第07話 技師と古代兵器
昨晩はフィルフィーとディナーで盛り上がった。
彼女は酒もたしなむので終盤にはかなり酔っていて、少々趣味が良いとは言えないねっとりとした絡み方をしてきた。
そんなフィルフィーも体力の限界で机に突っ伏して寝てしまったパステルを見て食事会のお開きを宣言。
メイリとサクラコはパステルを連れホテルへ。
俺はフィルフィーをギルギスの工房に送り届けることに。
道中彼女は『絶対あんたら付き合ってるって! 恋人というより夫婦よねぇ! 私間違ってないもーん!』などど呂律の回っていない舌で叫んでいた。
が、そんな彼女も工房に着くころにはうとうとしていて、最後には『送ってくれてありがとうございました』と言っていた。
その後、夜も遅いので俺もホテルへ一直線で帰った。
町は街灯で明るく、地図も多く設置されているので迷うことはない。
ホテルの部屋ではメイリがまだ起きていたが他はもう寝ていた。
俺もベッドに寝転ぶと疲労からすぐに眠りに落ちる。
そして翌朝……目覚めたのは昼前だった。
「うん……ぐぅ……よく寝過ぎた……」
しかし、体には寝過ぎたとき特有のだるさが無い。
正しい睡眠時間だったのだろう。
「おはようございますエンデ様」
俺より後に寝たはずのメイリは先に起きていた。
「メイリも寝たかったら寝てていいんだよ。別に無理して俺たちより早く起きる必要はないんだからね」
「お気遣いありがとうございます。私は大丈夫です。いつも通りの時間しっかり眠らせていただいてます」
「まあ、今日は俺たちが寝過ぎかな……」
パステルとサクラコはまだ寝ている。
二人とも寝顔が可愛いので起こす気にはなかなかならない。
にしても相変わらず意識が無くても継続するサクラコの擬態はすごいなぁ。
「今日の予定はギルギス様の工房に向かい、フェナメト様の修理の進捗や見通しを聞く以外予定はありません。本来ならば早めに工房へ向かうのが礼儀なのかもしれませんが、ギルギス様のことなのであまり早くいっても問題になるかと」
フィルフィー曰く、朝方までは人の話も聞かないらしい。
ならばある程度熱中している作業が終わったと言える昼ごろに行くのが一番良いか。
「よし、早めに朝食……じゃなくてもう昼食か。それを食べて工房に向かおう」
「では、パステル様とサクラコはもう起こさないといけませんね」
「まあ、かわいそうだけどそうなるね」
「かわいそうだからと言って起こさないといつまでも寝ていらっしゃる時がありますから、これも必要なことなのです」
メイリは初めは優しく、徐々に激しく体をゆすり二人を起こしていく。
● ● ●
「さて、普通に入っていっていいものかな?」
身支度を整え、軽い食事を終えた俺たちはギルギスの工房の前まで来ていた。
いま中がどうなっているかは計り知れない。
依頼者としては技師の集中を乱したくないし、昨日みたいにフィルフィーが出てきてくれると良いんだけど……。
「良かったな。また来てくれたぞ」
今日は作業用ロボット『マッシブ』に乗らず、そのままの姿で工房から現れたフィルフィー。なんだか眠たそうだ。
「おはようフィルフィー。なんだか調子よくなさそうだね」
「あっ、みなさんおはようございます。すいません、さっき起きたばかりなんです……。昨日羽目を外し過ぎました……」
「俺たちもそんな感じさ。パステルとサクラコは起こされたから起きた感じだし」
「わ、私はもうすぐ自分で起きるつもりだったのだぞ!」
「俺は寝たりないね。正直に言うと」
「あはは! 楽しそうでいいですね、みなさんはいつも!」
フィルフィーはいつもの笑顔をのぞかせた。
「話は変わるけど、親方さんどうだった?」
「ああ、昨日の夜私が帰ってきた段階では起きてましたよ。そして今も起きてます」
「ええっ!? 今も!?」
「いやぁ、夜中から次の日のお昼ごろまで起きてるなんて相当今回の仕事に興味があるみたいですね!」
興味を持ってもらえるのはありがたいのだが、それで体調を崩されても困るぞ……。
「今は……工房の中に入っても良いのかな?」
「はい、親方も流石に集中が切れてきてちょうどお話しできるタイミングになってると思います。というか、ここでお話ししないと眠った後、また集中状態に入ってしまいますよ。本当にナイスタイミングで来てくれました。ささ、どうぞどうぞ」
フィルフィーの案内で遠慮せずに工房内に入る。
「ああ、兄ちゃんたちか。ちょうど今ひと段落ついたところだ」
ギルギスは徹夜でやつれているかと思いきや、むしろエネルギーにあふれ若返っているのではないかと思う様な顔つきだった。
傍らの作業台にはフェナメトが寝かされている。
「とりあえず各部をチェックして汚れは取れるだけ取った。こんな単純なことでも少しは本来の性能に近づいたと思うぜ」
「みんなおはよー。朝起きたらなんかすっごくスッキリした感じになってたよ」
「いつも通り会話できるだろ? この通り頭の中には触れてない。流石にこの高度な人格を要するパーツは安易にいじれねぇ。人格が消えたら人殺しと一緒だからな」
やはり彼はわかっている男だ。
「すいません。何から何まで任せてしまって。本当なら頭を弄らないで欲しいとか、いろいろ僕ら側で言っておくことなのに」
「兄ちゃんたちもよくわかっていないんだろう? 古代の技術のことはな。俺にもすべてはわからんが、兄ちゃんたちよりかは通じる知識がある。そこんところは心配しなくても理解してる」
「ギルギスさんに任せて本当に良かったです。他の方は興味を持ってはくれましたが、よくわからないからか依頼を受けてはくれなくて……」
「……きっと依頼を受けなかったのはよくわからないからだけじゃないぜ。技師としてよくわからないからこそ調べてみたいはずだからな。ただ、依頼として受けてしまうとプロとしてそれを達成しなければいけなくなる。古代兵器の修理だ。どれくらいの期間、どれくらいの費用がかかるのか計算できない」
ギルギスはヒゲのない顎に手を当てながら言う。
「優秀な奴には他の仕事もたくさんあるし、食わしていかないといけない家族や弟子もいる。そっちの仕事に大きく影響するからな、これは。技師としての好奇心をぐっと我慢して依頼を断ったんだと思う。それはわかってやってほしい」
そうか……ドワーフの技師たちは自分が守っていく存在の為に依頼を断ったのか。
言われなければそんな考えにはならなかったな……。
「まあ、俺みたいな不真面目な奴がノリで修理をし始めるのを見たら、そりゃこの依頼を受けるハードルが低いと勘違いしても仕方ない。俺が全部悪いみたいなもんだ。それに本当に自信がなくて断った奴もいるだろうしな! 半分くらい! 気にしなくていいぜ! 俺の言葉なんてな」
ギルギスは少し照れくさそうな表情を見せた。
「いえ、僕の視野が狭かったんです。ギルギスさんに言ってもらえて良かった」
「そ、そうか? なんか申し訳ないな……お客を門前払いしようとした奴が説教まがいのことをするなんて……」
「確かに断るにしてももっとお客さんには愛想よくすべきですね。これでおあいこです」
初めは変な人だなぁとしか思っていなかったけど、仕事っぷりや他の技師へのリスペクトを見て技師としては一流の人なのだと確信した。
人としてはちょっと欠点もあるけどみんなそんなもんだ。
「何かお手伝いできることはないですか? 技術的なことは無理ですけど」
「ああ、そうだなぁ……。じゃあ、そろそろ腹が減ったから何か飯でも作ってもらおうかな。昨日の夜から何も食べてないからな」
「でも親方、冷蔵庫の中空っぽですよ!」
元気に話す親方の姿に感動していたフィルフィーが袖で涙をぬぐいながら言った。
「じゃあ、みんなで買ってきてくれ。ここまでくればそれくらい待てる」
「了解です! 今回も肩に乗せてくださいねメイリさん。マッシブで買い出しに行くと目立つんですよ。町に住んでる人は見慣れているんですけど外から来た人たちがね……。絡まれると説明がめんどくさいんです」
「承知しました」
メイリがそっと方にフィルフィーを乗せる。
「みんなという事はギルギスさんとフェナメト以外全員ですかね?」
「そうだぜ」
「今さらこんなこと言うのもアレなんですけど……古代の遺物は貴重な物なんで護衛とかいなくて大丈夫ですか?」
俺の言葉にギルギスは不敵な笑みを浮かべる。
「心配ありがとうな。でも大丈夫だ。防衛戦力は隠しているがちゃんと存在する。実戦の機会が無くてウズウズしてるくらいだ」
「なら安心ですね」
思わず笑うほどの戦力って……。
ハッタリっぽい気もするが、彼とフィルフィーの二人暮らしなのだからそれくらい準備していてもおかしくはないか。
興味のあることにしかやる気を出さないギルギスの親方も自分の命を守ることには興味があるだろうしね。
「じゃあ、行ってきます。早めに帰ってきますね」
「別にゆっくりしてくれてもかまわん。俺の食べ物の好みはフィルフィーが知ってるから聞いてくれ」
俺たちは来たばかりの工房を後にし、町の市場へと向かった。
● ● ●
「行ったか……。まったく若い奴と話すとこっちも若くなった気になるぜ。なぁ、フェアメラさんよ」
「まったくだ」
今フェナメトのボディを制御してるのは戦闘補助人格であるフェアメラであった。
彼女はフェナメトに比べて古代の記憶を多く保持してる。
「ギルギス、あなたの修理技術は確かなものだ。食事の後も頭以外は修理を続けてくれ。もう関節の修理方法も思いついているのだろう?」
「修理と言っていいかはわからないが、まあ思いついてるな。それより一つ聞きたいことがあるんだが……」
ギルギスは少し申し訳なさそうな顔をする。
「あんたの両腕、両脚の造りは完全に兵器そのものだ。頑丈で恐ろしく長持ちする。頭も人間のような造形をしているが強度を上手く確保している。こだわりを感じるな。しかし、胴体は……人間を再現しようしている。それを目指して造られている。ちぐはぐなんだ。もしかしてこの胴体はその……」
「ああ、生活支援用……性処理なども行うアンドロイドのボディを流用している」
ズバッと言いきったフェアメラにギルギスの方が面を喰らう。
「なぜ戦闘用の手足を非戦闘用の胴体に繋いでいるのかを知りたいということだな」
「ああ、あんたの身体はいろんな武装を接続できるように造られている。兵器として柔軟だ。しかし、胴体を人間の様に柔軟……柔らかくしておく必要はない。柔軟とはそういう意味じゃない。別にだからといって修理が出来ないわけではないが気になってな……」
フェアメラは目をつむり少し思案する。
「もともと古代のアンドロイドのパーツはある程度規格を統一していたので、このちぐはぐな接続も想定外ではない」
「ああ、これだけ精密な機械だ。無理に押し込んでくっつけて動くもんじゃないしな」
「だからといって、わざわざどちらの用途にも中途半端になる組み合わせに今なっているのかというと……」
フェアメラは黙ってしまった。
沈黙が数秒……数分とも思える時間続く。
そして、彼女はぽつりとつぶやいた。
「まだ言いたくない」
「……わかった。女性に対してデリカシーがない質問だった。すまん」
「いや、技師として当然の疑問だ。私を造った者が悪いんだ。修理も難しくなると思うが……」
「それに関しては安心してくれ。もうプランは頭ん中で出来上がってるっていったろ?」
ギルギスはある古代の遺物を指差した。
それはクエストパック『ロブスター』の右腕の残骸だった。
「ただ直すだけじゃ面白くない。俺が持てる技術の全てを使ってお前さんを強化してやるぜ!」




