第13話 黄金の中へ
「本当にあるものなのだな。あんな建物が砂漠のど真ん中に」
ヒラムスの村から出て西へ、俺たちは視界に黄金のピラミッドを捉えた。
「ここからは作戦通りに行動するように。ピラミッドの内部に入る前から敵に見られているものと思うのだぞ」
パステルの指示に皆一様にうなずく。
今回彼女の考えた作戦は非常にリスキーだが、成功すればさらわれた人々を人質にされることなく安全に救出できる可能性が高い。
つまりハイリスクハイリターン。俺も頑張って女の子っぽくふるまわなければ……。
俺たちは事前に決めていた陣形を組んで歩きだした。
陣形と言っても戦うためのものではない。
俺とメイリが横並びで前へ、パステルがその後ろ、幼い女の子の姿のサクラコはパステルの腕にしがみついて歩くという形だ。
一見なんの意味があるかわからないけど、これが今回の作戦が成功する確率を上げてくれるのだ。
ピラミッドが間近に迫る。
こうしてみると本当に巨大な金塊を積み上げたような形をしている。
人さらいのアジトだとわかっていてもワクワクする気持ちを止められない!
だがしかし、あくまで平常心。今の俺は期待と不安に浮き足立った女の子だ……。
「入り口が見当たりませんね」
普段の口調のメイリが辺りを見渡す。
彼女は特に演じる役もない。いつものメイリだ。
「入り口を探すフリをしてうろうろするぞ。おそらくそのうち向こうが開けてくれるだろう」
小声でパステルが言う。
そして、その言葉通りピラミッドを構成する巨大な金の石の一部がスライドし、俺たちを内部へと誘う暗い入り口が現れた。
「わっ!」
「きゃ!」
パステルとサクラコがまるで普通の女の子の様に驚く。これも作戦だ。
俺たちはアイコンタクトで最後の確認をした後、ピラミッド内部へと入っていった。
● ● ●
(よし! 入ってきたぞ! まずは第一段階!)
ピラミッドの指令室でモノゴが静かにガッツポーズを作る。
指令室にはピラミッド各所に設置されたカメラから送られてきた映像を映すモニターがあるため、侵入者の行動は手に取るようにわかる。
モノゴはもう人をさらわないという決定をひるがえし、最弱魔王パステル・ポーキュパインの捕獲に乗り出した。
そんな彼にとって今一番気掛かりなのはパステル以外の三人である。
最弱魔王に付き従う謎の者たち……魔界の常識で考えればトップのパステルが弱い以上彼らも弱いという答えが出る。
しかし、確定ではない。モノゴはまず様子を見ることにした。
冒険者を長時間眠らせて封じるカプセルはもう全て埋まった状態だ。
普通に手足を縛って拘束してもスキルの発動を封じるには完全ではない。
売る以上スキルが使えないほど痛めつけては意味がない。後で回復させるにも金がかかる。
結果として意識を失わせておくというのが最も安全で効率的なのだ。
だからもう戦闘能力が高い人間は必要ない。
それどころか魔王に付き従っているということは人間ではなくモンスターである可能性が高い。
今はパステルさえ手に入ればいいのだ。
「さて……魔獣を出してみろ!」
モノゴが指令を出す。
このピラミッドにはある独自のギミックがあり、それと干渉してしまうため複雑なトラップは設置されていない。
なので侵入者を捕獲しようとするならば誰かが行かねばならない。
そこでまずは小手調べに獣のモンスターを出す。
魔界から転移した時点で何体か魔獣はいたのだが、冒険者との戦いでほとんど失われた。
なので今ピラミッドに残っている魔獣は人間界で急遽捕獲したものだ。
(デザートウルフ十匹……ちょっと過剰戦力か? ランクは高くないが動きが早く皮膚も硬い。もたもたしてるとよってたかって食い殺される。生け捕りでなければ意味がない……)
無論、調教など出来ていないので『止め!』と言っても獣たちは止まらない。
モノゴは少し不安になった。相手は最弱の魔王一行なのだ。
しかし、その不安も一瞬で吹き飛ぶこととなった。
「うお! マジか!」
薄暗い通路の曲がり角から急に現れた十匹のオオカミ。
並の人間やモンスターならば気配を察知することは出来てもすぐに対応に移れるものではない。
しかし、黒い髪に浅黒い肌の女……今日もメイクをしたままのメイリはオオカミが現れる前に対応をした。
まずは火球を銃から放ち、照らし出されたオオカミをもう一丁の銃で撃ち抜いた。
使った水の弾丸は十発。すべて頭部に命中していた。
(あいつはやべぇ……。たとえモンスターだとしても見た目は良いし売れるかと思ったが戦闘能力が高すぎる……。あれを抑えきれるのはアニキぐらいだな……)
モノゴは観察を続ける。
(あの黒髪の女はなしだ。それにあの緑の髪の女……女にしてはガタイが良い。きっと黒髪が魔法担当、緑髪が格闘担当なんだな。ああいうガッチリした女はなかなか出回らないらしいから需要はありそうだがグッと我慢だ……ん?)
彼はじーっと緑の髪の女の顔を見る。
(なんだか……どっかで見たような顔だな……。まあ、気のせいか!)
エンデと遭遇したのが夜の町の路地裏だったこと、そしてこのピラミッドの通路も薄暗かったこと、さらにはサクラコがこだわりの女の子メイクを施していたこともありモノゴはガタイの良い女の正体に気付かなかった。
その後も残った魔獣を使い切る様にパステル一行にぶつけ続けるモノゴ。
彼が見ていたのはパステル自身である。
彼女に戦闘能力があるのかどうかを知ろうとしたのだ。
しかし、何度戦闘になってもパステルは戦わない。
背後から急襲を仕掛けても悲鳴を上げながらその場にうずくまるだけで何もしない。
それは彼女の腕にずっとしがみついている幼い女の子サクラコも同じだった。
(……やっぱり急に強くなったりはしないか、あの最弱魔王に限ってな。パステルとしがみついてる子どもに関しては戦闘能力が無い! しかし、他二人の戦闘能力は高いな。一体どういう縁でこんな場所に一緒に来たんだ……?)
モノゴは首をかしげる。
とはいえ考えたところで答えは出ない。彼はその思考を中断し、パステルを確実に捕獲する方法を考える。
(あの二人はさっきの金髪の女みたいにマヌケじゃない。ただ背後から奇襲を仕掛けても返り討ちにあう可能性があるなぁ……。何か注意を惹きつけられる物があれば……あっ!)
パステル一行の進行ルートを見てモノゴは何かを思い出す。
(その先にはあいつが転がったままのはずだ……。暗がりでアレを見て驚かない奴はいない! その隙に後ろの二人だけをもらう! そして、それを人質に後二人には帰ってもらおう!)
モノゴは目を細めにやりと笑った。
● ● ●
なかなか……慎重な奴らだなぁ。
先ほどからモンスターをけしかけてくるだけでそれ以外の動きがない。
こんなに奥に進む前に行動を起こしてくると思っていたが……。
とはいえ、中に入った以上その事について話し合うことは出来ない。
俺たちはとにかく前へ進む。
「この先に黄金があるのだろうか?」
無いことを承知の上でパステルがつぶやく。
「さあね、でもずいぶん奥まで来たなぁ……」
おそらくこの通路にゴールという物はない。侵入者を迷わせる為だけのものだろう。
しかし、どこかしらに隠し通路があってそこからこのピラミッドの深部……魔界から来た人さらいたちのいるところに通じている。
でも自力でそれを見つけるには時間がかかる。だからこそ……。
ガランガラン……。
うっ、何か硬い物を蹴った気がする。
薄暗くてよく足元を見ていなかった。
「照らしましょう」
メイリが銃口から炎を噴き上げる。
足元に転がっていたのは……。
「う、腕だ……」
千切れた人の腕だけが転がっている……!
最近の物なのか腐ってもいない。白い肌が炎の光を受けて、てらてらと妖しくきらめく……。
「こ、この腕って……」
俺は最近このダンジョンに向かった透き通る白い肌を持った少女のことを思い浮かべる。
人さらいだと思っていたからむやみに殺しはしないと思っていた。
ナージャは大して抵抗もしないだろうし……でも……。
「まだだ、これがナージャと決まったわけじゃ……。メイリ、もっと炎を強く……。良く見てみないと……」
ナージャ以外の誰かなら良いというワケでもない。でも……。
メイリの炎が強くなる。それに伴って俺たちの視界は広がる。
「ひっ……!!」
珍しくサクラコが演技ではない感情を露わにした悲鳴を上げる。
広がった視界の中には……もう一本の腕、二本の脚、胴体、そして首が転がっていた。
俺を含め皆一瞬その場から動けないほどの衝撃だった。
「……うっ……あ?」
この死体……何かおかしい。
綺麗にバラバラになりすぎているのはもちろん、血が辺りに飛び散っていない。
五体を引き裂かれればふき取るのも容易ではないほどの血が出るはずなのに……。
「みんな……冷静に……」
振り返った時、そこにはメイリしかいなかった。
パステルとサクラコはいなくなっていた。
「パ、パステル!! サクラコ!!」
俺とメイリはバラバラ死体を見た後に仲間がいなくなり、最悪の想像をしてパニックになった……という演技をする。
やっと動いてくれたか……あちらさんも作戦通りに。
しかし、嫌な物を見てしまった。
あれは死体ではない。でも何かがわからない。
バラバラにされた人体のような物なのは確かだ。
悪趣味……最悪の想像をしているのはあながち間違いではない。
だが、今のパステルの戦闘能力は人さらいにも負けない。
そして何よりこの作戦は彼女の提案だ。
念のためにサクラコもさらわれやすい姿になってもらったんだ。
今は信じてこちらも動くのみ。まずは目の前の謎を解き明かすんだ。




