第05話 ギルギスの工房
日はさらに傾きロットポリスに深い影を作り出す。
誰もが家に帰りたくなる雰囲気の中、俺たちは目的地である『ギルギスの工房』に辿り着いた。
「……思ったより大きい建物だなぁ」
端っこに追いやられていると言うものだからもっとこじんまりとした小屋を想像していたけど、今目の前にあるのは無骨でシンプルな四角い建物だった。
周囲には倉庫のような物もありなかなか広い土地を持っているみたいだ。
設備がそろっているのなら想像よりさらに期待できる。
「さぁて、誰が修理をお願いしようか? やっぱりパステルがお願いした方が効果あるんじゃないかな?」
「今さら何を……。これまで通りエンデが交渉するとよいではないか」
「いやぁ……俺もここまで負け続きだからね。ここでも修理を請け負ってもらえなかったらいよいよ次が無くなるし……」
正直一日他人からお願いを断り続けられると精神的に結構くる。
ここの工房に住む技師『ギルギス』がフェナメトに興味を持たないとは思わないが、俺には興味が無いかもしれない。
そのせいでフェナメトを見せる前に門前払いをくらったらと思うと……。
「パステルはかわいいし人を魅了する力がある。だから俺よりも適任じゃないかって思ったんだ」
「うむむ……そう言われるとなぁ……」
パステルも俺の精神状態を察したのか少し悩む素振りを見せる。
「しかし私もあまり丁寧な言葉遣いというものができんし……」
「それがまた良いところなんだって」
「では間をとってメイリで良かろう。魅了も出来るし言葉遣いも丁寧だ。よし、構わんなメイリ?」
「構いませんが、今工房から何か出てきました」
俺とパステルは工房の方に向き直る。
そこいたのは……動く人形だった。
人形と言っても女の子が遊ぶような可憐な物ではない。
方向性としてあの黄金巨兵に近いかもしれない。サイズは無論違うが。
確か……ロボットとか言ったっけ?
「お客さんですか?」
ロボがこちらを向き声をかけてくる。
身長は低く平均的ドワーフサイズだ。
声質は若い女性のものだが機械を通しているからか少しキンキンしている。
「あ……はい、そうです。あなたがもしかしてギルギスさんですか?」
「いいえ、私は一番弟子のフィルフィー。妖精族のフィルフィーです。あ、今そちらに向かいますね」
ガシンガシンウィーンと音を立ててフィルフィーは俺たちの前までやってきた。
そして、その頭部がパカッと開いた。
「ふぅー! 私がフィルフィーです」
ロボの頭の中から現れたのは小さな人型の生物『妖精』だった。
小さいながら魔力は優れたものを持っていて、自然とともに暮らす少しイタズラ好きの種族。有名なので俺もこの程度の知識はある。
「こっちは作業用ロボットの『マッシブ』。師匠が作ってくれたんですよ~」
作業服の胸元をあけ、そこをパタパタと手で仰ぐフィルフィー。緑色の髪の毛は頭の後ろでまとめられお団子のようになっている。
小さくても体の形は人間とほぼ同じ。そう考えると彼女の胸元を見せつける様な仕草に少しセクシーさを感じなくもない。
「あっ、ごめんさない。お見苦しい物を見せてしまいました。最近湿気が多くなってきたのでロボットのコクピット内がね……。空調に改善の余地ありです」
ロボットの装甲をコンコンと軽く叩くフィルフィー。
機械というもの身近に感じていて、親しんでいるからこそ出来る仕草だ。
これは期待できるぞ……。
「あの、僕たちはギルギスさんに修理をお願いしたくて来たんだ」
「あっ! やっぱりお客さんなんですね! いやぁ、見た感じ他の町の方っぽいですけど、わざわざこの工房目当てに来てくれたんですか!? やっぱり親方の腕をちゃんと知ってる人はいるんですね!」
「あ、いや、ギルギスさんのことを知ったのはロットポリスに着いてからなんだ……。ごめんね」
「そうですか……。そうですよね……。親方全然仕事してませんもんね……。でも、その腕は確かなんですよ!」
彼女はずいぶん親方ギルギスのことを尊敬しているようだ。
熱っぽい口調からその気持ちが伝わってくる。
「腕の良さは聞いてるよ。だからこの工房に来たんだ」
それを聞いてフィルフィーの顔はぱあっと明るくなる。
しかし、次の瞬間には困ったような表情に変わってしまった。
「そう言ってもらえるととっても嬉しいんですけど、うちの親方は興味のある仕事しかしないんでもしかしたら追い返されちゃうかもしれません……」
「それも聞いてる。でも大丈夫さ。親方の事はまだよく知らないけど、この仕事は絶対に興味を持つと思う。だってこれまで会ったドワーフの技師たちが全員驚いてたもの」
「そ、そんなすごい仕事を親方に!? あ、もしかして他で断られたからウチに……」
「いや、ギルギスの親方にしか出来ないと聞いたからお願いするんだ!」
嘘は言ってない。
「うわぁ嬉しい! 早速工房の中にどうぞ! こっちのシャッター開けますね」
俺はバイクを手押しし工房の中へ入る。
親方のキャラからして中は散らかっているかと思いきや、非常に整理整頓されている。
フィルフィーがやったのかな?
「その乗り物もかなりイカしてますね! ちょっと分解してみたいなぁ……」
目をキラキラさせて魔動バイクを見るフィルフィー。
「これも今回の依頼と関係のあるものだから全然調べてもらっても良いんだけど、分解はちょっと怖いなぁ……」
「ふふふ、普通の人はそう言いますよね。でも知らない物の仕組みを調べるには分解するのが一番なんです! 組直せるかどうかも分解しないとわかりません!」
その理論でいくとフェナメトも分解しないといけない事になるな……。
人格のある機械というのは彼女の想定には入っていないようだ。流石にこの町でもそういった物は存在しないか。
「騒がしいな……。誰か来たのか?」
「あっ、親方! また遅いお目覚めで! お客さんが来てますよ!」
「おうそうか。それで飯はまだか?」
それを聞いたフィルフィーは小さく舌打ちをする。
「だ・か・ら! お客さんが来てるっていってるでしょう!? 働かない人にご飯はありません!」
「じゃあ、終わるまで待つ……」
「ダメッ! 親方への依頼なんですよ!」
「俺にかい。物好きもいたもんだ……」
なんだか思ってたより覇気がないぞ……。
もっと荒っぽい雰囲気の老人が出てくると思ってたけど、今目の前にいる人物はなんとも無気力、存在感が薄い。
歳自体はそれなりに重ねている気がするが、ドワーフ特有の立派なヒゲが無いせいか若く見る。
「あいにく今日はやる気がない。帰ってくんな」
「もう! そんな断り方ないでしょ! てか、いっつもやる気ないじゃない!」
フィルフィーが小さな体から大きな声を出して怒る怒る。
なんだか気まずい雰囲気……。
「仕方ない。内容だけは聞いてやるよ」
ギルギスの何とも上から目線の発言。
イラッとこない事もないが目をつむろう。こっちには自信がある。
「依頼というのは……古代兵器の修理です」
「古代兵器だぁ? 見せてみろ」
よし……聞くから見るに進んだ。
「これの荷台に積んであります。そしてこの二輪の乗り物自体も古代の遺物です。今現在も動きます」
ギルギスは足を擦るように歩いて魔動バイクに近づく。
途中『ほう……』と小さな声を漏らした。
俺は荷台の扉を開放する。
「修理して欲しいのは……彼女です!」
荷台に寝転んだフェナメトを力強く指差す。
「これは獣人……いや、機械なのか? 人型の機械、アンドロイドか……」
「やあ、こんにちはドワーフさん」
パチッと目を開きギルギスに話しかけるフェナメト。
無気力そうだったギルギスもこれには驚き腰を抜かす。
「へへっ……! これはなかなか面白そうじゃねーか……!」
彼は目を輝かせる。
「ところどころ付いている汚れから相当昔に造られたことはわかるが、その割には状態が良い。高度な技術が使われている証拠だ。しかし、その中でも劣化が激しい部分もある。関節だ。ここは頑丈さだけではなく柔軟さもいる。それに負荷も掛かりやすい。だからある程度使用したら交換するようにしていたとみえる。その分強度はない」
ニィッと笑い独り言を続けるギルギス。
「関節を取り換えるためか、胴体から五体パーツは取り外しやすいようになってるな。これなら腕が壊れたら腕だけすぐに交換したりも出来る。素早く完全な状態で戦いに送り出せるわけだ。あらゆる面で無駄がない……」
パッと見ただけでそれだけのことを見抜いたのか!
やはり彼はウワサにたがわず出来る男……。
「ドワーフさん、僕エネルギーが尽きかけてるんだ。何か液体燃料でもないかな?」
フェナメトが体を起こしギルギスに話しかける。
「液体燃料か……高純度魔溶液ならある。魔石とかを溶かして液状化させ、さらに純度を高めた物だ」
「うん、それをくれないかな? 早めにエネルギーを補給しないと活動停止しちゃうからね」
「よし、わかった」
ギルギスはどこかに走り去っていった。
「ああ……親方があんなに楽しそうに……!」
フィルフィーから怒りが消え、喜びの感情を爆発させている。
「それで依頼は受けてもらえたのかな?」
「もちろんです! ああなったら依頼主が何言っても満足するまで手放したりしません!」
それはそれで不安が残るな……。
「親分がたくさん無礼なこと言ってすいません。お詫びと言ってはなんですが、お食事でも行きませんか? 私、良い店知ってますよ!」
「え、でも親方のご飯は……」
「もうご飯なんて食べませんよ一旦落ち着くまでは。おそらく明日の朝くらいまではもう話しかけても返事なんて返ってこないんで気にしないでください。というか、ここにいない方が良いと思いますよ! いろいろ面倒なんで!」
フィルフィーは『さあ、さあ』と言った感じで俺たちを工房の外へ誘導する。
「マッシブはここに置いていくので、誰か私を肩に乗せてくれませんか? あの……自力では飛べないので」
そういえばフィルフィーの背中には妖精特有の透き通った羽が無い。
「生まれつき羽が無いんですよ……私だけ。でも、親方が作ってくれたフライトパックがあるので短時間なら飛べるんですが燃料も神経も使うのでよろしければ……」
「うん、構わないよ。でも誰に乗ろうか」
俺はいざというとき毒が危険。
パステルは大きいツインテールがあるので肩の上に乗ると頭を動かすたびに叩き落とされる。
となるとメイリかサクラコか……。
「メイリ……そのメイドさんの方に乗ると良いよ」
俺はフィルフィーを手に乗せてメイリの肩まで運ぶ。
「失礼しますメイリさん」
「ええ」
「少し高いけど下にクッションがあるので安心です」
フィルフィーは上からメイリの胸をじーっと見る。
「俺の方もクッションあるんだけどなぁ。それに身長はこっちの方が低いし落ちた時も安心だ。なんで俺を選ばなかったんだよエンデ」
自らの胸を揉みしだき不満を述べるサクラコ。
「いや……サクラコに女の子は危なそうだったし……」
「まあ、小さいが幼いわけではないし好みの範囲だ。それは否定しない。ただサイズが違い過ぎて擬態は出来ないがな」
「これこれ、フィルフィーが不思議そうな顔をしてるではないか。まだ自己紹介も済んでおらんし、さっさと店に入って落ち着いたところで話すとしようぞ」
パステルの一言で俺たちは歩いて夜の町に繰り出した。
町は魔力で灯る街灯に照らされ意外と明るかった。




