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プロローグ 風の吹く季節

 地方小都市マカルフ。自然豊かで農業が盛んな町だ。

 町の周囲にも深い森や山々、湖に池など手つかずの自然が広がっており、そこには数多くの生き物、そしてモンスターが生息している。


 そして、最近では町の付近にダンジョンも発見された。

 町から出てとある冒険者の協力で整備された道を進み、池が複数存在する不思議な森を抜け、巨大な岩壁に空いた横穴があればそれがそのダンジョンだ。


 未だ第一階層すら攻略出来た者がいない……いや、攻略しようとするものがもう町にはいないそのダンジョンは魔の植物で満たされている植物系ダンジョン。

 かと思いきや、奥へ進むとその歩みを止めるために人型のモンスターが出てくる。

 人型のモンスターは基本知能が高く、このダンジョンにでる人型モンスターも例外ではない。


 三属性の魔術を操る黒髪の女メイド。

 その恵まれた容姿と高い魔力から淫魔(サキュバス)の亜種と思われる。

 侵入者に対しても丁寧な対応をするこのモンスターは冒険者からの人気も高い。

 が、あまり馴れ馴れしい接し方をすると冷たくふり払われるので注意が必要だ。

 殺しにかかってはこないが半殺しにはされる。


 複数の姿を持つ女。

 ダンジョン発見当初はダンジョンに複数の人型モンスターがいると思われていたが、流石に毎日出てくる女が変わるので一体のモンスターによる擬態ではないかという説が出てきた。

 そして、ダンジョン発見と同時期に町の近くの洞窟に出現していたあるスライムの目撃情報がぱったりと途絶えた。

 この事からそのスライムがダンジョンに住み着いたとする説が有力になったが、中には『あのスライムが淫魔と共存できるわけがない』と別種説を唱える者もいる。


 して、そのスライム……スケベスライムがどこに行ったのかというと……。

 今、マカルフの町中にいた。




 ● ● ●




「えっと、今日買う物は……」


 紙のメモを見ながら町を歩く女、それは人間ではなくスケベスライムのサクラコが自らのスキル【女体擬態】で擬態した姿である。

 このスキルで擬態出来る女性の範囲はサクラコの性欲の対象になるかどうかで決まる。

 つまり、人間ではないが人型ではあるメイリのようなサキュバス、エルフやドワーフでもサクラコの好みの見た目にならなれる。


 逆に二足歩行はするし言葉も話せるがほぼ獣に近い見た目だったりするとサクラコの好みからは外れてしまうため擬態できない。

 さらには幼すぎたり年寄り過ぎてもサクラコの好みからは外れる。

 たまにあまり顔の良くない女性に擬態している時はスタイルを良くしている。体が良ければ多少顔は妥協するのがサクラコという男だった。


「メイリはまた本が欲しいのか。人間界の本は人間の町じゃないと手に入らないからなぁ~」


 最近は仕事が落ち着くと隅っこの方で本を読み始める仲間のサキュバスでメイドのメイリの事を思い浮かべる。

 彼女と仲が良いサクラコはダンジョンから町へ出て情報収集がてら最近は買い物も兼任している。


 というのも仲間のエンデが魔界で『キュアル回復薬』というなかなかにレアな薬を飲んでそれを複製できるようになったため、複製した薬をダンジョンの入り口付近で冒険者相手に売り始めたのだ。

 強力過ぎるので少し薄めて割高で売っている。

 儲け重視というよりあまり安く良い薬をばらまくと町で薬を売っている人が困るだろうという人間に対する配慮で値段を高くしている。

 しかし、なかなかに売り上げは好調で稼いだ金を人間の町での買い物に使ったり、ある計画の為に貯金したりしているのだ。


「さてさて本屋本屋~」


 上機嫌で堂々と本屋に入り込むサクラコ。

 一応モンスターが人間の町に潜入しているワケだが彼女は緊張どころかリラックスしそれを楽しんでいる。


 本屋にはたくさんの本が並んでいる。

 サクラコは文字を読むことも出来るが、本自体にはあまり興味がない。

 最近読書にはまっているメイリに面白そうな本のタイトルやあらすじ、序盤を伝えてどれを買うか聞くために読むことはあるが基本集中が続かず投げ出す。


「これと、これと、これか……。うん、タイトルも合ってるな」


 サッと慣れた動きでそれらの本を購入すると、サクラコは本屋を後にした。


「乙女の細腕には本数冊も重いぜ」


 実際この程度の重さで()を上げるサクラコではないが、今擬態してるのは若い女性のため重そうに本を持つ。それが彼のこだわりだった。


「さっさと帰るとするか」


 情報収集は先に終えている。

 流石に毎日驚くような情報が舞い込んできているワケではないので、今日は特に良い情報はなかった。


 帰りを急ぐサクラコが一歩踏み出した時、強い風が吹いてきた。

 その風はサクラコの長い髪をばさばさとなびかせる。


「うおっ!? ちょっとちょっと、せっかく可愛く作った俺の髪の毛がぁ……」


 袋に入っている本を一度地面に置きサクラコは髪を整える。

 擬態するスライムにとって髪の毛は難敵である。

 一本一本細く長いものを何本も作り出すのは非常に難しいのだ。


 それだけに長い訓練を経て美しい髪の毛が作れるようになったスライムにとって髪の乱れは最高に不愉快なのである。

 特に女体の美しさに魅せられたサクラコにとって女の命と言われる髪の毛が乱れているのは許せない。

 仲間に頼まれた大事な買い物を一度地面に置いてまで髪をいじってしまうのも仕方ないと言える。


「しかもなんだなんだ? この風……砂でも混じってたのか? 髪もザラザラしてる……。あ~も~いやん!」


 完全に乙女モードに入ったサクラコはヒステリーになる寸前のところで髪についた砂をはらう。


「おーおー、お嬢さん。そんなに必死になって砂をはらってもこの時期にゃいみねーぜ。どんどん吹いてきやがるからな風が」


 サクラコに話しかけてきたのは道行く中年の男性だ。

 道端でばさばさやってるサクラコは目立つのだ。


「この時期ぃ? 風ぇ? あっ、この時期と砂の混じった風に関係ある……のですか?」


 女の子口調を取り繕いサクラコが男性に尋ねる。


「変わったお嬢さんだと思ったら他の町の人かい。この町にはこの季節になると西の砂漠の方から砂の混じった風が吹いてくるんだ。その間は洗濯物にも砂がついちまって参るが、まあ少しの間さ」


「ああ……そうなのですか」


 言ってる間にもサクラコは髪を気にする。

 人間に見られていてはスライムに戻って砂を払うワケにもいかない。


「でも、毎年こんなに砂が吹いてきてはたまったもんじゃありませんね。よくみなさん我慢できるものですね」


「ああ……確かに今年は砂が多いなぁ。何か風の流れが変わるようなことがあったんだろうか? まっ、しがないオヤジには自然現象をどうこうする事はできねぇんでね。お嬢さんもそんなに砂が気になるなら家に帰って大人しくしとくことだ。あとは風魔術でも覚えて砂を跳ね除けるか……だな」


 中年男性はそう言うと町の中へと消えていった。


「なかなか紳士なオヤジだったな……。しっかし俺も気にし過ぎだと思うが気になる……ああもう、しゃーない!」


 サクラコはある程度砂のことを諦めてダンジョンへの帰路に再びつく。


(これからの町への潜入任務が憂鬱だぜ。でも、俺以外には出来ない事だから頑張らないとなぁ……。我らが魔王様も魔界でずいぶん頑張ってきたみたいじゃないか。これからしばらくはまたたっぷり甘やかしてあげないと……)


 オレンジ色の髪が特徴的な少女魔王パステルのことを思い浮かべるサクラコ。

 魔王パステルはとある事情があって魔界にある学園に一時召集されていたが、それから帰ってきてからは少し雰囲気が変わった。

 ひ弱だった彼女が新たな力に目覚め、著しく成長していたのだ。


(エンデの方は……まあいつも通りだな)


 ダンジョンのボスモンスターで元人間のエンデは毒と薬を操るスキルを持っている毒魔人。

 しかし、まだその魔人の力を最大限に引き出せていない事を気にしている。

 人間好きのサクラコはそんな悩めるエンデのことを気にしているのだ。


(結構繊細な奴だから気分転換に何かしないと長引くかもな~。まっ、その為にあの計画が進んでるんだが……)


 サクラコは我慢できず再び髪に手をやる。


「あっ、また触っちまったぜ……」


 その手にくっ付いた砂をまじまじと見つめる。

 砂は非常に細かく、金色にキラキラと輝いているように見えた。


「ん!?」


 サクラコはさらに砂を凝視する。


「これって……金? 砂金じゃないか……? 西から風に乗って金が飛んで来てるのか!?」


 彼女は天を仰いで叫んだ。

第三章スタート!

本章はコメディと冒険要素強めになると思います!

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