい。
「おーい! 誰かいませんかー!」
思い切って声をかけてみる。
すると……。
「おお! 誰だ誰だ!? 新入りか!?」
霧の向こうから老人のやたら大きな声が聞こえてきた。
「新入り……かはわかりませんが、この山には入ってきたばかりです!」
「つまり新入りだ! こっちに来い! 今ちょっと農作業中でな!」
「農作業……?」
首をかしげつつ俺は老人の声が聞こえた方へ歩き出す。
そして、俺は気付いた。
「ここ……村になってるのか……」
家、燭台、畑、そしてそれらを囲う柵……。
ここに住んでいるのは一人二人ではない。
霊山から帰れなくなった人たちが集まって村を作って生きているのだ。
「こっちだこっち! わかるか新入り!?」
「今向かってます」
足元は耕された土になっていた。
まだ作物が植えられる前の畑か。
「よく来たな無謀な新入り君! わしはこの愚か者たちの村の長老じゃ。つまり、わしも相当に愚か者というワケだ!」
「お、愚か者ですか……?」
「だってそうだろう? 自分ならば霊山で竜に出会い、その継承者となって山を下りられるなどという尊大な野望を抱いてここに来たのだからな。わしも若いころは自分だけは特別だと思っておったよ……ハハハ!」
白髪の老人はあまり日の光に当たっていないからか肌色は良くない。
しかし、その笑い方はやけに元気で若々しい。
「しかしだな……。何年経っても竜に会う事はなく、山から下りられるわけでもなく、毒を克服できたわけでもない。今はもうこの村をより住みやすい場所にすることだけが生きがいだ。君の様に思いあがった者たちがまだまだ定期的にやって来るからな。むしろ最近は増えてきている」
「その最近来た人たちから山の外の事情は聞きましたか? 山に入った理由を知っているならば思いあがっているなんて……」
「モンスターに村を襲われ住む場所を失ったという話か? 聞いておるよ。しかしだな。だからと言って霊山でいるかどうかもわからない竜の力を借りると言うのはいささか浅はかだと思わんか? 自業自得のようなもんだ。そういうのは四天王とやらにでも任せておけばいい。凡人がいきなり何かできるわけでもない……」
「四天王とやら……あまり四天王のことは知らないのですか?」
「ああ、わしがこの山に入ったのはずっと昔だからな。四天王とやらが大きな町を治めているとは後から入ってきた者に聞いた。わしが実際に見たことがあるのはアイラだけだ。知り合いというわけではないが、昔から才能のある戦士だったよ。あいつのような者に任せておけばいいんだ……」
「……」
何十年もこの霧に満ちた山にいるからか、彼はずいぶん卑屈な人間になってしまったみたいだ。
才能か……。俺もそんなものとは無縁の人生だった。
親を知らず故郷を知らず、昔は俺も彼のように大事には関わらず出来ることだけをやって細々と生きていた。
あの頃ならば霊山になど関わろうとはしないし、入ったとしたら出ていく手段もない。
俺も彼のようになってしまっただろう。
いや、その中でも村を作りリーダーとして働く彼は本来ならば俺より上等な人間なのかもしれない。
しかし経緯はどうあれ今の俺には力と使命がある。
「お話ありがとうございました。まだ心の整理がつかないのでそこら辺を歩いてきます」
「……そうだな。すぐにはここで生きる覚悟ができんかもしれんな。あまり遠くには行くなよ。村の外は未開の土地だ」
「はい」
俺は長老から離れた。
村のリーダーである彼に俺のスキルを説明すれば話は早いのだろう。
しかし、彼の神経を逆なでしてしまう気がした。
彼を敵に回すと村全体を敵に回したことになり、人々の救出が難航する恐れがある。
まずはまだこの村に染まっていない、最近山に入ってきた人を探そう。
ちょっと時間はかかるかもしれないけど村で味方を作ってから救出のことを話そう。
俺は物にぶつからないように村の中を歩いた。
そういえば長老はすでに戦士として戦っていたアイラを知っていると言っていたけど、一体彼女は何歳なんだ?
……気になるけど本人に聞くのはやめておこう。殺されてしまいそうだ。
「うぅ……ぐずっ……」
いらぬことを考えていると誰かがすすり泣く声が聞こえてきた。
俺は目当ての人物がいたと思いその声に近づく。
すると村に生えている背の低い木の根もとでうずくまっている小柄な人物ととそれを見下ろす大柄の人物を見つけた。
ありゃ、山から帰れない事を受け入れられず泣いているというより、普通に虐められて泣いている感じか?
どちらにしろ話しかけねば。
「あのー、どうされましたか?」
「ん……? あんたは?」
大柄の人物は女性だった。
丸顔だが視線は鋭く、盛り上がった筋肉と背丈ほどある大剣が戦士であることを主張している。
しかし、そんな彼女も目元は赤く腫れていて声を出さずに泣いていたことがわかる。
「僕はエンデと言います。実は今さっきこの村に辿り着いた新入りなのですが……」
「ふーん、その割には気楽そうだね」
女性はもう俺に興味を失ったのかうずくまっているもう一人の人物に向き直る。
そして、その小さな体を蹴り飛ばした。
「ぎゃっ!?」
「いつまでうずくまってんのよ! あんたの光魔術がなけりゃ竜のもとには辿りたどり着けないのよ!?」
蹴飛ばされて転がる体にさらに追撃を仕掛けようとする女性。
流石に見過ごせない。
「ちょっとちょっと! ストップ!」
彼女の前に立ちはだかる。
「どういう事情かは知りませんが、やり過ぎですって!」
「うぅ……だって……私だって……怖いんだもん……」
女性は泣き出してしまった。
くっ……もうちょっと覚悟が決まった人が山に入ってきていると思っていたけど、これは長老みたいな考えになるのも少しわかるぞ……。
とりあえず泣き止ませるのは難しそうなので、うずくまっている方に向き直る。
「大丈夫かい?」
「うぐ……ろっ骨が折れてますね……三本……。内臓には刺さっていませんが、立ち上がれなさそうですねこれは……」
れ、冷静な子だ……。この状況で折れた骨の本数まで把握できるのか……。
「回復薬がある。骨ぐらいならすぐくっ付くはずさ。そのまま動かないで……」
俺は手のひらに生成したキュアル回復薬を飲ませる。
しばらくして彼は上半身を起こせるほど回復した。
「こんな高級な薬を僕のために……ありがとうございます」
「いいよいいよ、いくらでもあるからまだ体が痛むなら言ってね」
「はい、でももう骨はくっ付いたみたいなんで大丈夫です」
「ヴェル! ごめんね! また骨折っちゃってごめんね……!」
大柄な女性が少年ヴェルに抱き着く。
「や、やめてパルマ……! もうちょっと力を加えると背骨が折れる……!」
「あっ……ごめんね……!」
パルマと呼ばれた女性はヴェルを地上に降ろす。
「痛たた……。すいません、僕ら幼馴染で昔からこんな感じなんです」
「あはは……」
「こちらの自己紹介がまだでしたね。僕はヴェル、彼女はパルマ。住んでいた村がモンスターに襲われて、僕らは追われるようにロットポリスに流れ着きました。そこで冒険者登録をして今は駆け出し冒険者をやってます。故郷を取り戻すため」
「霊山にはやはり竜の力を求めて?」
「はい。でも僕らは長老が言うような無謀な者ではありません。村に伝わる竜の伝承を頼りにここに来たんです。精霊竜はこのカバリにいます。その居場所を示す手がかりだってあるんです!」
嘘を言っているようには思えないけど、それならばなぜさっきはうずくまって泣いていたのかが気になる。
「自信があるみたいなのに、さっきはどうして二人で泣いていたの?」
「そ、それは私が……弱気なこと言ったヴェルを元気づけようと背中を叩いたら……」
「内臓に響いたんですよ……」
「ははは……」
「ははは……」
二人は顔を見合わせて苦笑い。
なるほど、愛情表現が過激な仲良しだという事はわかった。
まあ安心した……か?
それより彼らは俺の求めていた村人になりきっていない人物だ。
そのうえ竜の居場所を知っているという。
ここはうまく仲良くなるしかない!
前話(13話)を改稿しました。
内容は大きく変わっていませんが読みやすくなっていると思います。
よろしければまた読んでみてください。
詳しく活動報告にて。




