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第16話 脱出と奪還

 モノゴは動けずにいた。

 今モニター越しに起こっている事はわかっている。

 一か月以上かけて集めた人間たちが逃げ出そうとしているのだ。

 それも自分が決めたルールを破って招き入れた一団によって。


(オックもやられてしまったのか……)


 子どもを閉じ込めていた部屋の監視カメラは壊れているためモノゴにオックの状態はわからない。

 今見えているのは通路を行く者たちの様子だ。


 モノゴが弱いと思い込んでいた魔王パステルは試練を乗り越えた者にだけ与えられる修羅器を活用し戦闘から救出まで器用にこなしている。

 そんな魔王にしがみついていた幼い子どもはいなくなった。

 しかし、明らかに魔王らと親しく話す人物が増えている。あの子どもは高度な擬態技術をもったモンスターだったのだ。


(な、なんだっていうんだ……。なんでこんな強い奴らをあの魔王が連れている……!? 魔界にいた頃はあんなに弱い弱いと言われていたのに! それがたったの一か月と少し、それだけの時間で何故ああも変われる!? 俺たちが計画を遂行しようとしていた一か月間と何が違うって言うんだ!?)


 モノゴはどうすればいいのかわからなかった。

 侵入者迎撃用のモンスターはもういない。

 戦えるほど健康な同胞も少ないうえ、もし戦えたとしても魔王の配下には敵わないだろう。

 この計画が失敗すればどうせ皆組織からの制裁で死ぬのだから一か八か仕掛けるべきなのだが、仲間がやられるとわかりきっている非情な命令を臨時リーダーである彼には下せなかった。


 人々がアジトの外へ逃げていく様子をただひたすら傍観。

 リーダーにあるまじき行為だが、本来小心者の彼にはこの絶望的な状況で狂わないだけ頑張っている方だった。


『モノゴ、やっぱり今からでも追って戦おう! アジトの中は狭くて複数人で攻撃を仕掛けるのが難しかったが、砂漠なら広い! それに奴らの中で戦えるのはほんの数人だ。それに動けない人間を抱えている。俺たちも万全ではないが勝機はある!』


 アジトの各部にいる同胞から通信機器を通してモノゴのもとへ声が届く。


「でも、その数人が強いんだぞ!? 死んじまうよ!」


『この計画は失敗が許されない! 失敗は死だ。魔界の奴らがどんな惨い制裁を用意するか……想像もしたくねぇ! だから俺たちは死ぬとしても戦って死にたい!』


「はっ……そうか。みじめに生き残っても帰る場所なんてない。なら俺も戦うぞ!」


『よし! 動ける奴らに声をかけてくれ! 最後の戦いだ!』


「おう!」


「おう……じゃねぇよ……」


 モノゴの背後から声が聞こえた。彼は驚いて振り返る。


「ア……アニキ!? もう動けないって聞いてたっすよ!?」


 鬼人……『オーガ』と呼ばれる種族の中でも小さな体躯を持って生まれたのが人さらいのリーダー『ギェノン』という男である。

 小柄ゆえオーガの誇りである角も小さく、力もどうしても劣ってしまう。

 なので彼は知恵と人望でのし上がろうとした。オーガは基本頭が悪い。そして力なき者を見下す。

 だからこそギェノンは組織の中で知恵を絞って無理難題をこなし、上位の者たちに取り入った。

 そして、モノゴのような半端者たちを戦力としてまとめ上げた。


 しかし、この計画で人間界に来てから彼は虚しさを感じ始めた。

 魔界にいた頃はとても日の当たる道を歩けない裏の者たち同士で戦っていた。

 ギェノンは真っ先に仕掛ける鉄砲玉だ。

 一番過酷でありながら一番見返りを得られない立場だったが、自分より大きな体を持つ者を倒す事や立場が上の者を蹴落とす事にはやりがい……幸せと言ってもよいものを感じていた。


 だが、その功績を認められて与えられた今回の役目は……罪もなく力もない人間をさらって売り飛ばすというものだった。

 自分より巨大で、自分より立場が上で、とてもまともではない者たち……今まではそんな奴らと戦っていたからこそ満たされるものがあった。


 今は違う。

 『小さい』と同族に笑われた自分よりも小さな者、誰かに守られていなければまだ生きていけない弱き者、まともになるかどうかはもっと生きてみないとわからない者たち……。

 ギェノンは彼らを売り飛ばす事に対して罪悪感や後ろめたさを感じているわけではない。

 生きてきた世界が世界なのでそこまで純粋ではないのだ。

 ただ、今までよりつまらないと思っていた。純粋に。


 とはいえ、これだけ大掛かりな計画を任されるだけの信用を得た男は、私情と仕事を切り離して考えることが出来る。

 だからこそ人さらいを続け、ほぼ完ぺきと言える数の人間を集めきった。

 仕事に虚無感を感じていても、毒で死ぬ間際だとしても、仕事は果たす。

 そのために彼は今この指令室に戻ってきたのだ。


「作戦中は……リーダー……と呼べ」


「そんなことどうでもいいっすよ! もう肌の色も赤からどんどん薄くなって人間の肌みたいな色になってるじゃないですか! 調子が最悪な証拠っす! 大人しく寝ててください!」


「寝てられるなら寝てる……! だが、今はそんな状況じゃないだろ……!」


「ぐぅ……」


「お前は悪くない……。俺がうかつだっただけだ……。だから俺が判断を下す……アレを使う!」


 俯いていたモノゴはハッと顔を上げる。


「あ、あれは本来緊急時の移動用で!」


「今が……緊急時だろう……!」


「ま、魔界に帰るためにチャージしたエネルギーを使っちまう!」


「今の状況……なんの成果も得られないまま帰るよりかはマシだろうが……!」


「くぅ……そうです!」


 覚悟を決めるモノゴ。

 ギェノンは通信機器を使いピラミッド全体へリーダーとしての命令を叫ぶ。


「黄金ピラミッド、黄金変形ィ! 黄金巨兵だァ!!」




 ● ● ●




 ……誰も追ってこない。

 こちらは子どもたちを連れている。

 地元の子で暑さや砂漠には慣れているとはいえ、長い期間閉じ込められていて体がなまっている子もいる。

 そのうえ大人を複数人で抱えて運んでいるのだ。

 みんな泣き言を言わないしとても偉いけど、前に進むスピードは速いとは言えない。


 そもそも攻撃を加えにくい状況だという事はわかる。

 人さらいからすれば商品である子どもたちを殺してはいけない。取り戻すためとはいえそんなことをしたら本末転倒。

 しかし、半端な攻撃で俺たちを倒せない事も知っている。

 言い方は悪いけど、こういう状況になってしまっては俺たちが子どもたちを人質にしていると言える。


 とはいえ、何もしないという選択肢を選べるのか?

 一応追いかけて隙をうかがったり、先回りして囲うことで逃走を遅らせたりと根本的な解決にはならなくても出来ることはあると思うが……。

 まさか、何か奥の手を隠しているのか?

 いや、今は余計なことを考えるのはよそう。何も起こらないならそれが一番良い。

 このまま作戦通りヒラムスの村まで……。


 ギュイイイイイイーーーーーーンッッ!!


 ん? なんだこの音は?

 砂漠に響く不自然な音に俺は振り返る。


「ええ……」


 困惑から自然と言葉が漏れ出す。それも当然。

 今ピラミッドは……変形している!


 ガシンガシンと派手な音をたてながら変わりゆくその姿。

 こんな状況でも皆足を止めて見入ってしまう。

 それくらい異様な光景。普通に生きていれば一生見ることはない景色。

 ピラミッドが……人型に変形した!


「な、なんだあれは……何の意味があるのだ……」

「人型となると色合いが下品ですね。美しくありません」

「同じ機械の僕としては無駄が多くて好きになれないね。デザインも良くないし」


 女性陣の反応は厳しい。

 だが、俺としては巨大な構造物が変形するというロマンとこだわりは買いたい。


「俺は結構嫌いじゃねーけどな。めっちゃ無駄にこだわって、めっちゃ無駄に金使ってそうで。そういう無駄は楽しいよな。それを重要な計画に関わらせるのはどうかと思うが……」


 サクラコも男の子、そういう物への理解は普通の女性よりはあるみたいだ。


「……って、立ち止まっている場合じゃない!」


 まったく状況が呑み込めていない子どもたちの背中を押して再び前に進む。


 ピラミッドのどっしりとした外観、神聖な雰囲気……どちらも動き出すイメージとは結びつかない。

 意表を突くという意味では良い兵器ではある。

 拠点とするにしても動けるというのは非常に便利だ。


 奴らはどうくる……。

 あの黄金の巨大なボディに対して子どもたちはアリのようなもの。

 殴ったり踏みつけたりしては潰れてしまう。


 だとすれば逃走のための変形か?

 あの巨大な脚で走ることが出来るなら俺たちでは追いつけないだろう。

 しかし、奴らは精神的にも肉体的にも疲弊している。

 運よくあの巨体が人目に付かず、どこか他の土地に隠れてまた人さらいを再開できたとしても、はたして続くだろうか?

 また俺たちの様に冒険者に混じってやってくるイレギュラーにおびえながら……。


 どちらにせよあちらの判断次第。

 先ほどまで何もしてこなかったのに急に大きな決断を下してきたものだ。

 ただ悩んでいたのか、やけくそになったのか、それとも決断を下す者が変わったのか……。

 もしあのリーダーがまだ生きていて再び指揮を執っているのならば……どう仕掛けてくる?

 この状況であちらに最も合理的な行動はなんだ?

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