第19話 パステルとエンジェ
「こ、困ります! 対戦相手の方の入室はルール的に困ります!」
「そこを何とか……。お見舞いに来ただけなんです」
「な、何をお見舞いするつもりなんですか!?」
エンジェのいる医務室の前まで来たのは良いが、職員に入室を許してもらえない。
まあそりゃ試合を終えた選手同士が場外乱闘を始めないためにわざわざ医務室を二つ用意しているのだから当然と言えば当然か。
「エンジェだ! エンジェ本人に入っていいか尋ねてみてくれ! 本人が良いと言えば入っても良かろう?」
「え? うーん、それなら責任を私が負わなくてもいいのかな……?」
職員は悩みながら医務室の奥へと引っ込んだ。
そして、すぐに引き返してきたかと思うと笑顔で許可を出してくれた。
「これはエンジェが金でも持たせたかもな……」
ボソッとパステルが言う。
何はともあれエンジェとの面会は叶いそうだ。
彼女がいるのはパステルの時と同じく部屋の奥のベッドだ。
おそらく試合の終わった魔王は奥から押しこめていくのだろう。
「失礼するぞエンジェ」
「……ええ、かまいませんわ」
カーテン越しにエンジェの声が響く。
了承を得たので俺たちは中へと入る。
エンジェは……元気そうだった。
やけどの跡はまだまだ残っているが試合直後に比べたら綺麗なものだ。
それになんだかベッド周りの設備がパステルの時よりしっかりしてないか……?
「この立派な医療設備は家からのものか?」
俺の疑問の答えをパステルが聞いてくれた。
「ええ、あの試合を見て喜んで送ってくださったのか……。それとも家との手切れ金代わりなのか……。今はわかりませんわ。まあ、負けてしまった以上後者の可能性が高いと思いますわ」
「エンジェだって全力を出して戦ったのにのう……」
「ソーラウィンド家に求められるのは結果なのですわ。わたくしは今回裏で圧力までかけてルールを有利な物に変えたのにこのザマ。当然の報いと言われれば言い返しようがありませんのよ」
エンジェから初めて会ったころのギラギラとした感じが無くなっている。
悪く言えば燃え尽きてしまったように見える。逆に良く言えば憑き物が落ちたような顔をしている。
「パステル……あなたには一度二度謝っても済まない事をしてきましたわ……。名家のお嬢様として上手くいかないイライラをあなたにぶつけることでわたくしは何とかお嬢様でいられた。でももうそれも終わりですわ。誰でもないパステルの手で終わらせてもらえて……わたくしは恵まれすぎていますわ……」
声も出さず、ただエンジェの頬を涙が伝う。
「エンジェ! 一度私ごときに負けたぐらいですべて終わった気になるでないわ!」
「パ、パステル……」
「今回はこのルール、この状況、この運のめぐり、そして新たなスキルの目覚めで偶然私が勝ったが総合的な実力はいまだってエンジェの方が上だと私は思う! 私が証明する!」
「で、でも負けたことは事実で……」
「そういう事もたまにはあるという事だ! これからもう一度戦えば隠し持っていた銃や全強化付与の情報がバレているわけだからエンジェが勝つであろう? そういうことだ!」
「そ、それでも勝ちは勝ちですわ! それに本来は修羅器があるじゃないの! 勝てませんわ! 今日からはわたくしが最弱魔王として生きていきますのよ!」
「それはダメだ!」
「なぜ!?」
「エンジェに後ろ向きな言葉は似合わない。私は見ておったぞ。学園時代、友人に魔法の技術でどんどん追い抜かれていくのを気にしていたことを。それでも友人の成長を喜び、裏では一人で魔法の訓練を重ね追いつこうとしていたことを」
「うぅ……」
「その結果生まれた行き場のないイライラをぶつけられていたのだから、私としてはたまったものではなかった。だからこそ、これからも前を向いて強くなろうとし続けるのだ。もちろんもう誰かにイライラをぶつけるというのは無しでな。もっと他の方法で名家のお嬢様エンジェであり続けられるように頑張るのだ。それが私への償いだと思ってくれればいい」
「うん……うん……」
「別に今の家族や家のことが嫌いになったわけではないのだろう? ならば簡単に手放すものではない。まあ、私には家族がいた記憶はないのでエンジェの『家族がいることによる苦労』の全てをわかってはあげられないが……」
パスエルがエンジェの手を握る。
そしてオレンジ色の光がつながった手を通して流れ込んでいく。
「たとえ誰もエンジェの努力を認めなくても私はエンジェの味方だ。自分を本当に信じてくれる者がいれば周りの雑音なんて聞こえなくなって、本当の力が引き出せるものなんだ。私がそうだったように。だから私も今度は誰かにとってそういう存在になりたい」
「パステル……パステル……っ! 今までごめんね……! ありがとう……!」
泣き崩れるエンジェを受け止めるパステル。
しばらくずっとその状態が続いたが、先にパステルの体力と魔力に限界が来てぱたりと寝てしまった。それとほぼ同時にエンジェも泣き疲れて寝てしまった。
「エンデ様……ありがとうございます」
ずっと黙って魔王二人の会話を聞いていたキューリィが頭を深く下げる。
「いえいえ、俺は何もしてませんよ。パステルはこういうところしっかりした子なんです」
「パステル様にも本当に感謝しています。お嬢様に前に進む勇気を与えてくださって……。私ではお嬢様が信じる者にはなれていなかったようです。ただ言う事を聞いてご機嫌をとっているだけだったのかもしれません」
「俺も似たようなもんですよ。どうしてもパステルの為にやれることは全てやってあげたくなってしまいます。彼女はそうしていると『甘やかすな』と言ってくるので最近は彼女を上手く見守れるように頑張ってます」
「見守る……ですか。ただ守るのとは違うのですね……。私もエンジェ様の執事として信じられる存在になって見守っていかなければなりません」
「キューリィさんはもしかしたら信じられすぎているのかもしれませんよ。エンジェ……様にとって本当に信じられるのはキューリィさんだけだからこそ、信じてくれる人のために負けられない……。そうやって背負い込んでしまっていたのかも」
「そう……ですか?」
「はい、きっとそうですよ」
キューリィは少しホッとしたような顔を見せた。
お互い守らないといけない人がいる同士仲良くなれて良かった。
俺も微笑みを返そうと思った時、医務室に叫び声が響いた。
「う、ぐああああああっ!! ちくしょう……バケモノがっ! い、いてえよおおおぉぉぉ!!」
俺はその声に思わず身構える。
「次の試合で負けた魔王の悲鳴でしょう。これが本当の魔王の戦いなのです。エンジェ様が戦ったのがパステル様で良かった。そして、パステル様も戦ったのがお嬢様で良かったのです。でなければ……」
悲鳴は今も聞こえているが何か薬を飲まされたのか少しずつ大人しくなっていく。
「エンデ様、私はこれからお嬢様を強くするために行動します。お嬢様に出来ない事をやって差し上げるのではなく、出来ない事を出来るようになるまで支えて差し上げます。今回の試合は良い戦いでした。しかし、執事としてもうお嬢様が傷つくところは見たくありません。だからこそ、たとえ傷ついても強くなって頂きたい。この矛盾を抱えてでもお側でお仕えするのが私の使命です」
「ええ、俺もパステルの為に……彼女が自分に自信を持って生きていけるように支えてあげようと思います」
「お互いに頑張りましょう」
俺とキューリィは握手を交わす。
彼の手は思っていたより大きく、優しい柔らかさがあった。
「じゃあ、そろそろ俺とパステルは向こうの医務室に帰ります。騒がしくなりそうですし、あんまり長居して問題になっても困りますしね」
「はい、人間界に帰るまでにお話しする機会はまだあると思いますので、今回はこれで」
俺はキューリィと眠っているエンジェに挨拶をしてからパステルを抱えて自分たちの医務室に戻る。
途中コロシアムが揺れるほど大きな歓声と叫び声が聞こえてきた。
最弱のパステルを除外しても、新人魔王同士で実力差は明確にあるようだ。
もし相手がエンジェではなくてまったく勝ち目のない魔王だったら……想像したくもない。
主を強くしたいというキューリィの新たな覚悟、痛いほどわかる。
でも、今はただ眠らせてあげよう。
それがパステルにとって一番必要な物だから。
「カッコよかったよ、パステル」
また明日から頑張ればいいさ。
今日はとっても頑張ったんだから。




