エピローグ 旅の終わりに
ヒラムスの村に子どもたちを送り届けた後、俺たちはナージャと別れることになった。
というのも眠っていた冒険者たちが起き始めたのだ。
多くの人間、特に冒険者に俺たちの姿を見られるのは良くない。
それにどこかで区切りをつけないとなかなか帰るタイミングが掴めない。ずるずると居続けてしまう。
冒険者たちが起きた以上、ザンバラの町まで子どもたちを運ぶラクダ車の護衛も出来るだろう。
もう俺たちの出番はない。
別れの際、ナージャはそれはもう大泣きして大変だった。
「また会えますよね!? 魔王と知ってしまったからもう二度と会えないなんてことはないですよね!?」
「次会う時には本当にれっきとした冒険者になりますから……!」
こっちも涙が出そうなくらい彼女は別れを惜しんでくれた。
ただ、あまり会話にならなかったので彼女にこれから起こるであろうことを伝えることが出来なかった……。
まあ、悪いことではない。むしろ良すぎて困ることだ。
それはさておき、俺たちはすぐにダンジョンに……帰ることはなかった。
再び砂漠へ繰り出し、フェアメラが示した地点に向かったのだ。
そこには……破壊された祠があった。
祠とはあくまで今の時代の人々が言っているだけで、本来は古代の建物らしい。
そして、崩れているのは地上に出ている部分だけで地下に広がっている空間はまだなんとか残っていた。
フェナメト修理計画は始まっている。
ここから古代の遺物を出来る限り回収しておくのだ。俺たちにはわからない使い道があるかもしれない。
「これは……なんだろう? 車輪が縦に二つ並んでるから乗り物かな?」
「ああ、それは魔動バイクだ。乗る者の魔力を消費して動く乗り物で基本は一人で乗って戦場に切り込むために使うのだが、これは後ろに大型の荷台が付いている。バイクの小回りが利くという長所を潰してしまっているが、これも使える物が少なくなった大戦末期ならではの急造品だ」
バイクは地下に眠っていただけあって砂も被っておらずまだ綺麗に見える。
荷台もフェナメトを寝かせても問題ないどころがまだスペースがある。
こいつが動けば帰りがぐっと楽になるし、これからの冒険にも便利そうだが……。
フェアメラの解説を聞きながら俺はバイクに跨りハンドルを握る。
……感じる。魔力がマシンへ流れ込んでいくのを感じるぞ!
次の瞬間、バイクは唸りを上げ振動し始めた。
「よし! これで古代の遺物は持って帰れそうだ!」
荷台に比較的状態の良い遺物をどんどん入れていく。
金属で出来ている物が多いのであまり積むとバイクが動かなくなりそうだ。
あの巨大な腕のパーツも回収しないといけないからなぁ……。
そんなこんなで祠での目的を果たし、今度こそ俺たちは帰路に……つく前に町によって来た時に使った無人馬車も回収した。
無断で放置したらホテルに迷惑がかかるし、せっかくサクラコに買ってきてもらったんだから帰りも使おうという事になった。
まあ、実際はみんな物と一緒にバイクの荷台に詰め込まれて帰るのが嫌だったんだろうけど……。
「さて、忘れ物はないかな?」
ザンバラの町を出たところで一旦確認をする。もう少ししたらさらわれていた人々が戻ってきて町は騒がしくなるだろうから今のうちだ。
俺、パステル、メイリ、サクラコ、そしてフェナメトもいる。
ダンジョンから持ってきた荷物もある。馬車もあるしバイクもある。
古代の遺物も……うん、あるぞ。
「よーし! じゃあ帰ろうダンジョンへ!」
さらば、白く輝く町ザンバラ、広大なザーラサンの砂漠。
そしてそこに息づく多くの人々よ。
黄金の風が運んできた冒険はもうすぐ終わりを迎える。
● ● ●
「さて、これからどう動こうか我々は」
数日かけてダンジョンに帰還した俺たち。
ダンジョンは荒らしまわられているということもなく、出発した時とほぼ変わらず存在していた。
植物モンスターたちの配置が少し変わっているように感じるのは、倒されては再生を繰り返していたからだろう。
成長効果のあるグロア毒も俺の留守中は与えられなかったというのにこの再生力。
植物たちも少しずつ強くなっているのだろうか。
ヘルリビングアーマーとソウルドックも健在だった。
リビングアーマーの方は表情が読み取れないが、ソウルドックたちは帰ってきたパステルへのじゃれつきが激しかったのでおそらく暇だったのだろう。
まあ、そんなこんなで旅を終えた魔王一行はダンジョン第十階層のリビングでくつろいでいるところだった。
「とにかくフェナメトの修理が最優先かな。俺には腕のいい技師の場所なんて全くわからないけど……」
「うむ……心当たり自体は私にはあるのだ。ただ、個人ではなく都市をな。あらゆる種族が集まりそこでは魔王さえも身分を隠さず堂々と歩けると言われている都市……そこならばきっと古代の機械すらも理解し修理できる技師がいるはず……だ……」
パステルはふわぁ……っとあくびをする。
「なんだか……帰ってきたら安心して眠たくなってきた……。フェナメトには申し訳ないが少し寝てからこの話の続きをさせてもらうぞ……」
パステルはふらふらと自室に引っ込んだ。
今、フェナメトは残ったエネルギーを温存すべくスリープモードと呼ばれる状態に入っている。
彼女のエネルギーとなるのは別にサイコゴールドから送られてくる物だけではない。
他にもいろいろあるそうだが、知識のない俺たちにはとても作り出せないらしい。
そこも含めて専門家を見つけないといけないな……と、俺もなんだか眠たくなってきた。
旅でお世話になったホテルも非常にサービスが良くて毎日良い気持ちで過ごすことができた。
でもやっぱり住み慣れたダンジョンの一室はこんなにも落ち着くんだなぁ……。
ここはすっかり俺の家になっているんだ。
旅の終わりに自分の家の良さを再確認する……か。なんだか良いなぁ、こういうの。
「俺も眠ろうと思う。メイリとサクラコはどうする? 防衛なら張り切ってるモンスターたちがいるから問題ないと思うけど」
「私は……いえ、やはり私も疲れがどっと押し寄せてきました……。こんな感覚初めてです……」
完全に集中が途切れてだらんと力ないメイリも部屋にスッと入っていった。
また彼女の新たな一面が見られた。
「メイリもおやすみ。サクラコは?」
「俺は人ごみにも旅にもそれなりに慣れてるから大丈夫……と言いたいところだが、やっぱり何度やっても帰ってきた時は疲れたって気持ちになる。ただ、マカルフの町が留守にしている間どうなったかが気になる。俺は少し出てくるぜ」
「えっ、今から!? 大丈夫なの? 疲れで擬態が解けたりしても今は助けに行けないよ」
「疲れた時は疲れた女の子を演じるのがサクラコ様だ! 安心しな、へましない疲労のラインは体が覚えてる。まだいける。それにそんな何時間も町にいないからさ。ほんの少しだけだって」
そう言われると止めることはできない。
彼女の擬態は観光中も完璧だった。驚いたときもまるで崩れないだからすごいとしか言えない。
「じゃあ、気をつけていってらっしゃい。俺は……帰って来るまで待ちたいけど……ちょっと限界……」
サクラコの『行ってきます』を聞く前に俺は眠りに落ちた。
● ● ●
「んん……ぐ……」
ソファから起き上がり体を伸ばす。
リビングで寝てしまったか……。しかし、気分は悪くない。
帰ってきたという事を改めて実感する。
「どれくらい寝てたかな……」
寝る前の時間はおぼろげにしか覚えていないけど……かれこれ二時間から三時間ほど寝ていたのかな?
「そういえばサクラコは……?」
何時間も町にいないと言いつつ彼女が戻っている気配はない。
まあ、そんなことだろうと心のどこかでは思っていたけど、心配な気持ちも半分くらいある。
まったく帰ってきてそうそうソワソワさせてくれる。
「お目覚めですかエンデ様、おはようございます」
すっかり普段のキリッと表情に戻ったメイリが自室から姿を現す。
「おはようメイリ。サクラコは部屋にいるかい?」
「いえ。まさか出かけているのですか?」
そうか、彼女もサクラコの出かけるところは見ていないのか。
「うん、マカルフの町が気になるって」
「まあ、そんなことだろうと思いました」
「あ、やっぱり?」
みんな考えることは一緒か。もうサクラコとそれなりに付き合い長いからね。
「みなもう起きているのか? もっと寝ていても良いのだぞ? そういう私も起きてしまったがな」
部屋から出てきたパステルはまだ少し疲れが残っている顔をしている。
「おはようパステル。それでサクラコがね」
「あー、町にでも行っておるのか? ダンジョンに着く少し前から気にしておったからのう」
パステルは名前が出た時点で察したか。流石我らの魔王様だ。
「まあでも三時間も帰ってこないとなると気になるよ。何もなければいいんだけど……万が一……」
「おっすー帰ってきたぞー! あらあらみんなおそろいで俺のお出迎えかい?」
うーん、心配して損した。でも良かった。
「遅いじゃないか。心配したんだよホントに」
「わりーわりー、これが風に乗ってあちらこちらに逃げるもんだから捕まえるのに手こずってな」
サクラコは手に持っている何枚かの紙を重ねて追った物を掲げる。
「もうすぐ止む季節風に乗って西から飛んできた新聞だ。しかもザンバラで発行されている物ときた!」
「ザンバラの!?」
本当に何でも飛んでくるなぁと皆一様に驚く。
そして、話題はすぐに新聞の内容のことに移った。
「どうやら少し前、俺たちが町を去った次の日くらいの新聞みたいだね。一面は……やっぱりナージャだ!」
新聞の一面にはでかでかとさらわれた人々が帰ってきた事が伝えられている。
そして、苦笑いしているナージャの顔もまたでかでかと掲載されていた。
これに関しては皆驚かなかった。
ナージャ本人には伝えられなかったが、あの場から俺たちが消えれば事情を知っているのは彼女のみ。
つまり、彼女が一人でさらわれた人々を救出したことになってしまうのだ。
ナージャも急に英雄扱いされて驚いただろうなぁ……。
とはいえ流石に彼女だけで救出を成し遂げたと思っている町の人々はそんなにいないようだ。
『何者かの協力があったのは当然として、その何者とは?』という疑問が紙面でも語られている。
最有力説はなかなか姿を現さない孤高の存在『S級冒険者』がさらわれた人々を助けたのは良いものの、町で歓迎されるのが面倒でナージャに押し付けてどっかにいった……というものだった。
まあ、ほぼ正解だ。
S級冒険者じゃなくてSランクモンスターと魔王だけど……。
ナージャにはまた会って感謝と謝罪をしないといけないな。
彼女だけで助けたのではないと思っていても、町の人にとって今実際に存在する英雄は彼女だけだ。
大切な子どもを取り戻した親はとりあえず今いるナージャに感謝するだろうし、他の人々もそうだろう。
それにナージャは美しい。英雄として祭り上げるのにこんなに適した人はいない。
輝く金髪と青い瞳はなんだか奇跡を起こしてみんなを救いそうな雰囲気はある。ふんわりとだけど。
冒険者ランクも上がりそうだ。でも身の丈に合わない扱いをされて心が休まる時が無いのではないか……。
まあ、彼女には向上心があるし意外と楽しんでるかも?
もしやこれが『成功の剣』の力なのか……?
「あっ、こっちにはあのカレー屋の事が書いてあるぜ! なんでもあれから激辛大盛りカレーを完食すると恋が実るみたいなウワサが流れ始めて大繁盛だってよ……。これメイリのせいだろ……」
「いえ、美味しいので流行っただけでしょう。こちらは最初に立ち寄った写真屋さんの事が書いてありますよ。新しい広告に載せた超絶美人女性が大人気で大繁盛と書かれています。腕はとても良かったのにお客さんが少なかったですから、評価される時がきて良かったですね」
「そ、それもメイリのせいではないのか? 撮影より女性のブロマイドが大人気と書かれているぞ……」
俺たちの行ったお店はなんだか繁盛しているようだ。
この調子なら次またザンバラの町を訪れた時も変わらずそこに店はあるだろう……。
「あっ」
「どうしたエンデ?」
「ここ見て」
俺が指差したのは本当に端っこに小さく書かれた記事。
砂漠の村々を標的に人さらいをしていた小さな組織が壊滅したということを伝えている。
ある冒険者たちがその組織のアジトと思わしき場所を調べていた時発見したらしい。
その組織は少人数をさらっては売るを繰り返していたため、壊滅の際にはさらわれた人はいなかったようだ。
『魔獣に襲われて壊滅か』とシンプルな内容で記事は終わっていた。
「どう思う?」
「もう行動を起こしているのだろうか? あんなに傷ついていたのに……」
パステルは少し納得がいかない顔をしている。
「これは俺の予想なんだけど、潜伏に最適な場所を見つけたと思ったら先客がいた……みたいな。だから戦闘になってしまったのかもね」
「それならありそうな話だ。記事を見る限り勝ったようなのでまあ良い」
彼らも新しい一歩を踏み出したのだろうか。
ハッキリとはわからないけどなんだかそんな気がする。
今、こうしている間にも遠くの砂漠では人々が日々を生きているんだ。
思いを馳せる……というとなんだか大げさだけど、また訪れたいと思える良い旅だった。
これにて第三章完結です。第四章からは二日に一回更新になると思います。
すいません……ストックが切れてしまいました……。
書きたいことは決まっているのでその点は大丈夫です。詳しくは活動報告にも書きますね。




