第04話 人気料理店の罠
「さーてやっと入れたのう……」
俺たちは今ザンバラで観光客に人気らしい食堂に来ている。
人気店だけあって食事の順番を待つ客で外には長蛇の列が出来ていた。
幸い先に人数を報告しておけば並ぶのは一人でいいシステムだったので、俺が代表して並んでいる間に女性組は噴水で涼んでいた。
いいのさ、それくらいSランクモンスターにはどうってことない。
噴水は足をいてれも良いらしく、パステルが足で水をパシャパシャしてるのを遠目に見ているだけで時間は過ぎた。
「さて、何を食べるかな……」
店内は騒がしいがそれが逆に良い。落ち着くし目立たない。
「このお店は激辛料理が人気のようですね」
「確かに赤い何かを食っている者が多いな……。私は辛いのは苦手だから遠慮しておこう」
パステルは鶏肉を香草と共に焼いたものを選んだ。
結構脂身の少ないお肉は好きだよねパステル。
「じゃあ俺は……」
「なぁなぁ、エンデ! これに挑戦してみないか!」
サクラコがメニューのある部分を指差す。
それは……。
「激辛大盛りカレーチャレンジ……」
一定時間内に激辛大盛りカレーを完食することが出来ればお代は無料。それどころか賞金まで出るというものだ。
しかし、これだけ完食に特典を付けてくるという事は相当辛く量も多いと思うけど……。
「サクラコは辛いの得意なの?」
「うーん、まあ嫌いじゃないぜ。それよりさ……」
サクラコは声をひそめる。
「俺たちってモンスターじゃん? んで、辛いものってもはや舌が痛いとかいうじゃん? モンスターって人間よりかは痛みに強いじゃん? つまりいけそうじゃね?」
「味覚に関してはそんなに差が無いと思うけど……」
「エンデは辛いのダメなのか?」
「いや、あんまり食べた経験が無い。人間時代は味の薄いものばかり食べざるを得なかったし」
「じゃあ今日挑戦しようぜ!」
「いやいや、どういう理屈で……」
俺の返事も聞かずサクラコは店員を呼ぶ。
「これの激辛大盛りカレーチャレンジで!」
「よろしいのですか? こちら味も量もかなり刺激的なものとなっておりますし、食べきれなかった場合は他のメニューよりも大幅に高い代金をお支払いいただくことになりますが……」
「いいってことよ!」
「では挑戦される方は……」
「私はしない。こっちのメニューを別に頼む」
パステルは自分が決めたメニューを店員に伝える。
「チャレンジメニューを完食頂いた場合はこちらのお料理の代金も無料となります」
「へえっ! じゃあもっと頼んじまおうか? なぁエンデ?」
「調子に乗り過ぎだよサクラコ」
「そちらの方はどうされますか?」
店員はメイリの方を見る。
そういえばまだ何を食べるか聞いていなかった。
「私もチャレンジメニューで構いません。挑戦人数が増えることで量が増えることはありますか?」
「いえ、三人ならばお一人様の時と量は変わりません。もちろん完食特典も同じですからご安心を」
メニューを再確認した後、店員は一礼をして下がった。
「三人なら何とかなりそうじゃねーか?」
「まだ量を確認してないから何とも。メイリって辛いの得意だったりする?」
「いえ、私もあまり食べたことがありません。あまり期待しないでくださいね」
「まあ、俺に任せとけって!」
激辛大盛りカレーを待っている間、先にパステルが注文した鶏肉の香草焼きがきた。ライス付きだ。
「いただきます」
「どうぞー」
ナイフで鶏肉を切り分け口に運ぶパステル。
「うーん! これは美味しいぞ! 少しピリッとするが辛すぎず、鶏肉が柔らかくて食べやすい。もっとクセのある味かと思っていたが、流石観光客に人気がある店だ!」
「オホホホホ……お褒めにあずかり光栄です。風変わりなお嬢様」
やってきたのは恰幅の良い男だ。服装からシェフだという事がわかる。
「私、この店の料理長をやらせていただいている者です。当店はお客様に合わせて味付けや調理方法を微妙に変えているのです。本場の味に慣れていない観光客の方にそのままお出ししては口に合わない物も多いですからね。もちろんメニューにも書いてある通り言っていただければ本場の味もお出ししますがね」
「ふむ、良い店だ」
パステルは感心しながらも食事の手を止めない。
それだけ美味しかったのか。
「それで料理長さんが僕たちに何か用ですか? もしかしてカレーが売切れてたとか……」
「いえいえ! ご用意させていただきましたよ! こちらです!」
料理長の合図で大きな台車に乗せられたカレーが運ばれてくる。
……まず、テーブルに乗りますかねそれ?
「この激辛大盛りカレーはこの店でも特別なメニューですから、料理長直々にお客様に届けるのが半ば恒例となっておりましてね!」
料理長は超巨大カレー皿を両手で持つ。
「ふんっ!!」
気合を入れ、台車からテーブルにそれを移し替えた。
「こちらが当店自慢の激辛大盛りカレーでございます……! 辛さと量だけでなく美味しさにもこだわっていますから、どうぞよく味わってお召し上がりください! オホホホホ!! あっ、制限時間は一時間ですよ! 短いですか? 大丈夫ですよ! 一時間でどうにもならなければ何時間かけても同じことです……!」
目の前に置かれたのはテーブルを覆い尽くす皿。
そして、その上には大量のライス、白米だ。美味しそうである。
ただ、ルーは視覚と嗅覚がこれは危険だと訴えてくる……!
黒く見えるそれはよーく見ると赤い、深すぎる赤で赤黒くなっているんだ……。
そして臭いも痛い! 臭いに対して痛いという感想が出てくるとは恐るべし……!
「エンデ、いただこうぜ……」
サクラコはもう腰が引けている。さっきまでの男気はどうしたんだ。
「うん……いただきます!」
気合を入れて一口目を口に運ぶ。
……あれ? 意外と辛くない?
それどころか甘さにコクを感じる……。
さっき料理長が言った通り味にもこだわっているというのは本当らしい。
これならいける。そう思って二口目に手を伸ばす……。
「っ!?」
なんだなんだ? い、痛い……? 熱い……?
口が……舌が攻撃を受けている!?
辛いのが後から来た!
「み、水!」
「はい、かしこまりました!」
すぐに水がジョッキで運ばれてくる。
俺はそれを一瞬で飲み干した。
「ぷはぁっ! まだ辛い……痛い! サクラコ大丈夫か!?」
「うえ~ん……」
サクラコは俯いている。
彼はスライムだから、もしかしたら体への辛さの伝わり方が違うのかもしれない。
全身で辛さを感じているのかも……。
「でも、まだいけるよなサクラコ! 男だもんなぁ!?」
「ふぇぇぇ……何言ってるのぉ……? 私女の子だよぉ……。こんな辛いの食べきれないよぉ……」
心折れるの早っ!
「君が言いだしたんじゃないか! 食べるって!」
「エンデも止めなかっただろ!」
「これこれ仲間割れするでないわ」
パステルが追加注文した白い液体を飲みながら言う。
甘くて美味しそうな飲み物だなぁ……。
「こちらは飲むヨーグルトのようなものでございます。厳密には多少違いますが、まあ他の町から来た方にはこういった方が伝わりやすいでしょう。ちなみにこの飲み物、口の中の辛さを軽減してくれますよ!」
「そ、それを一つ! いや、二つ!」
「はい! 喜ん……」
「待て!」
オーダーを通そうとする料理長をパステルが止める。
「エンデ……私たちはとんでもない罠にはまってしまったようだぞ」
「えっ?」
パステルが飲むヨーグルト片手にメニューを熟読している。
「この激辛大盛りカレーに挑戦してる者は……飲み物の値段が数倍になると書かれている。無論水も含めてな」
「ええっ!?」
料理屋で水や飲み物が有料なのは普通だ。
ザンバラはマカルフと違い砂漠の町。水資源が不足しているので値段が高いことも覚悟していた。
しかし、このチャレンジに限定して値段を上げるとは……?
「気づかれ……いや、ご存じなかったのですか? メニューにはこの通り書かれていますが?」
「端っこに小さくな」
「書いてはありますよね?」
「ふむ……そうだな。我々の不注意だ」
くっ……そういう事か……。
このチャレンジは初めから完食させるつもりなどない、浮かれたアホな観光客から金を巻き上げるために作られたメニューなのだ!
ただ、辛さと量をド派手に盛るだけでなく飲み物まで……巧妙かつ大胆!
料理長がわざわざ出てきたのも、金ヅルの顔を拝みつつルール違反をしていないかを見張るためだ!
「あっ、ちなみに残したカレーの量に応じて料金が上乗せされますので、たとえ完食出来なくても出来る限りお召し上がりになられた方がよろしいですよ! オホホホホホ!! ちなみにこれもメニューに書いてありますよ、あ・ら・か・じ・め!」
俺とサクラコは顔を見合わせる。
二人とも辛さと熱さで顔が真っ赤だが、本来は青ざめた顔をしている。
せっかく貯めた旅行資金が持っていかれてしまう! 俺たちが浮かれたせいで!
かくなるうえは……なんとしてもこのバケモノを食い尽くす!
俺たちの手で! いや、口で!




