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第18話 黄金の風、祈りをのせて

 今、金の巨人が彼女に迫っていた。

 巨大で、頑丈で、恐ろしい敵……。

 だというのに何か懐かしさをフェナメトは感じていた。


 『記憶の抜け落ちているのになつかしさとは?』

 その疑問は彼女自身も感じていた。


 砂漠にある祠に祭られた金属の人形。

 砂漠に住む人々を守る護り神。

 砂漠に現れた敵と戦う……。


(僕は……本当に砂漠の護り神として造られたのかな……? もっと別のことに使われるために造られたんじゃ……)


 危機が迫る中フェナメトの思考回路はその疑問で満たされていた。

 彼女に残っている過去の記憶というのは、何度か祠の周辺で助けを求めていた者を助けたことぐらいである。

 黄金巨兵ほど巨大な敵を相手にした記憶などないのだ。


(兵器である僕が記憶もないのに懐かしさを感じる……。もしかして僕が引き出せていないだけで記憶は全てこの体に記録されている……? って、僕は兵器なのか? 自分で思った事なのに確証がない……)


 ただ砂漠に立ち尽くすフェナメト。

 傍から見れば黄金巨兵に恐怖し動けなくなっているように見えただろう。


「おねえちゃん!」


「はぅ……!」


 一緒に逃げていた小さな女の子に声をかけられフェナメトの思考は現実へと引き戻される。


「早く逃げようよ!」


「う、うん……」


 女の子に手を引かれフェナメトは歩き出すも、すぐその歩みを止めた。


(ダメだ。走って逃げても追いつかれる。横にかわすにしてもあの大きさだ。今からだと巻き込まれる。迎撃意外ない! こういう時は純粋にパワーのあるクエストパックを使って正面から受け止めるんだ!)


 フェナメトは頭部にある巨大な動物の耳のようなアンテナ『フェネックアンテナ』をピンと立てる。

 そして、その状態で固まってしまった。


(……クエストパックってなんだ!? それに耳を立てて誰と通信しようとしたんだ!? ん? この耳は通信ができるのか? 飾りじゃないの? あー! 僕は僕のことがわからない!)


 頭を抱えるフェナメト。

 考えれば考えるほど自分の知らない情報に思考を占領されるのだから彼女にとってはたまったものではない。


「おねえちゃん、大丈夫? あたしがおんぶする?」


 女の子はそんなフェナメトを気遣い寄り添う。恐ろしい巨兵が迫ってきているのいうのに。

 その時、フェナメトはハッと我に返った。それと同時に思考が非常にクリーンになっていくのを感じた。

 自分の一番の使命を思い出したのだ。


「大丈夫! 僕が何とかする!」


 そっと女の子の肩に触れ、自分から離れさせるフェナメト。


(僕にはいろいろ力があるんだろうけど今はない! でも、僕が存在している限り変わらないものがある。人を守るという使命だ!)


 彼女に血は流れていない。

 しかし、その代わりに流れる魔力が全身を駆け巡り、眠っていた回路を呼び覚まし、全身が熱を帯びていくのを感じた。

 思考は高速化し、迫りくる巨兵も逃げ惑う子どもたちも戦うエンデらもスローに見えた。


(やっと目覚めたなフェナメト)


(……え、誰? 僕の頭の中で急に喋らないでよ。ただでさえややこしい状況なんだからさ!)


(私は……ただの戦闘補助人格。兵器としては優しくなりすぎたお前のために生み出された存在。魔力が十分に供給されたことで起動した)


(やっぱり僕は兵器なんだね……。君は僕の知らない事をたくさん知ってそうだ)


(ああ、だが今それを説明していては使命を果たすことが出来ない。まずはあの玩具レベルの旧型ロボを止める。一応言っておくが、あれそのものが私たちの様に古代の遺物というわけではない。技術レベルが低いという意味だ)


(僕の造られた時代ではあんなのも玩具扱いなんだね……。でも大きいし重いのは事実。いつの時代だって質量は大きな武器になる。僕の身体で止められるとは思えないよ)


(100%の性能が発揮出来ればあの程度の鉄くずはクエストパック無しでも軽く潰せる。しかし、今は3%と言ったところか……。これでは構造上脆くなってしまっている胴と他のパーツをつなぐ関節の負荷も軽減できない。最悪外れるでは済まず砕けてしまうだろう)


(それでもいいよ! 僕は機械だ! 腕が砕けてバラバラになっても死なないけど、人は死んでしまう! 脆い人間の代わりに戦うために僕は生み出されたんだ!)


(お前の使命はそうだが、私はお前を支えるのが使命だ。安易にお前を傷つける戦法には反対する)


(じゃあ、どうするの!?)


(フェネックアンテナを起動する。最大の特徴というだけあって高い技術によって作られている。しかし、その分繊細だから整備のまったくされていない今ではその性能は低下しているだろう)


(で、その機能ってなんなの?)


(あらゆる信号の送受信が出来る超強力なアンテナだ。お前は指揮官機なのだフェナメト。数十機……数百機……あるいは数千機の僚機から情報を受け取り指示を出すことを目的に造られた。まあ、実際は……)


(それでどうするの? 今から仲間を探すの?)


(探すのは武器だ。お前が使用可能な武器はアンテナが飛ばした信号に反応する。反応するという事はまだ使えるという事。お前がこの砂漠に眠っていた以上武器も砂の下に沈んでいる可能性はある。使える状態である可能性は低いがな)


(よーし! すぐに探すぞぉ!)


 フェナメトは頭部のアンテナを再びピンと立てる。

 彼女たちにはわからないが実際アンテナの性能は大幅に落ちていた。

 しかし、古代の超技術で作られたそれは性能が落ちてなお強力。

 放たれた信号は砂の下に眠るある武器に届き、それを呼び覚ました。


(信号が返ってきた! まだ使える武器があったんだ!)


(この信号は……とりあえず呼び寄るんだ!)


(わかった!)


 人間の数倍の思考速度で意思疎通をしていたとはいえ黄金巨兵は確実に迫ってきている。

 砂の下から武器が出てくるのが遅ければ元も子もない。


(動いてる! 確実にこっちに来てるけど……ギリギリかも)


(何とかアレのスピードを落とさねば……)


 その時、黄金巨兵の姿勢が揺らいだ。

 片足の動きが急にぎこちなくなり、そのまま地面に倒れ込みそうになる。


(黄金巨兵に張り付いている奴が何か細工をしているぞ)


(エンデさんだ! 粘着性のある毒で膝の関節の動きを鈍くしてるんだ! これなら武器が来なくても巨兵は止まる!)


(それは甘い。この距離ならば今から巨兵が転んでも勢いでこちらまで来る。しかし……スピードはわずかに落ちた!)


(クエストパックが来る!)


 砂を突き抜けて巨大な物体が姿を現す。

 岩石で創られたゴーレムを思わせる無骨なシルエットの……右腕だ。


(やはり『ロブスター』……しかし右腕だけか!)


(ねぇねぇ、クエストパックってなんなの? 自分で言っておいてなんだけど)


(その名の通りある一つの事に特化し、その一つに関して最高を追い求めた装備のことだ。あれは近接戦闘における攻撃力と防御力を追い求めたクエストパック……通称ロブスター。純粋に装甲が分厚く重量が重い。それを動かすためにパワーもある。なので攻撃はその重さを生かしたシンプルな……)


(つまりあの腕を振り回して戦うんだね)


(……そうだが、今は右腕に装備するパーツしかない。クエストパックはすべて揃ってこそパックと呼べる。あれだけではバランスが悪くむしろ戦いにくい)


(でも一発殴るだけなら普通以上の力が出せる!)


 フェナメトは迷わず『ロブスター』を自らの右腕に装備させようする。

 やり方は体が知っていた。

 ほぼ一瞬で換装は完了し、濃緑の装甲に覆われた異形の腕は彼女の物となった。


「みんなは来ないで! 僕が止める!」


 フェナメトは右腕を引きずりながら走り出した。


 彼女と戦闘補助人格のやり取りは一瞬だ。

 周りからすれば黄金巨兵がこちらに突っ込んでくるかと思った途端、砂漠から謎の物体が現れてそれがフェナメトと合体したように見える。

 状況が呑み込めず誰も彼女を止められない。


「うおらあああああああああ!!」


(機械が叫んでどうする。声帯パーツが早く劣化するだけだ)


(気持ちの問題なんだよぉ!)


(機械に……いや、好きにやるといい)


 黄金巨兵は倒れ伏した。

 しかし、その勢いで砂の上を滑り頭から突っ込んでくる。

 速度はほぼ維持されたままだ。


「離れてエンデさん! サクラコさん!」


 なんとか巨兵に張り付き減速の方法を探していた二人に声をかける。

 二人はすぐに状況を察し巨兵から飛び退いた。


「ありがとう、信じてくれて」


 これでもう黄金巨兵の前に立ちはだかるのはフェナメトのみとなった。

 彼女は足を砂に埋めて踏ん張り、右腕をググーッと腰をひねりながら後ろへ。

 同時にミシミシ……ギシギシ……と機械の体を持つ者からすれば耳を塞ぎたくなるような音が響く。

 彼女の大きな耳はこの音を捉えていたが無視。ただ目の前の敵を排除することに集中する。


「どおおおりゃあああああああああ!!!」


 各部のパーツが砕けゆく音をかき消すような叫びとと共に巨大な右腕が振り抜かれた。

 その拳は黄金巨兵の頭部と真正面からぶつかる。


 硬い物が砕ける音、歪む音、軋む音、裂ける音……どれも本能的に不快感を覚える音が広い砂漠を満たす。

 だが誰一人として耳を塞ぐ者はいなかった。

 ただ、手を握りしめ祈っていた。


「ううう……ぐううう……!!!」


 圧倒的重量差でフェナメトが押されている。

 それでも彼女は心は折れない。しかし、その体はどこもかしこもパーツが破壊され始めていた。


(やはり無理があったんだ! 右腕のパーツだけだと守られるのは右肩と右腕のみ。全身を覆わなければ右腕の重量を支えられない! 脚にも腰にも負荷がかかりすぎる! そのうち立っていられなくなる!)


「だから僕が気合を入れて頑張ってるんでしょーがぁ!!」


 フェナメトは空いた左手で飛び散る金属片の中から二つを選び掴み取る。

 そしてそれを前髪を左右に分ける髪留めとした。

 デコを出しよく見えるようになった彼女の瞳が濃緑に輝く。


「機械もねぇ!」


 瞳の輝きと連動するように『ロブスター』の装甲の一部がスライドし、中にあった筒状の何かが複数露出する。


(ブースターが! ロブスターのブースターが生きている!?)


 ブースターと呼ばれた物から熱風が噴き出す。


「最後の……」


 噴射される熱風は次第に強くなり砂を巻き上げはじめる。

 同時に黄金巨兵を押し返す力も強まり、その黄金のコーティングが剥がれていく。


「最後にはぁ!」


 剥がれたコーティングは砂のように細かく砕け、ブースターの生み出す風に巻きこまれていく。

 風が巻き上げる砂の中にキラキラと輝く金。

 それはまるで……。


「気合いなんだよおおおおおおおおーーーーーー!!!」


 黄金の風にのせて振り抜かれたフェナメトの拳はコーティングが剥がれもはや黄金巨兵とは呼べない物を天高くぶっ飛ばした。

 同時に彼女もまた地に倒れ伏す。


「はは……出来るもんでしょ……」


(昔からそうだった。私は戦闘補助人格だというのにピンチの時はいつもお前の判断に助けられていた)


「そうなんだ……。ねぇ、君にも本当は名前があるんでしょ……?」


(なぜそう思う?)


「昔の僕は優しすぎたから君が生まれた……。優しい僕なら自分のために生まれてきてくれた君を絶対に名前で呼ぶと思う……。もともと無いなら、僕が考えてつけたはず……。ごめん、僕の方が忘れちゃった」


(……『フェアメラ』。一心同体だから名前も半分文字が一緒だそうだ。それでいてちょっと強そうな感じがするからこの名に決めたらしい)


「ファアメラか……確かに強そうだ……。覚えてなくてごめんね……」


(別にいいんだ。名前が似ているからこそすぐに思い出さなくて良かった。混乱するからな。思い出すなら今くらいのタイミングがちょうどいい)


「へへ……ありがとう……。なんだか眠くなってきた……機械なのに……」


(お前には睡眠機能がある。実際は思考に回しているエネルギーを自動修理の方へと振り分ける機能なのだが、今は修理機能も壊れているからただ少し眠るだけだ。これからどうしたものか……。この時代にお前を修理できる技師はいるのだろうか……)


「きっと大丈夫だよ……君と一緒なら……。これからよろしくねフェアメラ……」


(ああ……またよろしくなフェナメト)


 フェナメトはしばしの眠りについた。

 戦闘補助人格であるフェアメラはその間も彼女を守るべく起きている。

 エネルギーをカットし最低限の機能だけ残して。


(もう動けない体なのにきっと大丈夫か……。ふっ、そうなのかもしれない。お前にはもう……)


 索敵のために起動していた大きな耳はフェナメトを呼ぶ人々の声を確かに捉えていた。

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