第10話 メイドなサキュバスの休日
(はて、急に今日はお休みと言われましてもどうしたらいいのでしょうか……)
エンデが霊山カバリに旅立ってから数日後、メイリはパステルから『休み』を貰っていた。
いつも自分のために働いてくれているメイリへの感謝の気持ちとパステルは説明したが、メイリからすれば日常と化していた仕事を失って落ち着いてもいられない状況だった。
とりあえずギルギスの工房から離れて町中をふらふらしていたが、目的もなく町を歩いていると不審者と間違われるのではないかと思い、今は人通りの少ない道のベンチに座り込んでいた。
(エンデ様がいない今こそ私はパステル様をお守りしなくてはならないのにどうして休みを……)
ぼーっと開いている店の少ない通りを眺めてメイリは思い悩む。
(やはりパステル様にお願いして休みを取り消してもらうべき……。でも、パステル様のお気持ちを考えるとそれも申し訳ない……。しかし、ここにずっと座っているというのも……)
さんざん悩んだ末、メイリは『本屋に行こう』という答えを出した。
元から読書が好きな彼女。多くの種族が住むロットポリスならば珍しい本もたくさんあるだろうという考えだ。
棚を眺めているだけでも時間を潰せるし、買ってまたベンチに座って読んでもいい。
(我ながら名案。なぜもっと早くに思いつかなかったのでしょう)
スクッとベンチから立ち上がったメイリの表情は普段通りのキリッとしたものに戻っていた。
「あ、もう大丈夫? さっきから苦しそうな顔してたから心配してたのよ」
「はっ!?」
メイリは気付いていなかった。途中から誰かが隣に座っていたことに。
「どちら様で……」
「ええっ!? もしかして気づいてなかったの!?」
頭に生えた小さな黒い翼をピンと伸ばし女性は驚く。
「まあいいわ。それだけ悩んでたってことね。でもこんなところに一人で座り込んでたらスカウトされちゃうわよ。あなた美人だから」
「スカウト?」
「ここら辺は夜のお店が集まる通りなのよ」
「ああ、だから日が高いうちは閉まっているのですね。さびれているわけではなく」
「そういうこと。ねえ、あなた暇そうだし私とお茶でもどう? この町に住んでる子じゃないよね? お話聞かせてほしいな」
女性の提案にメイリは一瞬悩んだがこれも何かの縁と思い、予定を変更しついて行くことにした。
フェナメトの修理完了の目処はまだたたない。お休みはまたあるかもしれないので本屋は今度に持ち越しだ。
「あまり怪しい所に連れていかれるようでしたら……」
「大丈夫大丈夫! 大通りの喫茶店だから!」
女性の言葉は本当で二人はそこそこ流行っていそうな喫茶店に入った。
店内は落ち着いた内装だがシンと静まり返っているわけでもなく、気楽なおしゃべりがテーブルごとに行われいている。
二人は窓際の席に座りとりあえず飲み物を注文した。
「なんでも食べていいのよ。私から誘ったんだからおごるわ。小食そうだし」
「……ええ」
大食いの自覚があるメイリは彼女に自分の食欲を満たすだけの経済力は無いと悟った。
それでも一応メニューには再度目を通し、最低限食べたい物の目星はつけておいた。
「そういえば名前すら言ってなかったわね。私はルミ、種族は淫魔。さっきの通りにあるお店で働いてるの。良かったら来てね、女性も歓迎するわよ」
「私はメイリと言います。種族は母淫魔です」
「うっそマジ!? あなたもサキュバスだったの!? それも私より上位種族じゃない! いやぁ、清純そうだから全然気づかなかったわ~。実は相当経験してるってことよね~」
「いえ、私には少々他の方と違う事情がありまして……」
メイリは自分の出生のことや魔界、魔王パステルのことを軽くルミに説明する。
「ひえ~難しい話ねぇ、私にはよくわからないわ。でも、あなた魔王の配下ってことよね? すごいなぁ~、魔王様お付のメイドとか毎日ナニをやらされているのか……」
「掃除、炊事、洗濯が主な仕事です。お出かけの際は護衛もします」
「……なにそれ、やってることお母さんじゃないの」
「母のような愛で魔王であるパステル様を守るために私は生み出されました」
「ふ~ん、それでその魔王パステル様ってどんな人なの? カッコいい?」
「パステル様は女性です」
「じゃあ、可愛い?」
「それはもうこの世でパステル様以上に可憐なものは存在しないと断言しても構わないほどです」
「言うね~。会ってみたくなるじゃないの。でも女として自信なくしそうだから悩むわねぇ」
ルミは腕を組んでわざとらしく悩む。
「あっ、そういえばさ。なんであんなにメイリは悩んでたわけ? 良ければ聞かせてくれない?」
「それは……ですね」
メイリもルミの仕草に釣られたのか、腕を組んでしばし悩む。
その後、『彼女にならば』と思い事情を説明した。
「休みの日に何をしたらいいのかわからなかった……ね」
「私は結局パステル様や他の皆様あっての存在。一人になると本を読むくらいしかすることがありませんので……。私はまだまだ中身のない存在なのです」
「いや、そんなことはないと思うわよ。メイリにはちゃんと中身が詰まってる。それこそはちきれんばかりに膨らんでるあなたの胸ぐらいに」
ルミはツンツンとメイリの胸をつつく。
ルミもサキュバスだけあってそれなりに大きいがメイリの方が一回り大きい。
「私なんて本は数行で飽きて読まなくなっちゃうもんね。掃除、炊事、洗濯も最低限しか出来ないし。それに休みの日の過ごし方なんてみんな気分次第よ。ベンチに座り込んでた名前も知らない女の子をナンパしてお茶するなんて昨日から計画してたわけじゃないし」
ミルク多めのコーヒーをグイッと飲み干すルミ。
「深く考えすぎよね。本屋に行って本を買って帰って読む。普通の休日よ。大切な人から貰った休みだからって特別にする必要はないわ。休みを与えた魔王様が特別なことをしないとオシオキ! なんて言ってたら話は別だけど」
「パステル様はそのようなことは言いません」
「ここまでの話からしてそれはわかってる。もしもの話よ。あとサキュバスというのはそもそも他者ありきの種族なの。だって魅了することが特徴という事は、魅了される誰かがいなければ成り立たないわよね? だからメイリが他の人といる時が一番自分でいられる、自分の存在を強く感じられるというのは普通よね。普通なのよ。『自分は~』なんて悩む必要なんてないわ」
「そう……ですか」
「でも、メイリには普通じゃないところもいくつかあるわ。それは家事を器用にこなせたり、魔法がたくさん使えたり、いつでも主である魔王様のことを気遣っていたり……ね。あと顔が良くておっぱいが特別大きいとかもあるわよ」
「……ありがとうございます。なんだかルミ様と出会えて少し体が軽くなった気がします」
「私も普通じゃ聞けない話をたくさん聞けて最高に楽しい休日になったわ。ありがとうメイリ」
ルミはニッコリと笑う。
口角が上がり過ぎているせいか少し下品に見える笑みだ。
「ねえ、ついでに一つ聞きたいんだけど」
笑顔を保ったままルミが言う。
「母淫魔ってさ、母の淫魔じゃない? という事はつまり……アレとか出るの? その……ぶっちゃけ母乳だけど」
「それは……」
メイリはその答えを声に出して言うのを少しためらい、視線をルミから窓の外に逃がした。
「……!」
その瞬間、窓の外から店内を覗き込む者と目があった。
あんまり堂々と自分のことを見ているので、メイリは驚いてその者から目が離せなくなってしまった。
「んー? うわっ!?」
メイリの不可解な反応を見てルミも窓の外を見る。
「あれってアイラ様じゃないの!? 四天王の! な、なんでこっち見てるのかな? 私たち何か悪いことでもしちゃったかしら……? もしかしてセクハラ? 母乳が出るかどうか聞くのはセクハラだった?」
「人によっては間違いなくセクハラでしょう。私は構いませんが。ただ、アイラ様がこちらを覗き込んでいる理由はおそらく私がここにいるからだと思います」
「やっぱり魔王の関係者は監視されてるってこと?」
「まあ、それもあると思いますが今回は……」
割と好意に鈍感なメイリでもアイラが自分のことを気に入っているのは反応でわかっていた。
アイラは町のパトロールの際に自分を見つけ、声をかけるか迷った末にかけてもらえるのを待つという作戦をとったのだとメイリは予想した。
「ここに呼んであげてもよろしいでしょうか?」
目と目があった後どうするのかアイラ自身も考えていなかったのか、彼女は硬直してしまっている。
未然に事件を防ぎ、町の安全を守る将軍もこういう時は受け身なのだ。
「う、うん。私は良いけど四天王がこんな喫茶店に……」
わけがわからなくて困惑するルミをよそにメイリはアイラを手招きする。
するとアイラはパァッと明るい笑顔を作り、駆け足で店内に入ってきた。
急に現れた四天王に店内はざわつき始める。
「ごきげんようメイリ。それでその……偶然だなぁ、こんなところで会えるなんて」
「私も驚きました。本当に偶然ですね」
アイラが見つけてもらえるまで待っていたのは明白だが、メイリはそこには触れない。
「それで……そちらの女性は……」
「あっ、私ルミと言います。ここに住んでるサキュバスです。お会いできて光栄ですアイラ様!」
ルミは先ほどまでのラフな口調から彼女なりの丁寧な言葉使いに変わる。
それだけ四天王という存在は町の住民から支持されているのだ。
「ワシもあえて嬉しいよルミ。その屈託ない笑顔が素敵だ。……どこのお店の子かな?」
「やだアイラ様ったらまだお日様が高いのに! ……名刺をお渡ししておきます」
「これはこれはどうも……。それで二人は何の話をしていたのかな? もしかしてメイリもこのお店で……? やっぱりアレの修理は金がかかって、やむなく体を……」
「いえ、ただ偶然出会ってお茶に誘われただけです。アイラ様と一緒です」
「そ、そうか! そりゃそうだな! ハハハ……」
アイラは残念がると思いきやホッと胸をなでおろしていた。
「それでアイラ様、お仕事はどうされましたか? 町のパトロールの途中なのでしたらこんなところにいてはいけないのでは?」
メイリは少しだけ険しい顔でアイラを見る。
「あっ、へへっ……実はパトロールじゃなくて事務仕事をやる予定だったんだ。でもワシはどうもジッとしてする仕事が苦手でな。こうして人々をワシの目で直接見て安全を確認していく方がずっと好きなんだ。それに事務仕事は今日中にやればいいしな。まだ空は明るいし大丈夫大丈夫」
メイリとルミは『これは今日中に終わらないな』と思った。
「それで二人はどんな話をしていたんだ? よければワシにも聞かせてくれ」
二人は簡単にこれまでの話をまとめて話す。
休日の過ごし方について、メイリの出生、彼女の仕事や出来ること……。
その中でアイラが食いついたのは、意外にもスキルに関することだった。
「ほー、メイリは三つも魔術スキルを持っているんだな。そして、その中では風魔術が最も弱いと?」
「はい、まだただの風魔術なんです。火と水はそれぞれ一段階進化しているのですが」
「そうだなぁ~。そもそも三つ使えて二つは二段階目に入っているというだけでも十分だが、風は便利だものなぁ~。攻撃はもちろん防御的な用途においては火や水を大きく上回る力を発揮する。魔王様を守るべきメイドのメイリとしては得意にしておきたい魔術だな~」
腕を組んでわざとらしく『うんうん』とうなずくアイラ。
「そこでだ。もしこれから二人に予定が無ければの話なんだが……ワシが風魔術のコツを教えてあげようか? 実はワシは嵐魔術という風魔術の上位スキルを習得している。練りに練ったデートプランや巧みな話術でメイリを楽しませる自信はないが、こと戦闘に関してならばメイリに有意義な時間を提供できる自信がある。どうだろう?」
少し恥らいながらもその力強い目でメイリを見据えて放たれた言葉。
メイリに断る理由はなかった。
「ありがとうございます。ぜひ私に魔術の極意をご教授ください」
「よし、任せときな! こっちから言い出したんだ。絶対強くするぞ!」
アイラは心の中でガッツポーズを作った。
(洒落たことは何も出来ないけど、戦いに関しては確かな自信がある! メイリに尊敬してもらえるように頑張らないとな!)
そんな決意を固める四天王。
その真意がよくわからないルミはポカンと口を開けていた。
「それでルミ様はどうしますか?」
「あっ、私? お、お邪魔なんじゃないかなぁ……」
「そんなことはない。ルミも一緒に来てくれると私もうれしい」
将軍アイラ、メイリと二人きりにはこだわらない。
そもそもルミが先にメイリと楽しんでいたのだから、それに割って入ってルミを排除し自分だけ楽しむという思考はアイラにはなかった。
それに女の子は多い方が彼女的にも気分が良い。
「じゃ、じゃあ少しお邪魔させてもらいます。私も魔術の一つくらい習得しておかないとね。だってサキュバスって結構なランクの種族だし。というか、生まれてから何も魔術に目覚めない私が特別おかしいのかな?」
「そんなことはありませんよ。パステル様含め我々魔王一行は私以外誰も魔術が使えませんから」
「……ま、魔王ってなんなのかしらねぇ」
「しかし、皆様それぞれ個性的な力を持っています。少し私も憧れているんです。自分らしい力に」
三人は注文した物はしっかり味わってから喫茶店を出た。
向かうは『ロットポリス・ビルディング』。そこには兵士たちの使う訓練場があった。
(将軍様に連れられて魔術の訓練……普通の休日とは呼べなくなりましたね。でも、なんだか楽しい。町に出て良かった。私はパステル様を守るメイド。平穏な休日を一日与えられたのならば、その何倍もの日数パステル様に平穏な日常を提供するために私は強くなります)
メイリは魔王お付のメイドとして決意を新たにした。
目指すは風魔術の強化、そして自分だけの個性的な力を手に入れること。
更新遅れてすいません!
珍しいメイリの話。みんな新たな力を手に入れるために動き始めます。
次回はサクラコのお話になりそうです。




