第11話 スケベなスライムの休日
「さぁて、せっかく貰った休みだ。なんか変わったことしてーなー」
メイリと同じく休日を与えられたサクラコ。
とはいえ彼女はメイリと違い普段から情報収集としてマカルフの町を練り歩いている。
ただうろうろするのではいつもと同じでつまらないと彼は考えていた。
「しかし、一人で飯食べたり買い物したりしてもみんなといる時よりつまらない。かわいい子にちょっかい出すのも捕まりそうだしなぁ……」
悩みながらもサクラコは歩みを止めない。
有名な観光スポットは基本仲間たちと行った方が楽しいと思い避けることにした。
その為、その足は自然と人気のない方へと向かっていく。
「……だからといって、こんな寂しいとこに来ても意味ないなぁ」
もはやここに住む者しか来ないであろう閑静な住宅街にまで来てしまったサクラコ。
そのエリアは荒れているわけではないが、なんとなく元気がない感じがした。
「いつの間にか仲間に囲まれて過ごすことに慣れちまったな俺も。昔は町中で人のいないところといえば、擬態を一時的に解除して落ち着ける癒しのスポットだったのに、今となっては寂しくて心細くなるだけだ。もうあの頃には戻れそうもない……」
サクラコは特に目的もなく町に忍び込んだり、洞窟で女冒険者を待ち伏せしていた時の自分と今の自分を思い浮かべる。
ただ日々を生きる野良モンスターからたった一つの出会いで魔王の配下に。
それも考え方によっては幹部と言えるポジションに就いている。
彼にしかできない高度な擬態やスライムの体を生かした動き、人間界に関する知識と経験などで魔王パステル一行の中で欠かせない存在になっている今……。
「いつ何が起きて人生が変わるかわかったもんじゃねーなぁ。なんか今すぐ身内の誰かに会いたい気分になっちまった。そういえば、メイリも休み貰ってるはずだったな。あいつの事だからきっと何をしていいかわからずに困っているところだろう。探すかな」
一人でいるのが寂しくてたまらなくなったサクラコはメイリを探そうと歩き出す。
しかし、そんな彼女の目の前に興味を惹く看板が現れた。
「スライム四真流道場ってなんだろ……」
道の端っこに立てかけられた木製のボロボロ看板。
辛うじて読みとれるものは『スライム四真流道場』と矢印のみ。
「スライムがやっている道場ってことか。矢印を見た感じこの近くにあるみたいだな。これは結構気になるぞぉ」
サクラコはあまり同族と話したことがない。
スライムという種族には比較的簡単に会えるが、意思の疎通が可能な個体は少ないのだ。
道場は何かを教えるところなので、もちろん他の者と意思の疎通ができなければ成り立たない。
つまり珍しい知能の高いスライムがいるはずだ。
「身内に会いたいと言ったがこっちはこっちで身内みたいなもんだな。ちょっと寄ってみるか」
サクラコはスライム道場に向けて歩き出した。
● ● ●
「意外とデカイな。もっとおんぼろを想像してたから驚いたぜ」
徒歩数分で辿り着いた道場の門はなかなか立派な大きさで、通常のスライムには開けられそうにない物だった。
サクラコの期待は高まる。
「頼もう~! 道場破りだ~!」
人間の姿の彼に門を開けるのは簡単だ。
ギィッと軋む門を両手で開き、中に足を踏み入れる。
「おっ、なかなか中も綺麗じゃないか。床もピカピカに磨かれてるし……」
その時、サクラコは視界の端に動く物を捉えた。
物体は彼に向かって飛んでくる。
(やっぱり冗談でも道場破りはまずかったかな?)
サクラコはその物体を華麗に避ける。
が、たった一つ完全に彼の背後をとっていた物体がその背中に直撃した。
「ぐえっ!」
体全体に衝撃が走り、サクラコは前に倒れ込む。
「やりましたね師範!」
「まったく小娘が! この道場なら遊びで破れると思ったか!」
若い男と老人の声が響く。
「くっ……なかなかやるじゃないの道場のみなさんよぉ。私に物理的なダメージを与えるなんてさ。でも、このくらいじゃまだまだ倒したとは言えないな」
サクラコはスクッと立ち上がり飛んできた物体……スライムたちを見つめる。
「なに!? ワシの真スライムタックルを耐えただと!? そんな細身の体で……」
「師範! もう一回です!」
「よ、よし!」
道場のスライムたちは再び弾力を生かしたタックルをサクラコに仕掛ける。
しかし、単調な攻撃をサクラコはすでに見切っていた。
「ちょっとビリッとするぜ」
スタンウィップを振り回し、スライム全員を微弱な電流と共に打ち据える。
「ぎゃ!」
「びりびりっ!」
「いいっ!」
ぼたぼたと地面に落ちていくスライムたち。
「くっ……我が道場もこれまでか……。こんな小娘に……」
「でも、結構かわいい女の子にトドメをさしてもらえて良かったです……」
「あー……ごめんごめん。俺実は道場破りじゃないんだわ。ただスライムの道場って珍しいから来ただけ。変な冗談言ってゴメンな」
サクラコは少し申し訳なさそうにネタばらしをする。
「なにっ!? なんじゃそうだったのか……。ほっ、良かった良かった」
ハチマキをつけた師範らしき少し体の大きなスライムはぷるぷると体を震わせる。
「まったく迷惑な小娘じゃわい。びりびりしたぞ」
「ごめんごめん」
「それで本当にただ珍しくてこんなところまで来たのか? 動きを見た感じただの小娘ではないじゃろう。それにさっきタックルを仕掛けた時、なんというかこう……感触が人間のそれではなかったような……」
「御名答! 流石師範だな。俺もスライムなんだよ。だから来た」
「な、なにっ!?」
「こんなかわいい女の子がスライム!?」
「ダメージをくらっても姿が崩れなかったよな!?」
師範と何人かの弟子は身体をぷるぷる波打たせ驚く。
「しょ、証拠を見せい!」
「えー、スライムの姿を人前で見せるのはあんまり好きじゃねーんだが……。しゃーないか」
サクラコは同族ならばと擬態を解除。
ピンク色の丸い塊に姿を変える。
「ほ、ホントじゃったのか!?」
「すごい!」
「じゃ、元に戻るぜ」
そう言ってサクラコはほぼ一瞬で元のピンク髪の若い女子の姿に変わった。
「は、早い!」
「なんて正確な擬態なんだ!」
「かわいい!」
「どうもどうも。これが俺のアイデンティティだから褒められると嬉しいぜ」
「くっ……小娘名を名乗れ! 所属と経歴もな!」
「俺はサクラコ。もともとは野良モンスターだったが今は魔王パステル様の配下についておるのだ~」
『魔王』というワードを聞いた瞬間、師範と弟子のスライムたちは一層激しく体をぷるぷると震わせた。
「ま、魔王配下のスライム! 道理で強いわけだ……」
「特別擬態が上手いのも納得だ」
弟子たちはサクラコを尊敬のまなざしで見つめる。
「まあこの擬態能力は魔王に出会う前に独自に身に着けたものなんだがな。他にも服を溶かす液体とか出せるぜ。魔王の配下になる前はかわいい女性を脱がせることを生きがいにしてたからなぁ~。あぁ、懐かしき日々」
「なっ!? そんな破廉恥な理由でその能力を身につけたというのか!?」
「そんな理由とは失敬な。エロは偉大な行動力なんだぜ」
「わしは認めんぞっ!」
「認めないも何も俺の場合はそうだったんだって……」
師範は禁欲も修行の一環と言い聞かせていた。
なのでサクラコの様に奔放に生きて強くなっているスライムのことを認めるわけにはいかないのだ。
ただでさえあまり修行の成果が出ていない現状、これでは弟子に示しがつかない。
「しかし師範! サクラコさんはこの道場が掲げる『スライム四真流』のうち『擬態』と『溶解』の二つの能力を極めていると言えます! そして魔王の配下という事は残りの二つ『分裂』と『弾性』ももしかしたら……」
弟子の『スライム四真流』という言葉がサクラコは気になっていた。
「なあなあ、そのスライム四真流ってのはなんなんだ?」
「あっ、説明が遅れましたね。スライム四真流はその名の通り、スライムが本来持つ四つの特性を極め真の力を引き出すことを目標としています。その四つとは……」
弟子の説明はこうだ。
『擬態』――。
不定形の体を生かしあらゆるものへと形を変える能力。
『溶解』――。
スライムは本来食べ物を溶かして吸収する。
それを応用し自己防衛のために敵を溶かして攻撃する能力。
『分裂』――。
スライムの体は切り離しても痛みはない。
さらには切り離した体もある程度コントロールできるとされてる。
その特性を利用し攻撃を避けたり、攻撃を仕掛けたりする能力。
『弾性』――。
ぷるぷるしたボディはスライムの誇り。
弾力を生かして飛んだり跳ねたりする能力。
「ふーん、種族として本来持っている能力を鍛えるか……。なかなか真面目な流派じゃねーか。だからさっきのタックルも俺に効いたってことか?」
「真スライムタックルはただのタックルではないのじゃよ。衝突と同時に内部へ衝撃を加える。原理は説明できんが、これにより本来物理的ダメージを受け流せるスライムにすらダメージを与えることが出来るのじゃ」
「へー! すごいじゃんか師範さんよ!」
「そ、それほどでもないわい! ただ他の種族と戦うことなくスライム同士で修行に明け暮れた結果そういうことが出来るようになったのじゃ!」
「それでもすごいさ。タックルはスライムの弾性を利用して特殊な衝撃を与えているんだな。俺は擬態と溶解に関しては一つの極みに到達している。あとはその弾性と分裂か……」
サクラコはその場で何度かジャンプする。
その際に柔らかく作ってある胸がたゆんたゆんと揺れる。
それを見た弟子たちは色めきたつ。
「弾性は俺もまあまあ普段から使ってる。移動にも便利だし人間の体の質感を再現するにも必要だ。問題は分裂だな。確かに斬撃を受けた時くらいしか分裂してた記憶がない。そもそも人間になっている時間が長いせいで体を切り離すとか、切り離した体を動かすなんて事に違和感を覚えるようになっちまった。どうしたもんかねぇ……」
『スライム四真流』を疑わず真剣に受け止めるサクラコに弟子だけではなく師範もまた何か熱いものを感じた。
スライムの特性を鍛え上げ多少歪んだ性欲混じりとはいえ他種族と対等に渡り合い、魔王の配下となるまで成長してるサクラコは師範にとっても尊敬できる存在なのだ。
「師範……彼女ならばあのスライムの秘宝に認められるのではないでしょうか?」
「う、うむ……しかし、あれは我が道場の若者たちに……」
「僕らは全員試しましたが無理だったでしょう? きっと秘宝は彼女のようなスライムのためにあるんです」
「おいおい、秘宝とか気になること聞こえるところで言われるともう無視できないぜ。見せてくれよ」
師範はしぶしぶ、内心少し期待しながらある木箱を引っ張り出してきた。
その中にあったのはちょこんと頭に乗っかるサイズの小さな金の王冠だった。
「秘宝って言うから古臭い物を想像してたが、これはなかなかオシャレなアイテムじゃないか」
サクラコはそう言うと間髪入れず王冠を掴みとり頭に乗せた。
多少無礼とはわかっていても、結局悩んだところで後々試してみる流れになるのだ。
だからこそ彼はすぐに試した。ダメならダメですぐに次の話に移れる。
「あっ……サクラコさんの体が金色に!?」
「ぬおおおっ!? 金色の王冠が奴を正当なる持ち主と認めおった!!」
「あ、あれ……本当に? なんかできちゃった……?」
サクラコの金色の発光は数分間続いた。
「で、俺どうなったんだ?」
「ステータスを見てみい。伝説のゴールドスライムの誕生じゃ」
「おめでとうございますサクラコさん!」
弟子たちは心底嬉しそうに、師範も少しウキウキして体をぷるぷる震わせている。
そして、ステータスを見たサクラコも体を震わせていた。わなわなと怒りで。
「おい! これはどういう事だよ! ゴールドスライムって!」
「そのまんま金色のスライムじゃ。世界に一人いれば良い方の伝説的スライム。一時的に誇り高きぷるぷるを捨てることになるとはいえ、体を金属のように硬質化させることも出来るし、純粋に魔力量も増大してるはずじゃぞ。お主は擬態能力のおかげでずっと金色というわけでもない。喜ぶことはあっても怒ることはないはずじゃ」
「スケベじゃなくなってるんだよ!」
「いや、性格までは直せんぞ。伝説のゴールドスライムでもじゃ」
「じゃなくて! ステータスの種族欄だよ! スケベスライムからただのゴールドスライムになっちまってる……」
「いいじゃないですか。スケベスライムってなんかカッコ悪いですし、サクラコさんから性欲が失われたわけじゃないんでしょう? デメリットないですよ」
「そうだけど……なんか……俺が俺じゃなくなってる気がして……。なんか嫌なんだよー!」
ワケがわからないと顔を見合わせるスライムたち。
しかし、サクラコにとってはこのスケベ心が全ての生みの親だ。
人格を生み、能力を生み、出会いを生んだ。
それが目に見えて無くなるとなんだか気分が良くないのだ。
人は『心にぽっかり穴が開いた』とたまに言う。
心なんてそもそも形として存在するのかわからないのに穴が開いたかどうかわかるのか、と疑問に思う事もある。
ただ今のサクラコの心には穴が開いていた。
「うーん……ショックぅ……」
「どうします? この人すごいスライムですけど、やっぱちょっとおかしいですね」
「ああ、それは間違いない。しかし、この本能が暴走するような情熱が強さの秘訣かもしれんのう……」
「鍛えなおすか……」
「へっ?」
「へっ?」
サクラコがポツリとつぶやく。
「きっとこれは俺のスケベ力より秘宝の力が強かったせいで上書きされたんだ。だったら鍛える! スケベ溶解毒を一歩先の段階へ! 師範、これからたまに道場借りるかもしれねーしよろしくな!」
「お、おう……」
「よっしゃー! エンデも強くなって帰って来るだろうから、俺も負けないくらい強くなっとかないとな! じゃないといざという時エンデを守ってやれないぜ!」
熱意を取り戻したサクラコの体はキラキラと輝く。
そのオーラ、存在感、まぎれもなく伝説のゴールドスライムである。
(もしかしてワシ……なんかヤバい奴に力をやってしまったか? 初対面のスライムに秘宝をやるというのも正直熱に浮かされた様な行動じゃわい……。でもまあ、問題ないじゃろう!)
師範はニッコリと笑う。
(秘宝を見せたのはこちらの落ち度とはいえ、使っても礼を言わないどころかまるで厄介な物を押し付けられたみたいにこっちを見て怒るような奴は後にも先にもこいつくらいじゃろ! 大物スライムじゃ! なんかこいつにやって良かったという気持ちになってきたわい! ホホホ!)
師範はサクラコの熱に当てられてのぼせていた。
「おうおう小娘! どうせならスライム四真流も極めておくのじゃ! きっとお主の仲間を守る手助けになるぞ!」
「よっしゃ! 教えてくれよ師範!」
こうして新たな弟子を加えたスライム道場は以前よりずっと騒がしくなった。
また遅れてすいません!
サクラコはよく喋ってくれるのでお話が回しやすいです。
そして増える文字数……。




