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第13話 平穏な休日の終わり

 パステルは混乱していた。

 虚ろな瞳をした同期の魔王、突然現れた巨大なモグラ型モンスター、連れていかれたアイラ……。

 さっきまでは……騒動が起こっていたさっきまでは考える前に動いていた。

 パステルとて砂漠の人さらいとの戦いでは作戦の中核を担っている。

 瞬時に敵と味方の判別をつけ、味方であるアイラを奪おうとする敵に妨害を仕掛けた。


 しかし、それが失敗に終わり取り残されたパステルはここからどうすればいいのかわからなかった。

 ただ、アイラを追いかけようと無意識にモグラの開けた穴に一歩ずつ近づいていた。


「馬鹿者!」


 背後から聞こえた大声でパステルは我に返った。

 歩みを止めて振り返る。


「敵の開けた穴じゃ。追ったところで生き埋めが関の山」


 そこにいたのは銀髪の少女だった。

 パステルよりかは背も高く大人びた雰囲気があるがまだまだ幼い。

 白と銀を基調とした巫女服のような物を着こみ、彼女の後ろには部下らしき者たちが控えている。


「危ないところだった……。すまない、ぼーっとしていた」


「わかればよいのじゃ。我はフォウ・フロトミラー。ロットポリスを治める四天王の一人じゃ」


「お主が四天王……?」


「むっ、今見た目で判断しおったなぁ? 言っておくがお前よりは大人じゃと思うぞ?」


「べ、別に疑ってなどおらんぞ……。私はパステル・ポーキュパイン。魔王だ」


「お前が魔王……?」


「ぬっ? いまお主も見た目で判断したような……?」


「わ、我ほどになると見ただけで人の能力がわかる。中身で判断したのじゃぞ……」


「ふーん……」


 フォウはぷいっと視線を逸らす。


(本当はアイラからすでにパステルについての報告受けていただけなのじゃがな。なるほど……確かに不思議な魅力はあるがオーラは感じない。パッと見て魔王とは思えんな)


 フォウが考え事をしている時、パステルがハッと何かを思い出したように体をびくつかせた。


「そんなことよりアイラはどうするのだ! こんな話をしている場合ではない! お主と同じ四天王のアイラが連れ去られたのだぞ!」


「知っておる。だから我が来た。もうすでに近隣の住民の避難は完了している。後はお前らだけじゃ」


「なに?」


 パステルは周囲を見回す。

 屋台には店員も客もおらずただ食べ物の匂いだけが残っていた。

 道行く人はフォウが連れてきた衛兵のみで、普通の市民はすでにパステルの隣にいるフィルフィーだけだった。


「ずいぶん長く立ち尽くしていた事に気付いていたか?」


「いや……まったく……」


「アイラのことは目撃した市民に聞いた。小さな女の子が一人取り返そうと戦っていたことも」


「ああ、結局何の役にも立たなかったがな……」


「そうだとしても、ありがとうパステル。アイラと同じ四天王として礼を言うぞ」


 そう言われてもパステルは浮かない顔だ。

 あの場でアイラを助けられる可能性があるのはパステルだけだった。

 修羅器に【全強化付与】のスキルを持つ彼女はもうそこら辺の一般人よりは高い戦闘能力を有しているのだ。

 その自覚はパステル自身にもあった。


「お前がアイラのことを想ってくれているのはありがたい。だが、敵は油断していたとはいえアイラを易々と抑え込んだ怪物。あまり気にするな。落ち度はアイラにある」


「仲間にそんな言い方は……」


「我らは四天王なのじゃ。町に侵入してきた敵を排除できなかった言い訳に市民や旅人を使うことはない。それは残された我らも同じ。これから敵に対処すべく行動を起こさねばならん」


 フォウは腕組みをしパステルを見つめる。


「パステルよ。お前は敵の男のことを知っているな?」


「ああ……。しかし、奴は変り果てていた。私の知っている奴とは……」


「それでもよい。話を聞かせてもらえんじゃろうか? ここではなんじゃ。我ら四天王の拠点ロットポリス・ビルディングに来てもらいたい」


「む……」


 パステルは町の中央に建てられた建造物群を見る。


「ああ、構わんぞ私は。あっ、フィルフィーはどうする?」


 パステルはすっかり頭から抜け落ちていたフィルフィーのことを気にする。

 彼女もまた目の前で起こった騒動を受け止めきれず固まっていたのだ。


「わ、私は……帰らないと……。だって戦いになるんですよね?」


 フィルフィーはフォウに尋ねる。


「四天王を誘拐して宣戦布告……イタズラとは思えんからな。戦いは避けたいが、おそらく避けようはない。三日後……ロットポリス周辺は戦場になるじゃろう」


「なら私は今すぐ工房に帰ります! そしてフェナメトちゃんの修理を終わらせます! きっとそれが私がこの町のために出来る一番のことだから! フェナメトちゃんが完全復活すればきっと大きな力になります!」


「フェナメト……パステルが持ち込んだ古代兵器のことか。機械には疎いが、その力は確かなのじゃな?」


「もちろんです! もうフェナメトちゃん一人いれば何とかなりますって!」


「それはありがたい。目撃者として話を聞きたいところだが帰ることを許そう」


「そうこなくっちゃ! じゃあねパステルちゃん! 私、頑張るから!」


 今日は作業用ロボット『マッシブ』に乗ってきていたフィルフィーはガシンガシンと音をたてながら去っていった。


「では、我らも行くぞパステル」


 フォウの言葉にパステルは無言でうなずいた。




 ● ● ●




「もうじき残った四天王とそれを支える役職を持つ者たちが集まって会議が始まるじゃろう。それまで話を言きかせてくれパステル」


「ああ」


 ロットポリス・ビルディングの建造物群の中で最も高い建物『イーグルタワー』。

 その一室にやってきたパステルとフォウ・フロトミラー。

 フォウの付き人が二人に茶を持ってくる。


「緑茶か」


 パステルが湯呑に入った緑色の液体を見つめる。


「我はこれが好きでな。それも最高に熱く少し渋いのが好きじゃ。頭がスッキリする。苦手か?」


「いや、そうでもない」


 パステルは緑茶をズズッと慎重にすする。


「確かにスッキリするな。舌が良く回りそうだ」


「では話してくれるか?」


「構わんがさっきも言った通り大した情報ではない。何か町を救う大きなヒントが隠されているとか期待しないで聞いてほしい」


 もう一度だけ茶をすするパステル。


「モグラを呼び出した男は私と同期の魔王ジャウ・ヴァイド。同期というのは……」


「そこら辺の魔王のシステムは把握している。説明は飛ばしてくれて構わないぞ」


「わかった。奴はプライドの高い魔王だ。というか魔王はだいたいプライドが高いのだが奴は特別高くてな。それが露骨に態度に現れるのだから厄介なのだ。しかし、魔王学園で最弱だった私にはあまりちょっかいをかけてこなかった」


「自分より下の者には興味が無かった……か」


「そうだ。奴は常に上だけを見ていた。そして上にいる魔王を追い抜かそうと力を高めていた。だから最弱の私のことは見下していても直接ちょっかいを出すことはなかった。無駄だからな。しかし……」


 一人で慣れない場所にいるパステルは緊張でやたら舌が渇く。

 だから頻繁に茶を飲む。


「人間界に来てから一か月間の成績発表で私が奴を追い抜いてしまったのだ。それで奴にとって私は蹴落とすべき存在に変わってしまった。だからこそ、私のことは覚えているはずなのだ。前に立ちはだかる壊すべき壁なのだから……」


「しかし、覚えていなかったと?」


「うむ。そして、おかしな点はそれだけではない。特徴的だったギラギラとした目も虚ろになって、まるでジャウがジャウでなくなってしまったようだった。しかし爪を使う動きやその切れ味は間違いなく本人のものだ。いったいこの短期間で何があったのか……」


 熱い茶を飲んでいるというのにパステルは肌寒かった。


「ジャウは同期だが関わりの薄い者だ。奴を心の底から心配しているかと言えばそうでもない。しかし、同時期に人間界に送り込まれた同じ立場の魔王としては、あんなおかしな変化が起こってしまった事に恐怖は感じる……。自分が同じ目にあったらどうしよう……と。あまり褒められた考え方ではないがな」


「普通の考え方だと思うぞ。今まで自分を見下していた者が変になったのじゃ。内心ざまあみろと思ってもおかしくないところ、少しは心配しているのじゃからな」


 フォウはソファの肘掛を使って頬杖をつく。


「これから三日間はこのロットポリス・ビルディングにいるか? 少なくとも町のホテルよりかは安全じゃ。お前を守ることは我らの依頼で霊山カバリに向かってもらったエンデの願いでもある。四天王としてはお前を守らねばならん」


「エンデ……」


 その名を聞いた途端、パステルは胸が苦しくなるのを感じた。


「ロットポリス・ビルディングに拠点を移すかどうかは仲間たちと話をしてから決める。それよりも……エンデは呼び戻せないか? 私としては戦いの時に一緒にいてほしいのだ」


「そう……じゃな。いろいろ言われているが彼はSランク。我らも戦力として欲しい。今すぐ呼び戻すよう手配しよう。しかし、いる場所が場所なので三日以内に戻ってこれるかは……賭けじゃ。今、霊山のどのあたりにいるかもわからんからな」


「それでも構わない。頼む」


「あいわかった」


 フォウはその場で自らの付き人に指示を出した。

 付き人はその指示をどこかに伝えるべく部屋を出る。


「さて、もう少し時間があるが何から話したものかな……」


「私から一つ質問してもよいか?」


「かまわんぞ。パステルに話してもらった後だから我が話そう」


「アイラは鷲の目と立派な翼、それに嵐魔術のスキルを習得していると聞いた。ライオットも動物と意思の疎通が出来ると言っていた。フォウも何か特別な力を持っているのか? それと種族もよければ教えてほしい。普通の人間のような見た目だがどうも違う雰囲気がある」


「ふむ、気になるか?」


「戦いが始まれば四天王が中心となって動くのだろう? その力を把握しておきたい。まあ、興味の方が大半でもある。気楽に話してくれ」


「良かろう。まず我は竜人。竜の血を引く人間じゃ……といっても血はあまり濃くなくてな。見た目上にそれとわかる部分は少ない。鱗もあるにはあるが……まあ、もうちょっと親しくなってから見せよう。しかし、頑丈が鱗がほとんどない代わりに我には結界術がある」


 フォウは手を前にかざす。

 すると、その手を中心にガラスのような透き通った板が現れた。


「このようにわかりやすい板状のバリアを作ることも出来れば、このロットポリス全体を覆うようなドーム型結界も張れる。まあ、後者はあらゆるものを消耗するので安易には使えんのじゃがな。いつでも使えるなら地下からの侵入を許しアイラをさらわれる事もなかったじゃろう……」


 フォウがパステルの前で初めて弱気な表情を見せる。

 それはほんの一瞬だったが、彼女もまた仲間であり友であるアイラをさらわれて心中穏やかではないことをパステルに理解させるには十分だった。


「もし……その町全体を覆う結界を長時間張ることが出来れば、町を敵から無傷で守ることが出来るか?」


「出来るじゃろうが結界では敵を倒せない。勝つためには町の結界の外に出て兵士たちが敵を殲滅する必要がある」


「それでも町がフォウによる結界で守られていれば戦えぬ市民は安心する。兵士も四天王が自ら全力で町を守っていると思えば士気も上がるだろう。悪くない案だと思わんか?」


「それはそうだが……やはり長時間は持たん。ただ張っているだけでもそうなのじゃ。敵の攻撃を受ければさらに展開できる時間は縮む。現実的な作戦ではないぞ」


「私が戦闘中、フォウに全強化付与(フルエンハンス)のスキルを使えばどうだろうか?」


 パステルはフォウの隣に座り身を寄せる。

 そしてオレンジ色の光をフォウの体にまとわせる。


「このスキルはフォウの能力を全て強化できる。だから結界の展開時間も強度も上昇させることが出来るはずだ」


「そうか……。パステルはそんなレアスキルを持っているとアイラから報告を受けていたな。確かに力がみなぎる……暖かな光じゃ」


「私にもこの町を守る理由がある。まだここに来た目的を果たせていないからだ。しょせん余所者だから町や市民のために命を懸けて戦うと言っても嘘くさいであろう? だから私たちは私たちの目的のために戦おう。そして、勝つためならば協力も惜しまない」


「ふん、なかなか魔王らしい一面を見せてくれる。自らの目的を果たすために戦うか……下手な綺麗事よりかは信用できるというものじゃ。まあ、その作戦を実行するかどうかはこれからの会議で話し合う必要があるのじゃがな。しかし……」


 フォウはパステルの肩を抱き、耳元に口を寄せる。


「おそらく力を借りることになる。敵は相当四天王を調べている。地下からの侵入も四天王の一人であるキュララのスキル【千里眼】から逃れるためじゃ。千里眼とてずっと地面の下を見ているわけにはいかんからな」


「しかし、地下は空より目立たんし審査の目も素通りできる。四天王関係なく侵入するなら地下からだと思うのだが……」


「理由はまだあるのじゃ。最強の戦力としてロットポリスを出て他の地域へ派遣されることも多いアイラをあえて人の多い町中でさらったのは本当の力を発揮させないため。アイラは嵐魔術と修羅器による広範囲殲滅が得意じゃからな。町中ではいろんなものを巻き込んでしまう確率が高いのじゃ。そうなるとアイラは本気が出せん」


「では……内通者がいるということか……?」


「いや、今言った通り四天王は四天王がいなければ苦戦する高ランクモンスターが現れればそこへ送り込まれ力を振るう。そうなれば調べることは容易じゃ。特にその強大な敵を用意している側の者からすればな。おそらく最近頻発していた高ランクモンスターの出現もアイラをさらった奴らの仕業じゃったのだろう」


「ジャウは新人の中では優秀な魔王だったがあくまで新人。そこまで多くの高ランクモンスターを用意できるとは思えない……。そして、頭が回るとも……。何もかもわからないことだらけだ」


「敵の情報はわからないのにこちらは四天王や町の情報を調べられている。不利な状況だが一つだけ敵にもわかっていないことがある。それは町に出入りする冒険者や旅人など余所者の情報じゃ。その証拠にパステルはさらわれていない。【全強化付与】なんていうレアスキルを持っていると知っていればついでにさらえば良い。その余裕もあったはずじゃからな」


 フォウはすっとソファから立ち上がる。


「兵士だけでなく町にいる市民や冒険者の力も借りる。敵が把握できてい戦力こそ今回の戦いの勝利のカギになると我は考えている。無論、無理強いはしない。町から離れるか残るか……その判断は各々(おのおの)でしてもらうつもりじゃ」


 その時、部屋の扉が開きフォウの付き人が部屋に入ってきた。


「フォウ様、会議の準備が整いました。それとパステル様にもお迎えの方がいらしております。黒い髪でメイド服を着ている女性です。名はメイリと」


「了解した。すぐ向かう。パステルを下の階まで送ってくれ」


「承知しました。それとエンデ様の件はすでに行動を開始しました」


「と、いうことだパステル。我はこれから長い会議になりそうじゃが、また時間が出来たら呼んでも構わないか?」


「もちろんだ。最近ずっといたギルギスの工房はこれから忙しくなるだろうし、私は邪魔だろうからな。ぜひ呼んでほしい」


「では、そうさせてもらおうか。お前といると何か落ち着く。我の血が不思議と安心感を覚えるのじゃ」


 フォウはそれだけ言い残し会議室に向かった。

 パステルは付き人の案内で迎えに来たメイリのもとへ向かう。


(メイリはほんの少し前まで一緒にいたアイラがさらわれたと聞いてどんな顔をするだろうか……)


 今回起こったことをメイリに話さないわけにはいかない。

 彼女は魔王一行の欠かせない戦力なのだ。

 事態を正確に把握し、いつも冷静にみんなを見守っていてくれる。

 彼女には正しいことを知っていてもらうべきだとパステルは思っていた。


(エンデは帰ってきてくれるだろうか。今何をしているのだろうか。早く帰ってきてほしい。私の側にいてほしい……)


 遠く離れた霊山カバリにいるエンデに思いを()せるパステル。

 『今、何をしているのだろうか……』。

 その問いを何度心の中で繰り返したのかわからない。


「ふっ……」


 パステルは自嘲気味に笑い、息を吐いて肩の力を抜く。


(もう答えの出ない問いかけを続けられる平穏な休日は終わったのだ。今から私は私のために……そして、私の側を居場所にしてくれるエンデのために戦わねばならんのだ。それも自分の力で)


 付き人の目もはばからず、うーんと体を伸ばすパステル。


(お前が帰って来るまでの間、お前の居場所は私が守ろうではないか。たまにはそれもよかろう)


 自らに命をささげる配下たちのために生き残る。

 魔王として覚悟は固まった。

※9/5追記

全体的に文章を整え内容をよりわかりやすくしました。

フォウの性格が丸くなり『のじゃ』口調に。

パステルの発言がちょっと前向きな感じになりました。

詳しくは活動報告にて。

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