第14話 最弱魔王の策略
「よし! 作戦成功だ!」
モノゴは指令室のイスから飛び上がって喜ぶ。
彼が先ほどから凝視していたモニターから魔王パステルと彼女にしがみついていた少女が消えた。
オックら実行部隊が作戦を遂行したのだ。
魔王がいなくなったことに驚き仲間たちは慌てふためいているように彼には見えた。
「さーて、後はオックからの報告を待つだけだ。やはり本人から報告を聞くまで安心してはいけない。アニキも確認を怠らない人だった」
モノゴは指令室のイスに座り直し通信機器のアラームが鳴るのを待った。
パステルたちは人間の子どもを収容している大部屋に連れていかれたはず、そこにはカプセルのような装置はない。
しかし、所詮は子ども。中には未熟なりに魔法を使う者もいたが脱出には至らない。
そのうえ逃げ出したら他の子どもが責任をとることになると脅し気味にしつこく教え込んであるため、みな大人しくしていた。
ただ、それでも連れ去られてすぐは暴れる子どもが何人かいて、その際に子ども部屋を監視するカメラを破壊されてしまっている。
そのため、指令室からでは子ども部屋の様子はわからない。だからオックが責任者となり常に見張っているのだ。
(パステルは戦闘向きのスキルは持っていなかったはずだ。子どもと一緒で問題ないだろう。いや、子どもよりも安全かもしれないな……)
モノゴは安心しきっていた。
● ● ●
「ぐえーっ!! 子どもが……急にデカくなった……っ!? がはっ!!」
「ぎゃあああっ! しゅ、修羅器だと……話が違うじゃねぇか……」
さらわれることで敵に人々が捕まっている場所まで案内させることに成功したパステルとサクラコ。
子どもたちの姿を確認すると同時にオックともう一人の男を倒した。
サクラコは電気の流れるムチ『スタンウィップ』で。
パステルは修羅器で召喚したカラクリカエルでだ。
今回のカエルは魔力の制御で小さくしてあり、パステルが胸に抱えられる程度の大きさだ。
『ガマウルシ毒』はあえて出していないため直接触れても痒くならない。
しかし、舌のムチの威力は健在で顎にそれを喰らえばモンスターといえど一時意識を失う。
「ゲロゲロ……グワッ!」
カエルは口から粘性のある毒『ガマハエトリ毒』を発射。
オックと仲間の手足をくっつけて拘束した。
「すっかり使いこなしてるなぁ修羅器を。それに戦闘でも堂々としてる!」
サクラコがパステルの成長っぷりを褒める。
「うむ、魔界では出番がなかったが私一番の武器であることには変わりない。ずっと修行はしておったぞ。それに戦闘もエンジェの時に比べれば自然体で挑める。悪くない状態だ」
「うんうん! それでこそ我らの魔王様だ!」
「こ、これサクラコ! 子どもたちの前で魔王などと言うでないわ!」
「あ! しまった……。いつもの姿に戻ったから油断した……」
二人は恐る恐る子どもたちの方を見る。
子どもたちは『魔王』という言葉を聞いても特に驚く様子がない。
が、急に現れた二人に興味津々のようだ。
「ねえねえ、お姉ちゃんたちって本当に魔王なの?」
「なんでここに来たの?」
「こっちのお姉ちゃんも子どもじゃない?」
「あーあー、一気に話しかけないでくれよ。俺たちはさっきも言った通り魔王と仲間たちさ。ただ、悪いことをしようとしてるんじゃねぇぞ。お前らを助けに来んだ!」
サクラコが堂々と胸を張って宣言する。
「魔王なのに人間を助けるの?」
子どもの一人が質問する。
「魔王は好きなことをやるのさ。人さらいが気に入らないからやっつけに来たんだ。そのついでにお前らも助けるってワケさ!」
その言葉に子どもたちは一瞬真顔になった。
が、その後一人が泣き出すとそれは全体に波及し、ほとんどの子どもたちが泣き出してしまった。
「お、おいおい! どうしたって言うんだよ!?」
「怖かったのだろう。助けに来たと聞いて安心してしまったのだ」
パステルは何人かの子どもを抱き抱えて落ち着かせる。
身長だけならパステルより高い子もいるので、危うく倒れそうになるのを必死でこらえている。
「泣くのは脱出してからにしてほしいぜ……。まあ、しゃあないか」
「ここもカメラがあるのだろうか。そうだとすればそろそろ他の敵が来てもおかしくないが……」
「ここのカメラは僕が来た時に壊しちゃった! あの人たちすっごい怒ってたよ!」
一人の男の子が少し得意げに言う。
「そうか、ならば多少騒いでも問題ないか」
「元からカメラがあっても騒ぎを起こすつもりだったがな。危ない作戦だぜ本当に」
「仕方あるまい。さらわれた人々という人質がいる以上危ない橋を渡らなければ助け出せん」
「そりゃそうだ! それで子どもたちよ、大人がどこにつかまってるか知らないかい?」
「ここから出て通路の反対側だってあの人たち話してた!」
「よーし!」
サクラコはスッと大部屋から出て向かいの扉の前に立つ。
扉にはドアノブがなく、手がひっかかる溝もない。
代わりに何やら数字が刻まれたボタンがいくつかあった。
「こりゃ……なんか変わったタイプの鍵か?」
「四ケタの数字を入力して開けるタイプの扉だ。しかし、数字の検討がつかん。間違えると人を呼ばれる可能性もある。どうしたものか……」
「この豚のオッサンメモみたいなの持ってるよ!」
今度は女の子の一人がオックの服のポケットを漁りメモ帳を手に入れていた。
パステルはそれを受け取りぱらぱらとめくる。
「意識が高いのか低いのか……。全部パスがメモされておるわ。ありがたいことにな」
パステルは手早く四ケタの数字をうちこみ扉を開ける。
部屋の中には人の入ったカプセルがたくさん並んでいた。
そのカプセルにも似たような方式のロックがかかっていたが、それもメモを読み込むことで解除できた。
「これだけのパスを一人で管理しなければならぬ以上、わざわざメモして持ち歩いているのも仕方ないな」
「分担すればいいのになぁ。よほど人材不足なのか」
「いくら立派なアジトがあっても人間界は奴らにとって味方のいない見知らぬ土地。怪我や何かの事情で動けなくなった者もいるのだろう」
「使命を果たすために必死なんだな……。とはいえ見逃すつもりはないぜ」
最後のカプセルを開放。その中には……ナージャが眠っていた。
他の冒険者がカプセルから出ても目を覚まさない中、まだ入れらえてさほど時間の経って
いなかったナージャはすぐに目を覚ました。
「あ……うう……。ここは……?」
「無茶したなナージャ」
「パ、パステルちゃん……? パステルちゃん!」
ナージャはガバッとパステルの小さな体に抱き着く。
「怖かったよおおおっ!!」
「自分の慢心が招いた結果だ。れっきとした冒険者ならば反省した方が良いのだろうが、私は冒険者ではないのであまり偉そうなことは言えない。ただ、無事で良かったぞナージャ」
「ぐすっ……んっ……ありがとう……ごめんなさい」
「謝る必要はない。さあ、すぐ脱出だ! ナージャも二人は眠ったままの冒険者を担いでくれ!」
「ふ、二人はちょっと……。で、でも頑張ります!」
カプセルに何日も入れられていた冒険者はまだ意識を取り戻さない。
ここに放っていくわけにもいかず、パステルがカラクリカエルを巨大化させその背に多くの冒険者をくくり付け運ぶ。
サクラコも出来る限り巨体の女に擬態し何人かを抱え込む。
それでも残った冒険者はナージャ、そして子どもたちが数人一組になって運ぶことになった。
「まだ私たちの動きはバレていないのだろうか?」
「さあな、ただ俺たちをピラミッドに入れる決定を下した奴がいるはずだ。そいつはもう不審がってると思うぜ。その割には動きが鈍いし、決断が遅い。リーダーの資質に欠けているな。エンデが本当のリーダーを倒したから臨時の奴が命令を出してるんだろうさ」
「指揮系統は混乱しているか。ならば今すぐ脱出だな。ここは敵アジト、長居する意味はない」
パステルとサクラコは子どもたちとナージャを導きつつ、連れてこられた時に覚えた道を引き返してエンデたちとの合流を図る。




