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第20話 最弱の証明

「えー、ただいまの試合を持ちまして新人魔王エキシビションマッチの閉会を宣言します!」


 ジェイスの宣言がコロシアムに響き渡ると、観客たちも負けじと歓声を上げる。


 パステルが初戦で勝利を収めて眠りについた後も試合は予定通りに進んでいた。

 どの試合もパステル対エンジェほど決定打のなかなか出ない長い試合ではなく、いい勝負にしても一瞬の隙、ほんのわずかな力の差で早くに決着がついた。

 無論、中には力の差がありすぎて一方的な虐殺と言っても過言ではない試合もあったが、最終的に『重症者多数、死者ゼロ』という一般的な形でエキシビションマッチは終わりを迎えた。


「この後は新人魔王の方たちの晩餐会がございますが、一般の方々には非公開の為お気をつけてお帰り下さい! あっ! そこそこ! ケンカしちゃダメですよ! 試合中はイベントということで多少のことは見逃しましたが、今からは普通に魔界の法に則った行動をして頂かないと監獄にぶち込まれる事になりますよ!」


 ジェイスが口論がヒートアップし始めた観客二人をいさめる。

 二人は周りにケンカがしていることが全体にバレる注意のされ方をしたので、お互い恥ずかしそうに頭を下げながら離れた。

 ジェイスはそれを見てマイクのスイッチを切る。これで彼の声はコロシアムには聞こえなくなった。後の退場案内は他のスタッフに任せる。


「ふー、先輩方にはいろいろ話を聞いていたとはいえ、実際本当に実況するとなるといろいろ大変なことばかりだったなぁ。思っていたよりヤジが多くて怖くなっちゃったよ。まあ、今年は特別なのか……」


 激しい運動の後、立ち止まらずに歩いて体の調子を整えるようにジェイスも小声で独り言を言いながら喉を落ち着かせる。

 これが医学的に正しいのかを彼は知らないし、大して興味もない。ただクセになっていた。

 そのせいか一人で何かを考える時はいつも独り言を言ってしまうようになった。


「今回のベストバウトは……やっぱりパステル・ポーキュパイン対エンジェ・ソーラウィンドかなぁ。勝ちを譲ったという事実を明確にわからせることであのお嬢様の高いプライドをポッキリ折って丸くしてしまったんだから、可愛い顔して恐ろしい魔王様だ」


 試合を見ていた多くの者はパステルが純粋な気遣いでエンジェに勝ちを譲ろうとしたとは思っておらず、人間界でパステルが相手の心を掌握することに長けた魔王に成長したのだという認識をしていた。

 Sランクモンスターとの契約もその心理掌握術で行ったのだという声まで出ている。

 何はともあれ、あの戦いでパステルの魔王としての評価は大幅に上がっていた。


「さて、俺もあともう一仕事だ。舞踏会でダンスを踊る魔王たちの紹介文の読み上げ、そして舞踏会後に勝利者特典そして敗北者特典の発表か……。そういえば舞踏会で読み上げる紹介文の台本が届いてないな。台本を見ながら言っても良いとはいえ、何度か黙読や声出しをしとかないと噛む確率が上がるんだよなぁ……」


 ジェイスは頭をかきながら実況席を後にする。

 流石に血の気の多い魔界でもコロシアムで舞踏会は開かない。

 学園内にある迎賓館(げいひんかん)で行われる予定だ。


 ダンスを実際に踊るのは今回のエキシビションの勝者と一か月成績の上位者である。

 後者についてはエキシビションで敗北した場合は辞退することも許されるが前者については強制である。


 また敗者はそのダンスを見守らねばならない。

 とはいえさほどギスギスしたイベントではなく、敗者も久々の魔界で知り合いとの会話や食事を楽しんで明日から切り替えてまた頑張ろうと気持ちを新たにするのだ。


 勝者たちは栄光に輝いた自分の姿をみなに見せつける絶好の機会である。

 身内や血族を呼ぶ者もおりまさに晴れ舞台と言ってよい。


 この日の為にダンスを磨いてきた者は多い。

 試合に負けて無駄になるかも……という気持ちが一瞬ちらついても勝った時に恥をかくよりはマシと時間をとって練習するのが新人魔王あるあるだ。

 そもそも戦いの後に舞踏会を行うのは『厳しい戦いが控えているのにダンスの練習ができるぐらい余裕があることが魔王の姿として好ましい』という魔王としての在り方を示した言葉に基づいている。


 もしまったくダンスが出来ないという魔王がいるとするならそれはよほど勝つ自信がなかったか、勝つための修行に明け暮れダンスを磨く暇がなかったか、単純に舞踏会の存在を忘れていたかだろう。

 要するにちょっと必死な奴という扱いなのだ。

 何かに必死になることは決して悪いことではないが、ひねくれ者が多い魔王という存在の中には必死になっていてもそれを誰かに感じ取られるのを嫌う者が多い。


 だからこそ今までの舞踏会で踊れない魔王はいなかった。

 きっと、今回の舞踏会でも存在しないであろう……。




 ● ● ●




「痛あっ!」


「す、すまぬ! 足を踏んでしまった! あっ、毒液状化すれば躱せるのではないか?」


「いや、ダンスパーティでそれはまずいと思う……。てか装備がいつものと違うから靴を液状化できない!」


 豪華な衣装を着こみそれぞれ踊る魔王たちの中に明らかにぎこちない動きの男女がいた。

 男の名はエンデ、女の名はパステル。衣装もレンタルのため体に馴染んでおらず服に着られているという表現がしっくりくるこの二人。


「エンデ、エンデ立ち止まるのはまずいぞ! 目立つ目立つ!」


「でもパステルが俺の足を踏んでも問題ないけど、逆は怪我しちゃうかもしれないから……」


「ふっ、ならば足を強化すればよいのだ」


 慣れない踵の高い靴を履いて窮屈そうにしている彼女の足にオレンジ色の光が灯る。【全強化付与】の光だ。


「これで……っと、うわわっ!」


 足を強化したことで一歩一歩の力のバランスが崩れ、パステルが転びそうになる。


「パステル!」


 すんでのところでエンデが彼女の体を抱きとめた。

 このワンシーンだけ切り抜けば非常に絵になるのだが……。


「あっ、たっ、あれれっ!?」


 緊張からか足が絡まり、二人とも折り重なるように床に倒れてしまった。

 それを見ていた他の魔王やその関係者からはクスクスと上品な笑い声が漏れる。


 自分の試合があるからということでパステルの試合を見ていなかった魔王、そもそもパステルが弱いことくらいしか知らない他関係者はただ彼女とその配下の無様なダンスを大いに楽しんでいた。

 しかし、彼女の新たな力とエンデの正体を知ったり見抜いたりしたものはダンスを踊り微笑む中、ほんの一瞬ごとに彼女らの様子を観察している。ただ冷静に。


 そもそも体の弱いパステルが使っても足を踏まれても痛くないようにするくらいの効果しかないスキルだが、能力の高い魔王にとっては【全強化付与】ほど欲しいスキルはない。

 能力というのは高くなるほど伸びにくくなる。しかしこのスキルはそれを一時的にとはいえ何倍にもしてくれるのだ。

 強くなるということは出来ることが増えること、出来ることが増えるということはより自由に生きられるということ。

 今はまだ成長の段階にある新人魔王でも傍に置いておきたい存在であることに変わりはない。


 また彼女のスキルのことを知らずダンスを笑っていた者の中にもドレスを着た可憐な姿、ぎこちないながらも体を動かすいじらしい姿、こけるとちょっと恥ずかしそうにキョロキョロ辺りを見回す姿をみて『これがウワサに聞く愛玩用魔王か』と彼女を手に入れたい欲求が心の片隅に生まれ始めた。


 なんとなく落ち着かない空気、例年よりちょっと騒がしいおしゃべりの声、笑い声……場は不思議な雰囲気とはいえ温まっていた。

 その恩恵を受けた男が別室に一人いる。


「勝利魔王の紹介を入れること自体はいいことだ。他の魔王の関係者にも名前を売れるいい機会だしな。しかし、舞踏会の最中に俺の実況風の喋りは場違いじゃないかと思っていたが意外と場が温まってるじゃないか! 本当に助かるぜ、小さな魔王様よ」


 ジェイスは別室で舞踏会が行われているホールへと声を届けるのだ。

 その魔王紹介文は勝利者自らが自分を紹介……もとい称える文章を考えて提出するというものだった。

 なので全員の試合が終わり、さらに時間が経った後でなければ台本が来なくて当然だったのだ。


「さて……試合の順番で読み上げるんだから一番はパステルちゃんのはずなんだが……なになに?」


 ジェイスは束になった紙の中の一番上をまず黙読する。


「これは……本人が考えた文章なのか? やけに謙虚というか……弱気だが……。これすり替えたりしてないよね? そういうのいけないよ?」


 職員に確認するも本人から提出された物だという答えが返ってきた。


「ふうむぅ……もしや相手のエンジェちゃんのことを気遣ってこの文章なのか? 本当にあの最後の行動はエンジェちゃんの面子を気にしてやった事なのか? うーん……どちらにしろこれでは逆に煽っているように聞こえるなぁ……控えめ過ぎて」


 ジェイスは一度目を閉じて思案。

 予定の時間は迫ってきている。


「よし! アドリブでいきますか! あの『二つ名』以外は!」


 ジェイスはマイクのスイッチを入れる。


「舞踏会にお集まりの皆さん! これより今回の戦いで勝利者となった魔王の皆様方のご紹介をさせていただきます私ジェイスという者です! 少々場に似つかわしくないスタイルをお許しください!」


 ジェイスの声に魔王たちは驚かないがその関係者の何人かは驚いた。

 しかし、今日の空気は緩い。誰も舞踏会で実況を始めても咎めない。


「まずは一人目! 誰が彼女の勝利を予想したでしょうか!? 魔王学園の歴史上……いや、魔界の歴史上最弱のあの魔王が! 彼女は人間界で成長を遂げその魅力にはさらに磨きがかかっていた! たとえ体が弱くとも! たとえ魔力が無くとも! その心は絶えず輝き続け、友を、そして戦った相手でさえも明るく照らす! ここに誕生した新たな光の名は……っ!」


 一瞬の息継ぎ、一瞬の静寂。


「『最弱の魔王』パステル・ポーキュパイン!!」

次回更新のエピローグで二章完結です!

もう少しだけお付き合いください。

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