第03話 砂漠の中のザンバラ
町に入るのにはマカルフと同じようにステータスチェックがあった。
俺たちはステータス偽装アイテムをエキシビションマッチ勝利特典としていくつか貰っていたので、それを装備してやり過ごした。
馬のいない不自然な馬車はここにつく直前で馬に逃げられて頑張って引っ張ってきたのだと言い訳をした。
多くの人間がこの砂の都ザンバラに入ろうとしていたので順番が来るまで時間がかかったが、なにはともあれ俺たち魔王の一行は潜入に成功した。
「さて……街並みもなかなかの美しさだが、人が多すぎてそれどころではないな!」
パステルは日差しと喧騒に顔をしかめながら言う。
丘の上から見たザンバラの街並みと同じく、多くの建物に使われている白い壁が強い日差しを反射してキラキラと輝き、町全体が光っているかのように見える。
まあ……美しいが暑苦しいなこの明るさは……。
それを軽減するかのように町のいたるところには水路や噴水が設置され、街路には葉の大きな木がたくさん植えられている。
日差しは強いが吹く風はなかなか涼しい。そして、その風はこの町独特の匂いを運んでくる。
うーん、異国情緒あふれるとはこういう事か。
「とりあえず宿を探しましょう。この馬のいない馬車も目立ちますし、町中では不要です」
メイリが町を眺めることに集中していた俺たちに次の行動を示す。
「そうだね。とりあえず荷物を置ける宿を探そうか」
この町では普通の人間としてふるまえばいい。
俺は元人間だし問題ないし、サクラコも町になれている。メイリはいつでも冷静だし、パステルが少し心配なぐらいか。
「観光地だけあって宿泊施設はたくさんありそうだね」
「人もその分多いぜ。それに今回は金のなさそうな冒険者がたくさん来ていそうだから、格安の宿はいっぱいだろうな。幸い資金はあるし、ちょっと高めのホテルでも探そうじゃないか。ここでケチってもしゃーねぇ」
サクラコの意見に全員賛成したので俺たちは町の中でも少し静かなエリアにあるそこそこのホテルを今回の拠点に決めた。
馬のいない馬車を町に入る時と同じ言い訳で預け、部屋でくつろぐ前にある目的を果たすために再び町へ繰り出す。
「さてと、服を買いにいかねーとな」
「いつもの服に薄手のローブで適当な日焼け対策をしただけだもんね。それにパステルとメイリは雰囲気をガラッと変えた方が良い」
パステルは【淡い魅了】が厄介だし、魔界では有名人。
残念だけどその可愛さを生かせないようなへんてこな服がほしい。
魔界からの取り寄せ品やマカルフの服屋ではパステルの魅力を打ち消せるような服は見つからなかった。
何を着てもそれなりに可愛くなってしまう。
メイリも同じくマカルフの冒険者には有名人。
火と風の旋風の双子や他の冒険者がこのザンバラに向かったという情報がある。
彼らに偶然見られると少々マズイ。
まあ、悪いことはしていないので正体を言いふらされて追い詰められる事はないだろうけど、それを脅しに黄金探しの手伝いをさせられる可能性はある。
水魔術のスキルを持っていることまでバレてるしね。
ということで服屋探しが始まった。
大通りにある人気の服屋はダメだ。良い服しか置いてないし人が多い。
ちょっと裏にある人気があまりない店でないといけない。そういう店ならちょっと普通では着られないハイセンスな服があるはず……。
はじめてくる町で不人気の店を探すのは少々手間がかかったものの、それっぽいのを見つけた。
この輝く町の中では地味な色合いの壁、看板もシンプルで目立たない。
少し観察してみたところ人の出入りもない。
「ここに入ってみようか」
俺たちは扉を開け中に入る。扉に付けられたベルがカランカランと鳴る。
店内は当たり前だがたくさんの服が陳列されていて少し薄暗い、そして空気もなんだかひんやりしている。
暑いこの町の服屋としては悪くないんじゃないかなこの雰囲気。落ち着いて着る物を選べそうだ。
「い、いらっしゃいませ!」
店主らしき小太りで髭の男が奥から現れる。
その表情からは緊張と喜びが感じ取れる。お客さん本当にあまり来ないみたいだ……。
「今回はどのような服をお求めで?」
「ええっと、この子には……なんというか雰囲気を誤魔化せる服装……みたいなのを」
俺もあまり服にはこだわりがなかったのでどういう言い方をすればいいのかわからない。
「ほうほう、これはお美しい……。どこかの名家のお嬢様ですか? あっ、私はお客様になんと無礼な……!」
「いえいえ、まあ、そんなもんです。それで……」
「要するにこのお方と判別できないようなファッションをお望みという事ですね? 承知いたしました!」
店主は店内を駆け回りササッと何かを集めて持ってきた。
「お嬢様をお嬢様たらしめているのは、そのはじけるように明るいオレンジの髪と大きくクリクリとしていて強さを感じさせる目です」
男は白い布をパステルの頭に巻く。
「ターバンという物です。これでそのオレンジの髪と特徴的なツインテールを隠してしまいましょう。それに通気性も良く日差しも防げるのでお嬢様が日差しにやられるのを防ぎます。一石二鳥です」
次に男はレンズの部分が真っ黒なメガネをパステルにかける。
「サングラスです。こちらから見ると真っ黒で視界が奪われているように見えますが、かけている人にはちゃんと見えています。少々値は張りますがこの町を観光するなら持っておくべきかと思います」
店主はパステルの鼻の下に付け髭をつける。
「少女と髭というのはなかなか結び付きません。このちょっとした付け髭が与える正体を隠す効果は大きいですよ」
最後に店主はローブを人数分テーブルに並べ、その一つをパステルに着させる。
「皆さんがお持ちのローブも薄手で悪くはないのですが、こっちのローブの方が通気性に優れこの町の涼しい風をより感じさせてくれます。観光の快適性が全然変わりますよ」
あっという間にパステルはちょび髭の小男に変わってしまった。
この店主……出来る!
きっかけさえあればすぐに人気店の仲間入りだと思うんだけどなぁ……。
「鏡です。お嬢様」
「これはどうも……ぎゃ!」
パステルは今の自分の姿を見て驚く。
「ま、まあ……自分たちで注文したのだからな……。良い仕事だ……すばらしい……ですわよ」
「お褒めにあずかり光栄です!」
ちょっとショックを受けているパステル。
しかし良い仕事なのは確かだ。
次はメイリもお願いしよう。
「あの、こっちの女性も雰囲気を変えてほしいのですが」
メイリは来ていたローブを脱ぎ、その下のいつものメイド服を晒す。
「ほうほう……美しい……これは綺麗だ……。お付のメイドの方ですか。言い方は失礼ですが、お嬢様とは違いスタイルが良く出るとこ出てますね。お嬢様と同じファッションでは雰囲気は変わっても目立ってしまうでしょう。それならば……」
店主はまたもササッと服を店内から集める。
そして今度はメイリを試着室へ呼んだ。
「これを着てください……」
「承知しました」
「着れたら言ってください……これを塗りますので」
……なんだか怪しい雰囲気を感じるが、店主のセンスは確かだ。信じよう。
数分後、俺の店主への信頼はある意味確信へと変わった。
「皆様、着替えが終わりました。お待たせして申し訳ありません」
メイリは……肌を隠す布が少ないのに、各部にひらひらが付いたきわどい踊り子のような服を着ていた。
そして肌には何やら褐色になるような物が塗られ、普段の透き通るような白い肌からガラリと印象が変わっている。
顔も褐色になり目元に塗料で線が引かれ、アイラインは黒で強調されている。
確かにこのメイクなら『あのダンジョンのメイドさんに顔立ちは似てるけど、この町の人だろうな』とメイリを知る冒険者も思うはずだ。
しかし……このきわどい服装にはエロい以外何の意味が……?
最高だし最高なのだが、基本日差しから肌を守る為にローブを着て町を移動する。
中の服をこんなに変える必要はあるのか……?
いや、意図せずローブが脱げた時の対策になるか。
「メイリ……これはまた違った一面が見れたな」
パステルは店主の腕前に純粋に驚いている。
「いいねぇ、いいよ。ただ俺的には露出の多い服は好きじゃないかな。普段のメイド服の中からこれが出てきたらエロ過ぎて発狂すると思うけど」
サクラコはそう言いつつもメイリの体をガン見する。
口がだらしなく開いてよだれ……体液が漏れかけている。
「そうですか」
メイリはローブを一旦着込みその体を隠す。
そして、そのローブを少しはだけさせチラリと一瞬体を見せる。
「あっ、ああああああああああああっ!!」
サクラコは叫び声を上げなから店から出ていってしまった。
興奮で擬態が解けかけたのだろう。店の外も人通りはないので見られないとは思うが……。
「うふふっ……」
メイリの小悪魔っぽい一面を初めてみた……。
微笑むその顔はサキュバスそのものだ。
「ああ……店主さんごめんなさい。変わり者揃いで……」
「ハァ……ハァ……」
店主さんも様子がおかしい……。
「あの……お代を半額にさせていただきますから……このメイドさんの写真を撮らせてください!」
「ええっ!?」
メイリの姿にこの人も興奮している!
てかこの褐色の塗料もこの人が手で直接メイリの肌に触れて塗ったのだから、完全に魅了されてしまったのか!?
まあ、男なら仕方ない。だが……。
「あんまり顔が残る物はちょっと……」
念のためにね……。
「かっ、顔を隠して撮りま……! いや、このお人は大変美人だ! 写真も顔があった方が良い! そりゃない方も別のエロスがありますが……」
「むぅ……」
「全額です……」
「えっ?」
「服と装飾品をタダで提供いたします! だから、写真をぉ……。このお人の写真を撮らせてください!」
「わかりました! メイリ、良いよね?」
「私は構いません」
この店主さんを抑えるにはもうこれしかない。
無理に断ればメイリの幻影にずっと魅了され続け、せっかくお客さんが来ても満足に接客が出来なくなり店を失うだろう。
良いセンスなんだ。この力を世の中の為に使って欲しい……!
その後、店主はメイリのポーズを変えたりちょっとした装飾品を変えたりで合計百枚近くは写真を撮った。
望みの表情を作るのが得意なメイリは店主の要望にすぐ応えられるのでさほど時間はかからなかった。
「ハァ……ハァ……。ありがとうございました……」
「こちらこそありがとうございます。的確に要望に合った服を選んでいただいて、しかもタダで……」
「ええ、タダで構いません! 私の気持ちです! ハァ……ハァ……」
「じゃあ、俺たちはこれで。店主さんは服選びのセンスがすごくいいと思うので、これからも頑張ってください」
「あっ、ありがとうございました! またのご来店をお待ちしております! 心から!」
これ以上の長居は危険と思い店を出る。
外ではサクラコが座り込んでいた。
「あー、やっと落ち着いたぜ……」
「サクラコ、どうですか? 私の新しい服は……?」
メイリはまたサクラコにチラリと体を見せる。
完全に痴女の振る舞いだ。種族的には正しいけど。
「だ、ダメだってメイリ! エロ過ぎて擬態が保てなくなっちゃう!」
「それは大変ですね。ほら、私のローブの中に隠れて移動しましょう」
「いやぁー! メイリがエロさで虐めるぅー!」
もしかしたら……メイリもテンションが上がっているのか?
普段の彼女からしたらありえない振る舞いだ。
なんだか嬉しいな。いつも冷静なメイリがはしゃぐところを見れるのは。
一応メインの目的は戦力増強だけど、たくさん楽しい思い出を作れる旅にしよう。
さあ、お腹が減ってきた。次は何かみんなで食べようか。




