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第05話 舌、燃ゆ

「ああああああッッ!! 辛いッ!」


 水も飲まずにカレーをかきこむ。

 しかし、この辛さは気持ち次第で感じないように出来るレベルのものではない!

 無理に食べ続ければ、おそらく体が拒否反応を起こし吐き出してしまうだろう。

 吐き出せば完食にはならない。


「料理長……さっき、店員さんがパステ……その子の鶏肉料理もカレー完食で無料になるって言ってましたが、もしかして注文した飲み物類も完食すれば無料になりますか……?」


「ホホホ、そこにお気づきになるとは鋭いですね。大半のお客様は飲み物の料金にビビられて、その事に気付かず飲むことを我慢してしまうというのに。おっしゃる通り、完食さえして頂ければすべて無料です!」


「そうか……なら頼もうじゃないか。飲むヨーグルトを……!」


「エンデ様、それには及びません」


 メイリがスッと空に手をかざし、巨大な水の玉を生み出す。


「用意してしまえばいいのですよ。自分たちで水を」


 そうだった!

 メイリは【水魔術】の上位互換【深水魔術】を使える。

 飲み水くらいならいくらでも生み出せるのだ!


「おっと! お客様ぁ……それはルール違反でございます。それを飲んだ時点で失格になってしまいますよ! ほらメニューのここに書いてあります!」


「くっ……!」


「一瞬でそれだけの水を生み出すとはなかなかの手練れと見えますが……オホホホ! そうはいきませんよ!」


「仕方ありませんね。他の方は店から提供される水以外も飲んでよいのですか?」


「ええ、チャレンジ挑戦中は水の持ち込みを禁止させていただいてるだけです」


「ではこれは皆さんに」


 メイリは水の玉をはじけさせ、他の客の空のグラスに水を注いだ。

 先ほどからこちらのチャレンジを見つつ食事をしていた客は多いので、メイリの粋な計らいに悪い顔をする者はいなかった。


「エンデ様、普通に注文なさってかまいません」


「ああ……ヨーグルトを……」


 食べきれなかった時のことは考えるな。

 ヨーグルトをがぶ飲みしてでも辛さを抑えてとにかく食べきるんだ!


「お待たせしました」


 店員がジョッキに入った飲むヨーグルトを持ってくる。

 俺はそれをすぐに飲み干した。


「おおっ! 美味い!」


 とても甘い飲み物だと思っていたがそうではない。

 甘さ控えめでいくらでも飲めそうだ。しかし、確かに辛さと痛みは和らぐ。

 ドロッとしていて喉から順に内臓をヨーグルトが駆け抜けていくのがわかる。

 そして通った後はひんやりと冷えていく……。

 いじわるなメニューはあるが、これは一級品……! 人気店なワケだ!


「ぷはー! 美味いなこれ!」


 サクラコも幾分か元気を取り戻す。

 さあ、再スタートだ!


 ……というテンションが続いたのも数分。俺たちは新たな問題に気付いた。

 このヨーグルト……結構腹にたまる……!

 飲み過ぎた……! あまりにも美味しすぎたので……!


 それになんだか飲む頻度が上がってきている。

 初めは料金にビビって飲むことを恐れていたので、極力飲まずにたくさん食べようとしていた。

 しかし今は少しでも辛さを感じたらヨーグルトで中和してしまう……!

 爽やかな甘さに甘えている……!

 飲むという動作を頻繁に挟んだせいで辛さは和らいだが、カレーの量は大して減っていない!

 なのに今度は満腹という新たな敵とまで戦わないといけなくなってしまった!


「うぅ……もう……無理なのか……?」


「オホホホ!! 三十分経過! さあ、まだ時間は半分ありますよ! 当店自慢のカレーをどんどんお召し上がりになってください!」


 料理長が煽る。

 確かにこれは一時間でどうにもならないようなら二時間、三時間あっても無駄だろう。

 くっ……まだ三分の一も食べられていないぞ……!


「それでも……とりあえず……少しでも食べないと……!」 


 俺はスプーンをカレーの山へと伸ばし、いまだ崩れぬその山肌を削ろうとしたその時……。


「あ、あれっ!? カレーの山が……!」


 く、崩れたぞ!?

 しかも、ずいぶん量が減っているように見える!

 『三分の一も食べられていない』から『三分の一しか残っていない』に変わった!

 カレーが消失したのか!?


「オホホッ!?」


 これには俺とサクラコの真後ろで椅子に座ってチャレンジを見守っていた料理長も驚く。

 彼にも急にカレーの山が崩れたように見えただろう。

 しかしなぜ……急に……。理由もなく消えたわけがあるまい。


「あっ……メイリ……」


 カレー山が巨大すぎて反対側の席に座るメイリが見えていなかったが、今は見える。

 彼女は……顔色一つ変えずカレーを一定の速度で口に運んでいる。ただひたすらに。

 ただ単純にメイリが半分食べてしまったんだ……!


 なぜ彼女の食べっぷりが騒がれなかったんだ?

 彼女の背後にいる客なら食べている姿がハッキリ見えたはずだ。


 あっ……そうか、メイリは今暑いのでローブを脱いでいる!

 その下にあるのは過激にセクシーな踊り子の服! 

 客はもはや残ったカレーの量など興味がない。ただ、メイリの体を見ている!

 女性客すらも魅了しているのだからすごいものだ。

 客の中には先ほどメイリが生成した水をちろちろと舐めるように飲みながらにやにやしている者もいる。


「あ、あのお方は現地の方……? だから辛さに強いの……? で、でも水すら飲んでいないように見えるのだけど……?」


 料理長は混乱してる。

 メイリは冷静に食べ続ける。


「ああ、お姉さん……。そんなに一気に食べると体に悪いですよ……。お腹壊しますよ……!」


 メイリはもぐもぐ食べる。


「お、お水くらい飲みましょうよ……! ほらヨーグルトもありますよ……!」


 メイリはもぐもぐ食べる。


「こ、これ実は完食させるつもりはないお料理なんですよ! そんなに食べたら何が起こるか……! あっ、やめて! 食べないでええええええーーーーっ!!」


 メイリはもぐもぐ食べ終えた。


「あ、ああああああ……」


 料理長はその場に崩れ落ちる。

 他の客からは拍手と歓声があがる。


「店員の方、食べ終えた後も今回分のオーダーは無料になりますか?」


「は、はい……」


「では、私も飲むヨーグルトを一つ頂きましょうか」


 メイリは運ばれてきたヨーグルトのジョッキをゆっくりと飲み干した。


「美味しい……」


 メイリは顔をほころばせる。

 俺たちも彼女と一緒に最後のヨーグルトを味わった。

 別に店に対する追撃ではなく、純粋に美味しいのとまだ舌に辛さが残っていたから注文した。


「パステル様、よろしいでしょうか?」


「うむ、見事だったぞ」


 デザートのアイスまで食べ終えたパステルがスッと席から立ち上がる。

 それに合わせて俺たちも席を立つ。


「あの……これ、完食の賞金です……。ま、またの……ご、ご来店を……」


「ええ、機会があればまた来たいと思います」


「ヒィィィーーーー!!」


 メイリの言葉に店員さんは気絶してしまった。

 もう来てほしくないだろうな……そりゃ。


「あ、あのお嬢さん!」

「少しお話を!」

「一緒に組みませんか!」

「ぜひともに黄金の風のロマンを巡る冒険に!」


 店を出ようとするメイリにたくさんの冒険者が殺到する。

 強力な水魔法を操るセクシーな女性、そしていっぱい食べる。

 仲間に引き入れたいだろうな……そりゃ。


「ふふっ……私、辛い物が好きなんです。だから、同じくらい辛い物が好きな人たちなら……お付き合いしてもいいですよ」


 メイリが妖艶に笑う。

 それが合図だった。


「店員さん、俺たちもカレーチャレンジだ!」

「こっちも!」

「俺も俺も!」

「早くカレーをくれ!」


 冒険者たちはカレーを求める。

 その声を聞いて力なく倒れていた料理長が立ち上がった!


「はい、すぐにご用意いたします!」


 声高らかに宣言すると店員たちに指示を出し始めた。


「忙しそうだから俺たちは出ようか」


 扉を開けて店外へ。

 最後に放たれた料理長の魂の『ありがとうございました!』は一生忘れないだろう。


 儲かるからね……今からメイリのおかげで。

 そして、彼女に魅了された冒険者たちは……いや、考えるのはよそう……。きっと辛さが目を覚まさせてくれる。

 メイリはまた機会があれば行きたいと言っていたが、俺にその勇気はないな……。


「それにしても美味しかったなぁ……鶏肉の香草焼きは」


「カレーも美味しかったですよ、パステル様」


「うむ。しかしメイリがこんなに辛い物が好きになるとは思わなかったぞ。水も飲まずに食べ続けるのだからな」


「いえ、流石に水は飲んでましたよ」


「え? 私は隣で見ていたが一回も水を飲む姿は……」


「あの店の水は飲んでいません。自分の魔法で生成した水を飲みました」


「んんっ?」


 パステルは意味が分からないという顔をする。

 俺にもわからない。


「魔法というのは基本手の周囲から発生し、手の動きで操るのが基本です。手は器用で神経も集まってるからです。しかし、私は手以外にもう一つ魔法を発生させることが出来る部分があるんです。それが……」


 メイリはべーっと少し長い舌を見せる。

 そしてその舌から水をだばーっと垂れ流す。


「んくっ……舌です。私は舌で魔法が使えます」


「こりゃ驚いた! じゃあ口から火を吹いたりできるんじゃねーか?」


「ええ、出来ます。ここでは目立つのでやりませんが」


 そうか……メイリは食事中も舌から水を生み出し、それを飲んでいたんだ!

 しかし、水を飲んだからと言ってあの辛いカレーを完食することは出来ない。俺とサクラコは実際無理だった。


「まあ、水はなんだか態度が気に入らなかったので自分のを飲みましたが、カレーは本当に美味しかったですよ。また行きたいです」


 純粋にメイリは辛いものに強かったんだ。

 そうでなければ俺たちは今頃ほとんどの旅行資金を失っていただろう。


「エンデ様、サクラコ、楽しむのは構わないのですが羽目を外し過ぎないように。今回はカレーが美味しかったのですべて食べましたが、次もこう上手くいくとは限りませんよ。あくまで大目標は戦力の増強です。その目標を達成するための資金ですから慎重にお使いください」


「はい、すいません……」


「流石に俺も反省してる。エンデよりも食べられなかったしな……」


 俺とサクラコはしゅん……とする。

 本当に彼女がカレーの山を切り崩し現れた時は女神と思った。救われたのだ。


「まあ、結果的に資金は増えましたのでこれ以上は言いません。あっ、皆さんに良いご報告が……」


 メイリは空中にステータスを表示する。

 現在は人間の物に偽装されているが、一部のスキルはそのままだ。


「辛いカレーを食べたからでしょうか? 【火魔術】が【火炎魔術】に変化しています」


「えっ!?」


 カレーを食べただけでスキルが進化するのか……?

 でも、あのカレーならありえない事もない。

 あれを完食したならスキルの一つくらい寄越せって話だ。


 そもそもメイリは普段から火魔法を使っていたから経験はたまっていたのだろう。

 今回の事はきっかけに過ぎないのかも。

 それでも、まあ、なんというか……あのカレーは俺たちにとって思い出のメニューになったなぁ……。

この時期に暑苦しい話だぁ……。

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