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第08話 猫の目

「へー、メイリさんって辛いものが好きなんですね。ちょっと意外です」


「最近好きになったんです。旅行で訪れた砂漠の町にいいお店があって……」


 メイリとその肩に乗ったフィルフィーはもうずいぶんと打ち解けている。

 非常に微笑ましい光景だが、今はそれに見惚れているわけにもいかないようだ。

 朝の市場は当然人でごった返していて、油断するとぶつかっていらぬ争いが起こるかもしれない。

 俺たちは人と人の間をすり抜けて進む。


「で、親方の好きな物って何なのかな?」


「んーと、親方ってあんまり食べ物にこだわりないんですよねぇ……。ただ、野菜は嫌いなものが多いんであんまりたくさん入ってると食べてくれないですね。あっ、そうそう甘い物は結構好きみたいなんです。恥ずかしいのか認めてはくれませんけど」


 うーん、甘い物か。朝ごはんにはならないなぁ。

 野菜が好きじゃないとなるとお肉とか? 朝から重いかなぁ……。


「それならば玉子料理などはどうでしょう。ベーコンにパンや果物をつければ十分朝ごはんになるかと」


「あ! それ良いですねメイリさん! オシャレなブレックファーストって感じで親方は困惑しそうですけど嫌いではないのできっと食べてくれると思います! それに私も果物を食べたい気分なんですよねぇ。果物一個丸々は私の体には大きすぎて食べきれないんですよ。だから今まで親方が一緒に食べてくれない変わった果物は諦めるしかなかったんです。でも、今日はたくさん食べてくれる人がいるので安心です!」


 メイリの肩の上でパタパタ足を揺らすフィルフィー。上機嫌だ。


「じゃあ、八百屋さんに行こうか。一言に八百屋さんと言ってもたくさんあるけど……」


「私がいっつも眺めるだけで諦めてた果物専門店があるんです! そこに行きましょう!」


 フィルフィーの指差す方へ歩き出そうとしたその時……。


「ニャー」


「あ……?」


 猫だ。クリーム色の毛をした猫が俺の足に体を擦りつけている。


「市場に猫とはな。嫌われていそうなものだがこいつは結構毛並が良いし、肥えている方だ。怪我もない。商品を盗んだりはしない行儀の良い猫なのだろう」


 パステルがしゃがみ込んで猫の体を撫でる。

 人に慣れているのか逃げるどころか気持ちよさそうにごろごろ喉を鳴らしている。


「動物ってのは本能的に危険な物を感じ取るって聞くが、エンデにもすり寄ってくるんだな」


 サクラコがにやけ顔で言う。


「まあ俺は危険かもしれないけど、心は優しいからね」


 自分で言うとなんだか気恥ずかしい。


「それにしてもこいつは人に慣れ過ぎておるな。初対面の者に抱えられても真顔とは」


 パステルに遊ばれている猫は特に嫌がる素振りもなく丸い目で一点を見つめている。

 猫って表情があるからかわいいよなぁ。


「パステル様、あまり人ごみの中で立ち止まっては迷惑に……」


 メイリの言葉はそこで途切れる。

 俺も今気づいたが、市場を歩く人の流れが止まっている。

 人がいなくなったというわけではなく、足を止めているのだ。


「すいません、何かあったんですかね?」


 俺は近くにいた人に話しかける。


「ああ、揉め事らしいよ。財布を盗んだとか盗んでないとか……。この人ごみじゃせこい盗人もいるし、普通に落としたというのも考えられる。本人同士の話し合いじゃ決着つかないだろうなぁ」


「こういうことよくあるんですか?」


「まあまあね。いくらこの町が治安の良い町と言っても、人がたくさん集まるとどうしてもこういう事が起こる。最近は周辺の集落から人が流れ込んできてるからこういう事も増えているかな。今揉めてるのも今まで市場で見なかった顔だし新参者だろう」


「へー……ありがとうございます」


 他から流れ込んできた人か……。

 それだけロットポリスは魅力的なのか、それとももともと住んでいた土地を捨てざるを得なくなったのか。

 どちらにしろ騒ぎが収まってくれないと前に進めないんだけど、同じく新参者の俺が割って入るとさらにややこしくなりそうな感じもするなぁ。


「騒ぎが大きくなるようならすぐ衛兵が来るだろう。こちらも焦るような用事ではない。少し待つとしようぞ。おーよしよし、ふふふっ」


 猫と戯れながらパステルが言う。

 彼女がそんなに動物が好きだとは知らなかった。また新たな一面が見れた。


「きゃああああああ!!」


 なんてことを思っていたら前方から悲鳴が上がり始めた。

 熱くなって武器でも持ち出し始めたか?

 こうなったらやっぱり戦える奴が止めるべきか……。


「シャアアアッ!!」


「うわっ!? どうしたのだ!?」


 俺がどうすべきか迷っているとパステルと遊んでいた猫が急に毛を逆立てて怒りだした。

 でも、パステルに対して怒っているのではない。

 前方から上がる悲鳴と怒声の発生源にその丸い目を向けている。


「ニャアッ!!」


 猫は駆けだす。騒ぎが起こっている方へ。


「そっちは危ないぞ!」


 パステルもネコを追う。

 しかし、逆方向へ逃げ出し始めた人の波に押されてなかなか前に進めない。


「パステルも危ないよ!」

「む、むう……」


 俺はパステルの前に立ち人ごみに逆らって進む。


「ニャアアアアアアッ!!」

「うわああああああ!!」


 猫が喧嘩してる時に出す甲高い鳴き声と人間の悲鳴が混じる。

 なにが起こっているんだ一体……。


「うう……無事だといいのだが……猫……」


 人ごみを抜け視界が開けた。

 目の前に広がっていた光景は俺とパステルの予想を大きく外れたものだった。


「にゃ~」

「にゃ!」

「……シャァ!」


 無数の猫たちがおそらく揉めていたであろう男二人の上に乗っかっている。

 二人は地面にうつ伏せに寝かされていて、まるで猫たちに鎮圧されたかのように見える。


「なんだこれは……。でも、無事で良かったぞ」


 パステルと遊んでいた猫がまたすり寄ってきた。

 先ほどの怒りはどこへやら、ごろごろと喉を鳴らし彼女の脚に体を擦りつける。


「どうして急に駆けだしてしまったのだ~?」


 猫なで声で猫に話しかけるパステル。


「それは彼らがこの町の治安を守る兵士だからですよ」


 偉く渋い声が響いた。

 猫が喋った……ワケではないな。


「あなたは?」


 彼が現れた途端、男二人に乗っかっていた猫たちが一斉に彼の下へ集まっていく。


「ライオット・オネールと申します」


 鍛え上げられた巨体、立派なたてがみ、ライオンの特徴を持つ獣人といったところだろうか。

 そのいかつい見た目とは裏腹に口調は穏やかで声は低くとも優しい印象を受ける。


「こんななりですが一応ロットポリス四天王なんて呼ばれています」


 彼もアイラと同じ四天王か!

 割とイメージ通りだ。彼は『こんななり』なんて言うけど、その立派な立ち姿はまさしく王と呼ぶにふさわしいと思うけど……。


「初めまして、僕はエンデというものです。『こんな』なんてご謙遜を。見た瞬間四天王かと思うほど立派な立ち姿じゃありませんか。それにライオンというのも王にぴったりで……」

「猫です」


「……は?」

「私は猫の獣人です」


「あ、ライオンも猫だから……」

「純粋に猫です」


「……はい、すいません」


 これ以上はやめよう。彼は猫なんだ。

 頬に生えたヒゲがひくひくと動く。


「それで猫の四天王よ。このかわいい猫たちが兵士とはどういうことだ?」


 パステルがまだ自分にすりすりしてくる猫を抱え上げながら尋ねる。


「あ、別に戦いの道具にしているというわけではないのですよ。今回の様にちょっとした揉め事なら止めてもらうことがありますけどね。本当の仕事は警備または監視です。私は猫たちにお仕事をお願いすることが出来るんです。そして、得た情報を受け取ることも出来ます」


「猫に仕事を……? それに情報を受け取るとな?」


「はい、そういうスキルを持っているのです。猫たちには町を自由に歩き回ってもらって情報を集めてもらったり、特定の人物を監視してもらったりといろいろやってもらってます。狭いところでもすいすい進んで隠れるのも得意。そのうえ夜目もきく。町の治安を守るのに一役買ってもらっているのです」


「ふむ、そういうことか。この子が私に懐いているように見えるのは私もまた監視対象だからということか」


 パステルは抱えた猫を見つめる。

 猫自身は何もわかっていない様な顔をしている。


「ははっ、それは……どうでしょうかね。全員が全員ちゃんという事を聞く子ではありませんので、その子は本当にただあなたを気に入って寄ってきているだけかもしれませんよ、魔王パステル様」


 俺と違ってパステルは名乗っていないのに名を知っているか。

 四天王間でパステルの情報は共有されているようだ。


「ところであなた達はこれからお買い物ですか? ここであったのも何かの縁、荷物持ちでも手伝いますよ。久しぶりにギルギスさんにも会いたいのでね。あとエンデさんにもお話があります」


「えっ、俺に?」


 ギルギスの親方はかつて四天王に選ばれるかもしれなかったと聞いていたから知り合いなのだろう。

 でも、俺に話とは……?


「はい。ここで話すことではないので工房に帰ってからということでお願いします」


「は、はあ……」


 すっごい気になるんですけど……。

 とはいえ、人前でこの立派な体躯を持つ四天王を問い詰めようとは思わない。

 大人しく俺たちは買い物に戻った。


 ライオットが工房まで来るということでフィルフィーは張り切って買い物をした。

 結果的に俺とライオットは本当に荷物持ちの仕事をさせられるとになった。


「ははは! なかなかエンデさんも力持ちですね。流石はSランクと言ったところですかな?」


「ま、まあそうですね。それもあまり外で言う事ではないと思いますが……」


「これは失礼!」


 なんだか上機嫌なライオット。

 揉め事が収まったので人の流れは滞りなく進んでいる。

 それに市場から少し離れたところまで来たので人自体が少なくなっている。

 ここなら聞けるだろうか、俺への話を。


「ライオットさん、工房までまだ距離がありますし少しだけ俺への話ってなんなのか教えてくれませんか? ダメならダメでいいんで」


「……」


 ライオットの笑顔が引き締まり、真顔になる。

 ライオンのような威厳のある顔つきに俺はまずいことを聞いたと後悔した。


「いいですよ」


 あ、問題なかった。


「エンデさんは……霊山『カバリ』を知っていますか? このロットポリス周辺では最も巨大な山です」


「山……ですか。すいません、ここら辺の地理には詳しくなくて……というか人間界の地理にあまり詳しくなくて、ちょっと存じ上げないです」


「遠くの町から来たのでしたね。カバリはその全体が霧に覆われた謎多き霊山です。私も含め四天王すらその山の内部をほとんど知りません」


「へー、霊山というくらいですからやっぱり入っていはいけないという古のルールとかがあって調査が進まないんですか?」


「そういう伝承も残っていますが、それよりも問題はあの山の霧が毒だという事です」


 『毒』という言葉を聞いたとき、俺はなんとなく彼が俺に頼もうとしてる事を察した。


「死にはしませんが、中毒性のある毒物でしてね……。半端な耐性スキルなどお構いなしに体を蝕み、毒を吸い続けていないと精神を保てない体にされてしまうのです。これのせいで山の調査は進みません」


「……」


「この毒はなぜか山の外へは流れ出ません。なので放っておけばいいのではないか……という意見もあるのですが、霊山に入ろうとする者は後を絶たないのです。この毒も吸い続けていれば精神は正常。戻れなくとも中の探索自体は可能なので」


「……なぜ戻れないという覚悟をしてまで霊山に入る人がいるんですか?」


「戻ってくるつもりはあるのですよ。この毒の発生源であるとされる竜の力を得て、毒を持って毒を制して……」


 前を見て歩いていたライオットが立ち止まり俺の目を見据える。


「エンデさんは精霊竜というものをご存知ですか?」

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