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第10話 ロマンを追い求めて

「私はお前が無事に帰ってきてくれたことが嬉しいぞ、エンデ」


 行った時の様にベランダからホテルに帰還後、皆に騒動の顛末(てんまつ)を話した。ナージャはすでに寝ていた。

 人さらいが人型のモンスターであるという事。

 統率のとれた組織として動いている事。

 人をさらう以外に何か明確な計画があるという事。

 そして、砂漠の西に存在する黄金ピラミッドを根城にしているという事……。


 みんなそれだけの情報を持ち帰ってきたことを褒めてくれたが、なんとなく気分は上がらず自分の部屋にすぐに引き返してしまった。


「俺は……人さらいと戦って生きて帰ってくるくらい当然のはずなんだ。Sランクなんだからさ」


 パステルと一緒の部屋なのでもちろん彼女はいる。


「確かに過去に語られるSランクとは人さらい如きを逃がしたりはせんかもしれん。ただ、今回の場合は逃がして正解だ。相手のリーダーを訳も分からないまま殺してしまうと組織が暴走する可能性がある。しかし、弱らせて指示も上手く出せないようにしておけば動きが鈍る。リーダーが生きてる以上無視して動くわけにもいかんからな」


「流し込んだ麻痺毒は人間ならほぼ致死量。でもあいつらはそれなりに知能もあってタフなモンスターだった。その場では毒を流し込まれた方の腕が動かなくなる程度……。でも、毒は回る。そのまま死ぬかはわからないけどそのうち動けなくなるはずだ」


「それでよい。聞き出したい情報もまだあったのだからエンデの判断は間違っていない。そう落ち込むでないわ」


 パステルは膝に乗せている俺の頭を撫でる。

 ひざまくら……彼女的には俺を元気づけているつもりかもしれないけど、これは逆にダメになる奴だ……いろいろと。


「でも、簡単な風魔法に毒が押し返されてねぇ……」


「確かに伝え聞くSランクとはもっと圧倒的強さがあった気がする。しかし、基準はわからんからな。エンデのスキルも間違いなく特別で強い。単純な戦闘には向いていないだけでな」


「そもそもSランクってどんなんなんだろ? 俺は元Fランク冒険者だから全然知らないや。雰囲気でSランクやってる。Aランクはまだ話を聞いたことあるんだけどなぁ」


「それがな、Sランクというのはよくわからんのだ。かつて存在した記録はあるが、実際今どこで何をしているのかは不明な者が多い。まあ、そこまで強さを極めた者からすればその秘密を知りたい者共などうっとおしくてかなわんから隠れているのだろうがな。精霊竜などがその最たる例だ」


「精霊竜?」


「ああ、精霊竜と呼ばれる竜族はかつてこの世界を創造したと言われる精霊たちから直接力を分け与えられた存在と言われておる。そして、今も人の立ち入れぬ極地から世界を傍観しておるらしい。まあ、ここまでいくと記録というよりおとぎ話かもしれんがな」


「精霊竜か……ロマンを感じるなぁ。ナージャが好きそうだ。どっかに毒の精霊竜がいて俺に力を貸してくれないかなぁ~」


 手足をバタバタさせる。完全に幼児退行してるぞ……俺。


「エンデ……お前相当疲れているな……。やはりこの熱気にあふれる町に涼しいダンジョンに引きこもって過ごしてきた我々が長居するものではないな。十分楽しんだし、最後に黄金ピラミッドに突入して今回の旅は終わりにしようぞ」


「ああ、俺たちは正義のヒーローじゃないから人助けをしなきゃいけないワケじゃないけど、なんだかこのまま帰ったら後味が悪い。だから魔王の一行としてやりたいことを好き放題やって帰ろう。ただ、大したお宝が無かったのが残念だね。黄金のピラミッドもアジトである以上金に見えるだけの偽物だろうし」


「それはわからんぞエンデ。確かに普通の黄金はないかもしれんが、同じくらい貴重な物はあるかもしれん」


「それはどうして?」


「おそらくピラミッドも人さらいも……魔界から来たからだ」


「えっ!? じゃあ、ピラミッドは魔王のダンジョンなの!?」


「違うな。あのピラミッドが現れたのは私たち新人が人間界に来る少し前だ。周期的に魔王ではない」


「あっ、そっか」


「奴らはきっと非合法な方法で人間界に転移してきた魔界裏社会の鉄砲玉たちだ。ピラミッドはアジトであり転移装置と考えられる。魔界的には高度な技術の塊だ。巨大でもおかしくない」


「でもそんなすごいものを使ってやるのが人さらいって……」


「それがそうでもないのだぞ。さらった人間は魔界で秘密裏に売りさばく。魔界では人間はそれはもう貴重だからな」


「人間を魔界で……」


「転移にはエネルギーがいる。だから、魔界に再転移するためのエネルギーをチャージし終わるまでは人間界に転移装置を晒し続ける必要がある。だからピラミッドのように外装にこだわるのもうなずける。勝手に人が寄って来るし、頑丈な形でもある」


「じゃあ奴らの計画を優先っていうのは再転移のエネルギーがもうじき溜まるから俺みたいな急に出てきたわからないのを相手にするなってことなのか……」


「だろうな。相当あのピラミッドに人を詰め込んでいるとみえる。そうでなければこの大がかりな計画に釣り合う利益を得られない」


「すごいやパステル。探偵みたいだ」


「知ってる情報とエンデの持って帰ってきた情報を合わせるとこうなるのだ。というか、人さらいがモンスターの時点で答えのようなものだ」


「でも再転移の時が近いなら今すぐに救出に行かないと」


「いや、一日二日で転移という事はあるまい。今も人さらいを続けているのがその証拠。もし今回のエンデの様に誰かに現場を見られて妨害を受け、仲間を捕えられたりしたら助ける時間が無い。話を聞く限り奴らはまだ若く、仲間意識が強いように思える。身内のような関係だな。組織の利益を考えて仲間を切り捨て、人間界に置いて帰るようなことはしないだろうし、その危険を招くようなこともしないだろう」


「つまり、人は計画通りにさらえているけど再転移まではまだ少し余裕がある状況だ。だからさらに利益を上げるために子どもをさらおうとした。でも、別に必須ではないから俺に妨害されてあっさり退いた」


「私の推理ではそうなる。まあ、真実を確かめに行くのは明日だ。夜の砂漠を突っ切って賊の本拠地に乗り込むなど無謀も(はなは)だしい。今日はもう寝るとしよう」


 パステルは膝枕を止めると自分のベッドに移動しスッと布団をかぶって寝転ぶ。

 なんか妙に貫禄が出てきたなぁ。良いことだ。


「おやすみパステル」


「おやすみエンデ」




 ● ● ●




 翌朝……いや、正確には日が昇る前の早朝。

 一番初めにベッドからそっと起き上がったのは……ナージャだった。

 彼女は音をたてぬように着替え、あらかじめ準備してあった荷物を持ち、最後に『成功の剣』が腰に装備されていることを確認すると、するっと部屋から抜け出した。


(みなさんぐっすりお休みでしたね……)


 彼女は前日早めに寝ていたので夜にあった人さらい騒動のことを知らない。

 その騒動の結果みな寝る時間が普段より遅くなったことも。


(あの人たちは強いけど、やっぱりお嬢様を守るのが一番の使命。危険なピラミッドに突入する理由が無い)


 ホテルから出てまだ薄暗い町を進む。

 空が白んできた。流石にこの時間は町も静かだ。


(でも私はれっきとした冒険者! ピラミッドを攻略し秘宝を手に入れて帰ってきてみせます! 人さらいのアジトなんてウワサがありますがきっと嘘です! そんな悪い人が立派なピラミッドに住めるはずありません!)


 町の西へ移動するナージャ。町が明るくなってきた。


(偶然町で道案内したお婆ちゃんが個人営業のマッハラクダのチケットをくれて良かった。これならすぐに砂漠を突っ切れる!)


 マッハラクダはその名の通り足の速いラクダだ。

 砂漠の砂にも足をとられず、強力なモンスターもその自慢の足で振り切れる。

 このラクダを乗りこなせるものは少ない。乗り手が乗れるだけならまだしもお客まで乗せてラクダをコントロールできる者はさらに少ない。

 結果、砂漠に最適な乗り物にも関わらず個人で商売をやっている者しかいないのだ。組織を作るには数が少なすぎる。


(エンデさん、パステルちゃん、メイリさん、サクラコさん……そろそろ帰るみたいな雰囲気でしたけど、最後に私が持って帰ってきた黄金を売ったお金でお食事にでもお誘いしたいなぁ。お世話になったし。そうだ! 最近カレーが大人気のお店があるって聞いた気がする! そこにお誘いしよう!)


 ナージャは町の西の端に辿り着く。

 そこには砂漠を進む者の為の店がたくさんあるが、ナージャが目当てとするマッハラクダ乗りはラクダと共にすでに門の前で待機していた。


「こんな早朝にすいません。昨日急に言ったのにもかかわらず……」


 マッハラクダ乗りは予約制だ。チケットを渡してから乗る日時を決める。

 決めた時間に遅れたら乗せてもらえる保証はない。マッハラクダ乗りは忙しい。


「いんや、なかなか早朝に予約するお客は少ないだけで営業時間ではあるんでね。気にする必要はない。さあ乗りな。行き先は……ヒラムスの村で間違いないな」


「はい」


 ヒラムスの村……現れた黄金ピラミッドに一番近い人間の集落だ。

 ラクダ乗りの男もこの少女がピラミッド目当てだという事に気付いているが何も言わない。

 ただ金を払った者を連れていけるところに連れていくのが仕事だからだ。


「しっかり掴まってなよ。こいつは飛び抜けて速い」


 男はラクダを撫でる。

 ラクダの顔は眠たそうだが体はもう走り出したくてうずうずしていた。


「はい!」


 ナージャがしっかりラクダのコブにしがみつくのを確認した後、男はラクダに『進め』と指示を出した。

 初めはゆっくり……徐々に早く。

 加速したラクダはすぐに砂漠の向こうに消えていった。

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