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第12話 最弱な魔王の……

「エンデが旅立ってから何日経ったのだろうか……。もう数カ月は会っていない気がするぞ……」


「パステルさぁ、それ言うの今日までで五十回は超えてるんじゃないか?」


「むぅ……」


 朝、宿泊先のホテルのレストランで食事をとるパステル、メイリ、サクラコ。

 パステルはエンデと離れ離れになったうえ、最近はメイリとサクラコも出かける機会が多くかなり寂しい思いをしていた。

 しかし、彼女らが自らを強くするための修行に(おもむ)いていると知っているのでパステルは寂しさを口には出さない。

 ただ、エンデの帰りを待ちわびる気持ちは日に日に強くなっていった。


「メイリはアイラとの修行上手くいっているのか?」


「ええ、アイラ様は厳しいようで油断するとセクハラ三昧です。しんどい時も安易なスキンシップを許さないように意識を割かなければなりません。なかなか体だけでなく頭も使います」


「それは大変そうだな……。私は二つのことを同時に考えるとこんがらがってしまうぞ。メイリはすごいなぁ……」


 頑張る部下を出来る限り褒めるパステル。


「サクラコの方はどうだ?」


「こっちもボチボチだな。スケベ溶解毒を強化するって言っても、そもそもアレ大体の装備を溶かせちまうほど強いからどう強化したもんか……。エンデみたいに人体を溶かし始めたらもうスケベじゃなくてグロだしなぁ……。あっ、四真流の体得は上手くいってるぜ。今度面白いもん見せてやるよ」


「ほほう、それは楽しみしているぞ」


 笑顔の裏でパステルは自分も何かした方が良いのではないかと考えていた。

 最近は朝食の後パステルはギルギスの工房に預けられている。まるで共働きの両親が仕事の前に子どもを託児所に預けるかのように。

 そして、一日ギルギスの仕事を眺めるかフィルフィーと共に買い物に行くかの毎日だった。

 もちろん感覚を忘れないように修羅器や全強化付与のスキルも使ってはいたが、それはあくまでも現状維持のための行動。

 パステルもまた自らを先の段階に進めたいという欲求が強くなっていた。


「さぁて、腹八分目だ。これから動くんだからこんぐらいにしとかないとな」


「パステル様、申し訳ありませんが今日もギルギス様の工房に……」


「うむ、もうわかっておるぞ」


 ホテルのレストランを出て一行はもはや見慣れた道を歩きギルギスの工房に向かった。




 ● ● ●




「パステルちゃん元気ないねー。どこか調子悪い? お薬買いに行こうか?」


 ギルギスの工房に預けられてパステルはしばらくギルギスとフィルフィーの仕事を見守った。

 フェナメトは基本、体を弄られている間は睡眠状態に入っていてパステルとあまり話さない。

 技師二人は専門的な会話をしているので割って入れない。

 だからパステルには話し相手がいない。


 仕事がひと段落するとフィルフィーは休憩に入る。

 今日は買い物の日なので、パステルフィルフィーは町に買い物に来ていた。

 その時は友達としてめいっぱいお話をするのだ。


「いや、このしんどさは薬で治るものではないと思う。最近は戦闘もないし、この町の雰囲気にも慣れてきたから疲れないはずなのだが……。やはりエンデのことが気になって仕方がない」


「霊山カバリに旅立ってから十日は経ったかな? 結構時間のかかる冒険だねー」


「霊山までの移動はロットポリス側で面倒を見てもらったが、彼ら曰く移動には大して時間はかかっていないらしい。ただ、霊山は大きくまったく未開の土地だ。中に入ってからが本番とのことだ」


「いくら毒が効かないからって、そんな危ないところから帰ってこれるのかなぁ?」


「私はエンデのことを信じている。必ず帰ってくる……が、ドジなところもあるので時間はかかりそうだな……。同じところをぐるぐる回っていなければいいのだが……」


「大切な人が何してるのかわからないのは辛いよね」


「まったくだ。とはいえ、私が気にしてもどうにもならんと頭ではわかっておるのだがな」


 油断するとパステルは憂鬱な顔つきになる。


「なんか好きな物でも買って帰ろうよパステルちゃん! 何が好きなんだったけ?」


「果物は柑橘系が好きだ。みかんが特にな。主食としては鶏肉とか脂身の少ない淡白な肉が好きだぞ」


「鶏肉かぁ。そういえばここら辺は屋台も多くて、そこで鶏肉を串に刺して焼いた焼き鳥って料理が人気だって聞いたことがある! それを買って食べようよ!」


「買い食いか、悪くない」


 パステルとフィルフィーは道の両脇に目を向ける。

 フィルフィーが言うように多種多様な屋台があり、それぞれ個性的な料理とその匂いを道行く人に提供している。


「焼き鳥以外にも美味しそうなものがなかなか……」


 キョロキョロと動くパステルの目。それが最終的に捕えた物は屋台ではなかった。


「なになにパステルちゃん、そっちは焼トウモロコシだよ? そっち食べる?」


「いや、あのちょうど屋台の設置されていない道端に座りこんでいる男……」


 指をさすことをためらったパステルは視線でフィルフィーにそれを伝える。

 そこには薄汚れたローブを身にまとった獣人がいた。


「あのパステルちゃんより元気なさそうな男の人? 確かに心配だね」


「奴はジャウ・ヴァイド。私と同期の魔王だ」


「……ええっ!? パステルちゃんと同期の魔王!? じゃあ、知り合い!?」


「こ、声がデカいぞフィルフィー……!」


「ご、ごめん……」


 ジャウ・ヴァイドは竜の鱗にも匹敵すると豪語する爪がアイデンティティの獣の魔王である。

 彼は以前の新人魔王成績発表会でパステルが上位に食い込んだことによりトップ5から蹴落とされる屈辱を味わっていた。

 その際、パステルに攻撃を仕掛け、守りに入ったエンデに自慢の爪を溶かされるという屈辱の追いうちも受けている。

 彼からすればパステルは今最高に気に入らない存在のはずなのだ。


「あいつとはあまり仲が良くなくてな……というか、仲の良い魔王など一人しかいないのだ。出来れば気づかれたくない」


「そ、そうなんだね……」


 しかし、パステルの思惑とは裏腹にフィルフィーの声は大きすぎた。

 そのうえ魔王や同期という特徴的なワードも含まれていた。

 獣の魔王ジャウの虚ろな目は確かにパステルを捉えた。


「ぐっ……」


 魔界にいた頃のような鋭く野心的なギラギラした目ではないが、底知れぬ闇をたたえた黒い瞳からはパステルも目が離せない。


「お前……魔王……? 誰だ……?」


「なに……!?」


 大きな騒動になることすら覚悟していたパステルには意外過ぎる一言だった。

 ジャウはプライドが高い魔王だ。あの屈辱的な夜から大して日が経っていない今、パステルのことを忘れているとは考えられない。

 そもそもただでさえパステルは魔界で有名人なのだ。そのパステルと同じ学園にいたというのに……。


「……」


 ジャウは興味なさそうにまた虚空を見つめ始めた。


「ねえねえパステルちゃん、人違いなんじゃない?」


 フィルフィーがジャウの不気味さに少し顔色を悪くしながらパステルにささやく。


「うむ……そうかもしれん。流石に性格が違い過ぎる。他人の空似だろう……」


 パステルもまたこれ以上彼に関わることに本能的危機感を覚えた。

 焼き鳥を買うという目的も忘れ、その場から離れようとする。


「おっ、お二人さんお買いものかい?」


「わっ、アイラ様だ!」


 ロットポリス四天王アイラが空からパステルを見つけ降りてきた。


「こんにちわ魔王様」


「ごきげんようアイラよ。メイリとの修行は午前中で終わりか?」


「うん、こっちも仕事があるんでな。といっても今日は町のパトロールだから緊急事態というワケではない。でも、手を抜けない仕事だ」


「将軍だというのに現場に出続けるその心意気は素晴らしいといつも感心する」


「まあ、机の前に座らされて一日過ごすのが嫌だってのもあるんだけどな!」


 将軍アイラは豪快に笑う。

 すでにメイリとの修行をこなした後だというのにその体力は尽きない。


「アイラ……? アイラ……アイラ……アイラ・エレガトン……」


 小さいながらも体の芯を震え上がらせるような冷たい声……。

 それは紛れもなくジャウから発せられていた。


「お、病人かい? 精神の方の」


「アイラ、あいつは……」


「心配してくれてありがとう。なんとなく……わかってるよ。でも、ああいうなのを何とかするのが仕事だからさ」


 アイラはその鋭い鷲の目でジャウを見据える。

 そして、その目は驚きで大きく見開かれた。


「こ、こいつステータスが……っ!」


「こい……獣……」


 ジャウが右手を小さく上げると石畳の舗装された道を砕き割り、地中から巨大なモグラが現れた。

 そのモグラは地上にいるアイラを爪の長い前足で器用に握りしめると、そのまま周りの人間には目もくれず地中に引っ込もうとする。


「アイラ!!」


 パステルは修羅器を展開。

 現れたカエルのサイズは今までに見ないほど大きい全力の召喚だった。

 その口から飛び出した太く長い舌はモグラの前足を絡め捕る。


「ぐっ……純粋に重すぎる……このモグラは! 引っ張り上げられない!」


「魔王様! 無茶するんじゃない! くっそ、私も翼と手を押さえられていなければ……!」


 潰されていないことを誇っていいほどモグラの握力は強力でもがくにもがけないアイラ。

 地中に逃げ込もうとするのを遅らせるのが精いっぱいのパステル。

 しかし、その微かな抵抗もジャウの爪によってカエルの舌を切られ唐突に終わってしまう。


「お前はやはりジャウ・ヴァイドか! なぜこんなことをする!」


「ジャウ……俺の名か……? 知らないな……」


「なんだと!?」


 パステルに対して明らかな敵対行動をとったというのにジャウからは敵意が感じられない。

 ただ肌寒い何かを感じるのみだ。


「目的……アイラ・エレガトンの捕獲は果たした……。あともう一つ、言っておくこと……」


 ぎょろぎょろとジャウの目が動く。


「宣戦布告。三日後の昼前くらいからロットポリスに私の軍勢が攻め込む。せいぜい抵抗してくれたまえ、残された四天王諸君……だ……」


 それを言うとジャウもまたモグラが掘った穴に消えた。

 カラクリカエルの舌が通じない相手を捕える手段はパステルにはなかった。

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